-174-オモチャと、秘密と、『英雄』と。
お久しぶりです。更新するのを忘れていたわけではないんですよ。本当ですよ?
〈前回のあらすじ〉
ネルドは ネクロマンサー に なった!▽
強化された二人の筋肉ダルマは、執拗に私に対して近接戦を挑んどくる。
倒せば倒すほど強くなって復活するゾンビアタックに、さすがの私も疲れというか、やる気が失せてきた。
「ああそっか。強くなるんなら殺さなきゃいいんだ」
面倒くさくなったので、二人とも捕まえてしまうことにした。例の『縛るんです』シリーズを総動員して《捕縛》にかかったが──
「うえぇ……ついに巨獣越えしてきたかぁ……」
バギンッ! と一瞬で破られた。それなりに妖力込めたのに、一瞬でだ。
『巨獣が乗っても壊れない』がキャッチフレーズな商品だったため、彼らの力がどれほど隔絶したものなのかがよくわかる。
「……しょうがないか」
相手を、たかが人間と侮っていた。正確にはもうヒトじゃないけど、それはそれ。
「やっぱり出番あるじゃないか』
「うん……気は進まないけど」
「いっけー! 【殺人くん】!」
「それまだ持ってたの!?」
再召喚したアースが黒いボールを投擲する。肉球のついた前足で投擲……やるな。
黒いボールに大した威力はなさそうだ。大きく弧を描いて、近接二人の少し手前に落ちる。
そして、パカァンと軽快な音をあげて中身が──
『生体反応ヲ感知。殺害シマス』
「シンプルに怖っ」
無機質な機械音で発せられた声は、生き物を生き物とも思わない冷徹なものだった。
テンガロンハットを被った、脛くらいしか高さのない殺し屋は、テケテケと歩き出した。チラッと見えたのだが、目は赤を通り越して黒くなりかけていた。
「「…………」」
歩み寄る【殺人くん】に対し、観察を続けるゾンビ共。そして、片方が大剣を振り抜いた。
【殺人くん】あわや撃沈かと思われたが、自分の小ささを生かして回避に成功。大剣を伝って一人目の首をはねた。
「えっ」
「どうだ! 【殺人くん】は遠距離のような見た目をしている割に近接攻撃が大得意なんだ! 首を狙ったら逃さない、首ハンターさ!」
「ね、ねぇ……あれさ、別に武器を出したようには見えなかったんだけど」
「何言ってるのさ。【殺人くん】は殺しのプロだよ? 首くらい、手刀で飛ばせるよ」
そんな危険なもの開発したのはだれだ! これ一個で大量虐殺が可能になっちゃうじゃないか!
「その辺は大丈夫。【殺人くん】にも良心はあるんだ。殺しすぎると病んじゃって、持ち主を始末しに来たりするらしい」
「余計な機能!」
「持ち主を始末したあとの【殺人くん】の行方は、誰も知らない……」
どこぞの下人みたいな消え方せんでも。あの小ささでは追い剥ぎしても着れないだろうし。
『殺人くんの仕事には対価が必要なんだ。お金とか、組織の情報とか』
「......一応、組織ってなに? っていう質問をしてあげるよ」
微塵も興味はないが。
アースは、よくぞ聞いてくれたとばかりに頷く。うぜぇ。
『殺人くんは、中途半端な自我をもたされたせいで傷つきやすいんだ。だから、製作者と、制作に関わった人達に並ならぬ憎悪を抱いている......と、言われてるけど、所詮まゆつ......ば......』
どうでも良い話と流し聞していたが、アースの解説が急に勢いをなくした。
こんな時に腹痛かしらと顔を除きこめば、なるほど青い顔をして震えている。毛皮なのに、なんで顔だけ青くできるのだろうか。
……現実逃避はやめよう。この視線を、受け入れなければならない。
視線の主である【殺人くん】は、その無機質な目をこちらに向け、ただじっと見つめていた。それだけ。それだけなのに……
「な、なに……この恐怖は……」
『組織はたしかにあるってことを目で語ってきてるんだ……常人なら死んでしまうほどの殺気をのせて──』
アースが力尽きた。白目を向き、泡を吹いている。
底冷えする視線を受け、幾度の死を味わった私でさえ鳥肌が立ってしまった。本当に何者なんだろう、あのの人形。
「…………」
こちらから視線を外した【殺人くん】は、アンデッド二体を振り返る。私たちに恐怖を刻み込んでいるうちに復活していたらしい首が二本、飛ぶ。
よくもまぁ、例の黒ひげのように軽く飛んでいく首だが。
……強化状態的に、並の剣や刃物では切れないだろう。私や師範、ヴァルキリーの面々とかだったら多分切れるけど、リリィあたりに剣を持たせても切ることは出来ない……そんな『圧』を感じた。
しかし、【殺人くん】は、いとも簡単に首をポンした。お願いだから、時間ができる度にこちらを振り向くのをやめてほしい。思わず首を守ってしまう。
◆
僕の傀儡達が、いとも簡単に首を刎ねられている。
既に強化段階は7に至り、並の人、ましてやあんな小さなオモチャにやられるはずはないのに。
「くっ……こ、こっちに、くる、な!」
兄さん達を蘇らせる要が倒されるわけにもいかない。本当ならば兄さん達の蘇生に費やしたかった魔力を、その場しのぎに使う。
「《死霊兵製造》……あの、小さいのを」
50ほど生み出した、もの言わぬ骨共に命令する。骨共は、それぞれが持っている槍やら剣やらを掲げて、奇っ怪な人形に向かっていくが──
「なん、だ……あのつよ、さは」
時間にして一分。一分で50のスケルトンが消滅した。スケルトンは、首が取れた程度では活動停止しない。元々死んでいるからだ。
あの人形は、それを知ってか知らずか、スケルトンを粉砕し始めた。攻撃を受けたスケルトンは、一様に骨粉に変わり、土へと還った。
……だが。《勇士生還》の時間は稼げた。
「兄、さん……おもちゃ、に、負けるな」
僕の願いは、彼らにはもう届いていない。
なぜなら、生活に必要なリソースを、全て戦闘に向けているから。だから、彼らは喋らないし、聞かない。ただ、目の前の敵を殲滅するためだけの、傀儡。
◆
「それは、本当か」
「ええ。言い伝えではそうなっています」
「ふ、む……」
《勇士生還》の練習を兼ねて立ち寄った集落の村長に、その地域にまつわる伝説の話を聞いた。
なんと、巫女を生贄に捧げれば、死者が蘇ることがあるらしい。
「その、巫女とやらは、どこに」
「不明です。が、それは狐人だと言われています」
バカな。狐人は、だいぶ昔に絶滅している。
……いや、一人いたか。しかし、奴であるとは考えにくい。なぜなら、奴は巫女らしさが皆無だからだ。
「不確定な情報で申し訳ない」
「いや、いい」
この時は、そう。狐人などいないのだから、このままネクロマンサーとしての技術を向上させ、生前に近付けようと考えていた。
……ある噂を耳にするまでは。
あれは、そう。王都で夕食をとっていた時だ。
ならず者や冒険者で溢れ帰り、やかましいことこの上ないが、ヒトとして世俗を捨て去るわけにもいかなかった。
「おい、聞いたかよ」
「聞いた」
「何の話かも聞かねぇのか! 獣人国の英雄サマだよ!」
「はー……お前はあのヒト紛いの連中大好きだよな」
「ん? だっておもしれぇじゃん」
「まぁテメェの趣味はいいとしてだ。英雄サマって何の話だ?」
「やっぱりしらねぇじゃんか。巨獣だよ。あのバカでけぇ魔獣を倒しちまったらしいぜ」
「マジかよ!?」
初耳の情報だ。巨獣とは一度相対したことがあるが、あの大きさは、どうにかできるような代物ではない。いくつもの砦を破壊し、何食わぬ顔で進んでいくのだから。
「しかもよ、その英雄サマ、絶滅したはずの狐人らしい──」
「詳しく、話を、聞かせろ」
兄さんに男の頭を掴み、逃がさないように命令する。いとも簡単に捕まった情報源から、獣人国に現れた狐人の英雄についての話を聞き出す。
「でも、今はどこにいるか知らない!」
「……そうか」
「ヒィッ! する命だけは!」
失禁までしている男を捨ておき、三人分の金を払って店を出る。その足取りは素早く、向かう先は西だった。
◆
西の果て、獣人国。
フードで頭を隠して潜入したが、やはり狐人の少女がいるのは間違いないらしい。
ただ……数日前に来て、すぐに行方がわからなくなったらしい。城下を歩いているのも、パレードの前後だけで、一旦仲間が戻ってきたという報告もあれば、既に死んでしまったのではないかという噂もある。
……どれも、確実性に欠けるな。
乗り込むか。王宮に。
「「やるか。俺たちは、お前について行く」」
生前も、よく思考の被る兄さん達だったが、無理やり蘇生させた状態では、やはりぎこちなかった。
だが、それもその少女が見つかれば万事解決だ。
「……いこう」
潜入するのに、人数は必要ない。本末転倒な気もするが、兄さん達を触媒の状態に戻す。彼らは戦闘にこそ長けているが、こういった隠密任務や頭脳戦は苦手だった。
なので、ここからは僕一人で行く。
「《隠形》」
潜入用の魔法を自分にかけ、気配を消す。《隠形》は、その手の魔法の中でも有名であるため、対処が非常に容易い。生体反応を感知できる代物を用意しておけば、それですぐに看破されてしまうのだ。
……が。ネクロマンサーの僕は少し違う。
死者の記憶を散々と見せつけられた僕は、いつしか自分が生きているのか死んでいるのか、分からなくなった。不安になって、ステータスを確認したところ、スキルに項目がひとつ、増えていた。
【死せる生者】:ーー
・生死の判別がつかなくなったモノ。生者と死者の、双方の属性を持つ。
これにより、僕は現在死人だ。さすがに、死者を感知する類の道具は置いてなかろう。
退屈そうに欠伸をする門番の脇を徒歩で通り抜け、不用心にも開け放たれていた窓から侵入。
見回りもいるが、ぶつかったりしない限りは気付かれることは無い。
最近平和だからといって、少々気を抜きすぎではないか。共に戦場を駆け巡った──といっても、顔を合わせたのは数回だが──者が、こうも腑抜けた防護しかできないとは、呆れる。
王の居室を開けようとして、ふと思い直す。
……奴にも、挨拶くらいはしておくか。
大戦果をあげ、賞賛の全てを欲しいままにした、あの女。
僕の探している少女は、奴の娘だという情報もある。最悪、奴を人質におびき出すのもアリだ。
「……さすがにそう、うまくは行かないか」
城中を探し回ったが、それらしい反応は見つからなかった。自由奔放な奴に舌打ちをし、結局王の居室へ──
「……ふむ、やっとこちらへ来たか」
……ほう。
「気付いて、いたか。獣のカンってやつ、か?」
「まぁそんなところだ。殺気ふりまいてないで、毒入りの茶でも飲め」
致死量をはるかに超えた毒物の入った茶を浄化して飲む。浄化したので、ただの水になったが。
獣人の王は、明かりもつけずに話を進める。
「それで、なにしに来た」
「狐人の娘を渡せ」
「断る」
即答だった。こいつは、昔からそうだ。話し慣れたやつにはバッサリといく。
「藍波を探して、何企んでる」
「巫女に、なってもらう」
「ハッ、聞いたら尚更だせねぇなぁ」
手の甲をこちらにむけ、ヒラヒラと振る。「帰れ」という合図だ。
「……そうか。残念だ」
「ああ、お前も変わっちまったみたいで残念だよ──【蛟】ッ!」
肥大化した剣と、拳、そして大剣がうち合わさる。火花が散り、薄暗かった部屋を照らす。
「……確か、禁足地に行ったんだったな。ああ、なるほど。全て理解した」
拮抗状態が解かれ、兄さん達は大きくはね飛ばされる。やつは──ネストは、それを追撃するようだ。
「《ネビュラ》」
僕は、その動きを阻害する。《ネビュラ》は単純に、空間に闇を発生させる魔法だ。闇は、基本的な性質として「吸引」を持つ。
その闇魔法の中でも、《ネビュラ》は上位に位置する。
「ぬおっ」
「《バレット・グール》」
《死者生還》をアレンジした、グールを使い捨てで射出する魔法。一定距離飛んだグールは自然消滅するが、万が一にでもヒットすれば、当たった箇所は食いちぎられるだろう。
「気持ちわりぃ魔法ばっか使いやがって」
ほんな凶法でさえ、ネストには効かなかった。全てのグールが正面から叩き伏せられ、いつの間にか《ネビュラ》も消えていた。
「……食ったな」
「ああ。ご馳走様って言ってるぞ」
剣先をこちらに向けると、剣から下品な音が聞こえた。これは……ゲップか。
「……ふざけた、マネを」
「はー、今ここで一番ふざけてんのはお前だぜネルド。生きてんだか死んでんだかよくわかんねぇ顔しやがって。いっそここで死ぬか?」
調子付いたネストが、剣を上段に構える。
普段はヘタレで弱気なネストは、剣の腕だけは確かだ。このまま接近戦に持ち込まれようものなら、勝ち目はないだろう。
「……いや、帰らせてもらう」
「そうは問屋が卸さねぇ!」
ネストの一撃が床を抉るが、僕は既に闇霧の中。
逃げるだけなら、戦うよりもずっと楽で簡単だ。
「……チッ」
ネストの舌打ちが、暗い部屋に響いた。
◆
狐人の少女を探し出すために奔走する日々を送っていたある日。
一人の男が僕らの前に現れた。
男は、情報を集めていた僕を視界に入れるなり、ニタニタと気持ちの悪い笑顔を貼り付けてこちらに接触してきたのだ。
「やぁやぁ、はじめまして。僕は……ふむ、『ゾフィー』とでも名乗っておこうか」
これが。この出会いが。僕の真のネクロマンサーへの第一歩になるとは……夢にも思っていなかった。