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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー6章ー〈煉獄〉
169/176

-168-流れ弾と、少女と、レプリカと。

「チッ、外したか」

「当たるわけないでしょあんなの! 全力で回避させてもらったわ!」


 地面に空いた大穴を覗きながら、しかしいつでも逃げられるように身構える。ヤロウ、自分のプライベートをちょっと見られた程度でグングニルしやがった!


「大体、オーディンがちゃんと吐かないから」

「最終的には言うつもりだったわ! それをお前は……お前はっ!」


 絶対に殺すという意志のこもった凶槍が再び襲いかかってくるが、ライド前回で後に吹き飛ぶことで回避……あの神槍、【朧月】と同じように手元に戻ってくるらしい。


「おとなしく……死ね!」

「絶対に嫌だ! ヘイムダルバリアー!」

「ほっほ……」


 未だに下界の様子を見ているらしいヘイムダルを盾にして、私はさっさとお暇しようかと……


「流れ弾、当たっとったぞ」

「「!?」」


 私は逃げる足を、オーディンは槍を投げる手を止めた。


「レギンレイヴに、ドンピシャで、めいてぃゅうじゃ」


 サムズアップする公然性犯罪者。


「オーーーーディーーーーーン!!!!!!」

「そ、そんは馬鹿な……レギンレイヴは今下界にいるのだろう? なら当たるはずが……」

「ほっほ……お主、余程視野が狭まっていたようじゃの……」


 サムズアップの逆手……なんて侮辱サインだろうか。

 しかし、そんな無礼なヘイムダルは無視してオーディンは震えながら穴をのぞき込む。


 私も対岸から覗いて……


「うぉい! ホントに当たってんじゃん! レギン貫かれてんじゃん! え、死んでないよね!?」

「まだ生きておる……が、そう長くはないかのう」

「こんな時に悠長だな!」


 あんなでも友達だ。それが死にそうとあっては助けに──


「いや、あの程度なら平気だ」

「は?」


 何を言ってるんだろうこの甘ったれのクソガキは。レギンは現在、胸から貫かれて地面に縫い付けられている状態だ。普通なら間違いなく死んでいる。ましてやオーディンが全力で放ったグングニルだ。それをあの程度と……頭がおかしくなっているに違いない。


 信じられないという目でオーディンを見ていると、オーディンはため息ひとつ吐いてから、こう口にした。


「実はレギンレイヴはな……」


 ◆


 その昔、一人の人間がいました。

 元気で活発で、喧嘩だって男の子よりも強い女の子でした。彼女の周りには、たくさんの人が集まって、毎日を楽しく暮らしていました。


 そんなある日、女の子の住む村の子供が、病気になりました。最初は咳をしているくらいだったのですが、次第に発熱、吐き気、下痢をしだし──

 医師による懸命の診療虚しく、息を引き取りました。


 悲しみにくれた村でしたが、病気はまだ手を引きませんでした。翌朝、男の子が同じ症状を発症したのです。村の人達は大慌てで医者を呼び戻しに行きました。


 男の子も、死んでしまいました。


 その後も、子供だけが死んでいきました。ひとり、またひとり。昨日遊んだ子が病床に伏し、翌朝にはいなくなっている。女の子は、だんだんと元気がなくなっていきました。


 死病に悩まされる村に、立ち寄った仙人を名乗る男が助言を残しました。


『原因は……×××××です』


 村人達は、それを聞いた瞬間、女の子に襲いかかりました。口々に、自分たちの子供のために死んでくれと。裏切り者だと、口汚く罵りながら。

 男の子よりも強かった女の子は、抵抗をしました。しかし、元気をなくした彼女は、次第に逃げる足を止め……


『みんなのためになるなら、私を……殺して』


 精一杯の、この世で一番歪な笑顔を浮かべた彼女は、村人達の手によって、殺されてしまいました。


 殺されて、しまったのです。


 女の子の遺体を担いで村に戻った村人が見たのは、死体の山々。残していった家族も、友も、何もかもが、死んでいました。


『とてもいい暇つぶしが出来ました』


 女の子を原因だと言った仙人は、喜色満面の面持ちで村人達を迎えました。そして、女の子の遺体を見つけると、


『フフフ……本当に殺してしまうとは……本当の犯人はね、僕なんですよ』


 言うが早いか、仙人を名乗る男は疫病をばら撒きました。子供の身体のみならず、生きとし生けるもの、その全てを蝕む劇毒を。


 村人達は、涙しました。

 子供たちを救えなくて悔しい。

 家族を殺されて悔しい。

 まんまと騙されて、なんの罪もなかった女の子を殺してしまって……悔しい。


 悔しさは憎しみに変わり、憎しみは奇跡を引き寄せました。


 唐突に晴れた霧の中、深々の地面に突き刺さる──長槍。人の手が触れていいものではないと、誰が見てもわかるような代物。


 遅れて飛び込んできた人影が、それを引き抜きました。


『誰だ、この娘を殺したのは』


 隻眼の男は、毒で死にそうな村人を見やり……


『ふむ』


 微かな光に包まれた村人達は、解毒効果を得ました。それを見届けた後、男は仙人を名乗る男に振り返り──


『貴様だな?』


 空を割って放たれた槍は仙人を貫きましたが、男は霞となって消えてしまいました。


 霧を抜けても威力が落ちなかった槍は、安置されていた女の子の死体を、貫いきました。


 ◆


「んー……?」


 オーディンが何を言いたいのかがサッパリわからない。おそらくここで言う隻眼の男というのはオーディンの事なのだろう。長槍──グングニルのことも出てきてるし。

 問題は、その女の子の方だ。


「まだ続きがあるんだ、ゆっくり聞け」

「いやいや、このままだとレギン死ぬから!」

「だから死なん。この先が大事なんだ」


 ◆


『暇つぶしにお釣りがついてきましたねェ……まぁ、得体の知れない輩と戦うのはゴメンなので、お暇します』


『逃すと思うか?』


『逃すのですよ、あなたは。いえ……既に、逃しているのです』


 虚空に消える声に舌打ちをした男性は、遺体に深々と刺さってしまっている槍を抜こうとしました。そこに感情はなく、ただ路肩の石を眺めるような目でした。


 ……が。


『…………抜けん』


 彼の槍は、少女の遺体にしっかりと掴まれてしまっていたのです。押せど引けど、それが抜けることはありませんでした。


『何が起こっているというのだ……』


 末恐ろしさを感じた男は、一旦槍から離れてみました。

 するとどうでしょう。槍がみるみる内に短くなっていき──


 ◆


「で、取り込まれたと」

「そうだ。あの少女は、あろう事かグングニルを取り込んでしまった」


 うぇーい。頭が痛いぜ! もうね、脳が正常な思考を拒否してる。つまりはあれか。【朧月】が封印石に刺さったような感じか。


「その少女を放っておくこともできず、神界に連れ帰ってきた訳だが……」

「そこで新しい生を受けた、と」


 頷くオーディンにため息。同時に平手打ちを入れようとしたが、避けられた。


「新しくレギンレイヴという名を授かった少女は、子宝に恵まれなかった家に預けた。養子として育てられ、ああなったわけだが……」

「それがどうして今レギンが死なないことにつながるの!」


 いい加減治療をしに行きたい。そろそろ出血の量がシャレにならなくなってきている。


「レプリカなんだ」

「は?」

「レプリカなんだよ、あのグングニル」

「はぁ?」


 レプリカってなんだっけ。小学生には理解できない絵画ナンバーワンのアレが似たような名前だったような……


「なにせオリジナルのグングニルはレギンレイヴの身体の中だからな! 主神たる私がグングニルを持っていないとなれば、それは神界を巻き込んだ大事件だ」

「進行形ェェェ!」

「なに、焦ることはない。このことは私とフリッグ、ヘイムダルくらいしか知らん」

「今私も知っちゃったよ!」

「他言しなければ問題ない」


 あっけらかんと神界最大級の機密事項を漏らす主神サマ。頭痛がそろそろ限界よ。


「じ、じゃあレギンは死なないと」

「いや、いずれは死ぬ。だが、オリジナルがレプリカに当たったくらいで即死はない」

「へー……じゃあ、あの出血量でも平気なのか……」


 レギンって丈夫なんだなぁ……いいな、神器の体。


「あの出血量はどう見たってまずいだろう。何をしているんだ、早く治療をしにいけ」


 …………!?

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