-148-運動と、一撃と、薄情と。
「と、いうわけで。久々にやるか」
「やりますか」
「…………なにを?」
ゼノヴァを小屋に寝かせたあと。いても仕方ないので小屋を出る。
そこで当然のように切り出された話に、当然のように答える。
一緒になって出てきたメアはわけがわからないと言った顔だ。
「んっふっふ〜……私も師範も、無類の戦闘狂でね!」
「もう少しオブラートが欲しかったが、間違っていないからよしとしよう……ま、端的に言えば『運動』だな」
「ファイッ!」
師範の言葉を遮るように【朧月】で攻撃を仕掛けていく。もちろん手加減は一切していない。
形状は長槍。一点を貫き通すことだけを考え、それ以外のすべてをかなぐり捨てた構造。
それで、殴りかかった。
「それではただの棒だろう!」
「聞いて驚け特殊能力!【朧月】はなんでもありなのさ!」
師範に当たる部分……そこから、ニュッと伸びて出てくる小槍。
回避した先に折れ曲がって追尾するそれを振り回しながら追い立てていく。
「それそれそれそれ!」
「これは確かに面白いな。神器というのも納得できる」
すべて回避されている上に呼吸ひとつ乱れていないが、今更そんなことに驚きはしない。
次の攻撃に移る。
「む。今度は下か」
「即バレかよ!」
悪魔型シーカーにも使ったように、分離させた【朧月】(小型)を地中を這わせて下から攻撃してみた。あっさりと躱されて歯噛み。
しかし、その間も攻撃の手は緩めない。
伸縮する片手剣、無数に飛来する槍、爆発する地面、籠による捕獲。
どれも、地球にいた頃では考えられない戦法……というか不可能なものであった。
初見での対処は難しい、というか無理な攻撃ばかり。だというのに……
「相変わらず、化け物じみてますね」
「化け物結構! なんせ創世神だからな」
「くぅ……余裕たっぷりかっ」
相手は未だに得物を抜いてすらいない。そもそも師範に得物は必要なのかすら疑問ではあるが。
「細かい戦術を考えるより、真っ向から叩き潰す方が早かろう」
「それのせいで誰かさんは邪神化したんですけどね!」
【朧月】を手甲に変え、望み通りに殴りかかっていく。殴りつける瞬間に爆発させて拳を加速させる。
首を捻ってよけられたところに、一回転させてもう一度叩き込む……が、今度は受け止められてしまった。
「お、やっと抜きましたか。【絶禍】」
「今のは危なかったからな」
「惜しかったですもの」
どうも神々は虚空から武器を取り出すクセがあるようで、いつの間にやら握られていた鞘入りの長刀に私の手甲が打ち合わされている。
罠として背後に小型【朧月】地雷、《狐火》のスタンバイもあったのだが、すべてを見切られていたようだ。
一旦体制を整えるべく飛び退る。師範は【絶禍】を左腰に装着する。
「久々に使うが……ま、大丈夫だろう」
「その油断が命取りってね! 土遁!」
「ぬぅ!?」
刀を持たせた師範は鬼だ。いや、鬼すら泣いて命乞いをするほどの……化け物だ。
なら、その刀を抜かせなければいい。
建築術を応用し、私含めた地面を陥没させる。作業は迅速に乱雑に。丁寧すぎると、隙を突かれてやられてしまうからね。
足場を失った師範は、なんとか体制を立て直そうと視線を巡らせている。が、残念なことに追撃が待っていた。
「ふはははは!ライドっ!」
「おい! それの私用はまずいだろう!」
「審判は見ていない!」
「アレシアに審判などおらんわぁぁ!」
この日、私は初めて師範に一撃入れた。
◆
「いい汗かいたあとは風呂に限る」
「…………いい話風に収めないでほしい」
「ほんとですよ! 修復したの、殆どマスターだったじゃないですか!」
「細かいなぁ君たち。ええ、細かい細かい。砂粒のように細かい。なんならふるいにかけられてるくらいに細かい」
「細かい細かいうるさいんですよ!」
「お? やるか?」
「やったりますよ! この地下施設デストロイヤーが!」
ゼノヴァの言っていることが理解できない。私はただ師範に一撃入れたかっただけなのに。
ほんのちょーっとだけ、崩落しかけただけじゃないか。
「喰らえ! 桶の逆襲!」
「襲ったことねぇよ! メアバリアー!」
「…………本当に勘弁して欲しい」
『ちょっ! 本気で当たる!?《狐火》っ』
便利なマフラーのおかげでメアは一命を取り留めた。が、桶の逆襲は止まらない。
「そいやそいやそいやそいや!」
「なんの! ベルバリアー!」
「君は他人を盾にすることしかできないのかい!?」
今度は便利マフラーさんは動かなかったので、スコーン! といい音を立てて額に命中。使い捨ての盾は壊れてしまった!
「くっ……次の盾は……スク」
「わ、私は上がるね!」
「マスター、ご安心を。私はマスターに当たる前に不思議パワーで標的にぶち当てますから」
「け、喧嘩はよくないんだよ?」
浴場は……戦場だった。
◆
再び地下施設。私の《修繕》に加えて建築術で少しデコってみた。いにしえの神殿みたいでいいと思うんだけど、ゼノヴァは
「これじゃあ私がお婆ちゃんみたいじゃないですかっ!」
と憤慨したので、十分にお婆ちゃんだよ? と言ってやると、手をついて落ち込んでいた。
ちなみにこのゼノヴァ、私の崩落攻撃による地響きで目を覚まし、創造主の姿を確認して散々喚いたらしい。
会いたかったとか、寂しかったとか、溜まってたものを全部ぶつけたおかげでスッキリした表情だった。外の惨状を見てまたパタリといったけど。
「さて、唯一男性である私を差し置いて湯に浸かりに行ってきた薄情者共、おかえり。話の続きをしようじゃあないか」
穏やかな口調とは裏腹に、師範の額には幾筋もの青筋がビキビキと浮かび上がっていた。
「いやぁ、いい湯でしたよ」
「…………スッキリした」
「こう、牛乳が欲しくなるよね!」
「んー……眠い」
『あ、あの師匠? 【絶禍】を構えて何を』
「決まってるだろう転生マフラー。お前達を赤い湯に変えてやろうと思ってな」
ヒッ、と短く息を呑む転生マフラーさん。他の面々は呑気なもんだ。私もそちらに含まれる。
いやね、【絶禍】は正面から当たると勝ち目薄いんだけど、逃げに徹すれば光明はあったりするんだよね。なんでもありの世界だからどうなってるかはわからないけど。
「……逃げ切れると思うな?」
「あ、これヤベェやつだ。皆全力で逃げるか、頭から発火するくらい地面に擦り付けて土下座して。私は……逃げるっ!」
【絶禍】の鯉口あたりからチャキッと音がしたあたりで、私はダクトめがけて全力疾走した。ついてこれたのは……メアだけか。
「逆によくついてこれたね」
「…………龍人を舐めないでほしい。翼を生やせば下界最速種族」
「ほー。じゃあ今度競走ね」
「…………降ろさせてもらう」
若干目を背けつつ言うメアに苦笑する。龍人は勝てぬ試合を申し込まない主義らしい。
「呑気に会話しているが……よもや逃げきれたと勘違いしていたか?」
「「!?」」
2人して必死に逃亡を再開するが、ダクトごと切り落とされて私たちは全員、裁断機前に正座させられた。
隙あらばホンワカさせていってしまう……
そろそろ話を進めますのでっ!