-165-任務と、「質問」と、灼熱と。
話をまとめよう。
天使殿、ならびにお供の鳥は北欧神界ヴァルハラを治めるオーディンからの使い──護衛兼補佐……だという。そしてその素性は、あの伝説に名高い戦乙女というやつだろう。あの神々しさ、間違いあるまい。
問題は、そんな大層なお方が僕なんかの所へ現れた理由なんだけど……
「天使殿は七海とお知り合いで?」
「七海……? ああ、藍波のことか。知り合いというか、ルームメイトというか、倒すべきライバルというか……とにかくそんな感じの関係」
「あれのルームメイト……さぞ大変だったでしょうに」
「! わかる!? 私の苦労の毎日!」
聞けば、藍波は編入当初から優秀すぎていい刺激にはなったものの、実戦で多大な結果を残し、首席の座を奪われてしまったらしい。
彼女の、一般の者ではとても体験できないような経験談を聞き、少し身を引いてしまったこと……それを少し後悔しているような態度だった。
「あの子は強いんだ。私なんかよりも遥かに。武力的には互角だったはずなんだけどなぁ」
『あれは我々とはまた違った次元にいるものだ。それこそ、比べてしまっては何もやる気が起きなくなる』
天使殿の肩に乗った隼は器用に翼で顔を覆った。
「……あ、私まだ自己紹介してないじゃん」
『む。このミジンコに名を明かすというのか』
「ミジンコて……どれだけ下界の人間嫌いなのさ」
人を貶すことしか脳がないらしい鳥は不満げに一鳴きすると、
『口を開くなら香水を含んでゆすいでからにしろ。獣臭くてかなわん』
憎まれ口を叩いてきえていった。
「あー……あはは、気にしなくてもいいと思うよ? その……匂いは生まれつきのものだろうし」
「…………」
目をそらしながら言われても。そろそろチョコエッグが温まってきた頃だ……
「えっと。改めまして……私は新任ヴァルキリー、レギンレイヴと申します。主神オーディン様の命により、貴方の身辺警護にまいりました」
優雅に一礼する彼女──レギンレイヴは、顔を上げて微笑んだ。
◆
「さて。どういうことか、キリキリと吐いてもらおうか」
「ぐ……ど、どうして……」
質問に答えず、むしろ質問を重ねてくる彼を鞭打つ。
「強情だね。どうしても口を割らないってか」
パシィィーン!
「ヒィッ!?」
「もう一度だけ聞こう……どうして、レギンをハルクへ送ったの」
フリッグさんから借りた『調教用』の鞭で眼帯少年をしばく。赤いミミズ腫れが浮き上がってくるが、ヒリヒリ感だけ残して治癒させる。我ながら器用になったものだ……。
「ほらほら、吐かないと大変なことになるよ……?」
「ぐぅ……楽しんでないか、お前?」
「楽しいかって?」
バシィィイ!
「うぐぁ!」
「愉しいさ!」
うん、ちょっとあれだ。テンションが狂ってるだけだ。事の発端は、養成校の卒業式のあとの事だった。
『藍波……初任務の場所、決まったよ……』
『また妙にやつれてるね、レギン』
『いやまぁ、私は優秀すぎてただの兵役にはもったいないってオーディン様が』
『フリスト落ち着いて。気持ちはわかるけど、その物騒な三叉をしまうんだ』
『……でも、流石に仕事がないってのはよくないからって依頼を探し回ってたんだけど……』
『けど?』
『オーディン様からの直属任務、下界の王様の小間使いだってさ』
『ちょっとあのガキ、シメてくる』
……そして今に至る。ここに来る途中でフリッグさんに協力を仰ぎ、捕獲の手伝いと鞭を貸してもらった。少し離れた場所で紅茶をすすっているが、目はずっとこちらに釘付けだ。
「ふふふ……楽しそうね、オーディン?」
「楽しいわけがあるか!」
HA☆NA☆SE! とガチャガチャ暴れるオーディンを取り敢えずもう一発鞭打っておく。
「ぬぅっ!? あ、遊んでいる場合では……」
「そう思うならさっさと吐け」
私が再び鞭を構えると、流石に限界が近いらしいオーディンは慌てた様子で、
「わ、わかった! 話す、話すから離せ!」
「だが断る」
バシッ!
「…………」
あ、いっけね。トドメさしちった。
白目を向いて口からよだれを垂らす軍神というのは……なんというか、哀れだな……。
最愛のはずの夫をこうまでしてしまったので謝ろうと後ろを振り返ると……
「ふふふ……可愛い……」
フリッグさんが気絶したオーディンを見て恍惚としてらっしゃった。
「お、お邪魔しました……」
私はそっと部屋をあとにした。
◆
部屋から出たあと、いつも通り無表情なムニンさんにこう告げられた。
「オーディン様は、知り合いの名がわかる者を送った方がいいだろうと仰っていました」
「あのですね。その送ったやつと、その相手が厄介者なんですよ」
なにせ気弱逃げ腰の鼠王に、あの破天荒娘レギンである。下手すりゃ国が一個滅んでしまう……。
「……厄介者は、誰のことなのでしょうね」
「え?」
「いえ。なんでもありません。伝えるべきは伝えました。では」
「ちょっ……」
言うが早いか、ムニンさんは一羽の鴉となり、窓から飛び立っていった。最後に呟いたのは、どういう意味なのか……今度問い詰めたいところだ。
うーん……とりあえず、私も仕事しようかな。
──星滅神捜索という名の、邪神探しを。
◆
「だから、そろそろ攻めてもいい頃だと思うんだ」
「……賛同しかねる」
「右に同じですねェ……アナタは性急すぎて、僕らがついていけませんよ」
メアは黙っている。その顔からはなにも読み取ることはできない。できないが、ボクは沈黙を賛成と捉える。
「まさか、殴り込むつもりではないですよねェ……わざわざ身を晒す必要もないでしょうに」
「はんっ、向こうだって力をつけてくるんだ。その確認のひとつでもしなけりゃ、取るべき対策もわからずに殺られるよ」
「……一理あるから言い返せない」
「だからアナタは馬鹿なんです。いいですか、別に実地で見なくとも、シュミレートでどうにでもなります。ただ、あれは少々規格外。なので、一般想定より三段階ほど進んだサンプルと戦闘を繰り返せば──」
だめだな。全然わかっちゃいない。
あの子は、どんなシュミレーションをしようとも、それをはるかに上回ってくる。
運命神たるこのボクでも予測出来ないような……並外れた運命を持ち合わせているんだ。
それに勝つには、ボク自身規格外になるしかあるまい。元々の神性が高い分、ボクは戦闘を避けてきた節がある。でも……彼女らと戦う上で、自衛すらできない足でまといにはなりたくない。加えて、ボク自身の目的もある。
「……やっぱり、行ってくるよ。戻ってくるから、大丈夫」
「……私もついていく。外は吹雪、帰り道が分からなくなってはベルも私も困る」
「ボクは迷わないけどね」
逆にどうして迷おうか。ボクから神権を全部剥奪すれば、それも可能かもしれないけど。
「まぁいいや。念のため、君も訓練したらどうだい、メア」
「……遠慮しておく」
「そうか」
メアは首に巻かれたマフラーを一撫でし、外へと出るべくボクに背を向けた。
「だめだよ、メア。こんな所で背を向けられると……」
──殺してしまいそうだ。
◆
「暑いですねぇ……」
「暑いというより、熱いけどな」
「こんな日には水浴びのひとつでもしたいです」
「残念ながらここに水は一滴もない」
「ですよね……」
「うーん……掘り当ててもいいか?」
「ダメに決まっておろう……どのみち、出てくるのは熱湯じゃ」
「むぅ……水系の妖術が使えればなぁ」
「私、火しか適正ないです」
「俺もだ」
「妾は闇系統しかないのぅ……身体を冷やすことは出来るが、その際、冷やされたものは死ぬ」
「死ぬのは嫌だなぁ」
「死んでるんですけどね」
「あ、そうじゃん。ならそれで頼むわ」
「妾は死んでおらんのじゃが……」
「頑張れ」
「頑張ってください」
「お、お主ら……」
「まぁあれだ。暑い熱くない云々は置いておいて……そろそろか?」
「まだじゃな」
「具体的には?」
「そうじゃのう……あと──」
──半年、といったところかの。