-18-記録と、帰還と、就寝と。
ヴェルさんがふたつの人影に向かって走り出す。しかし、両腕を広げて抱きとめようというところで、2人の体をすり抜けてしまった。
「ごめんなさいヴェル姉。これは立体記憶。ホログラムです。未来視でそこの状況から予測して喋っていますが、多少の違和感があると思います。そして私達はまだ封印されたままのはず」
「そんな……」
「でもヴェルダンディ。今回こそは上手く──いえ、まだ言うべきではありませんね。次にあなた達が向かうべき場所を教えてあげたいのは山々なのですが、そうすると運命が変わってしまう。どうにかして私達を探し出してほしいのです」
「今回……? 教えられない……? じゃあここは何なのさウルド姉!」
神たちの会話に全くついていけない。あの2人がヴェルさんの探し求めている姉と妹なのは分かるのだが、その2人の言葉の意味が理解できない。
「今回は、今までとは違う。これまでの運命と、ズレが生じている。悪い方ではなくて、よい方に」
「だからなんなのさ! ボクはどうしたらいい!」
「そのまま、彼女のゆく道を見守りなさい。彼女なら、彼女達ならきっと、道が拓けるはず……」
ザザっと、人影がブレる。
霞んでいく2人に悲しそうな目を向けるヴェルさん
「ここは……あなた達の強さを測る部屋。そして何かを思い出し、得られる部屋。これからの旅で、あな…をた……くれる……もう…めみたい……元気で……おう……ヴェル……」
途切れ途切れになり、最終的にブツンと消えてしまったふたり。でも、言いたいことは分かった。
私は諦めないことを改めて心に刻み込んだし、【朧月】は結晶体を吸収した。
リリィは分からないが、シドは人の姿になっていることからウルドさんの言葉の意味を察することが出来た。
「……わかったよ、ウルド姉。スクルド。必ず、ふたりを解放してみせる。それまでもう少し……待ってて」
辛いのを我慢し、必死に涙をこらえるヴェルさんの肩に手を添えると、再び黒い球体が現れた。
恐らく元の遺跡に戻してくれるのだろう。初めて見た時の恐ろしさはなく、包み込むような黒に身を任せ、私達はその空間を後にした。
◆
元の遺跡前に戻るのかと思いきや、アルドゥ鳥の討伐に向かう際に入った山道の入口に出た。突然現れた私たちに対し、御者さんがコーヒーを吹いた。
ヴェルさんは慌てて【朧月】に入り、同じようになぜか慌て始めるシド。
「あー、でもそうか。入る時いなかったもんね」
「お、俺はどうしたらいい?」
「普通にしてればいいんじゃない? 『旦那様』?」
「!?」
「お姉さま! そのような戯言はよすのです! お姉さまは私のお嫁さんなのです!」
既に手元のコーヒーをダバーっとこぼしている御者さんは、服装を正すとごほんと咳払いをし、そのまま席について馬の支度を始める。深いわけは聞かないでくれるみたいだ。
流石に2度目の誘拐などはなく、王都のギルド裏に到着する。
3人で降りると、ギルド職員はシドを見てぎょっとしている。
「ここここ……」
鶏人でしたかね? いやしかし、彼女は頭に羊の角をつけている。
はて? と首を傾げていると、
「狐人……!」
ああ、そうか。シドは滅びた筈の狐人。私や風華はフォールンとして知られているが、シドは全くの無名。
ポリポリと頭をかくシド。その視線はこちらに向けられており、「どうしよう?」と助けを求めている。
隠してもいいことはなさそうなので、取り敢えずステータスの状態を公開しながらこう説明する。
「この人は私を騙し、無理やり結婚状態にしてくれたシドさん。2年間はこのままになります。そして1000年前の生き残りらしいです」
「「「「「貴ッ様ァァァァァァァ!」」」」」
聞いていた男性狩人が一斉に立ち上がり、机をぶっ叩く。あーあ、いくつか壊れたな……
ちなみに、「1000年前の生き残り」の部分は男達の叫び声で塗りつぶされた。
大物の魔獣を前にしたような血走った目でシドを睨んでいる。昼間から酒を飲んでいる連中も、そうでない連中も、誰も彼もがシドを「敵」認定した。
「え? なにこれ。藍波!?」
「逝ってらっしゃい(ニッコリ)」
「おま、お前ェ……覚えてろよ!」
シドが回れ右をし、馬車が止めてある方から全力で逃げ出したので男達もそれを追う。
女性狩人や職員は冷ややかな目で見送り、私に同情の眼差しを向けてくる。
「私は初めてお姉さまを恐ろしいと思ったのです」
「リリィ。今日は早く帰って寝よう。そうしよう」
根掘り葉掘り聞かれる前にさっさと依頼の完了報告と報酬を受け取り、王宮へダッシュする。
途中、私達の前を血走った目をした男達の列が通った気がするが、気のせいだろう。きっと疲れているのだ。
昼過ぎだが、さっさと風呂に入り食堂で軽く飯を食い、それぞれの部屋で床に就く。うーん、今日もいい日だったな!
◆
その夜。ズドン!と腹に痛みを感じで目を覚ますと、白い小狐が私の腹の上に乗っかっていた。
『よくもやってくれたな! 仕返ししてやる!』
「キャー! 助けてぇ! 変態魔獣に襲われるぅ〜!」
『あっ! てめっ!』
次の瞬間バァンと勢いよく扉が開き、
「大丈夫ですかお姉さま! ええい不届き者め! 覚悟するのです!」
『こんな室内で発砲すんなぁ!』
「私が間違えてお姉さまに弾を当てるとでも? いいからお縄につくのです!」
突入してきたリリィのガトリング精密射撃という訳の分からない芸当により、深夜の襲撃者は捕えられた。
「だって殺気立ってたから」
『だってで済ますなよ! すごい怖かったんだぞ!』
「まあまあ」
『それに叫び声まであげやがって、この卑怯者が!』
「え? それシドが言う?」
小狐状態で縛られ、これから丸焼きにされるような格好で棒にぶら下がるシドはどうやらご立腹のようだ。
さすがにやりすぎた感は否めないが、元はと言えばこいつが悪いのだ。
『それについては悪かったって何度も言ったろう! どうしたら納得する!』
「納得なんてしないよ……それに誠意が見られん」
『いったい俺が何をした!』
「夜這い」
『うっ……』
そう。仕返しとはいえ、やったことは夜這いに近いのだ。
『え、冤罪だ!』
「まだ言うの? 本気で炙ってあげてもいいんだよ?」
パクッと口を閉じて黙るシド。よい判断だ。
「でもお姉さま。シドさんがいなかったら私は死んでいたかもしれないのです」
「そいうえば、リリィはシドに助けられたんだっけ?」
「誠に遺憾ながら」
遺憾だったのか。ほら見てみろ、シド泣きそうになってるぞ。
絵面的には小動物をいじめる少女達になっているので、そろそろ解放してやる。
シドはもう涙をこらえるのをやめ、無言で涙を流しながらトボトボと私のベットに潜っていく。おい。
『ここで寝る』
「じゃあリリィの部屋で一緒に寝「是非!」る……」
『どうしてこうなるんだ!』
布団の中からブワッと泣き出す気配。リリィは既に一緒に寝るモードに入っていてグイグイ引っ張ってくる。
「はぁー、わかったよ……みんなでここで寝りゃーいいでしよ?」
「マジで?」と顔をするシドとリリィ。
「マジで」と答えると2人は手を取り合って踊り始めた。本当に仲がいいな。
結局私を中心に左手にリリィ、右手に小狐状態のシドを抱えて眠りについた。
また騒がしくなりそうだなと思いつつ、新たな出会いを受け入れた夜だった。