-170-大戦と、口上と、煉獄と。
課題に追われ、加えて試験が近いというのに、私は一体何を……?
その昔。
魔獣の大軍を率いて、名だたる国を滅ぼそうと画策した男がいた。
その軍勢は圧倒的で、当時4つあった大国の民たちは恐怖した。なにせ、いつ何時襲われるか、わからなかったから。
国王たちは一時的に睨み合いをやめ、事態の打開に務めることにした。その時には、もう既に国がひとつ、滅んでいたが。
その滅ぼし方は凄惨たるものだった。
大陸の中央に位置していた国が、一夜にして不毛の地となっていたのだから。
農作物は枯れ果て、生命は潰え、空は堕ちた。ここが地獄だと、誰もが思った。
……しかし、とある少女のおかげですべてがひっくり返った。まさか、内部から潰していくやり方があろうとは……と、当時、兄さん達は乾いた笑い声をあげていた。
最前線で戦っていた僕らより、彼女が評価された。別に、評価や賞賛が欲しくてやったわけではない。が、なんとなく、悔しいと感じた。
その少女は、功績を讃えられて獣人国の王宮妖術師になった。僕らの所属は人間国なので、関係ない話だ……と、思っていたのだが。
『お金の単位統一しようぜ!』
彼女の思いつき……かどうかは知らないが、なぜか各国の金の単位が統一化されることになった。そして挙げられた名前が──
◆
「行くのか、弟よ」
「潰すのか、弟よ」
「……うん、やらないと、いけないから」
僕は元々、戦いは不得手だ。純粋な喧嘩も、今まで一度もしてこなかった。絡まれた時は、きまって兄さん達が助けてくれた。僕と違って、物理に強い、2人の兄さんが。
小高い丘に立ち、目的地である集落を見据える。
兄さん達が、それぞれ得物を掲げる。
「──我、破砕の拳」
「──我、神速の刃」
「──我、って、まだこれやるの? 兄さん」
「「癖のようなものだ。気にするな」」
戦に参加した時にやっていた、口上だった。これをやると勝率が上がるとか、気合いの入り方が違うとかなんとか。でも僕は、あんまりこういうのが好きじゃなかった。殺人とか、今でも手が震える。
「「どうした弟よ。早く名乗れ」」
…………。
「──我、煉獄の杖」
「「「これを以て、悪逆のすべてを排除する」」」
僕らは、宙を駆けた。
◆
「敵襲! 敵襲! 魔獣ではない! 人だ!」
「なんっ──ぐぁっ!?」
「な、ど、どうして急に」
「「囀るな害虫めが」」
「う、うわぁぁぁ!」
外が騒がしい。
騒がしい理由は、どうやら人間が攻めてきたかららしい。
「行かないのですか?」
「ネストさん置いてくと護衛がいなくなりますからね」
「そのためのレギンレイヴなのでは」
「あの子はまだ不安定です。不安定なまま敵を撃たせるわけにはいきません」
「ではここは私が」
むう。食い下がるなぁ。
「ウルドさん。私、あなたがいちばん危険だと思ってるんですけど」
「え……えぇ……?」
だって、すぐに加減間違えるし。
「スクルドさんならまだしも、ウルドさんはほら……天然に磨きがかかっちゃってて」
「も、もう! 私にだって、護衛くらい務まります!」
【朧月】に縛られてエビ反り状態のくせに、よく言うわ。
「私とて、過去を生き抜いた護身術があるんです!」
エビが跳ね、現在の処遇に対して異を唱える。
……まあ、贅沢は言ってられないか。
「じゃあシュリンプさん、ここは任せましたよ。帰ってきたらボイルエビとか、やめてくださいね」
「誰がエビですか!!」
さあって、暴れるか!
◆
目に付くものを、取り敢えず破壊していく。
今回の目標が現れるまで、どこまでも、壊す。
既に、目標がここに潜伏しているのは知っている。というのも、戦闘が苦手な僕の、従魔による情報だ。
「ハッハァ! 久々の破壊は楽しいなぁ!」
「全くだ! むしろ足りないくらいだぜ!」
兄さん達は僕と違って、破壊を好む傾向にある。
上の兄は拳、下の兄は大剣で。立ちはだかる壁が何者であろうと、必ずぶち壊してきた。
……僕は、兄さん達に憧れていた。
でも、無理だ。あんなの。
敵にあんなに近付くなんて、僕には到底できそうにない。もし仮に近寄ることが出来たとしても、殺意を間近で受けたら気絶してしまうだろう。
「弟よ! 目標はまだか!」
「弟よ! 目標はどこだ!」
「……まだ、でてきて、ない、みたい」
ああ……自分の声が嫌いだ。どうしてスラスラと言葉が出ないのか。
やっぱり僕は、兄さん達のようにはなれないな。
「「どうする!」」
「……僕が、あぶり、だす。少し……待って」
「おお! あれを使うのだな!」
「おお! ならば雑魚は任された!」
雑魚──武装した村人達を消し飛ばしながら豪快に笑う兄さん達。いつもながら、力の差に愕然とするが、僕には僕にしかできない、僕だけの魔法がある。
「──灼熱の焔、消滅を不知。其は、大樹をも焼き尽くす、叛逆の焔……《煉獄》」
僕だけに許された、全てを焼き尽くす魔法……《煉獄》。この火は非常に燃え移りが早く、また水ではまず消えない。術者の意志か、上位の神くらいしか打開策はないだろう。
ただでさえ兄さん達に嬲られるだけだった村人達は、広がる赤に目を向け、ただ立ち尽くしていた。
それもそうだ。もう、どこにも逃げ場がないのだから。
「……君たちに、恨みは、ない。運が悪かったと思って……死んでくれ」
「まぁ弟よ! そう辛気臭くなるな!」
「いずれ尽きる命だ、それが遅いか早いかの違いだろう?」
「それに、だ」
「必要なことなんだろう?」
僕は、静かに頷く。
「「なら、やるしかあるまい」」
兄さん達は、火が回っていない部分の蹂躙を再開した。
◆
あちゃー……火の手がすごいことになってるわ。しかも、消えないわこの火。水ぶっかけようとも、土を抉ろうとも、消えやしない。
「……消化は、諦めるか」
『これは流石にねぇ……』
「こういうのって、術者ぶっ殺せばどうにかなるでしょ?」
『そうだね……でも、殺すの?』
アースが心配そうに覗き込んでくる。
「わざわざ攻めてくるような連中が、脅したところで火の手を止めるかね?」
『やっぱ殺っちゃおう。そうしよう』
手のひら返しならぬ、前足返しを見せてくれたアースにため息。緊張感など皆無だった。
『まーまー。下界において、そう易々と遅れをとることはないはずだよ。ヴァルキリーになったんだし、僕もいる』
「慢心は事故に繋がるぞー?」
『とか言ってる間に、現場だね』
話しながら現場へ急行していたため、話の切れ方が微妙になってしまった。
「……兄さん、でた」
「おお! これが今回の目標か!」
「おお! これが今回殺す相手か!」
静かそうなメイジがひとり。そして、どう見ても近接特化の肉ダルマがふたり、と。
「……そうだよ、兄さん。彼女こそ──」
メイジが右手掲げ、声音とは裏腹に敵意のこもった目を向けてくる。
「──僕らの、鍵だ」
「「AAAAAAAAAAHAAAAAAAA!!!!」」
おおう……この手の戦闘狂は久方ぶりだなぁ。肉ダルマ共は地面に窪みを作りながら直線的に突っ込んでくるが、その目は非常に楽しそうだ。
片方の肉ダルマは拳を固く握りしめ、もう片方は大剣を両手で構えながら、である。
先の絶叫と相まって、相当プレッシャーがかかってくる。
「へぇ、下界にこんなにのいたんだ」
『バランスのいい編成だね。前衛がひたすら殴って隙を作り、後衛が高火力の魔法をぶちかます……』
「ま、見たところ敵にはなりえないね」
肉ダルマはバカ正直に突っ込んでくるだけなので、カウンターを一撃ずつ加えれば終了だろう。後衛は明らかに防御が薄い。
これならば、早急に火消しができそうだ。