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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
155/176

-154-棒と、気まぐれと、勘違いと。

 ただでさえでかい身の丈を越える野太刀……いや、あれは棒だ。ただの棒。そこらへんの木から折ってきたのだろうか。ただ、ちょっとだけ研磨したのか、片刃の剣に見えくもない。どちらかというと木刀が近いかもしれない。


 どちらにせよ、へし折るが。


「────」

「ほう、恐れず挑んでくるか。勇敢か、馬鹿か……貴様はどちらでもあるようだ」


 最速ではなった初撃をひらりと躱され、小さく舌打ちする。せっかくリーチ眺めの槍で急所を狙ったというのに……


「相変わらず、化け物じみた反応速度」

「ほう? ほう!!? 貴様、俺を知っているのか……? いや……それはありえん。どうせ伝聞だろう、それでわかった気になっているだけの……」

「全部わかってるよ。あなたには何度も殺された」


 油断なく剣にした【朧月】を構える。対する敵は、その大きな手で顔を覆い、何がおかしいのか大笑いをしはじめた。


「クァッハッハッハ!! なるほど、なるほどォ! ウルドの差し金か? そうだろう!?」

「あなたに答える義理はない」


 言うが早いか地を蹴る。最短距離を、瞬間的に詰める。腰を最大まで捻って繰り出された横凪ぎは、棒の表皮を削るにとどまった。

 もちろんその程度で私は引き下がらない。即座に瞬撃に移行する。

 一撃を放つたび、棒の欠片が飛び散る。が、遂にへし折ることはできなかった。


「感謝するぞ、名も知らぬ娘よ! ただの棒が、より洗練された武器となったわ!」


 いくらか細くはなったものの、それがむしろ刺突攻撃力を高めてしまったようだ。奴の嬉しそうな表情が癪に障る。


「──《狐火》」

「フハハ、そんなちゃちな炎では燃えぬ燃えぬ! いいか? 炎とは、こう使う」


 木には火を、ということで火を放ってみたが、棒のひと振りでかき消されてしまった。それどころか、逆に自分から棒に炎を纏わせ始めたではないか。


「んっん〜♪ スルトの炎も、いくらか役に立ではないか。なにより見た目がいい!」


 言いながら、炎の蛇をまとった棒を中断に構え、おもむろに虚空に向けて突き出した。咄嗟に【朧月】を大盾に変形させて地面に突き立てるが、盾を残して吹き飛ばされてしまった。


「おうおう、炎熱系は効かないってか。こりゃなかなかいいものを見つけた」

「は……」


 随分と上機嫌な敵を()めつけ、身体を起こす。奴が何をしたかは、なんとなくだがわかる。

 あの蛇のような炎……まずあれが盾に食らいつき、その数瞬あとになって棒が盾を突いたのだ。


 なんだ、ただの分離攻撃……とは思わない。

 いや、確かにただの分離攻撃ではある。が、その威力がおかしいのだ。

 なにせ、炎の蛇の攻撃を受けきった盾の防御力を貫通しての衝撃波だ。地面に突き立て、衝撃の受け流しに優れた形態をもってしてもこの威力……


「それにしても、出てくるのがはやすぎでは?」

「俺の登場に早いも遅いもあるか? 俺は突然現れ、突然すべてを破壊し、突然この世を消し去る者だ」


 破壊の化身は、言い聞かせるようにゆったりとした口調でそう語る。

 その纏う殺気とは、まるでベクトルが逆だ。


「破壊者、世界の怨敵! ああ、なんと甘美な響きか……いや、わかるまい。馴れ合いを求める貴様らには、何度死んでもわかるまい!」


 自分の言った言葉に対して恍惚の表情を浮かべ、自分だけの感覚に酔いしれている。

 ここは自分の領域。誰にも踏ませはしない。

 そんな、子供のような我儘。


「わからない……か。うん、わからないね? 師範」

「ああ。全くもって理解不能だ。お前はいつもそうやって私の気配を察知する」

「え、だって普通に後ろいたでしょ?」

「創世神たる私が全力で隠密を使っているというのにか?」


 背後にいる髭の恩師に同意を伺うと、彼は少し自身をなくしたように肩を落とした。

 出陣の時からこっそり付いてきていたのはバレバレだった。隠密を使ったかどうかは知らないが、暗い森の中、スキルも妖術もなしに渡り合った私が見逃すはずもない。


「貴様……いや、そうか。そうかっ! フハハハハ! こいつは楽しい日になりそうだぞ!」


 そんな師弟のやり取りを見ていた敵は、またツボにはまってしまったらしい。棒を地面に根元まで突き刺し、その上から入念に踏みつけ始めた。


 その棒が、端の数ミリも見えなくなったあたりで、敵は嬉しそうに両腕を広げる。


「やっと……やっとだ! この時を待っていたぞ、ディミアルゴス!」

「私もだアレ──いや、名も無き邪神よ。貴様という異物を取り出すための手術は今か今かとな」

「だろうなぁ……おい、覚えてるか? 俺たちの最後の戦いはよ」

「鮮明にな」


 旧友と久しぶりに会うような、そんな軽いやり取りだが、師範の手には既に【絶禍】の柄が握られていた。見れば、少々力が入っているのか、手が白くなっている。


「じゃあわかるな? 俺の言わんとすることが」

「さて、名も無ければ慈悲もない邪神の考えなぞ、わかりたくもない」

「ハッ、気取ってんな。なにか? 弟子の前ではそうなのか。ん? 牙も爪も抜けちまったか?」


 のぞき込むように威圧する邪神を前に、しかし師範は動かない。いや、動けない。


「ハァ……長ぇ隠居だとは思ってたけどよ。まさか本当に抜けちまったのか。興ざめもいい所だな」

「言ってろ」


 昔……と言っても一年と数ヶ月、体感時間にすれば2万と少し前の私なら、師範に対する侮辱的な発言は許さなかっただろう。敵わないとわかっていながら、無謀にも戦いを挑み……死んでいただろう。


 しかし、そんなヘマはしない。今の状況で勝てないということは、嫌という程身に染みているから。


「フン……そこの娘といい、少しは骨があるかと思ったが……見当違いか」


 動かない私たちを見て、つまらなさそうに鼻を鳴らす邪神。せっかく無手でやりあえるとでも思っていたのか、握られた拳はところなさげに下ろされた。


「まぁいい。ここに来たのは気まぐれだしな。貴様の生存がわかっただけ、収穫があったと思っておこう」

「それはよかったな。できれば二度と人の前に現れないでほしいものだ」

「ハッ、そりゃあ無理な話だぜ? 俺はそういう生き物だからな」


 直後、邪神の姿は消えていた。そよ風を通し、消えたはずの声が聞こえる。


『次に会う時は、必ず殺す』


 微かに、しかし鮮明に響いたその声は、正しく宣戦布告だった。


 ◇


 ──Sideミスト──


「う……あ……」


 時間が止まって見えた。

 変な表現だとは思うけど、そうとしか言い表せない。何しろ、あの場で動いていたのはあの赤い男のみだったから。自分は人形のように動けないのに、それを見ることは出来たから。

 その脅威が去ってしばらくしても、私は言葉を捻り出すことができなかった。どうにも無力。今までのすべてを否定するような存在が、まだ見ている気がして。


 その超常の相手を前に啖呵を切っていた私の友は、突然現れた髭の生えたおじいさんと話をしている。その表情は険しく、額にはびっしりと脂汗が浮かんでいた。


「とにかく、ここから一旦離脱を」

「そうだな。奴の残した殺気に、皆あてられている」


 話がまとまったのか、彼女がこちらに振り返る。そして、号令。


「周辺にいる戦乙女に告ぐ。直ちに撤退し、体制を立て直す。動けないなら運ぶので、ご安心を」


 ご安心を、と言うけど、ここにいる生徒は大半が動けないよ……

 なんて、口をパクパクパクさせていると、彼女の作り出した炎が寄ってくるのが見えた。え、ちょっと待って。絶対熱いよね!? 燃えるよね!?


「〜~~~~!!」


 抵抗虚しく、担がれてしまった。人型の炎に、ひょいっと。

 しかし、不思議と熱さは感じない。どちらかというと、人肌に近いような……そんな温かみ。


 もう片方の肩にエルルーンを担いだ炎は、後方拠点の天幕に向かって歩みを進めた。


 ◇


 後方拠点の天幕では、負傷した一般兵が大量に寝かされていた。

 肩を砕かれて腕が動かなくなった人。鎧がひしゃげて血が滲んでいる人。膝から先を喰われてしまった人。危篤状態の人が多く、呻き声がそこかしこから上がっている。


 そんな中、私を担いだ炎は私たちを壁にもたれかけさせて消えてしまった。見れば、周りの炎も同じように消えていく。

 なぜ……とも思ったが、ここは「戦えなくなった者」が集まる天幕だと気付いた。物理的な負傷ならまだいい。損傷は治らないかもしれないが、傷というのはいつか癒えるものだ。


 しかし戦意を失い、動けなくなってしまった者は?


 もう嫌だ、怖いからと、戦場から目を背けてしまった者は?


「……馬鹿に、しないでよ」


 彼女は暗に、こう言いたいのだ。

 『戦えないんなら、いるだけ邪魔』と。

 何のために、学園で生活をしていたのかと。


「まだ……戦えるから!」

「お、復帰早いね~さすがミスト」


 自分を奮い立たせていると、私の怒りの矛先が天幕に入ってきた。思わずキョトンとしてしまったが、すぐに勢いを取り戻す。


「あ、あ、あのね! 私はまだ戦えるからっ!」

「え? あー……うん?」

「『うん?』って! なんでそんなシラの切り方をするの! もう怯えてなんかないから、前線に──」

「ぷっ」


 !?


「な、何笑って……」

「いやミスト。なんか面白い勘違いしてない?」

「は……? 勘違い?」

「私はただ、皆を安全な場所まで運んだだけなんだけど」

「そ、それが気に食わないの!」

「え? じゃあ勝てるの? 邪神化して強くなった、戦神に?」

「何を言って──」

「あいつは、物量で攻めても、技で攻めても無駄な相手。それが気まぐれでどっかいってくれて、でも殺気だけは残していった。耐性のない皆があてられるのは当然だと思うんだ」


 何を言ってるのか、よくわからない。ただ、あの場所にいるのが、無性に怖かったのはわかる。それが藍波のいう、残った殺気……?


「で、私は一旦負傷兵の治療にきたって訳。そしたらミストが奮い立ってるから何事かと思ったんだ」

「──」

「ミスト?」


 言葉を失うとはこの事か。

 みるみる顔が赤くなっていくのがわかる。今にも火を噴きそうなくらいに。


「はうぅ」

「ミスト!?」


 羞恥は限界を超え、耐えられなくなった私は一人、気絶という手段で逃げるのであった。

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