-144-進級と、姉妹と、編入生と。
前略。学年が上がった。
あれからもうふたつのテストを乗り越え、戦闘訓練も着々と進めていった私たちは、誰も落第することなく進級できた。
ただ……学年が変われば、その内情も色々と変わるわけで。
「おはようございます」
「先生っ! 今日の午後は何するんですか!」
「相変わらず、新学期からうるさいですねレギンは。午後のことは午後説明します」
「やーい。怒られてやんの」
「ぐっ……」
いつもと大して変わらない気がするレギンだけど、実は色々と変わっている。
まず……寂しいことに、私と距離を置くようになってきた。
話せば普段通りに振る舞うのだけど、どこか遠慮がちというか……編入当初の、グイグイ来る感じがなくなっていた。
大人の対応を身につけたと喜ぶべきか、はたまた単純に嫌われただけなのか。後者だったら、私はもう両手をついて落ち込むだろう。
でもまあ、そうなるのもわかる気はする。
既にこの世界で二番目に長い時を生きたと推測できる私の知識量はとんでもないものだから。
特段勉強しなくても、テストは基本満点。加えて戦闘に関しても、私の右に出るものはいなくなっていた。
結果として、私は……
「点呼を取ります。クラスは変わってませんが、序列は変動していますので。
では……
首席、七海藍波」
「はい」
Aクラスの首席に、上り詰めた。
◆
新学期初日は、特筆することは特にない。
強いていえば、午後にちょっとしたレクリエーションがあって、学園長が話をしたくらいかな。きっと運動だとたかを括っていたレギンは顔を埋めて寝こけていた。
寮に帰ってからは、最近の日課として通ってる地下施設でゼノヴァと談笑。彼女は細かいことは気にしない質のようで、最初にあった時と対応が変わっていない。
いや、『私』が変わる前の姿をあまり知らないというのもあるのだろう。それだけ、私は変わってしまったというわけだ。
次々と滑り落ちてくるゴミを、巨大な裁断機に向けて放り投げていくのを手伝いながら、
「ところで、姉妹とかって会えないの?」
「会えないですね〜。夜間もこうして働き詰めですし、なにより向こうが会いたがらない可能性が」
「そういうもんか?」
「そういうもんです」
ゼノヴァには、姉妹がいるらしい。と言っても、機械人形であるゼノヴァの姉妹だ。その子達も例に漏れず機械人形である。
違う点は顔と声と髪色と性格……全部違うね。うん。それぞれ性格にも個体差があるらしいので、一度会ってみたくもある。
それぞれの学年寮と、本校舎に1人ずつ配置されているそうで、なかなか会う機会がないらしい。
「寂しかったりは?」
「ないですねー。私が寂しいのは、創造主であるマスターに会えないことですから」
「聞いたスクルドさん。娘さんがお探しですよ?」
ここにはいない彼女に声をかける。
「むむむ娘だなんて! そんな恐れ多い……」
「いいじゃん、娘で。ほら、手が止まってるよ?」
慌てて作業に戻るゼノヴァを微笑ましく思いながら、私を中心に渦巻いているであろう不穏な風をどう払おうか、誰にも気付かれないように模索し始めた。
◆
やった。ボクもついに2学年っ!
一年間せこせこと学を積んで、既に知ってる歴史の授業や、欠伸が出るような数学。これらをテストして、見事に合格した者は次の学年へ進めるわけだけど。
残された時間は限られている。
本当なら、今すぐにでもエインヘリヤルとの契約を結びたいところではあるのだけれど、そもそもボクがエインヘリヤルと契約できるのかは不明である。
なにせ、ボクは神だからね。忘れられてるかもしれないけど、神だからね!
友人関係も滞りない。喧嘩を吹っかけてくるやつも、アンチもいない。神界って、なんてクリーンな世界なんだろう!
こんな環境で動画配信とかしたらウケるのでは?ウケるだろうなぁ……再生回数、一夜にして天元突破しそうだなぁ。
ボクのカリスマ性はきっと下界にも届くわけで、そこにはアンチの芽が出るかもしれないけどね。人気者も一苦労だよ。
「みんな、おっはよー! 今日は清々しい晴れだぜぃ!」
フフフ、女子高生なボクの挨拶に酔いしれろっ!
……あれ?
反応がない。おっかしいな……
上げた手を下げながらクラスを見回せば、クラスメイトの視線というか注目はある一点に集中していた。
「どうかしたの?」
「あ、おはようベル。なんかね、すっごく可愛い子がいるの」
「は?」
ボクを無視する程に可愛い子か……フフフ、少し可愛がってやるとするか。
別に、嫉妬とかじゃないんだからね!
「どれどれ……っ!?」
「あ、やっぱりベルも固まるほど可愛いんだ〜」
ボクが驚いたのは、決して目の前にいる白いマフラーを巻いた龍人の少女が可愛いとか、そういうことではない。
だって、ボクは彼女に会ったことがある。
「…………やめてほしい。私は、一人でいいから」
「またそんなこと言って〜! 仲良くしようよ!
ね、メアちゃん!」
「…………やっぱりやめておけばよかった」
メア。
たしかにそんな名前だった。
ウルド姉のいた遺跡に向かう道中。ボクらの馬車が轢きそうになって救出した、人間嫌いな龍人の少女。
「どこから来たの?」
「…………話す必要は」
「私はね! ヴァルハラ西街からきたんだ。ちょっとした摩天楼みたいなのもあるところで、賑やかなところだよ」
「…………別に聞いてない」
「むぅ……手ごわいなぁ。メアちゃんと仲良くなりたいだけなのに」
クラスのイケイケな女子は、メアとの距離を縮めようとあれこれと聞いている。
対するメアは鬱陶しそうというか、ここに来てしまったことを後悔しているふうだ。
しかし、ボクからすればそんなことはどうだっていい。
「ちょっと、こっちへ」
「あっ! ベルずるいよ! 私も」
「ごめん、ちょーっとだけ込み入った話があるんだ。悪いけど、外してくれるかい?」
「ベルがそういうなら仕方ないかー」
「程々にねー?」
クラスでうまくやっている分、こういう時はすぐに引いてくれる。
それをありがたく思いながら、ボクはメアを連れて教室を出る。
「…………何か用」
「用というか、簡単な質問をひとつだけさせて欲しいんだ。別に答えなくても構わないけど」
「…………じゃあ、なんで呼び出したの?」
「今はボクが質問をする時間だ。それに、その質問はすぐに答えがわかる」
「…………?」
よくわからないという感じのメアを前に、ボクは視線を合わせて問うた。
「…………君は、どうやって神界に来た?」
「!」
「その顔……やっぱり下界には神界に至るための何かがあるか。『天の楔』を利用するにしても、【神性】がなければ話にならないからね」
ボクの単刀直入な質問に対して、驚愕というか何かを諦めたような表情になるメア。
その時、首元に巻かれていたマフラーがするりと動いた。
『それについては私から説明するわ。ここだとまだ盗み聞きの可能性が否めないし……移動しましょう。運命神殿』
今度はボクが驚く側だった。
マフラーだと思っていたそれは、出会った時にもいた管狐。確か名前はハクとか言ったな。
それよりも、どうしてボクの正体がこのウネウネにバレてるのかということだけど。
「それに関しても、ここではまずいね」
『どこかいい場所は?』
「地下施設。そこにはボクの妹が造った機械人形とゴミ処理用の裁断機しかない。すまないけど、放課後でもいいかい?」
『わかりました。それまではあくまで初対面の生徒として振舞って欲しいのですが』
「構わないよ。ボクもそっちの方がありがたいかも」
平静を装ってはいる。が、内心は冷や汗ダラッダラだ。
どこでバレたという疑問が渦巻いてしまって、そこから抜け出せない。
「寮の地下。ダストシュートを滑って来ればいい」
『ええ。私からも色々と聞きたいことがあるので、ゆっくりと話しましょう』
言うなり、管狐はメアの首に巻きついて静かになった。
「…………私は、あんまり関わりたくなかったけど」
「今となっては、ボクも同感せざるを得ないね。まぁ、知り合いだと思ったら人違いだった体で乗り切ることにしよう」
「…………わかった」
…………?
メアは、こんなにも聞き分けのいい子だっただろうか。初対面の時は何も喋らず、あからさまに無視を決め込んでいたというのに。
なにか、心境に変化でもあったのか……いや、今考えるのはやめよう。どうせ放課後わかる。
メアと同時に教室に戻ると、案の定質問攻めにあった。
「知り合いだったの!?」
「お、おふたりはどういった関係で!」
「実は生き別れた姉妹だった……とか?」
「なにそれ泣ける」
「もう大丈夫だからねぇぇ!私たちが暖かーく見守ってあげるからねぇぇ!」
……うん。
今まで気にならなかったクラスメイトの言動が、この上なく煩わしく感じる。
ただ純粋に気になったことを推察して楽しんでいる彼女たちを見てイライラしてしまう。
しかし、そんなドス黒い感情を表に出すわけには行かない。ここは……
「生き別れとかじゃないよ。ちょっと似た顔のヤツが知り合いにいてさ。まさかと思ったけど、違ったんだ」
先程決めた作戦。これに頼るしかない。
珍しくもボクは自衛本能というものを最大限に使って、状況の軟化、あわよくば解決に臨んだ。