-161-整理と、多種と、強者と。
果てのない道を、ただ真っ直ぐに歩く。
見えない。なにも。自分の姿さえ知覚できないほどに、真っ暗な道を。
最早真っ直ぐに歩けているかもよく分からないが、それでも、自分が前だと信じた方向に向かって、歩く。
その先に、自分の求めた答えがあることを信じて。
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「さて」
いつもの地下室に集まったのはベルとメアを知るものたち。
そしてベルを誰よりも知っているのであろう妹であるスクルドさんがパチン、と手を合わせる。
「今回の件について、整理しよう。バタバタしてたから、まずは先の襲撃について」
おちゃらけた雰囲気など、微塵も介入してはいない。話す当人も重く受け止めているのか、いつもより表情は硬い。
「件の襲撃では、かなりたくさんの損害が出たみたい。そらは報告書に目を通してもらえばわかるんだけど……問題は、『なぜ起こったのか』が不明という点だね」
シーカーによる襲撃は、普通上位のシーカーの誕生によって行われるか、単純な虐殺が目的だ。その際、シーカーの行動は自由気まま、好き勝手に暴れるだけだという。
しかし、今回はどういうわけか、全体的に統率が取れていた。まるで、軍のように、突撃隊、前衛、中衛、後衛といった具合に。
「報告書に書いていないということは……あの場にいた者が誰も報告していないということだけど、あってるね?」
「念のため、私から口止めをした」
その質問に答えるのは、隣に座していた師範だった。そして、その口止めの内容というのが──
「アレス……いや邪神の出現に関しては、まだ知られるわけにもいかん」
「どうして?」
「混乱が発生し、もしかすると『星滅神ディザスター』よりも『謎の邪神』に興味が移ってしまう可能性がある。それは避けたい」
「私には、それがどうして悪いのかがわからないのです。そのまんま擦り付けて、全勢力で叩き潰せば……」
「無理だ。あれは、戦闘狂だからな」
なるほど理解。邪神は、自分に牙を向くものを歓迎する。自分と戦う者を勇者と讃え、それでなお勝利を収める。
故に、多勢で挑めばそれだけ奴は燃え上がるわけだ。
「でも……そうなると、どうやって戦うのです?」
「もちろん、我々で叩く。そのための妖精化、だろう?」
「お見通し、なのですか。波旬さんといい、見通し性能高すぎなのです」
観念したように手を上げるリリィ。件の魔王様にも同じようなことをされたのだろうか。
「それで、邪神のことですけど。どうやら予想とは違ったみたいなのです」
「「いや、ここまではあってる」」
「……? 確か、予想ではあの勇者が依代だと聞いたのですが……」
重なったスクルドさんと私の声に、リリィが訝しげに首を傾げる。確かに、邪神の憑依先がアスロンであるという予想はあった。
しかし──
「第一コンタクト。その際、やつは必ずあの姿で現れた」
「……うん。ウルド姉から聞いた話では、今この期間中に憑依をしなおすんだって」
幾度となく遭遇をしてきた私からすると、むしろ同じ姿だったことに安心を覚えるくらいだ。前と違う、それだけで思考は乱されるのだから。
「……みすみす、強くなるのを待つというのですか」
「残念だけどね。どのみち、挑んだって勝てる相手じゃないんだから」
悔しい、という感情を無駄だとは思わない。が、今はそんな思考は捨てるべきだ。その思考にかけるリソースを、ただ強くなるために割く。それが今出来る最善。
「ですので、よろしくお願いします。師範」
「……ああ」
唐突に始まる打ち合い。ハナから勝てるとは思っていない。
というのも、私の得意とする戦法──変幻自在──は、場合によっては悪手となる。強い10は、極めた1には勝てないのだ。
速さでまかない、どうにか同じ土俵に手をかけて入るものの、最終的にはその手を剥がされてしまう。師範も邪神も、どちらも格上の存在だから……足掻いても、届かない。
ならば。
「もっと強い100で挑んでやる」
十で足りないのなら百。
百で足りないのなら千。
千で足りないのなら万。
剣、槍、斧、盾、拳、鞭……
その中にも、色々ある。そして、その特性はモノによって異なる。
可能性は、無限大だ。
「…………」
未だ手刀のみで捌かれる剣を見て、若干の焦りを覚える。なので、最初の方に使った技をもう一度使ってみることにする。
例えば、フェイント。
防御を誘い、アレンジを加えた一撃を打ち込む。
その逆に、「もう来ないだろう」と思わせてからの一撃もなかなか効果的だったりする。
問題は、相手に先読みという思考があるかどうかだが──
邪念が入った。そこを的確に見抜いてきた師範に足払いをされ、勢いよく血に倒れる。初歩的な技……技とも呼べぬような、ただの足払いで。
「予想外は死を招く。常に最悪を想定しろ」
「──っ」
突きつけられた鞘入りの刀に降参をする。まだまだ未熟、か。フェイントという小手先に頼った結果か、そういう思考が頭を埋めつくしていたゆえの敗北か。
「確かにフェイントは有用だ。が、一旦見た技の派生部分が分かってしまえばそれまで。必死に隠しているが、視線と息遣いでバレバレだ」
「はい。ありがとうございます」
「それと……その戦い方は、自分にあっているのか?」
「……?」
「いや、違和感がないのなら別にいいのだが」
それっきり言って、ゼノヴァ宅へ消えていった師範の背中を見送りつつ──私は唖然と立ち尽くしていた。
なんだよ師範。それじゃあまるで、私が無理してるみたいじゃないか。
だって私は昔っから、こういう戦い方、色んな武器で翻弄する戦い方をしてきたじゃないか。それを一番近くで見ていてくれたのは、師範じゃないか。
ベルやメアの不在に加え、なんとなく自分を否定された気分になった私は、静かに地下施設をあとにするのだった。
◆
魔王は言った。
強くあるためには、強くなれと。
弱いものはいずれ淘汰され、屈辱に苛まれながら消えていくのだと。
それが嫌なら、強くあれ。しかし、虚勢ではいつか破れてしまう。
故に、強くあるために強くなれ。
この世界は、そういうふうに出来ている。そして、そのための手段を選ばなくていいようにも出来ている。
自分が強いということは、自分より弱い何者かがいるということだ。そうした相手を踏みつけ押しのけ、意地汚く足掻いた者に待つ未来こそが──
「……圧倒的、強者」
「どうしました? 波旬さんの言葉ですか?」
「はい。お姉さまは言わずもがな、私達もかなり力をつけたとは思いますが……あれには到底及ばない。強さの底が見えない」
罠にフェイント、素直な打ち込みに妖術をも織り交ぜた多彩な攻撃方法を手刀のみで捌ききって見せた創世神に感服するとともに、言いようのない畏れを感じる。
いや……どちらかというと、彼をもってして倒せないと言われている例の邪神に対しての恐れが大きいか。一度見た、見てしまった あの存在感は、今思い出しても体の芯から震え上がってしまう。
「そんなのと戦う……是非とも遠慮したいものなのです」
「賛成です。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものですね」
しかし、そうも言ってられない。
世界の存亡をかけた戦いなんてものに参加する気は、確かに起きない。でも……
「お姉さまを放っては、おけないのです」
「…………」
足でまといになるかもしれない。でも、それでも自分にできる最大限を尽くして、憧れたあと人のそばにいたい。その為に厳しい試練をくぐり抜けてきたし、数多くの訓練もこなしてきた。
目的が定まっているのなら、やるやらないを考えるのは無駄だ。
その目的遂行のためにも……
「お姉さま、試合をしましょう」
お久しぶりです……学校が思っていたより余裕がなく、チマチマ書いて3000字でございます。
更新を止める気はありませんが、頻度はかなり減ってしまうと思います(n度目)。
他2作については完全に停止ですね。手が回らなくなってしまいました……悲しいなぁ