-171-幻影と、檻と、成長と。
兄さんの拳が、大剣が、『鍵』を貫くところで──
「まぁ、そんな簡単には、いかない、な」
兄さん達のパワーを利用した、綺麗なカウンターが決まっていた。兄の拳は避けられ、別の兄の大剣にぶつけられていた。
兄の背中に大きな裂傷ができ、その影から『鍵』が飛び出して蹴りを入れた。
「……それで、何か用? 私は赤ん坊をあやすのに忙しいんだけど」
「……ふむ。その余裕、いつまで、つづくかな」
「…………」
『鍵』は面倒くさくなったのか、こちらに向かって真っ直ぐに走ってくる。
「「背中がガラ空きだなぁオイ!」」
「やかましいわ」
立ち上がった兄さん達の追撃も諸共せず、それぞれの顔面に蹴りを入れられた。鮮血が飛び、二人が倒れる。
「……なかなかタフだね、お兄さん方」
哀れむような目をした後、『鍵』は突撃を再開する。
……だが、まだだ。
「「温いっ! 温いぞぉ!!」」
「んなっ!?」
まさか3度目はないと思ったのだろう。拳が振り向いた左肩に、大剣が右肩にそれぞれヒット──
「「なんということだ!」」
「き、消えた……?」
切られ穿たれたはずの『鍵』は、空間の揺らぎとなって消えていった。
『全く……考えもなしに突っ込むとお思いですか』
『そんな三流山賊みたいなこと、考えてないよね! そんなわけで、撃ちまーす──ファイヤ!』
『鍵』の消えた場所よりも遥か遠く……あれは、櫓か。
「高火力の、妖術か……でも、防御は万全」
事前に聞いた話で、『鍵』は火を得意とするらしかった。現に、飛んできているのは長細い火の塊だ。
「《アクア・スクリュー》」
飛来するそれを、渦巻く水で巻き取り、消滅させる。煙がたつが、微々たるものだ。
『ね、ねぇ……止められちゃったんだけど』
『なんてこった……意外とやるぞ、あのメイジ』
遠方からでも、何故かはっきりと聞こえる会話。どうやら少し焦りを感じているらしい。
『どうしよう……せっかく仕込んだ【殺人くん】も破壊されちゃったよ』
『何組み込んだんだお前』
『いや……あ、ほら見てよあれ。あそこに転がってるやつ。起動して最初に見た生き物を、殺して殺して殺し尽くすまで殺す殺生マシーンなんだ』
『そんなもんどこで……いや、まぁいっか。どうせ壊れてるんだし』
思わず足元を見れば、何やら天使のような人形の首が転がって……片目が開いている。その目から、果てしのない憎悪……生きとし生けるもの、全てを呪う何かが見えた気がした。
「に、兄さん、それ、壊して!」
「「了解だァ!」」
オーバーキルもいいところだが、ここまで純粋な恐怖を感じたのは久々かもしれない。あんな玩具みたいなのに睨まれて……情けない。
「兄さん、遊びは、ここまで。全力で、『鍵』を奪いに行く」
「「おうよっ!」」
ここからでは、あの櫓に魔法は届かないだろう。対して、向こう側にはここに届くほどの遠距離攻撃が存在する。攻撃をするには、これを上手くかいくぐり、近づくしかない。
「……目標、櫓。建物を壊して、隠れ場所を、無くす!」
◆
『あ、こっち来るみたいだよ』
「そだね。見たところ、前衛はなかなか耐久力に自信があるみたい」
見てりゃわかることを、わざとらしく考察する。器用にハナクソをほじるアースも、見りゃわかることを言う。
「じゃ、とりあえず動き止めますか」
『あい〜』
アースはハナクソを飛ばす。そのハナクソはみるみる内に炎の塊となり、分裂を始めた。
『これこそ僕の必殺技!』
「必殺技こんなのでいいの!?」
『まぁまぁ見てなって。これをこうして……』
アースは、分裂した火の玉を操り、前衛二人の周囲を囲うように飛行させた。
『《フレイム・ジェイル》』
漂うハナ──火の玉から極太の柱が立ち上り、二人を閉じ込める檻を形成した。
「名前だけ無駄にかっこいい……ハナクソなのに……」
『いや、一応ハナクソからじゃなくてもできるけどね!?』
アースのハナクソはいいとして。
「「なんじゃこりゃあ!」」
「に、兄さん!」
「「さっきよりもアツゥイ!」」
「兄さん!?」
……楽しそうだな。え、なにあれ。あんであんなに楽しそうなの? ハナクソだよ? ハナクソの檻の中で楽しそうにしないでもらえる?
「だが! この程度では!」
「まだ! 足りぬゥ!」
「兄さん!」
メイジうるせえな。なんや弟なんか。
「「セイッ! ハァァ!」」
人4人分くらいの太さを誇る柱に、拳と大剣をぶつけている。でもあれ火だし、実体ないし、壊れるわけが──
「おい! ちょっと火が消えるぞ!」
「おい! ちょっと穴ができるぞ!」
「「よし! もう1回だ!」」
私はアースを振り返る。
「なにか申し開きは?」
『いやその……結局はハナクソだったわけだね』
「宝玉の中に帰りたいか?」
『ち、ちゃんと仕事はするよ……』
縮こまるアースだが、最初に比べれば制御はうまくなった。はじめの頃はすぐに爆発させていたというのに、今ではあんな檻まで作れるのだから。
相方の成長を喜びつつ、しかし抜けがあるところには唾を吐く。なんなら痰付きで吐く。それが、私流。
「絡めてはここまでにして、望み通りに正面から行くとしますか」
『やだなぁ……汗臭そう』
「そういうこと言わないの」
◆
「ハッハァ! やっと降りてきたな小娘!」
「ハッハァ! 俺達をこうも足止めするとは、なかなかやるなっ!」
「……正直、意外、だった。『鍵』がここまで、やるとは、思わなかった」
「そりゃどーも。取り敢えず死ぬか消えるか選んで」
「「死ぬのはお前で十分だ!」」
まぁ話を聞かない。これだから脳筋は困るんだよねぇ……人のこと言えないか。
「たかが人間相手にライドは不要……【朧月】、出番だよ」
『はいな!』
……。
「アース、引っ込んでなさい」
『あっ、ちょっと! 強制送還はひど──』
よし、静かになった。
ほっと息をつくと、二人の武器は既に振り下ろされているところだった。正面から、大剣は横薙ぎに、拳は下方からえぐり込むように、そして後方では魔法の詠唱をしている。
「「とったァ!」」
「アホか」
右手にぶら下げていた【朧月】が、重力に逆らって動く。
変形は一瞬で済んだ。
確か、ヤツメウナギっていう生き物が、こんな口してたっけ。輪っかの中に刃が並んだような、凶悪な削り口に、近接型二人はまんまと飲み込まれた。
「「ギャァぁぁあああァ!」」
ギャリギャリと骨を削る音と共に、叫びとも嬌声とも言えるような声が聞こえる。
「ほれほれー、脳髄までゴリゴリいっちゃうよー」
「このっ!」
後方から火球が飛んでくるが、これもヤツメウナギ先輩を増やして対処。難なく消滅させた。
「…………」
「万策尽きたかな? それならさっさと火を止めてほしいんだけど。ほら、お仲間はこの通り」
いつの間にか止んだ叫び声の主たちは、頭部を著しく損傷して地に付していた。『見せられないよ!』の彼が出てきそうなくらいには……グロテスクではある。
まぁ、そんなのは今更。大戦の記憶舐めんな。
「……まだ、だ」
「なにがそこまであなたを駆り立てるのか……分からないけど、敵対するなら容赦はしない」
既に容赦してないけど。
「だから抵抗はやめて──」
「……《ブレイヴ・ネクロマンス》」
細身の術師は、呟くように唱えた。
うわーん。再試確定なのですー! ってことで、もういいや書いちまえ思考の逸品でございました。