-147-邪神と、憑依と、参加者と。
戦神アレス。
その名前は広く知られていることだろう。
ことある事の戦において、多大なる成績を残したオリュンポスの神。
しかし、性格は残忍。戦い方は粗雑で、とにかく倒すことのみを考えた……そんな戦い方。
「私は、アレスにもこの計画を話していた。ゼウスの奴の子ならば信用がおけると思ってな。戦いも強い方であったし……思い返せば、浅慮だったな」
外のモノから隠れることに対して、アレスは内心反発していたようだ。わざわざこちらが隠れずとも、来た敵を真っ向から潰せばいいのにと。
しかし……
「アレスは、外のモノの恐ろしさを知らん。と言っても、知ってるのは私だけだが」
「どういうわけか、私も見ちゃったよ。あれは、負けイベントだね」
どう足掻いても勝てないと思った。
それほどまでに異常で、異形で、異端。
そしてその負けイベントに先はなく、負けてしまったが最後……いや、見つかってしまえばおしまいというハードコアモード。
データは破棄され、ハードも壊され、新しく買い直すことはできなくされる。
そういう存在なのだ。奴らは。
「アレスはとりあえず、邪神を見てくることにした。本来、自らの意思で会いに行くものはいないはずだし、会えないはずなのだが……彼は邂逅を果たしてしまう。そして……」
あろうことか、その力を我がものとした。
これは恐るべきことだ。
邪神も、よもや自分が取り込まれるとは思ってもみなかっただろう。
力を手に入れてしまったアレスは、偽の大戦を現実のものとした。
暴虐の限りを尽くし、世界を二つに引き裂いた。
それでも、神界中の神々によって力を削がれて実体を失った。
「実体を失ったというのは弱体化と思うかもしれんが、むしろ奴にとって好都合だ。誰かに取り憑いて、操ってしまえばいいからな。
そして取り憑きやすい相手というのが」
「…………諦観、絶望、悲嘆。こういった負の感情の持ち主」
「そうだ。だからメアには頑張ってもらった」
なるほど。人間嫌いが緩和されたのはそのせいか。実際にはまだまだ嫌いなんだろうけど。
「それで、今アレスがどこにいるのかの検討は? 私が見たものだと毎回違ってて、今回の居場所がわからないんだけど」
「ああ。それについてはもう検討がついている。場合によっては厄介なやつだがな」
訂正しよう。わからないのではなく、だいたいの推察はついている。
あの日、あの時、あの場所に確かにいたにも関わらず、忽然と姿を消した……
「勇者、アスロン……彼の可能性が高いと思う」
「ほう、面識があったか。とある村の住人を冥界に匿う時にいたのだが……闇が深くてな」
いつぞやに私がぶっ飛ばしてから滞在していた村だろうか。彼なら救おうとするだろうな、と思いつつ、師範の言葉が引っかかる。
「冥界に匿う?」
「ああ。生者は等しく命を持っている。邪神やアレスなんかはこれを狙ってくる。なら一旦手放して、命なき冥界にいた方が安全だろう?」
「…………」
なるほど。
つまり、
「シドもそうやって?」
「……まぁ、な」
「シドは私と同じくらいには戦えるはずです」
「いや、足りん」
「なぜです?」
自分の声がひどく冷えきっているのがわかる。自分の手で殺めたからだろうか。誰に怒っているのかも、わからなくなってきた。
「あいつの持つ剣。あれに頼りすぎだ。もし仮にあれがなくなってしまった場合、敵に渡ってしまった場合。それをどう対処する?」
「でも、それを言うなら私の【朧月】も同じです。【大地の咆哮】ほど火力は出なくとも、【朧月】は自由に形を変えられる」
味方につければたしかに強力な武器だろう。しかし、敵に回してしまえば、その破壊力は壮絶なものだ。
「だからこそ、だ。ふたつ取られる前に、ひとつを隠した」
「また隠すって──」
「わかってくれ。私はただ、自分の子らを消されたくないだけなのだ」
…………はじめて聞いたかもしれない。
師範の、純粋な願いなど。
彼はいつだって頂点で、強くて、凛々しかった。
弱音をこぼしたことなど、一度だって……
「歴史とは、真逆ですね」
「だろう? なかなかいい出来だと思うのだが」
「……わかりました。全面的に協力しましょう。メアは?」
「…………私は拾われた時から、もう決まってる」
「わかった。じゃ、改めてよろしく」
「…………ん」
メアに差し出した手は、遠慮がちに、しかししっかりと握られた。
「で。ベルはどうするのー?」
「んむむむー! ムンヌゥー!」
べリッ
「痛ァっ! もう少し優しくしてくれよ」
「はいはい。で、どうするのさ」
「……正直、まだ納得出来ない部分も多いし、信用出来ないこともあるけど。これが本当なら、ボクが君に『お願い』したことは、既にかなっているわけだ」
「あー……確かに」
「忘れてたのかい!?」
ベル……ヴェルさんとのファーストコンタクト時に頼まれたこと。それは『姉妹の救出と、未来の保全』だった。
スクルドさんはそもそも封印されていなかったし、ウルドさんに関しては師範が解きに行ったらしい。
そして、ディザスターの目的とされていた『未来の消失』は消え去った。
と、いうことはだ。
「じゃあ、契約はここまで?」
「形式上はね。ただ……」
「ただ?」
「ここで降りる手はないだろう?」
出た! ネット廃神! すごい悪い顔してるぞこの人!
「あのねヴェルさん。これは遊びでやってるんじゃないんだよ?」
「わかってるさ……でもほら、モチベーションって大事じゃない?」
一同、ポカーン。
師範の呆けた顔なんて初めて見たよ……
「そんなわけで、ボクも参加するからね!」
「「「「ええ……」」」」
大丈夫なのだろうかと、この場にいる全員が不安になった。
◆
「おかえりゼノヴァ」
「ただいま……なんかすごーくいい夢を見てた気がするんですけど」
「それはこんな夢?」
目覚めたゼノヴァを、ひょいっとのぞき込むスクルドさん。
「ア゛ッ!!?(パタリ)」
「「「…………」」」
「え、なんで私が悪いみたいになってるの? ゼノヴァが勝手に倒れてるだけじゃん!」
「いや……」
「今のは、な」
「…………あれは、反則」
「だ、誰かボクにティッシュをッ! 鼻血が止まらないんだ!」
約一名悶え苦しむ者がいるが、こいつはもう放っておこう。
ホログラムではあんなに『真面目な先輩』だったスクルドさんが……こうも小悪魔で、パリピだとは思ってもみなかった。
ライド訓練の時は、クラスメイト含めてかっこいいなぁと思っていたのに。残念だ。
本当に、残念だ!
「あ、あはは……そんな顔で見ないでほしいな〜……なんて」
「あのホログラム、テイクいくつ目だったんですか?」
「6935」
「はぁ……撮影班が可愛そうだ」
約7000回に及ぶ取り直し……どんな素人役者でもそんなにかからないだろう。
「で、でも! イスカンダルのおかげで色々様になってたでしょ!?」
「エインヘリヤルに頼ってどうするんですか……征服王に指導される未来神とか、飛んだ笑いものですよ」
「うぐ……」
「ボ、ボクは可愛いと思うんだ!」
「ベル、鼻だけじゃなくて全身から血を出したいか?」
親指で背後を指す。そこには停止中ながらに存在感抜群の裁断機……
ベルは全力で首を横に振った。