-15-目覚めと、離婚と、小狐と。
目を覚ますと、寝そべった私の【疾風】のスカートの中に何かいた。モソモソと動き回っている。
「……何してるのかな? リリィ?」
「あ! お姉さま! お目覚めなのです!」
目覚めと同時に変態行為をしてくる猫の頭を軽く引っぱたいてやると、「あぅ」と言ってすごすごと下がってゆく。
「だってお姉様が寝取られそうだったのです……出会ってまもない獣畜生に! これは一大事なのです!」
出会ってまもないのはリリィも同じはずなのだが、早くもシドに対抗心を燃やしているらしい。
そのシドだが、少し離れたところで伏せていた。
『目が覚めたか?』
「うん。そっちは調子どう?」
『久々の運動で疲労困憊だ』
「でしょうね」
ふふっ、と笑って向き直る。
「あなたのやりたいことは分かった。でも私としては復讐をして欲しくはない。その時の状況を知らない私が言うのもなんだけど、それでは何も解決しないと思うの」
『だが過去は取り戻せない』
「そうだね。でも私は復讐を美とはしない。もし成し遂げられたとしても、それは互いに虚しいだけでしょ?」
私は、彼が復讐を望むのならヴェルさんに頼んで再封印でもするつもりだった。
試すような口調でシドを見つめる。
しばらくさぐり合うような視線を交わしていると、シドが吹き出した。え? なんで?
『いや、お前ならきっと、俺がどんな強行手段に出ても止めて見せそうだからな。復讐なんぞさせてもらえるかわかったもんじゃない。出会いの不幸ってやつか』
「おい、私を疫病神扱いするか。まあ止めるっていうのは間違ってないけどさ。どんな状況でも、私が止めてみせる。今のところ力は互角だったみたいだけど、私は日々成長する。次は必ず勝ってみせる」
『そういうと思ったぜ。だから気に入った』
そして尾を1本こちらに伸ばすと、
『これに触れて、離婚の契りを。勝手な真似して済まなかったな』
「ほんとだよ、全く」
苦笑いするシドの尾に触れると、再びラ──という光とともに例の天使チックな精霊が現れる。
『……えーと……? 病める時も健やかなる時も互いに愛し合うことを誓ったふたりが一日もせずに離婚とか、こちらの沽券に関わるんですけど? そんな訳で少なくとも2年くらいは結婚生活してね。それでは』
そして光に乗って帰っていく。
ギギギ、と倉庫にしまわれて数年忘れ去られてしまったロボットのようにシドの方を向く。
シドも同じような動きでこちらを向く。
そして前足を頭にコツン、として
『テヘペロっ!』
シドは再び宙を舞った。
◆
「この駄狐、どうするのです?」
「どうしようね?」
頭から地面に刺さってクタッとしたシドに冷ややかな目を向けるふたりと、笑い転げる1柱。
私のステータスには未だ「既婚」の二文字が表示されており、あの役立たずな精霊はあと2年ほどこのまま過ごせと言ってきた。
すると、ヒーヒー言いながらヴェルさんが起き上がり
「いいんじゃない? 2年くらい縛られてあげなよ」
「まるで人事みたいに!」
「そりゃあ他人事だからね! あっはっは!」
ヴェルさんは頼みを聞く代わりに協力してくれるという間柄であって、決して身内ではない。言っていることは正しいのだが、凄く癪に障る。
「ウルドさん? を見つけたら言いつけてやる」
「え、待ってそれはマジでやめて」
途端に笑うのをやめて真顔になる女神様。
「ウルド姉は怒ると怖いんだよ! 1週間も暗い押し入れに閉じ込められるんだ! 恐ろしいだろう!?」
「子供か」
暗闇が苦手なヴェルさんには効果的すぎる罰だった。1週間も逃げ場のない暗闇とか、発狂するだろう。実際発狂したヴェルさんは出してもらった時に「もう二度と姉には逆らうまい」と決めたらしい。賢明な判断だ。
そうだ、私もヴェルさんが悪さしたり、今回みたいに煽ってくる場合は【朧月】を腕輪にしまってやろう。少しは反省するだろう。
そんな考えが顔に出ていたのか、ヴェルさんは見事な土下座をしている。神の威厳はどこへやら。
その隣ではリリィが敵意丸出しでシドを睨みつけていた。
「無理やり結婚とか、あり得ないのです……これはもう磔にして2年間引きずり回すしかないのです……愛に報いなければ、なのです……」
なんか物騒なこと呟いてる。誰の愛に報いるんだ。
でもなぁ……本当に2年経たないと離婚できないみたいだし、それにこの年で「離婚者」という不名誉なレッテルを張られることになる。
そんな多大な災いをもたらしてくれた妖狐はズボッと頭を抜きながら起き上がると、
『それに関しては本当に申し訳ない。だってあそこまで面倒くさがりだとは思わなかったんだ……』
「それで済むとでも思っているのです?」
『だぁから謝ってんだろ? さっきからうるさいぞ、クソチビ』
「あっ! あっ! 言ってはならないことを言ったのです! お姉さま! こいつ全然こりていないのです!」
「それについては深く同意するよ」
もう頭が痛い。ほんとにどうしよう。
『……いて行く』
「は? なんて?」
『俺もついて行くと言ったのだ! 察しろ』
「あ、結構です。これ以上、厄介なのは面倒見きれないので」
「お姉さま!? 今私を厄介事と言ったのです!?」
「え、自覚ないの?」
「うぐ……」
さすがに思い当たる節があるようで、リリィは悔しそうに俯く。
『はははは! 小娘が調子に乗るからそうなるのだ!』
「「人のこと、言えてないから(のです)」」
こちらも思い当たる節があるようで、わざとらしく顔を逸らす。というかこいつの場合は思い当たる節しかないような気がするが。
『とっ、ともかく! 俺はお前らについて行くぞ! 何せ夫婦だからな!』
九尾狐 が 仲間になりたそうに こちらを見ている。▽
連れていきますか?▽
嫌です/だが断る▽
『何故だ! 力はお前と同等だったろう! 復讐も……抑えると誓おう!』
「なら何のために付いてくるのさ」
『気になるからだ!』
構ってちゃんな九尾狐は、その不必要なまでに多い尻尾をパタパタさせながら嘆願してくる。私は、本日何度目かのため息をついて、リリィに目を向ける。
私としては戦力になるし、(性格的な部分を除けば)構わないのだけど。
リリィは心底嫌そうな顔をしたが、反対を押し切るだけの力はないと判断し、渋々了承した。
『まじで!? ダメもとで言ってみるもんだ! はっはー!』
「リリィ、ステイ」
自然な動作でガトリングを構えたリリィを羽交い締めにし、《捕縛》して地面に転がす。
「ま、まあ……これからよろしく。シド」
『ああ! よろしく頼むぜ藍波! ……名前で呼び合うのって、なんか照れるな』
そう言って頬を染める九尾狐。待って、毛皮なのにどうやってんの!?
それに言っていることがキモすぎる。モジモジすんなよ。
『それはそれとして、さすがにこのまま街とかに入るわけには行かないからな……よっと』
ボンッと煙に包まれたシドは、その煙が晴れると肩乗りサイズの小狐になっていた。
小狐姿になったシドは、大きかったた時には胸元の毛で気づかなかったが首に3個の勾玉らしきものをつけていた。
『これは【千年宝珠】という妖狐に伝わる宝物でな。それを加工して作ったんだ。いいだろ?』
首元に煌めく3つの勾玉は青、緑、青の順に並んでおり、緑の勾玉は他の2つより少し大きい。
また信号機カラーだったら有無を言わさず置いていくところだった。
『妖術の熟練度や習得にプラス補正と、攻撃力が上がる宝珠だ。妖力を溜め込むことも出来て、大変使い勝手がいい』
「それっ! くれ!」
『妖狐にしか装備できんのだ。残念だが……』
むぅ、装備してみたかったのに……
リリィは、小さくなったシドを見て目を輝かせていたが、お互いあんな態度をとっていたので、どうしたらいいか わからなくなっている様子。
それを察したシドがリリィの肩に飛び乗ると、リリィは嬉しそうに頬ずりした。
なんか、散々私のことを追い回した妹分とシステム上の夫が仲良くしているのは非常に複雑だが、なんとなく絵になるのでその微笑ましい光景を眺める。
こんな平和が、いつまでも続きますように。
そんなことを考えながら、私達は花咲き乱れる庭園を後にした。