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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
152/176

-151-ループと、運命と、湯治と。

 3695。


 この数字が表すのは、私がヒルデを倒した回数だ。


 もちろん、今回ではない。総計である。

 2万の記憶の中であった、ヒルデによる襲撃の回数でもある。


 それがどういうことかと言うと……


「ヒルデ」

「…………」


 彼女は答えない。答えられない。

 翼は散り、鎧は砕け、折れないように願った槍は無残にも粉々になっていた。


「私はね。ヒルデとの戦闘に関しては誰よりも研究してるんだ。どんな書物を読んでいたのか。どんな呪いや魔法を使ってくるのか。3000を超えるあなたを知ってるから、わかる」

「…………」

「ヒルデは、この状況での襲撃において、私に勝てる確率はゼロ。無理。無謀。無駄。無意味なの」


 たしかに彼女は強い。私が来るまで次席に収まるに恥じない強さがあった。

 槍の動きは滑らかだし、同時に剣の方も悪くない。ライドをして、片手に聖槍を、片手に聖剣を。そんな戦闘スタイルも披露してくれた。


 ……が。

 そんな奇っ怪とも言える戦い方を、私は1278回、打ち破っている。

 やり方はその時によって変わるが、どれも真っ向からの接近戦だった。


 槍が来れば剣で弾き、剣が来れば槍で落とす。


 この場合はこう動く。こう弾けばこう隙ができる。全てが、手のひらの上だった。

 要するに、だ。彼女は……ヒルデは、自分を駆り立てる激情を抑えられなかった瞬間、詰むのだ。


 『私』という、『地下施設で初めてヒルデを(ころ)す』ことを3695回繰り返した、『対ヒルデ戦闘員』に、敗北する形で。


「最初から、無意味だったというの」

「そうだね」

「どうして……こうなったの。こうなってしまったの」

「ヒルデのいい分だと、私が来たからでしょ?」

「そう……あなたが、あなたが来たから……っ!」

「そう、思いたいだけじゃなくて?」

「そんな、ことは……」


 実際、そんなことはないだろう。

 なにせ、私はズルをしているようなものだから。歴史を紙面で見るのと、実際に体験するのとでは、話が違う。脚色なしの、ありのままの物語は、体験せねばわからない。

 その体験をするというのが無理な話なのだが。


 そして、残念ながら。私は来てしまう。

 コスモ・グランデに。神界に。学園に。寮に。Aクラスに。


 それをなかったことにするのは、運命神でも難しいだろう。


「私は、これから先……誰も殺したくない。死んでいい命なんかないと思ってる。でも。それでも私の前に立ち塞がって、剣を抜くというのなら」


 いくつもの失敗を見た。

 甘い価値観で見逃した者に殺されたこともあった。

 あれやこれやと、私の計画を邪魔する者に殺されたこともあった。


 私とて死にたくない。痛いのは誰もが嫌がること。命を失うのは……もっと、もっと嫌なこと。


「──その時、私は本気で敵を消す。殺すのではなく、消す。存在を、なかったことにさせるように」

「──っ」

「でもね、ヒルデ。私は3000を超えるあなたを、一度だって……」


 油断していたのか。いや、想定の範疇だ。

 突きつけた剣の下。そこにあるヒルデの両腕が動いた。

 弾かれて飛んでいく剣を眺めながら、私は再び戦闘態勢に移る。


「……まだ、やるっていうんだね?」

「とう、ぜんっ……まだ、死ぬわけには」


 …………。


「まぁ、私はまだ余裕があるしね。なんなら回復したげようか?」

「……結構よ」

「そうかい」


 私は制服のポケットに手を突っ込む。最早剣など必要ない。ただ躱し続けるだけで、あとは勝手に力尽きてくれる。


 ちなみに。

 この戦いで、ヒルデは全力でのライドを行っている。それに対し、私は……


『本当にいいのかい?』

「ん? もちろん。見届け人になっておくれ」

『まさかライドしたヴァルキリーに【朧月】一本で立ち向かうとは……』


 そう。私は今回、ライドをしていない。

 それどころか、【朧月】による武器はヒルデのものに似せてある。要は片手剣と槍だ。

 妖術なんかも一切使わず、経験と記憶、そして勘で動いている。


 これまでのヒルデとの戦いで、ライドなしというのは初めてのことだ。しかし3000の経験から、私はそれが可能だと踏んだ。

 ヒルデの癖、太刀筋、思考なんかも手に取るようにわかる。

 速度は早い。が、パターンが少なすぎる。


 言うなれば、奇想天外さが足りない。

 もっと搦手を使わなければ、私は倒せないだろう。ましてや殺すなんて以ての外。


 さて。


 今度は少し趣向を変えてみようかな。


 回避メイジ……というと少し違うかな。

 避けつつ妖術で攻撃する。そして手は使わない方向で。


 いわゆる舐めプってやつだ。


「さぁ、最悪の時間を始めよう」


 どこぞの骨(兄)のように口元に三日月を浮かべ、カッ、と目を開く。骨の兄貴の目は節穴のはずなので意味合いは違うが……ここは気分だ。


 ヒルデのいる位置に《狐火》による炎柱が立ち上がるが、作り直した翼で回避される。

 そのまま直角に突っ込んでくるが、私は左右にブレながらそれを回避する。MISSという表示が出そうだが、現実の戦いはターン制ではない。


 槍を突き立て、それを支点に聖剣を振るってくる。それを《風刃》で迎撃し、槍の刺さっている部分を爆撃する。

 バランスを崩したところで蹴りを入れ、距離を開ける。体勢を立て直して、また突っ込んでくる。

 ヒルデにしては珍しく、直線的な動きしかなかったように感じる。


 そして、何度目かの蹴りがヒルデの脇腹を抉り、彼女は遂に起き上がらなくなった。


「当たらないね」


 諦める様子のないヒルデ。顔をあげ、殺意のこもった目を爛々とこちらに向けてくる。

 しかしどんなに睨みつけようと、その身体は傷ついていく。


「が、は……」

「あーあー、血まで吐いちゃって。こりゃ医務室行きかな?」

「うる、さい……!」


 ヨロヨロと立ち上がり、槍を支えにこちらを睨みつけてくる。


 限界か。


「仕方ない。一旦頭をキンキンに冷やしてあげよう」


 私はポケットから手を引き抜き、彼女に水をぶっかけた。それでは止まらず、一瞬のうちに彼女を氷漬けにするのだった。


 ◆


 物理的に冷やされた頭は、丁寧に扱わなければならない。

 しかし、いくら頭は冷えようとも、やってしまったことは変わらないのだ。


「…………」

「…………」


 謎の沈黙が生まれる。

 いや、分かってはいる。どうしてこうなった、と言いたい顔だ。これは。


 現在、私達は寮の風呂に浸かっている。2階部分にある温泉の中には「精神安定」なんていう効能のあるものもあるので、そこにドボンしたわけだが。


 ヒルデは後ろめたさから。私は未経験から。全く話が進まない。

 さて、どうしたものか。


「……取り敢えず、服を脱いでくるわ」

「ああ……そういえばそのまんまドボンだったからね……私は腕輪にしまっちゃったけど」


 ヒルデの切り出しは、とても殺し合いをしたあとに出る言葉ではなかった。シュールだが、笑ってはいけない。笑えるはずもない。


「なんならしまっとこうか?」

「……お願いするわ」


 一瞬迷ってから、アーサーと分離。着ていた制服を私に預けてくる。

 うぅん、なんとも無防備。


「えっとね。ここから先は私も未経験部分。今まで、一緒に風呂に入ることはなかったから」


 いつもは大体、ヒルデが死んでしまうので根本的な解決にはならなかった。

 しかし……今回は私が攻撃の手を緩め、最後にはヒルデを凍結させた。命は落とさず、こうして話し合える機会を得た。


「その……私を知ってるって言うのは、なんなの? ……いや、いいわ。どうせ言えないのでしょうし」

「うん……それなんだけどね。許可が下りてしまったのですわ」

「……え?」

「あんまりポンポン使っていいものじゃないんだけどねっと!」


 いつからいたのか、という程に影を薄くして潜伏していたスクルドさん(全裸)によって、時間が停止する。風呂場の床にはお馴染みの刀。


 私としては二人、腹を割って話したかった。互いに行き違いもあったろうし、このまま終わるのはよくないと思うから。

 しかし、それにはどうしても『説明』が必要となってしまう。 世界規模の隠し事を、言い方は悪いけど癇癪持ちにバラさないといけないのだ。


 私は悩みに悩んだ挙句、ゼノヴァに頼んでスクルドさんを呼んでもらった。相談の結果、大丈夫との事だったので、こうして話す場を設けられた。


「アース」

『なんだい?』

「アーサーと、少し話してきて」

『了解』

『私も少し話をしたいところであった』


 エインヘリヤル達は少し別の場所で話をしてもらう。とはいえ、湯に浸かりながらではあるが。


「それで……ヒルデ?」

「あ……あ? え? スクルド、先生?」

「はーい☆ みんなのアイドルぅ、スクルドちゃんでーす!」


 きゃるるんっ☆ と目元ピース&ウインクをかましているスクルドさんを沈め、私は本題に入る。


「どこから説明しようかな……あ、まず師範のことから入った方がいいか」


 ヒルデは未だ固まっている。なにか珍しい生物でもいたのだろうか。珍獣ハンターはまゆを太くしないといけないんだぞ。


世界の果てまで行ってきそうな珍獣ハンターを思い出しながら、一つ一つ話し始める。


「師範……世間でいうところの、星滅神ディザスター。彼は──」


そして語られる、歴史の真実。


 私の話が始まると、ヒルデは真剣な顔で聞いてくれた。今までのように無視する訳でもなく、たまに思案げな表情をしていることから、どうやら本当の意味では嫌われていなかったようだ。


 私が話し終わると、ヒルデはしばらく唸ってから……静かに口を開いた。


「……それで、その話をして、私にどうしろっていうの?」

「いや、別にどうも」

「は?」


 思案顔が怪訝そうに歪められる。


「ヒルデにこのことを話すメリットはないってこと。別にアレスを倒すのに協力する必要は皆無だし、むしろ無関係でいてくれた方がいいかもね」

「じゃあ、なんで……」


 怪訝そうなヒルデに、私は人差し指を立ててこう言う。


「友達をね、簡単に失いたくはないんだ」

「…………」


 ヒルデの顔は(うつむ)けられてしまって見えなくなった。しかし、お構い無しに続ける。


「確かに、私は5回に1回のペースでヒルデに襲われて、その都度 殺めてしまっている。でも……それでも、ヒルデは私の、七海藍波の友達だよ。それは、どれだけ繰り返そうと、変わらない」

「でも……私はあなたを殺そうとしたのよ?」

「まぁ、やっちまったことは変わらないだろうけどね」


 止まった空間なのに漂う湯気を揺らしながら、ヒルデに向き合う。


「だから……その、これからもお友達でいてください」


 圧勝したからではない。

 完封したからでもない。


 ただ、1人の友人として、ヒルデと付き合っていきたいだけだった。

 確かに怪しい部分、わからない部分はあるだろうけど……


「……ごめんなさい。私も動揺してるみたい」

「動揺しない方がおかしいよ」


 そう言って、笑う。どんよりジメジメはよくない。風呂ゆえ湿度は高いが、これも気分の問題だ。うん。


「そーだよ! 喧嘩別れなんて哀しすぎるからね! ムムっ、私の未来視では……うん、それは2人が未来で見るものだね」


 なぜこのタイミングで首を突っ込んできたのかは謎だけど、未来視で得た情報を言わないのはいい判断だと思う。取り敢えず、沈め直す。


 そしていつか、ミストにも言った言葉を口にする。


「私達は、今を生きよう」

「許して、くれる……の?」

「もー、何度もそう言ってるの! 包み隠さないよう、服まで脱いで! 誠心誠意、お話したの!」


 両腕をバッと広げ、ヒルデに抱きつく。彼女は、震えていながらも ちゃんと温かかった。


「ごめん、なさいっ……!」

「いーのいーの。それよりヒルデが私を許してくれた方が嬉しいよ」


 元々私はヒルデを嫌ってはいないし、今までの記憶からすると何度も死なせてしまっているから、どちらかというと私は許される側のはずなのだけど。

 ……まぁ、いっか。


 泣きはらすヒルデの頭を撫でながら、体の芯まで温まるのを感じた。

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