-159-宙吊りと、馬鹿と、有意義と。
逆転した世界……ふふっ、アンダーワールド……
「ミストさん。このままではお姉さまがどこかへ行ってしまうのです」
「それはいけないねー。どうしよっか、リリィちゃん」
「そんなことよりイエティ! イエティはどこにいるの!?」
「雪山って言ってた……ということは、ニヴルヘイムにいけばいるんじゃ?」
「許してください……魂だけは、魂だけはっ!」
『僕を敵に回したらどうなるかなんて、君が1番知ってるだろうに』
口々にアンダーワールドから私を引きずり戻す不埒者達。いつの間に開発されたのか、『縛るんです∞』の強化版であるらしい『縛るんですetc.』によって逆さに吊るされた私を囲って、何やら楽しそうだ。
場所は自室。布団に潜り込んで寝た振りをしていたところ、つるし上げられた。そして、自室ということは、その同室の者も入ってくるわけで。
「イカれた茶会にようこそ、なのです」
「なに、この状況……」
「うあ……流石に引かざるをえないよ……藍波にこんな趣味があったなんて……私、困る!」
同室のレギン、加えてなぜかヒルデが入室。現在の光景に絶句していた。レギンは一体何に困るというのだろうか。
「……レギンレイヴさん。あなたもなのですか?」
「え……?」
「隠し事は不可能なのです! そのお姉さまに対する恋慕の感情……抑えきれていないのです!」
「な、に……」
「え、レギンも『そう』だったの?」
「ミスト!? なにかすごい勘違いしてない!?」
ジリジリと閉めた扉側へと追いやられていくレギン。全てを理解したらしいヒルデがため息がちにこう援護した。
「仕方ないでしょう。レギンは馬鹿だから」
「うぉいヒルデ! それは援護じゃなくて罵倒だよ!」
「レギンに関することは大体これで片付くから」
「なんだと!」
「そうだよね。レギンは馬鹿だから、こんな勘違いを……」
「馬鹿のお守りは大変なのです。その馬鹿と同室とか、お姉さまの苦労がありありと伝わって──」
「なっ、なっ……」
あ、爆発寸前ですね。
「やるなら闘技場でねー」
「もちろんだ! まとめてボコボコにしてやるぅ!」
レギンは一人、闘技場へと歩んでいった。さんざん罵倒した三人は部屋に残ったまま……
「「「「馬鹿だ……」」」」
その場にいた全員が、その馬鹿さ加減に溜飲をおろした。
◆
解放された私は、取り敢えずリリィとカッシュくんの紹介をすることにした。場には先程出ていったレギン以外の親しいクラスメイト。フリストたちのイエティコールはおさまり、今はリリィたちの方に興味を示している。
「一応、旅の話はしたはずだから名前だけは知ってると思うんだけど」
「まさかこんなに活発な子だとは思わなかったよ……」
「ミストさんに言われたくないのです」
「「へへへ……」」
こ、怖い! ミストは最近、第二のリリィになりつつあるので厳重警戒が必要か……。そのうち寝込みを襲われそうだ。
「……僕はここにいてもいいのでしょうか」
「「「ダメに決まってるじゃないですか」」」
「…………」
カッシュくんが物言わぬ石くれになった。どこか悲しそうな目をしている気がするのは気のせい……そう、気のせいだ。
「まあカッシュくんがいるいないはさしたる問題ではないのです。私達が、どうやってここまで来たのか。その話からなのです」
以前にも聞いた、魔王の住まう魔境にあるとされる、『妖精化の遺跡』の話。毎度思うけど、この世界遺跡多すぎじゃない?
……それはさておき、魔王の管轄であるがために一般人は利用ができない。しかしながら、ちょっとしたコネで通してくれたとか。
「魔境についた時、あの人……ムニンさんがやって来てくれたのです。おかげで波旬さんの前まで顔パスみたいなもんでした」
ムニンさん……ちゃんと役目を果たしていたようで何よりだ。あの人、口下手だからなぁ。
「波旬さん……魔王様は、私たちを見るなり嬉しそうに歓迎してくれたのです。何が起きたのかはよくわからないのですが、『次来る時は、必ず全員で来るんだぞ』とおっしゃってました」
「全員?」
「はい。パーティー全員で顔を見せに来いと」
「……でもそれって」
「はい……どうしても一人、欠けてしまっているのです」
シド。彼は地獄で元気にやっているだろうか。もう、次の女性に言い寄ったりしてるのだろうか。もしそうなら……嫌だな。
「まぁ、波旬さんのことはいいのです。あの人もあんまり語られたくはないでしょうし。
件の遺跡で、私とカッシュくんは6つの試練を受けました。それぞれGMのいる難関だったのですが、どうにかこうにかクリアできたのです」
リリィの言う6つの試練。
一つ目は算術。
二つ目は軍略。
三つ目は防衛。
四つ目は索敵。
五つ目は潜伏。
六つ目は戦闘。
この全てを、GMが満足するレベルでの攻略が必要だという。
これらを経て、ようやくたどり着いた先にあったのは、小さな果実のなった木だったという。
「その果実を食せば、その人にあった妖精……もしくは眷属になれるのです。見てのとおり、私は【猫妖精ケット・シー】として。カッシュくんは冥界の三本柱が一柱、ヘーちゃ……ヘルの眷属【地獄犬ヘルハウンド】として、【神性】を獲得したのです」
それなりに修行をしていたみたいだ。いつの間にか【神性】を宿していた私も、そういう試練をやったほうがいいのではないか。
「僕の【神性】はC-、リリィさんはD+ですね」
「あれ、生きてたんだ」
「だめじゃないですか。黙ってなきゃ」
「本来ここは男子禁制なんだよー」
「男と同じ息を吸うとか、それだけで吐き気がするんだから」
「まじかよフリスト」
再び石像のように動かなくなる汚物製造機(失礼)。
衝撃の事実だ……フリストが男性嫌いなんて……
ん? ということは……
「エルルーン、浄化してぇ」
「はいよー」
ズキュゥゥゥン!
「「「…………」」」
まじかよ……
◆
ひとしきり百合百合したあと、口をハンカチで拭き拭きしながらフリストは何でもなかったかのように続きを促してきた。どういう神経してんだろう。
「【神性】に関してはランクがあるので語るべきは少ないと思いますが。私達はその遺跡で妖精/眷属化したあと、ロープで降りてきたウルドさんと共に神界に来たわけなのです」
「ロープ?」
「はい。なんか空から垂れ下がってたのです」
……どういうことだろう。
「いやはや、ロープを登るにあたって、横風や自分たちが登る時の揺れに四苦八苦したのです。特にアルドゥ鳥がそばを通った時なんかもう大変で」
「え、本当に『ロープで昇ってきた』の?」
「ええ。物理的に、ひたすら上に」
ええ……
まさかあの利己的なタイプであろうウルドさんが、そんなアナログな方法で神界に上がってくるとは思わなかったわ……
「それでウルドさんは?」
「ウルドさんは顔を出す場所があると言って神界についた時に別れたのです。お姉さまの居場所や状態は教えてもらわずともわかるので、ここに直行したのです」
「お、おう……」
【盲目】は健在なのか……再びあのスキルに怯える日々がやってくると思うと気が滅入るなぁ。
「私たちの動きはこんな感じなのです」
「そっか……色々、大変だったんだね」
「大変……と言うよりは、有意義だったと感じているのです」
そう言って前向きに笑う彼女が、少し羨ましかった。
土曜日も学校があるみたいなのですが、今週はオリエンテーション期間でおやすみでした。
そんなわけで更新しましたが、この章もそろそろ区切りをつけたいと思っています。