-172-ヒトと、兄弟と、禁足地と。
まさかの再試ゼロを決め込みましたので、ちょっと更新。別サイトで新しい物語をスタートさせましたので、この前書を目にした方は是非。
呟かれたそれは、すぐさま形となった。
頭部を破損したはずの死体が2つ。ムクリと起き上がる。そして逆再生をするかのごとく、頭が元に戻った。
「……なんてこった」
「これが、僕の、ジョブスキル……《ブレイヴ・ネクロマンス》。死者を使役し、武器とする……禁呪」
コキコキと首を捻り、感触を確かめているウォーキング・デッド共は、握りこぶしを作ってニヤリと笑う。
「フハハ、俺、復活!」
「フハハ、俺、再見!」
「生前に、似た人格を埋め込み……『それっぽく動く人形』を、仕立て上げる。それが、ネクロマンサーの、仕事!」
三角に囲まれる形になった私は、【朧月】を使い、脱出を試みた。
「──っ!? さっきより速い!」
「そりゃあそうさ! なんたって強化されてるからな!」
「そりゃあそうさ! なんたって最強になるんだからな!」
どちらに向いても回り込むようにして道を塞ぐ死体共に舌打ちをする。
拳のウォーキング・デッドの方は、得物がない分速度が人のそれではない。大剣の方も、相方に劣るにせよ、なかなかに素早い。
「ま、人間の範疇だけど」
私は脱出を諦め、槍にした【朧月】で大剣持ちの喉を貫き、そのまま上に掲げた。すかさず背後から拳が飛んでくるが、こちらは《狐火》により爆破済みだ。
「こういうのは、術者を殺らねば話に──」
「《ブレイヴ・ネクロマンス》ッ!」
「えぇ!?」
「「フハハハハハハハハ!! 我々は不死身なのだァ!」」
めんっどくせぇ……ゴキブリよりタチが悪いじゃんか、こんなの。
◆
僕は、何もはじめからネクロマンサーだったわけではない。
神界大戦の後、下界にあった魔獣の大軍。あれを退けたあとになってからの話だ。
「兄さん、この依頼はどう?」
「お? ……ふむ、グラディエーターか。悪くは無い」
「しかし、場所が厄介だな。なんだ禁足地って」
「……ここから北西行ったところにある集落の、その先にあるみたい。なんでも瘴気がすごいから、魔族でないと入れないとか」
「瘴気か……なんとかなるだろ!」
「そうだな! 気合で乗り切ってやるさ! それに、ネルドの保護魔法でどうにでもなる」
「へへ……支援は任せてよ」
僕は、魔術師系の上位クラス、『大魔道士』だった。後方からの攻撃、バフ、デバフ、回復に長けたクラスで、打たれ弱くはあるが、兄たちがそれをカバーしてくれていた。
上の兄は、『インファイター』。超近距離を得意とし、握り拳ひとつで家屋を吹き飛ばすことも出来る。同時にスピードにも優れ、人の目では置いきれないほどの速度になることも稀にある。
下の兄は、『デストロイヤー』。破砕系の武器を得意とし、範囲殲滅や雑魚の掃討など、火力に長けたクラスだ。鈍重だが、兄の基本ステータスが高いため、僕よりも全然早く動ける。
僕らは、そこそこ名の知れた……いや、人の中では相当上位の実力者集団だった。だから、禁足地に行くとなっても誰も止めなかったし、ましてや相手は剣を大量に扱えるだけのゴーレム。
ちょっとした資金稼ぎ程度に捉えられていたかもしれない。いつもの事だと、周りは思っただろう。
禁足地の、禁足地たる所以を知らずに。
◇
「そっち行ったぞ!」
「おうよ! 脳髄ぶちまけて死にさらせぇ!」
「ちょっと待って兄さん! それ晩御飯だから!」
僕の静止虚しく、晩御飯である双頭の鳥は、脳髄どころか身体自体を爆散させていた。
「すまんな。デストロイヤーなもんで」
「デストロイしすぎだよ! 首を横から切れば死ぬのに!」
「あー……まぁ、なんだ。食えるだろ、まだ」
「この血溜まりを見て何を食えと!?」
爆散とは文字通りに爆散なのだ。ビチャビチャと散乱する細かな肉片が、モノによってはピクピクと動いている。
そのひとつをつまみ上げて、デストロイヤーは口に運ぶ。
「ちょっ! 鳥は生だとお腹壊すから! それに地面についたやつだから!」
「洗えばいいだろう、そんなもの」
「洗ってないから言ってるんだよ!」
この一連のやり取りを見ていたインファイターが、愉快そうに笑う。それを聞いて、僕は追求をやめ、共に笑った。
「ネルド、やっぱり俺はこの面子が大好きだ」
「僕もだよ」
「お前はどうだ、レルド?」
「エルド兄は妙なことを聞くな。そんなもの、答えるまでもないだろう?」
「だな! フハハハハ!」
いつも通り、仲の良い旅路だった。楽しいし、3人集まれば危険はほとんどなかった。
だから、禁足地で油断した。
「グラディエーターってこんなに弱かったか?」
「いや、既に弱っていたようにも見える。ほら、ここに傷が」
「それはお前がつけたものだろう」
「そうだったか?」
カラカラと笑うデストロイヤー──レルド兄さんは、討伐戦があっという間に終わった禁足地に腰を下ろす。インファイター──エルド兄さんもそれに続き、僕はなんとなく、テントを出した。
「おお、一杯やっとくか。なかなか入れない場所だしな」
「空は紫で気味悪いけどな!」
「全くだ! フハハハハッ!」
紫の空の下、野宿が始まった。
禁足地は、大して危険な場所でもなかった。むしろ、魔獣たちのほうが萎縮しているような、厄介なものを見るような目であった。
エルド兄さんが少し目を向ければ、一目散に逃げていくくらいには、平穏な場所だった……と思う。
魔獣たちが逃げた理由は、その数分後に判明した。
「……なんか揺れてないか?」
「おいネルド! 貧乏ゆすりはやめろとあれほど──」
「ぼ、僕はやってないよ」
「じゃあ誰が揺すってんだ」
「貧乏ゆすりから離れようよ!」
呑気な会話だったと思う。
実に。実に緊張感のない……「自分たちは無敵だ」という慢心だった。
地面が割れる。
大きな裂け目ではないが、ポッカリと穴が空いている。何より異質なのは、そこから生えていたものだった。
「……なんだ──!?」
レルド兄さんが消えた。
遅れて聞こえた風切り音と暴風にハッとして、後ろを振り返れば……
頭から地面に叩きつけられて気を失っているらしい姿が、目に入った。
「レルドォ!」
「レルド兄さん!」
慌てて駆け寄ろうとするが、なにか嫌な予感がして、咄嗟にしゃがんだ。ほんの一瞬の電気信号。脳で思考するより早かった。
それが、残酷にも生命を救うことになる。
「が、っ──」
エルド兄さんの、声とは言えないような呼気が聞こえた。
恐る恐る顔を上げてみる。そして、息を呑む。
禁足地の地面は、一直線にえぐられていたのである。
「兄さん!」
兄の安否が気になって、駆け出す。その一歩目で、何かにつまづいた。
それは、骨。ヒトの骨とも、イヌの骨とも、はたまたトリの骨とも思えるような……いや、その全てが、散乱していた。
次いで、冷えた思考が、音を捉える。
先程のような轟音ではない。グチュグチュと、なにか柔らかいものを練るような、それでいて鳥肌の立つ音が。
音の発生源の方から、骨が追加される。
それは、明らかにヒトの頭骨であった。まだ髪はいくらか残り、剥かれた眼からは、まだ乾いていない血が見受けられた。
そう。丁度、レルド兄さんと同じくらいのサイズの──
「あ、ああ……」
そして気づく。
ここは。この禁足地は。
『ォォォオォォオオオォォォォン──』
イキモノの墓場であり、それを喰らうモノの……食卓なのだと。