-164-天変地異と、秀才と、天使殿と。
吹き荒れる風と雨とあられと木の葉が視界を埋め尽くす中、幹部総出で外の確認をしに出てきたわけですが。
「おーおー、なんか偉いことになってんぞ」
「わ、ほんとだぁ……」
「「はぁ……」」
呑気な2人に思わずため息が漏れる。
ん? 今誰かとため息が重なった気が……
「ああ、ラナさんでしたか」
「ええ……この状況で私がため息をつかないとでも思った?」
「言えてますね」
ここ二年で、『ミズガルズ』内の大体の性格やら素性やらを把握出来た僕は、年中頭の痛そうな彼女の愚痴に同意する。
……と、右腕がビシッと音を立てる。
「むぅ……私のマーズが取られたのだ」
「ニナ……っ、これはっ……どう考えたってっ、違うでしょうっ!?」
僕の右腕をギャリギャリと引き絞りながら、若干ながらラナさんを威嚇する嫁を諌める。早くしないと雑巾のようにカラカラになってしまう……!
「あ、あとで沢山相手してあげますから」
「ホントなのだ!?」
「え、ええ……だからその青くなりかけている腕を解いて……!」
「スキルをオンにすれば万事解決なのだ?」
「嫌ですよそんなの! 僕はケイネスさんみたいにはなりませんからね!」
生きていく中で必ず一人はいるであろう、「ああはなるまい」という人物。僕にとってのそれがケイネスさんだ。あの御しがたい変態は、今日も本拠地で変態行動を繰り返している。何度か仲間内で牢獄に繋がれ、しかしそれを喜んでしまう程度にはヤバい人だと言えば伝わるだろうか。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」
おっといけない。ラナさんのため息が長くなってしまった。ここにいては墓穴しか掘らない……というか、全部ニナが悪い。
「ラナさんの精神衛生のためにも、建物に戻りますよ」
「はーい! んふふ〜」
ゴギン!
「ぐっ……」
た、耐えろマーズ。君は男だっ!
右腕各所がうっ血して濃い紫になってきてるけど、そんなのは……気にしないっ!
……うしろの方で、またラナさんが長いため息をついた。
◆
「…………」
静かなものだ。
いや、それは少し違うか。うるさいが、やかましくはないのだ。
……僕はなにを寂しがっているのだろうか。やかましくなくて何が悪い。むしろあの厄介者がいない方が、仕事が進んでラッキーじゃないかっ!
「…………」
ふと隣に目をやる。
こんな天気では奇襲もクソもないだろうに、護衛のつもりかフリードが直立不動で正面を見据えている。
そろそろデスクワークにも飽きた頃だし、ちょっとした世間話でも……
「なりません」
「……思考を先読みするな」
口を開きかけた途端、ピシャリと言われてしまった。王との会話を拒むのはどうかと思うが、そんな一般人の常識はフリードには通じない。彼は僕の直近として、僕の扱い方をよく心得ている……おかげでこちらは全く窮屈でたまらない。
「す、少し休憩を……」
「5分ほど前に取ったばかりです」
「ぐ……」
まだそんなしか経っていないのか!? 体感時間はとうに5時間を超えているというのに!
……と、しびれを切らして【蛟】を持ち出そうかと本気で悩んでいたところ、執務室の扉が叩かれる。
「名乗れ」
「ハッ! 騎士団第三番隊隊長、ウルマであります!」
「はいれ」
「ハッ、失礼致します!」
開かれた扉の前には、入団直後は大人しそうに縮こまっていた兵士のひとりが片膝をついて礼をしていた。彼はある日を境にメキメキと頭角を現し、二年後には当時の同僚とともに隊長職にまで上り詰めた人物だ。
……認めたくはないが、影響を与えたらしい彼女には感謝するしかあるまい。
「面をあげよ。何用だ」
「ハッ。ただいま、王城の周り……ひいては全世界において異常気象が観測されております。あまりの災害に住民は怯え、王の助けを求めております」
「…………」
これは簡単に予測できたことだ。
執務室からでも外は見えるし、なにより空の色が青から赤に変わった時点でそれは異常なのだから。
そしてその後に起きるであろう騒ぎも予測出来ぬほど、僕は愚王ではない。
「直ちに王城、たらびに国営施設を避難場所として設置せよ。案内は騎士団が行え」
「ハッ!」
彼は自身の実力に加え、人を動かす力も持ちえている。それゆえの隊長職であり、国防を司り、軍師的な位置につける三番隊においたのだ。
……結論から言うと、彼の行動は迅速だった。他の者……フリードにまかせたとしても、こうも うまくは行くまい。どこかで支障がおき、騒動が起こる。
しかし……ウルマは違った。事前に対策を打ってあったかのように火種を潰していった。「何かが足りない」事態を、尽く回避したのだ。
「うかうかしてはおれんな。フリード」
「そうお思いでしたら、山積みの書類のカタをつけていただきたいものです」
「つれないな……」
フリードのいう山積みの書類は、各方面からの報告書及び申請書、嘆願書の類だ。
この村ではこんな異常気象が発生している。だからこうしてほしいだとか、魔獣被害の相談だとか。
誠に心苦しいが、その全てを承認するわけにもいかない。騎士団の数にも限りがあるし、魔獣被害に関しては地理的な問題や気候のこともある。むやみに派遣するわけには……
「そんなところに朗報でーすよっと」
「──ッ!? 何者だ!」
「ああえっと、そんなに構えないで欲しいなーって。援軍です。え・ん・ぐ・ん」
扉も窓もない「壁」を蹴り破って入ってきたのは、現在不在中の誰かさんを思わせる……銀。
「あー……藍波の知り合いのところに派遣されるって聞いたからまさかとは思ったけど……別人ですよ?」
「……もう一度聞こう。何者だ」
「んもー、お堅いですねぇ王サマ? レディに対して、随分と攻撃的でいらっしゃる?」
おほほほ、と本当に誰かさんを思わせる煽りっぷりを披露する侵入者に、フリードが反応した。
至って紳士的なスーツを靡かせながら両手にナイフを携えて切りかかっていく。
「ウサギはカメに勝てるのでしょうかっ!」
侵入者はそれを体位の移動のみでゆらゆらと躱していき──
「……まぁ、私はハヤブサなんですけど」
瞬きひとつのあいだに、侵入者は輝く鎧に包まれ、背には翼が生え、手には身の丈を優に超える大剣が握られていた。
それを全く重さを感じさせない速さでひと振り。それだけで、フリードはナイフを二本とも砕かれ、更にはスーツまで刻まれてしまった。……辛うじて局部の布は残っているが……わざとだな。
「……不覚」
「いやいや、不覚もなにも……まず土俵が違いすぎるから比べちゃあダメな部分だよ。服の方はやりすぎた気もするけど」
バツが悪そうに頬をかく侵入者……いや、表現を改めよう。
「天使……」
「は?」
「貴方が神のお使いか──!」
「はぁああぁあああああ!? ち、ちょっと待って! なにそれ恥ずかしいんですけど!」
顔を真っ赤にしてわたわたとし始める天使殿。くっ……慌てる姿すら神々しいというのかっ!
「た、確かにオーディン様直属の命ではあったけど……そうだよね。言われてみれば確かに天使だわ私」
『……今更気づいたのか。地上出身のエインヘリヤル側からすれば、この格好は痛々しいにも程があるそうだぞ』
「それ言われなければ絶対気にしなかったのに!」
いやぁぁぁぁ! と泣き叫びながら輝く鎧を霧散させる天使殿。さすればパタパタと飛び出る一羽の鳥。
『まぁ……なんだ。俺は基本神界暮らしだったからな。いいと思うぞ、あの姿』
「なんでちょっと言いづらそうなのぉ!?」
『はぁ……それより、そこの野ネズミ』
はて。野ネズミ……僕のことか!?
『貴様だドブネズミ。貴様のその耳は飾りか?』
「ランクが下がった……」
『クソネズミ。誠に遺憾ながら、ヴァルハラが主神、オーディン様の命により、貴様の護衛兼補佐に来た。持てる限りの体力を使って狂喜乱舞し、そのあとひっそりと果てるがいい』
とことん口の悪い鳥は、しかしとんでもないことを口にしていた。
「ヴァルハラ……だと……?」
『何度も言わせるなゴミムシが』
もはやネズミですらなくなってしまったらしい。
そろそろ僕の王としての仮面が涙でふやけて、僕の本来の貌がチョコエッグしちゃうよ?
さっきまで猛威を振るっていた天使殿は部屋の隅で体育座りをしてすすり泣いてるし……。
一体、何がなんだっていうんだ……。
レビューって偉大ですよね……一件つけば、そこから爆発的に読者が増えるんですよ。
まぁ、頂いたことないんですけどね?