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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー6章ー〈煉獄〉
174/176

-173-死者と、蘇生と、化け物と。

 何かの這いずるような、粘着質な音があたりから聞こえる。この不快な音を聞き続ければ、きっと僕は精神を病んでしまう……!


(とにかく、兄さん達を連れて逃げなきゃ……)


 そう思考して、目の前の頭骨を思い出す。


「ウッ……げぇぇぇぇ……」


 吐いた。抵抗のしようもなく。ただ、受け入れ難い事実が目の前に転がっていた。食べたものを全部吐き出してしまったあとも、吐瀉物が黄色くなるまで吐いた。


「う、ぐ……ぅ」


 募る吐き気に脳を揺さぶられながら、目の前の頭骨を抱きしめる。


 さっきまで、元気にしていたじゃないか。僕と軽口言い合って、みんなで笑っていたじゃないか。


 それが、なんで……


「だ、れだよ……!」


 こんなことをするのは。


「誰だ!」


『ッ────ォォォォォォォォオオオオオン!』


 振り向いた先。憎しみを込めていたはずの僕の瞳からは、一瞬にして戦意というものが消え失せた。


 だって、そこにいたのは。


 大量の骸を被った、イカともタコともつかない、おぞましいバケモノだったから。


「…………あぁ」


 僅かに漏れた僕の声は、バケモノに気付かれるには十分だった。


 ……否、既に気づかれていたのだろう。それでいて、生気に溢れる兄さん達を狙ったのだ。食いごたえのなさそうな、僕を放置して。


 バケモノは、赤色に輝く目……十の目を、僕だけに集中させた。


 殺意も、憎しみもない。ただ、目の前のモノを食事としか考えていない、感情なき目。


 それを目にした僕は、今でも信じられない行動をとることになる。


「《スモーク》!」


 俗に言う煙幕である。黒い煙を禁足地全体に広がるように発動させたのだった。


 そして──


「わぁぁぁぁぁ!」


 近くに転がっていた頭骨と、長い付き合いのせいか一目でそれ(レルド兄さん)とわかる右腕を手に、全速力で離脱をした。


 村によることすら放棄して、無我夢中で走った。途中、魔獣に何度か襲われた気がするが、数は定かではない。道を阻むものは、すべて燃やした。燃やし尽くした。肉も、骨も、血も、灰すら残さず焼いた。


 走り走って、依頼を受けた街のギルドに転がり込んだ。昼だか夜だかも覚えていない。ただ、兄の死だけが、そこにはあった。


『そんな……レルドさんたちが──』

『お気の毒に……』

『すぐにネルドさんの手当を──』


 ああ、かなうならば。


 神よ、兄さん達を。僕の家族を……



 返して。


 ◆


 月日は流れた。もう、寒い時期が10回くらい過ぎただろう。


 ……僕は、未だに兄さん達の一部分を棄てずに持っていた。御神体、もしくは触媒として。


 あれから、僕は死者について徹底的に調べた。死んだあとはどこへゆくのか。死んだ者に、魂は戻せるのか。


 ……部分的な肉体からでも、再生は可能なのか。


 10年経っても、その答えは見つからなかった。


 そんなある日、参考図書の破れたページを発見し、気になる文が存在していることに気付いた。


 『死者の使役』という項目で、たった一ページの中に、とんでもない情報を詰め込んだものだった。


「…………なるほど、な」


 僕はそのページを手に、ギルドに走った。狩人の方に用はなく、冒険者ギルドの方へ直行した。

 昼間なので混んでいたが、並ぶ列の全てを押しのけ、受付嬢を拉致する勢いである部屋へと向かった。


 その部屋には、ただ一つだけ水晶が置かれている。

 冒険者及び狩人になる人間が、初めに訪れる部屋──職業選択室だ。


「あ、あの……」

「……適正はあるはずだ」

「ですが、これは逆に──」

「今はこれしかないんだ!」


 怒鳴り声に怯えたように縮こまる受付嬢に、昂る感情のままをぶつける。


「君にわかるか? 大切な者を目の前で肉塊にされ、自分は何も出来ずに逃げてきた……生き延びてしまった屈辱が。その後10年、蘇生の方法もわからないまま、さまよっていた苦痛が!」

「そ、れは……」

「いいやわかるまい。わかってたまるものか。僕らの絆は、誰にも変え難い、誰よりも強いものだった!」


 10年という時間が、僕の中の何かを狂わせていた。


「僕はならねばなるまい。霊媒を超え、死者を蘇らせる役職に。だから──頼む」


 受付嬢は、ただ静かに頷いた。


「どんな結果でも……受け入れられますね?」

「当たり前だ」

「かしこまりました。転職を受諾しました。水晶に、手を乗せ、願いを」


 手順はわかる。冒険を始める時にやったのと何ら変わりない。

「なりたい自分」を連想する……こうなりたい、こう生きたいというのを、脳の考えている部分よりもっと深層の部分から引き出してくる。


 それは、水晶に手を乗せれば自動的に、かつ一瞬で行われる。


「……転職、完了しました。新たな職業は──」


 ──死霊術士(ネクロマンサー)です。


 ◆


 死霊術士は、有用なスキルを備えている。


 《蘇生》A+

 ・生命活動を終了した生物だったモノを蘇らせる。

 ・死体であれば、肉片からでも再生可能。

 ・蘇生できる回数は、魔力量による。


 《死者使役》B

 ・《蘇生》によって蘇った死者を使役することが出来る。

 ・使役できる数は、魔力量による。


 《勇士生還(ブレイブ・ネクロマンス)》:B

 ・《蘇生》及び《死者使役》によって蘇った生物を再び使役する場合、全てのステータスを二倍にする。

 ・魔力量は、《蘇生》と《死者使役》を足して1.5倍した数値が必要。繰り返し使用する場合は、0.5ずつ上昇する。


 《記憶閲覧》:C-

 ・死者の記憶を観ることができる。

 ・死者の記憶を元に、死者の人格の復元がなされる。魔力は不要。


 《死霊兵製造》D-

 ・《死者使役》とは別に、簡単な命令を受け付けるスケルトンを生成する。


 《免疫不全》:A-

 ・生殖不可状態を付与(解除不能)。

 ・弱体効果耐性を大幅に下げる(解除不能)。


 《虚弱》:B

 ・物理防御を大幅に下げる(解除不能)。

 ・物理攻撃を大幅に下げる(解除不能)。

 ・病にかかりやすくなる。

 ・状態異常《声帯弱化》を付与(解除不能)。


 《散在思考》:A+

 ・複数の思考同時に行うことを可能にする反面、自身の思考力が低下する。


 これを、10年間望んでいた。

 死者に対する異常なまでの執念が強い者のみが取得可能な職業。デメリットも多いが、死んだ者を蘇らせるためになら惜しくはない。


「……さ、て。やって……みよ、う」


 帰るまで言葉を発しなかったため、ここまでつっかえるとは思いもしなかった。


 初めから兄さんたちを蘇らせたい気持ちはあったが、失敗してしまっては元も子もない。なので、まずは手近なネズミで実験することにした。


「……《蘇生》」


 これはつっかえずに出るんだな、などとどうでもいい思考が横切るが、意識はしっかりとネズミに向ける。


 ネズミは、無事に動き出した。何事も無かったかのようにちょろちょろと動いた後、自分がなぜ生きているのかを不思議に感じている様子でこちらを見た。


「…………」


 僕は、もう一度ネズミを殺した。


 次に、別のネズミを殺し、目を取り出した。解体作業で慣れているため、別になんとも思わなかった。


 しかし、そのあとの行程は別だ。


 ネズミの目に対し、《蘇生》を使用した。

 すると、目を中心に肉が生成されていく。一瞬で完了すればいいものを、グジュグジュと音を立てて脈打ちながら再生していくのだ。

 そして、出来上がったのは肉片が集まった何かだった。身体は全体的に(ただ)れ、骨の形は歪み、所々に穴が空いていて汁が垂れていた。


 ……吐かずにはいられなかった。

 はじめから人体を蘇生させようとしなくてよかったと、心から思った。


 ◆


 練習に練習を重ね、次第に元の姿へ戻せるようになった。これは、《記憶閲覧》を併用して、『誰よりも被験体のことを把握している』状態になることによって成功した。


 ただ……


『殺される瞬間』の記憶は、未だに慣れない。

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