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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー1章ー〈出会い〉
17/176

-17-攻略と、咆哮と、再会と。

 背中に衝撃を感じ、目を開ける。どうやら意識を失っていらしい。屈辱だ。


 なんとか身を起こすと、ただ広いと思っていた空間には壁が存在するようであった。ガーゴイルに気を取られて気づかなかった。

 普段ならこのような事は有り得ないのに、今回はどうしたものか。


 武器のリーチが短くて近づけないから? 違う。

 妖術が使えないから? 違う。

 相手が大きいから? 違う。


 ……きっと、どこか心細いんだ。

 こっちに来て、右も左もわからなくて。色々縁があって今に至るわけだけど。


 先程出会ったばかりのシドならまだしも、数日行動を共にしたリリィやコスモ・グランデに来た時からずっと一緒にいてくれたヴェルさんが近くにいない。どうやら私はあの煩くも明るい空間が好きになっていたようだ。


 シドはともかく、リリィなんかは寂しがっていることだろう。早く元気な顔を見せてやらねば。


 口元に獰猛な笑みを浮かべ、【疾風】の自動回復効果でも癒しきれていない体に鞭を打ちつつ立ち上がる。

 強敵がなんだ。燃えるじゃないか。


 壁は乗り越えた上でぶっ壊すもの。その先にさらに壁があるなら、さらにぶっ壊せばいい。今までだってそうしてきた。


 どんな状況でも諦めたら試合終了。この世界ならばそれは死を意味する。

 まだまだ死ぬわけにはいかないし、無限の生を得られるこの世界で野垂れ死ぬ気もない。


「さぁて! 限界、超えますか!」


 やりにくいなら、慣れればいい。

 近付きづらいなら、隙を作ればいい。

 威力が足りないのなら、何度だって攻撃すればいい。


 不可能なんてない。

 私は隻腕のガーゴイルに向き合った。


 ◆


「くっ……ああっ!」


 転ぶ。盛大に転ぶ。転んだというより、吹き飛んだ感じだが。

 細い尻尾は既に力なく萎えており、実弾は底を尽きた。

 ダメ元で爪拳に切り替えて突っ込んだが、身長的にも体力的にもはるかに及ばない。

 大して打たれ強くない自分が突っ込んだところで、何もならないと薄々わかっていた。


 だが、やらずにはいられなかった。

 間近で藍波(お姉さま)を見てきたから。数日ではあるが、その強さをずっと隣で見ていたから。

 せめて、1歩でも、藍波(お姉さま)に近づきたい。ならば、諦めることは許されない!


 自分では到底敵わないと思った勇者を武器の特性を利用して倒して見せた。

 その勇者すら可愛く思えるほど大きな妖狐、シドさんとも共倒れになるまで戦った。


 シドさんとの戦いをヴェルダンディ様に語られて愕然とした。自分はきっと足でまといにならないと言ってみせた。なのに、なのにこの体たらく。


 自分を暗闇から救ってくれた憧れの人の背中は、あまりにも遠くて。手を伸ばしても、掠りもしなくて。

 自分は全然成長しないのに、どんどん強くなっていく。


 スキルのお陰なんかじゃない。心が、魂が強いのだ。決意一つでなんでも変えてみせる。そんな心。そんな魂。


 自分だって、なりたいじゃないか。


「まーそう焦るな。お前はまだまだ若い。藍波はきっと、それこそ血の滲むような修行を積んでいる。そう簡単には追いつけんさ」


 弱い自分と向き合っていると、そんな声が聞こえた。


 振り向いてみると、白地に赤い炎のような模様の入った羽織袴を着た若い男が立っていた。


 髪は羽織袴と同じく白。自然な立たせ方をしていて、顔がよく見える。

 キリリとした目に、柔らかく緩められた口元。首には3つの勾玉。

 袴の後ろからは白い尾が出ており、その数は実に9本。


 そして腰にはミラーシルバーの剣。


 なんとなく、わかる。姿は変わっているが、彼が誰かがわかる。


「シドさん!」

「おうよ。随分やられたな。まあ遠距離担当で、妖力弾使えないなかよくやった方か?」


 飄々と、しかし気取った様子もなくこちらに近づいてくるシドさん。

 しかしガーゴイルはそれを見逃さない。


 砕けた左肘から下を凄まじい勢いでぶん投げてきた。

 私は目を瞑る。もうダメだ、と先程捨てたはずの諦めを再び感じてしまう。


「まぁ、まだ修行不足ってことで」


 ガーゴイルの肘から下部分がこちらに届くことはなかった。

 袴姿の妖狐がミラーシルバーの剣を振り抜いた状態で残心している。こちらに直撃するはずだった腕は灰燼(かいじん)と化していた。


 そのミラーシルバーの刀身から漏れでる緑の輝きが、強い光を放つ。


 次の瞬間そこにあったのは、先程までの美しい剣ではなかった。

 赤黒いスパークを纏った、何枚もの鱗状のプレートが重なるくすんだ銀色、クロムシルバーの刀身。優しい緑色の光はドス黒い血のような色になっていて、先程までの美しい剣は跡形もなくなっていた。


 再びシドさんがその恐ろしい剣を振るうと、剣閃が地を切り裂きながらガーゴイルに向かっていく。


 1度しか剣を振らなかったはずなのだが、ガーゴイルはその場で細切れになった。

 まるで意味がわからず、ポカンとする。


「おーい。口が空いてんぞ」

「え……? あ、はぁ」


 慌てて手で顎を抑えるが、離すとまたカパッと開く口。

 シドさんは苦笑しながらミラーシルバーに戻った美しい剣を腰に戻すと、


「休憩は必要か?」


 と聞いてきた。その意味するところがわからず、首を傾げる。


「いやいや、ここに来た目的を忘れたか? 藍波を助けに来たんだろうが」


 もちろん忘れていたわけではない。ただ目の前の光景が凄まじすぎて、思考が追いついていない。むしろフリーズしてるのだ。

 なんとか脳を再起動し、姿の変わってしまったシドさんに尋ねる。


「色々聞きたいことがあるのですが、まずその姿はなんなのです?」

「ん? 俺の生前の姿だ。イケてるだろ?」


 確かに羽織袴は似合っているし、顔もそれなりにいい……違う。そうじゃない。


「その剣は……」

「俺の相棒【大地の咆哮(グランド・ハウル)】だ。破壊すべき対象にのみ制限を解除する、優しい剣さ」

「優しい……剣……?」


 ガーゴイルを一撃で細切れにする剣が優しい?とてもそうは思えない。


「なんでこうなったかはわからないんだけどな。それはさておき、さっきの質問の答えは?」

「い、いらないのです!」

「いい返事だ。行くぞ」


 本当は足に力があまり入らないのだが、ここに来た理由を果たさねばならない。なによりまた諦めそうになった自分が許せなかった。


「……そんなに自分を責めてやるな。生きることが楽しくなくなる」


 前を歩くシドさんがそんな言葉をかけてくる。

 あんなに自己中心的だった九尾狐が、1000年待ち続け、その相手が彼女だった故の言葉。


 あの時、もっと力があれば誰も殺されずに済んだのではないか。どうして功を焦り、卑怯な手を使って藍波と契約させたのか。

 責めれば責めるほど自己嫌悪になる。穴に埋まって死にたくなる。

 でもそんな自分に彼女は手を差し伸べてくれた。チャンスをくれた。

 そして、認めてくれた。


 彼女と出会わなかった場合の自分になって欲しくないから、一人で抱え込もうとした私にそう告げた。


 自己嫌悪は一度陥ると抜け出すのが難しい。反省と嫌悪は違うのだ。


 私はふっと笑うと、


「そうですね。私らしくもないのです。お姉さま奪還目指して、今出来ることをやるのみなのです!」


 シドさんは満足そうに頷き、そのまま歩を進めた。


 ◆


 もっと速く! もっと鋭く! 感覚を研ぎ澄まさないと!


 横薙ぎに繰り出された左腕をスライディングで躱し、すれ違いざまに【朧月】を叩きつけていく。

 ただ【朧月】を叩きつけるだけで鍵部分は勝手に刺さっていくので、チクチクとダメージを与えることに成功していた。


 スライディングの勢いを殺さないようにがら空きの胴体を狙う。

 きっとどこかに動力源があるはずだ。心臓か脳のどちらかだろうとヤマを張り、まずは心臓部から狙っていく。


 拳が届きそうな距離で【朧月】を振り下ろす。

 確かにその胸を切り裂く音と、崩れてくる石。しかしその崩れた胸のなかには何も見えない。


 胸はハズレか。ならば次は頭だ。

 先程頭部への一撃に対して思い切り首をひねっていたことから、頭が弱点の可能性は大いにあった。


 体制を立て直されてしまったので、一旦下がる。そしてガーゴイルの周りを走り出した。


 どこにいるのかを見失い始めたガーゴイルの背後から襲いかかり、後頭部を【朧月】で横薙ぎにする。


 一文字に刻まれた傷跡の奥に、あの化けダコと同じような結晶体があるのが見えた。

 すかさず縦に【朧月】を振り抜く。


 十字に、深く刻まれた後頭部にあった結晶体には、例によって【朧月】の鍵部分が刺さっていた。


 動きを止めるガーゴイルと、吸収を始める【朧月】。その結晶体が完全に消滅すると、石の悪魔はその場で崩れ、ただの数個の石になった。


 そんな残骸を見て達成感に浸っていると、私が最初戦っていた場所であろう地点に輝く円盤が出現する。乗れというのか。


 他に出口もなさそうなので、そこに足を踏み入れるとブゥンという起動音の後に放たれた強烈な光に目をやられ、私はまた目を覆った。


 ◆


 たどり着いた先は勇者と出会った石室に似ている空間だった。

 暗いので、無意識的に光球を出してみる。出た。出してから妖術が使えるようになっていることに気づき、苦笑いする。


 すると背後にブゥンという音。振り向くと、リリィと羽織袴の男性が立っていた。


「お姉さま! 無事だったのです!?」

「えーうーん、あー、まぁね」

「無事で何より。で、ここはどこだ?」

「ここどこの前にあんた誰さ」


 無事とは言いきれない体なのでリリィへの返事は曖昧だが、何も気にせず話しかけてくる和服イケメンは誰だ。


「シドさんなのです。生前の姿だそうなのです」

「ふーん……はっ!?」

「はっはっは」


 庭園では九尾狐の姿だったはず。そして街に配慮して小型化したのまでは見たけど、人化出来たの!?


「いや、球体に吸い込まれたらこの格好だった。もう1000年も前の体なのに、すげぇしっくりくるんだから不思議だよな」


 髪型や毛並みと同じ色の羽織袴。腰にさされた見目麗しい片手剣。

 確かに王都では全く見かけない格好だ。和服の人はいた気がするが、それは極小数であり、基本的に皆洋服だ。


「へぇ〜そんなことがあるんだ……」

「まあこいつのお陰で助かったけどな。九尾姿じゃほとんど何も出来なかっただろうからよ」


 ポンポンと腰の剣を叩くシド。確かに妖術なし、スキルなしのこの空間では妖狐は著しく弱体化する。


 この【大地の咆哮(グランド・ハウル)】あってこその生存とリリィの救出が成ったといっても過言ではない。


『あの〜ボクを忘れてないかい? 君ら……』

「「「え? ……あ!」」」

『その様子だと忘れていたみたいだね! ボクはやっぱりいらない子なんだ!』

「ヴェ、ヴェルさん! 無事だったんだね! よかったよ安心した!」


 揃って忘れられていたヴェルさんが復活。【朧月】の中にいたらしいのだが、念話は外に届かず、何も出来ない状態だったらしい。加えて真っ暗だったため、精神崩壊一歩手前と言ったところだろうか。


「それでヴェルさん。ここはどこなの?」

『ボクにも何が何だか……待って、なにか来る! 強力な【神性】……それも2体! これは……この感覚は!』


 はじめは警戒していたようだが、どこか嬉しそうなヴェルさん。


 石室の奥から2人の女性と思しき姿がこちらに向かって歩いてくる。


「久しぶりね。ヴェルダンディ」

「ヴェル姉、お久しぶりです!」

「よっと! 久しぶりだね! ウルド姉! スクルド!」

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