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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
154/176

-153-平和と、試行と、来襲と。

 エインヘリヤルと契約を結んでから一年が経った。


 それぞれパートナー間に絆のようなものが生まれており、たとえ言葉による意思疎通が出来なくとも問題ないくらいには通じ会えているようだ。


 私も例に漏れず、アースとの間には切っても切れないような関係が出来上がっていた。


「それでさ、八百屋のおっちゃんがさ」

『あれは傑作だったね! そのミカンは売りもんじゃねぇ! とか言って飛び出してきてさ』

「そうそう! ちょっと手に取っただけなのにね。きっと娘さんから貰った、大事な宝物なんだろうね」

『そのうち腐っちゃうのにね』


 と、こんなどうでもいい話をしている今も、ライドの特訓及び戦闘訓練をしている。

 ヒルデとの戦いで、観察に回ってもらったアースだが、アース自身の戦闘能力があるということだったので、少し連携が組めないか試しているのだ。

 もっとも、ライドをしてしまえばそれまでなのだが、この先何があるかわからない。備えておいて損は無いだろう。


『あ、ごめん爆発するよ』

「ほいきた」


 《狐火》の制御に失敗したアースを回収しつつ、《風刃》で中心部分を両断する。首根っこを掴まれて ぶらーんとしているアースは、愛玩動物さながらだ。


「平和だなぁ……」

『あ、ちょっと駄目だよ藍波。僕が現れた時だってそんなこと言ってただろう?』

「そうだっけ?」

『君の口から聞いたんだから間違いない。人はこういうのをフラグと──』


『緊急招集、緊急招集。

 戦乙女候補生、及び教員は、至急アリーナへ来られたし。繰り返す──』


『ほらね?』

「えー……」


 平和なんてなかった。


 ◆


 元々アリーナにいた私達は移動することもなくただ待っていた。しばらくすると、生徒達がなだれ込んでくる。


「あ、藍波〜!」

「お、ミスト。早いね」

「丁度通りかかったところだったんだ。それより……」

「フラグは私が立てました」

「フラグ……?」

「あいや、こっちの話」


 最近のミストは突撃型になりつつあるので、余計な火種は起こさないでおこう。


「皆さん、よくぞお集まりで」


 立てたフラグについて問い詰められていると、バタバタとヨルム先生がアリーナへと入ってきた。最近のヨルム先生はずっと慌ててる気がするなぁ。


「本日お集まりいただいたのは、学園から少し離れた土地に、シーカーの大軍が押し寄せているという情報を得た為です。軍神オーディン様の指揮の下迎撃中とのことですが、数的不利であるために救難信号が上がった次第です」


 オーディンが出てるのか。珍し……くはないのかな。軍神だし。


「今回は2学年が戦闘に遅れて参加します。しかし、彼女たちはエインヘリヤルと契約をまだ結んでいません。ぶっつけ本番、一か八かです。

 心苦しいですが、死を覚悟して挑んでください」


 2学年は、今日の午後に契約の儀式を行う予定だったらしい。そして、その日のうちに戦場に駆り立てられるとか。

 ライドに関しては、コツをつかむのに少し時間がかかってしまう。私とて、何度も衝突を繰り返した末に習得したのだ、そう上手くは行かない気がする。


 とすると、そのままの姿で戦うのか。シーカーは、モノによってはライドしていても即死する攻撃を放つ個体がいる。悪魔型なんかはいい例かもしれない。

 2学年が来るまでに、どれだけ数を減らせるか……それが私達先輩に課せられた第2目標(サブミッション)か。


「3学年は即座に出発します。が、ブリュンヒルデ。あなたは残って指導を」

「わかりました」


 ヒルデが残ってライドの仕方を教えるのか。レギンだと精神論展開するし、まぁ適任だろう。


「では私が先導します。フェンリル、あとは頼みました」

「了解なんだよ!」


 どんな状況でもわっふわふ。それが我らが寮長のいいところ。2学年の契約を進めはじめた彼女を尻目に、私達はアリーナを発った。


 ◆


「む……」

「オーディン様、候補生到着いたしました」

「ご苦労。即刻参戦させてくれ」

「はっ」


 ついた場所は、ヴァルハラ……神界と言うには田舎すぎる場所だった。藁葺(わらぶ)きの屋根に木造の家屋。ここだけ時間に取り残されたような、のどかな村だった。

 いつしかヒルデが「神界に田舎はない」と言っていたが、あるではないか。立派な田舎が。


 そこの一角に天幕を張り、座していたのが軍神オーディン。彼と会うのも久々な気がする。

 しかし話している暇はない。第一戦線は既に突破されており、突撃兵・志願兵ともに全滅しているそうだ。


「では皆さん、検討を祈ります。負傷した者は隣の天幕へ搬送してください」

「「「はいっ」」」


 クラスごとではなく、全軍出撃。戦乙女候補生首席という肩書きは、この戦いにおいて特に意味をなさない。全員が等しく、一般兵だ。


「ここまでの大進行は例を見ない……何もないといいのだけど」


 天幕を出る直前、ヨルム先生の不安そうな声が聞こえた。


 ◆


 戦場を一言で言い表すなら、凄惨というに尽きる。


 千切られた人がゴミのように散乱しており、大きな血溜まりを作っていた。

 こういうグロテスクな場面に遭遇したことのない生徒は顔を青くし、果ては吐き出す者まで出てきた。


 私は、私自身が死ぬ経験をしているので慣れたが、しかし好きにはなれない感覚だ。血の匂いというのは、感覚の阻害になる。

 血臭に顔を顰めていると、小鬼のシーカーがわらわらとやって来た。


「戦闘開始!」


 いつも通りリーダー気取りのレギンの号令で、生徒達が一斉にライドする。鎧を身にまとい、翼を生やし、武器を変え、それぞれの戦い方で小鬼たちに挑んでいく。


 スプラッタを見たあとにしては、士気は割と高いようだ。それはやらねばならないことがわかっている証拠、いいことだ。

 そんな中、私は動かない。もちろん考えあっての事だ。


「んじゃ、実戦やってみようか」

『うん……緊張するなぁ』

「バックアップはするし、気楽に戦いたまえ」


 今現在、シーカーの先陣を切っているのは小鬼型だ。個々で撃破すれば大して強くない。なので、アース一人に戦わせてみることにした。


 ちなみに、他のエインヘリヤル達は自ら戦うすべを持っている。猛禽であるアーサーやヘラクレスはもちろん、魔獣のエインヘリヤルたちも動きが洗練されていた。

 対してアースはというと、彼は元々象だ。狐の戦い方なんて知らないし、そもそも「攻撃」をすること自体が少なかった。歩いているだけで脅威なだけに、その必要がなかったのだろう。


 物理的な攻撃法が望めないアースは、《狐火》による遠隔攻撃に切り替えた。はじめは1個出すだけで息を切らしていたのだが、右右Aのコツを教えてやると、一気に上達した。

 左上Bで爆発コマンドなのだが、制御を失敗しても爆発する。土壇場で爆発した時の絶望感は尋常ではないだろう。


『こうして見ると、小鬼でも大きいんだね』

「アースは人間ですらちっちゃく感じてただろうからね」

『うん。だってプチッと行くんだもん、彼ら』


 そのプチッがどれだけの人を泣かせたのか、神の前で懺悔してほしいところだ。


「お、そうこうしてるうちに、来たよ」

『見えてるよ! 《狐火》っ!』


 アースの周りに、拳サイズの青い(・・)《狐火》が無数に浮かび上がる。私のものよりかなり小さいが、この使い方は上手いな。


『掃射!』


 尻尾をピンと立てると同時に、それぞれが別の意志を持ったかのように放たれた。

 火球は容赦なく小鬼の身体を抉り、焼き、穿った。中には回避する猛者もいたのだが、ホーミングしてきた火球に対処しきれず、燃えた。


「いいね、ホーミング弾」

『結構……キツいけどね』


 フラフラと漂うアースを抱き寄せ、あたりを見る。


 ……うん。打ち漏らしはない。見事の一言だ。周りの生徒達も目を見開いているし、なかなかいい戦い方だったんじゃないだろうか。


「さぁ、次の敵が来るよ!」


 アースのおかげで敵兵は死滅したものの、皆の足も止まってしまったので発破をかける。

 桃色の小狐を抱いているせいでなんとも締まらないが……今回くらいはいいだろう。士気は開戦時に比べてかなり上がってきているし。これも日々の努力ということで。


「元魔獣に負けてたまるかぁ!」

「やるたるぁ!」

「覚悟しろ雑兵共ォ!」


 ……いつに増して、アマゾネスになってしまっているけど、気にしたら負けだと思う。


 ◇


『むぅ……持っていかれた……』

「仕方ないよジーク……あれは確か、魔獣の中でも脅威レベルが高かったはずだし」

『ああ。生前の俺が踏み潰されるくらいには危険なやつだったな』


 (バルムンク)の中から見ていたが……いやはや、元の姿よりも脅威度が高くなっている気がする。やはり知性というのは戦いにおいて重要なポイントとなるということか。


『しかし……あの火球は反則ではないか』

「あ、それ私も思ったよ。あんなに小さいのに、シーカーに当たった瞬間肉体が消滅してるんだもんね」

『恐らく相当な高熱なのだろうな……あの青白い火球は』


 聞いたことがある。火は、高熱になると青くなるとか。酸素を取り入れると火力が上がる……にわかには信じ難いが、ミスト曰く本当らしい。


「おやおや、いつの間に愛称で呼ぶようになったの?」

「へ?」

「いや今ジークって」

「えっ……あ、うん? 私そう言ってた?」

「バッチリ」


 む。ミストがゆでダコに……戦闘態勢で何をやっているんだ彼女は。別に愛称で呼んだっていいだろうに。


『フリスト、あまり茶化さないで欲しい。戦闘中だぞ』

「わかってますよ……お堅い龍墜さん」


 言葉の端々に棘を感じる。なぜだ……


「ジークフリートがお堅いかはさておき、あれを基準にしてたら頭おかしくなっちゃうよ」

「だね……もう藍波に任せて、帰って寝よう? そうしよう?」

「エルルーン……こんな時でもおねむですか?」

「私はいつだって眠いんだよ……ふぁあ」


 いかん、場が和み始めている。


『何度も言うが、今は戦闘中で──』

「観測部隊より入電! 正体不明の敵が進行中……シーカーでは、ない……?」


 空気が引き締まると同時に、不安と疑問が募る。

 シーカーではない敵……? 神界においてそんなものはいないはずだが……


「なに……? 人型? ん……応答せよ、応答──だめか」

『まさかもうやられたというのか』

「……ノイズが入って聞こえなくなってしまいました」


 パラボラを背負った生徒が青くなりながら状況を説明してくる。観測部隊がやられた……ということは、こちらは敵の情報をこれ以上掴めないということだ。


 敵の脅威度がわからないと、撤退の是非を問えない。この人数で勝てる相手なのか、それとも無理なのか。

 こうした情報はなくては困る。


『他に偵察が出来るものは?』

『すまないジーク、私以外に偵察型のエインヘリヤルはいないんだ』

『追加は?』

『これ以上は宿主が持たない』


 偵察を行っていたエインヘリヤル──魔獣・パラボラットが残念そうに告げてくる。彼は鼠を方々へ放ち、その得た情報をリーダーが受信するという能力を持つ。


 その鼠の数は必要に応じて増減できるが、今回はギリギリのラインで戦っていたらしい。受信にも体力を使うため、これ以上の行使は危険……ならばとる行動は一つだ。


『一旦退ろう。敵が何者かわからないのに突っ込むのは危険だ』

「うん。賛成、だけど……遅かったみたい」

『なに?』

「見て。藍波が、見たことないくらいに怖い顔してる」


 先程までアースを抱いて笑顔だった少女の顔が、憤怒と憎悪、殺意と恐怖に染まっていた。

 目は見開かれ、小狐を抱く手には力が入っているのがわかる。


「来た……」


 彼女のきつく引き結ばれていた口から漏れた、その一言。彼女は何かを知っている。これから何が来るのかを、知っている。


『何が来るんだ!? とにかく撤退だ!』

「ああ……こんな時に出てくるなんて……前代未聞だよ!」

『いいから早くしろ! たった今感じた! ヤツと戦ってはダメだ!』


 自分は、それなりに戦場を駆け巡ってきた。人を殺めもしたし、罠に嵌めたりもした。

 だが……だが! こんなのがいるなんて、聞いてない! こんな……殺戮の権化のようなヤツがいるなんて!


「もう遅いよ。既に捕捉されてる。まっすぐ……こっちに来てる。皆、決死の覚悟で戦闘準備を。どうにか……生き残って。私も、自分のことで精一杯だろうから」


 すわった目で前方に注意を払い、集中力を高めていっているのがわかる。そして、彼女をそこまで言わせしめる相手。それは──


「ハァッハッハァ! なんだ、せっかく集めた軍勢がチリチリではないか!」


 赤い、鬼だった。

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