-155-報告と、行方と、合流と。
注:混乱の恐れあり。錯乱はしないです。誓って。ただ、こんがらがる可能性が無きにしも非ずというわけで……
む、報告書か。
『緊急招集:ヴァルハラ郊外・オスラ村における戦闘報告書』
○出現した的の総数、57,301体
内訳
・犬型:6,000
・小鬼型:10,000
・虫型(蟻型):15,000
・虫型(蝶型):4,000
・虫型(蟷螂型):2,000
・虫型(蜂型):10,000
・鳥型:10,000
・人型:300
・所属不明:1
所属不明の敵以外の殲滅に成功。
以下は被害状況。
○死亡者数
・村民:2,351名
・志願兵:520名
・一般兵:3600名
・戦乙女(候補生):29名
・戦乙女(正規):8名
○負傷者数
・軽傷者:0名
・重傷者(内科・外科):0名
・重傷者(損傷ありの者):469名
・危篤(意識不明、瀕死):34名
○倒壊した建物:なし。
── ── ── ── ── ──
○第二学年のライド成功情報
総勢399名
・成功者(戦闘参加):28名
・成功者(戦闘中非参加):65名
備考:戦闘に参加した生徒のうち2名が行方不明。他の二学年は帰投。
行方不明者………
ベル、メアの二名。
捜索隊の報告を待つ。
──作成者、フリッグ
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◆
「師範」
「…………」
「師範!」
腕を組んで微動だにしない創世神を前に、私は声を荒らげて問いかける。
さっきまでは、世界の真実を知る者達がいた。
しかし、足りなかった。二名と一匹、足りなかった。
二学年と合流した時にはいたのだ、その二人は。いつものように自慢げなベルと、いつものように口数の少ないメアが。
それが、戦闘を終えてみてどうだ。行方不明だ。
しかも、私が後方で治療をしているうちの出来事だという。
スクルドさんは仕方なかったという。今回は、今までの侵攻とは毛色が違うと。だから、犠牲者が出ても仕方がなかったと。
私はそう言われた時、無言で彼女に殴りかかっていた。未来予知によって回避され、足を取られて無様に転んだ。
でも、許せなかった。犠牲者が出るのが仕方ないと言われたことではない。
行方不明の二人が、死んだかのような口をきいたからだ。
絶対に生きているという、確信という名の願いがあった私は、口汚く彼女を罵った。せっかくの未来視をなぜ最大限使わなかったのか、そうすれば未然に防げたのではないかと。
今度は私が殴られた。
回避を試みたが、避ける方向が分かっていたかのような……実際わかっていた拳に顔面を抉られ、再び地面と激突した。
彼女は できればそうしていると、涙を浮かべながら追撃をしてきた。予知できないはずもないと。どうしようもなかったと。見える未来は一つだけではないのだと。
馬乗りになり、何度も、何度も殴られた。彼女が力尽きるまで、何度も、何度も。
気を失った彼女をゼノヴァとアーリアが運んでいった。去り際、ゼノヴァに見損なったと言われたが、どこか遠くに聞こえた。
地下に残ったのは、血だらけの私と、動かぬ師範のみ。何度呼びかけようと、どれだけ責めようと、彼は俯けた顔をあげない。まるで死んでいるかのように、動かない。
流石に心配になって肩を揺さぶると、まるで力が入っていないことに気付く。ガクンガクンと前後する頭に従って、後ろに倒れていく。そのまま後頭部から激突して、動かない。
「…………」
なんだか、馬鹿らしくなってきた。
未来を救う……?
邪神を倒す……?
それを成し遂げるのに、あと何人、死ねばいいんだ。私はあと何回、死ねばいいんだ。
『え、何回も死んでるんですか』
そうだよ。私は何万何千という死を経験してる。痛みに飽きる程、死に飽きるほど。
『初耳なのです……』
そりゃそうだ。本当に少数の人にしか言ってないし、言ったとして信じてくれるかは別問題。ただの情報漏洩だしね。
『私は信じるのです!』
『僕もですよ』
ハッ、誰にもわかってたまるか。この生き地獄、私が私ですらない、紛い物の気持ちが、わかられてたまるもんか。
『むぅ……珍しく意固地なのです』
『はぁ。あれだけ言ったのに。いっそぶっ飛ばして「修正」しますか』
『え……うーん……でも、最早そうすることも辞さない状態なのです……ヤっちまいますか?』
あーあ。もう何もかもがどうだって──
スゥ──────
『えいっ』
痛ァっ!?
な、なんだ!? 全身に満遍なく激痛がっ!?
『ほれほれ、早く起きないと、大変なことになるのです……じゅるり』
『じゃあ僕は精神攻撃しますね。あなたはいつもそうやって──』
んんんん!?
なんだこの状況!?
起きるって何!? 私は起きないと、何をされちゃうの!? そして耳元で説教垂れんな鬱陶しい!
『そんな……人前では、恥ずかしくってとても言えないことなのです』
『あっ! 人の善意をそうやって……倍増しです』
ギャー! なんか大変なことになってるっぽい! 最悪の幻聴だよこれ!
『……どうしましょう。この人ガチなのです』
『……どうしましょうね。これは本気でボカンもいいかと』
『じゃあ次は強めで行くのです』
『了解です』
わー! 待ったストップ! ステイステイ!
起きるっ! 起きるからっ!
『『ほう……?』』
…………。
……起き方、教えてください。
『はぁ……なんか気が抜けちゃったのです』
『ですね。急げって言うから来てみたら、結局なんも変わってないじゃないですか』
あの……すみません。ホント謝るんで、どうか起こしてください?
『右上下下Xです』
『そしてその後で隠しコマンド、左左右上Bなのです』
右、上……なんだって?
『……やっぱ物理的に起こすのが手っ取り早いのです』
『そうしましょうか』
結局こうなるのか────ッ!?
……………………
………………
…………
……
……?
「あ、目が開いたのです」
「ふぅ、『右足裏を縦:上から2センチ、横:右から1センチを秒間16連打×5秒間』、大成功です。これ発見した人凄いですね」
「なんだその出鱈目な治療法」
「開口一番それですか? 他に何か言うことはないんですか?」
うぐ……
「た、助かりました……」
「それだけですか?」
むむ……
「ありがとう、ございました」
「どういたしまして」
やっと許してくれ──
「それで?」
「うっ」
「せっかくの再会なんですし……」
「うん……そうなんだけどね? なんかこう……違和感というか、知ってる人とは少し違うというか」
「ま、まさか私達のことを、忘れて……? そんなっ」
いや、今までのノリと口調と声でなんとなく察している。
「久しぶり……リリィ、カッシュくん」
「はい! しばらくぶりなのです! よかったのです……てっきり忘れられたのかと」
「忘れるわけないでしょうに」
「じゃあなんで歯切れが悪かったんですか」
「いやだってさ……」
久方ぶりに見る二人を交互に見て、一つ頷く。
「色々、変わってるじゃん?」
「「あ、気付きました?」」
てへへ、と後頭部をかく二人。
なんで「前髪切った?」と言われた時みたいな反応なのか。二人の見た目は、そんなちょっとした変化ではないというのに。
「まずリリィ!」
「はいなのです!」
「その……耳輪? は何!」
「あ、これですか? 可愛いですよね!」
違う、そうじゃない。
「リリィも遂にギャル突入……」
「ちょ、お姉さま!? 変な勘違いをしないで欲しいのです! これは猫妖精の証なのです!」
ピコピコと耳を動かしながら憤慨するリリィ。揺れ動く耳に合わせて、左右合計4つ付いた金の輪が輝く。
「ケット・シー……? え、なにリリィ妖精だったの?」
「逆なのです。成ったのです」
「へぇー…………………?」
「どうしてそんなに疑り深いのですか!」
「え、だって、ねぇ」
隣のカッシュくんに助けを求め──
「あ、僕はまたちょっと違いまして。地獄犬に成りました」
彼は彼で、首にいかつい首輪を付けていた。
「へぇー…………………?」
「あのですねぇ……流石にその対応は少しイラッとするというか。その顔! 顔がいけない!」
何がいけないというのだ。真顔を通り越した、「あっ、こいつイタイやつや」の顔のどこが!
「というか妖精とか番犬って、アクセサリーで成れるもんなの?」
「「全然違います。付属品なだけです」」
言い切った。二人して、一言一句違わず。事前打ち合わせでもしていたかのような合わせっぷりだった。
「って、再会を喜ぶのはいいけど、たしか私は地下で──」
「地下? 地下ってフリッグ様の話だと、ゴミ捨て場って聞きましたけど」
「いや、行けばわかる」
先程までの状況は、一体なんだったのか。二人の劇的な変化については後でじっくり聞くとして、今の優先順位はこっちだ。
学園とその寮には、各部屋に必ず一箇所以上ダストシュートがある。周囲をみるに、ここは医務室か。
二人を引き連れてダクトを滑り落ちれば、学園側の地下施設に到着する。ここは、以前一回だけ探検しに来たことがある。その際、裁断機の場所がわからずラインを超えて引き潰されかけたが、ゼノヴァと同型の機械人形に助けられた。確か名前は……
「あれ、何してるんですか藍波さん」
「ああカリーナ。久しぶり」
明るい緑の髪をした彼女はカリーナ。先代が裁断機にやられて6年ほど前にやってきたらしい。
「三年の寮ってどっち方面だっけ」
「あそこです。なんなら案内しましょうか」
「いや、大丈夫。そんでありがとう!」
ゼノヴァたちと会うのに、彼女がいては空気が変になる気がする。いや……それはさっきのが現実だったらの話だけど。
「むむ……お姉さまと親しげなあんちくしょう……後日締め上げるのです」
「やめなさい」
一年前から変わらず過激派な妹分を懐かしみつつ、すぐさま思考を切り替えて通路を走った。