-142-持たぬ間と、悩みと、女子力と。
「…………」
「…………」
…………。
「天気、いいですね」
「覆うような曇天なのです」
「…………」
「…………」
「あ、魔獣で」
「《ミラージュ・レイ》」
「…………」
……間が、持たないっ!
どうも信憑性の薄い遺跡だかなんだかに向かう道中、ずっとこの調子だ。
いつもはあんなにやかましかったのに、今ではまるで借りてきた猫のような……
「私は猫なのです」
心を読まれた。僕の心の内を読んでもいいのはシドさんのみと決まっているというのに。
……言ってても虚しいだけか。
「魔境はまだまだ先なのです。御者は変わらないほうがよさそうなので、カッシュくんは荷台で寝てて欲しいのです」
「……では、お言葉に甘えて」
悔しい……というよりは不甲斐ない気持ちが強いかな。旅も人生も、経験的には僕が圧倒的に上回っているはずなのに……どうしてこう、足でまといなのか。
僕の生きてきた300年は……何だったんだろうか。この子に好かれようとは思わないが、仲間として慕われてもいいとは思っているのに。
「はぁ……お姉さま……」
いいや、違うな。この子は、ただ藍波さんに会いたいだけなんだろうな。
【盲目】が指し示すのは、『周りが見えなくなるほど熱中する』ことであるからして、きっと僕が視界に入ってないだけなんだろう。
……なんか、悲しくなってきたぞ、それ。
僕の【盲目】は既になくなってしまっていた。
きっとシドさんが冥府に行ってしまったからだと思っていたけど……
この子を見ていると、違う気がする。
きっと、愛が足りなかったんだろう。
所詮腰巾着。ただついてまわるだけの、厄介虫。
僕は、ただの一度でも彼に必要とされたことがあっただろうか……いや、やめよう。この思考は、良くないものを招きかねない。
荷台に横になった僕は、馬車の揺れに身を任せて目を瞑った。
◆
ムニンさんとかいう謎の存在に、世界レベルのトップシークレットを教えて貰ってからというもの、私とカッシュくんは死に物狂いで調べ物を進めた。
獣人国にこの情報はないだろうとの考えから、唯一の知り合い魔人であるニナから聞き出すことにした。
「ん〜……私の記憶が正しければ、魔王様の管轄だったと思うのだ。詳しくは魔族領に行って、城の書庫にでも行かないと」
半分くらい空振りだったが、行き先は決まった。
魔王……どんな人かは知らないが、私の行く手を阻むのであれば全力で相手をするのみ。
「あ、でも今のまま行くと辛いだけなのだ。だから、途中途中で武器の強化をした方がいいかもネ」
一理、いや百理くらいある。
どうも私たちはパーティーのお荷物というか、お飾りというか……とにかく役に立つ瞬間が少なかった。
もちろん、出撃回数の少なさもあっただろうが、それでも出番がないというのは……つらいものであった。
カッシュくんはその盾とスキルによってちょくちょく防御に成功しているが、遠距離しか能がない私は、近接最強の二人がいる時点で特に用無しだったのだ。
使える数の少ない【空間転移】に、使う予定のない【爪拳】適正。
せっかく武器の潜在能力を解放しても、実弾と妖力弾の使い分けがうまくいかない。
……私は、いてもいなくても変わらないのでは?
何度、そう思ったか。
きっとお姉さま達は優しいから、「そんなことはない」と言ってくれる。
でも……それに甘えていた自分が、何より許せなかった。
「大規模な魔境には珍しい魔獣がいっぱいいるのだ」
「なるほど、市場に出回らない素材なんかも集まると」
「飲み込みが早くて助かるのだ」
珍しい魔獣。それらはもちろん強い。
ここにいるようなスレイプニルとまでは行かないのだろうが、それでも知能持っていたり、様々な攻撃方法を持っていたりするらしい。
「情報ありがとうございます。しばらくは魔境を転々としようと思います」
「それがいいと思うのだ。しばらく会えなくなるのは寂しいけど、今生の別れでもないのだ」
「ですね。お互いしぶとく生き延びましょう」
私が自分のことで悩んでいるうちに、カッシュくんは席を締めてしまった。
情報は頭入ってはいるので問題ないが、途端に申し訳なく思う。
「ごめんなさい、なのです。尋ねておきながら考え事など」
「別にいいのだ。それより、自分に対して納得のいく答えを出すことが大事……だと思うのだ」
照れくさそうに笑う彼女を見て、少しばかり肩の荷がおりた気がした。
かくして、目指す場所が決まり、その報告へとハルクへ帰還。滞在も程々に再出発したわけなのですが……
「……本当に寝てしまったのです」
荷台からかすかに聞こえる寝息が耳に届いてげんなりする。
いや、確かに寝ろと言ったのは私だけど、本気で寝るか普通。
年端も行かない女の子が一人で馬車を運転しているというのに、同乗者は寝るって……正気とは思えない。ええ、きっとモテない。
車道側は歩かず、食事は割り勘、デート先は博物館みたいな……最高にモテなさそうな人なのです。
……そういえば、300年以上生きていると言っていましたが、その間に妻子を設けたことはないのだろうか。
もし、300年ずっと独り身だったとしたら……涙が、止まらないっ!
「イースさんとか、研究している時を除けばよさそうな人なのですが……」
前にあった時、だいぶ昔からの付き合いのような感じで話していたので、もしや、と思っていたのですが。
そんな、素晴らしくどうでもいいことを考えながら、しかし手綱からは手を離さずに私は御者を務めるのであった。
◆
「……こうでもない、か。どうしたらいいと思う?」
『…………本気で、やるのか?』
「ええ。だって、放っておけば危険でしょう?」
私は、自らを、そして皆を守るために戦うのだ。そこに善も悪もあるまい。
『気が進まないのだが』
「そう。なら見ていればいいじゃない。ただし、こちらに干渉は一切しないで」
『…………それで、いいんだな?』
「ええ。もちろん」
私は迷うことなくそう答える。
私の日常を壊しかねないものは、排除せねばならない。
私の平穏を揺るがすものは……
壊しちゃわないと、ね。
◆
「いい湯ですねぇ……」
「ほんとだよね……阿呆建築も、たまには役に立つもんだよ……」
地下から這い出てきたゼノヴァと肩を並べて五右衛門風呂(4F)に浸かる。
石窯で出来ている五右衛門風呂は……なんの意味があるのだろうか。よくわかんないや。
「湯が気持ちよければ、それでいいんですよ!」
「見事な思考停止をありがとうゼノヴァ」
ゼノヴァ曰く風呂は久しぶりらしいので、湯であればなんでもいいのだろう。
……というか、地下で、ゴミ捨て場で、肉体労働なのに風呂が久しぶりって、どうなのそれ。
そう尋ねれば、帰ってくるのは「人形ですので」の一点張り。きまって顔は背けられており、なにか都合の悪いことがあるのは見え見えだ。
「ははーん? さては毎日はいるように命令されてるけど、面倒臭いからいいや、みたいな?」
ビクッ
「ええ……一応女の子なんだから、気にしなよ……」
「だって誰も来ないじゃないですかぁ!」
皮肉なのか本心なのか、見られなければなんだっていいと思ってそうなクチだなこの子は。
「あのね。そうやって日々自分を汚し続けてると、いざと言う時にも汚れっぱなしなの。わかる?」
「分かりません!」
「…………例えば。例えば、明日突然スクルドさんが帰ってきたとします。今日は私が誘ったからお風呂に入ってるだろうけど、もし、入ってなかったら……?」
真剣に考え始めるゼノヴァ。
こうして見ると、本当に機械人形なのか分からなくなってくる。継ぎ目はないし、なにより稼働がスムーズすぎる。
「…………きっと、臭いって言われますね」
「わかったようでよろしい。女子力は毎日欠かさず磨かないと、一瞬で腐るんだからね!」
うちの母親みたいに。
とんでもない反面教師が見つかってしまった私は、身だしなみには人一倍気を使うようになった。
ドライヤーはちゃんとかけるし、寝癖もしっかりなおす。シャンプーとコンディショナーは別々のものを使い、素材は海藻系のものをつかっている。
スキンケアなんかも怠らない。乾燥は避け、保湿クリームなんかを塗って、肌を保護する。日焼けしそうな場合は迷わずUVカット。
まぁ、日焼けは怪我の部類に入るので《全快》を使えば治るんだけどね。
創造主に嫌われたくないのか、身体の隅々まで洗い始めたゼノヴァを生暖かい目で見ながら、その創造主様との会話を思い出す。
『あのね。私たちと会ったこと、話したこと、そして過去の記憶を手に入れたこと。これは私たちが容認する相手以外には絶対に話さないでほしいんだ。
あくまで予防線でしかないんだけど、それで個人の行動が変わってしまうと、運命が狂うからね』
『それと……細かい時期や状況は言えないんだけど、助言を一つだけ。
──悪夢は最果ての空に。
時が来れば、きっとこの意味が分かる……はず』
「悪夢」とは何のことか。
尋ねてみたが、首を横に振られてしまった。『その答えは自分で見つけるんだよ』と。
てっきり、また大戦の死の記憶を見せられるんだと思って身構えていたが……どうも違うらしい。
頭の片隅に置いておけばいいとの事だったので、深くは考えないようにはしてるんだけど……
うん。気になるっ!
「んにゃぁぁぁ!? 痛い痛い! ナンデ!?」
「どうしたゼノヴァ!?」
「あ、藍波……」
ぜノヴァの叫び声に飛び上がり、瞬間的に呼び出した【朧月】を構えて飛び込む。こんな時に敵襲か!?
「お肌がヒリヒリするよう……」
垢擦りを全力でやったらしく、身体中を赤くしたゼノヴァを見て、私は盛大にすっ転んだ。