-141-バドと、演者と、ハイテンションと。
拝啓、お母様。
私は今、大変困惑しております。
いえ、確かに私が私である時間は既に過ぎ去って、もう現存する生物の中ではウルドさんに続いて二番目な訳ですが。
……訂正。私は困惑というよりも……興奮しております。
「シャオラァ!」
「んにぃぃ!」
情け容赦の一切ない、強烈な一撃。
それだけでレギンの得物は折れてしまう。
「ふはは、その程度か!」
「そんなの受け止められるわけないでしょ!?」
…………。
「あはははは! どうしてバドミントンやってるだけなのに、こんなに殺伐としてるの!」
そう。私はただ、難問続きのテスト明けに手持ち無沙汰な寮生たちに「なんか面白いことない?」と聞かれたので、地球にあるアレシア以外のスポーツを教えてあげたのだ。
ラケット? 作った。方法に関しては聞かないでほしい。だって……バドミントン、ひいてはスポーツの歴史を語り始めてしまうから。
シャトルは店売りの羽を加工して作成した。コルクに似たものも買えたので、みんなで出し合った(私は発案者とのことで免除)。
ルール説明や会場作りをした後に、私が《狐火》とデモンストレーションをしてみたところ、大ウケ。
次々と挑戦者が現れるので、片っ端から相手して行った。
……いやね、最初はちゃんとしたバドミントンだったんだよ。羽根つきレベルの、お遊び。
それでも十分に楽しかったのだが、何を思ったのかレギンがライドを使い始めた。
「私は空から全てを撃ち堕とすのだっ!」
とか、10年後に大赤面必至のセリフとともに。
しかし、そんな恥ずかしいセリフとは裏腹に、ライドが有利なのは確かだった。
上空から放たれるスマッシュは加速を重ね、ライドによって引き上げられた身体能力も相まって……シャトルが寮の修練場の床に突き刺さったのだ。
もうね。なんか吹っ切れた瞬間だったね。
「私」が変わってしまっても、彼女たちはそれを知らず、今を楽しんでいる。純粋に、今を生きている。
精神年齢がとっくに人の域を超えてしまった私は、「七海藍波だったもの」を演じていた。
「七海藍波なら、こういう行動をするだろう」「七海藍波なら、こういうことを言うだろう」と。
もちろん、そこに素の私が入り込むこともありはしたが、なかなか演者だったと思っている。
でも……虚しかった。
キラキラしている、10代後半の、パッと見同学年の少女達が暮らす日常に、おばさんを通り越した化け物が混じりこんでいる気がして。
バドミントンを教えたのだって、それを眺めて楽しむためだったのだ。縁側に座って猫を撫でているような気分。
それが……どうだ。
彼女たちは、こんなにも一生懸命で。楽しそうで……輝いている。
絶望の火から生まれた灰を隙間なくかぶってしまっていた──いや、かぶり続けてしまっていた私を、洗い流してくれた。
なので、もう暴れてやろうと思います。
「フハハハハハハ! レギン、ラケットがなければ戦えないのかッ!?」
「な!?」
「ほれ、そこに木刀があるじゃろ?」
わざとらしく転がっている木刀を顎で指す。
「ええ……これじゃあ跳ねないよ……」
「加工すればいいじゃない」
「藍波みたく万能じゃないんでね!」
むぅ……仕方ないなぁ。
「ほれ」
「ノータイムかよびっくりした」
「はいサーブいきまーす」
「わっ、わっ!」
レギンの手元にあっま木刀をラケットに変え、調子を確かめさせるまもなくゲームを再開する。
私の放ったネットギリギリのショートサーブは、レギンのラケットの数センチ先に落ちた。
「はいってます」
「よしよし」
「んぁぁぁぁ! 卑怯だぞ!」
涙目で指を突きつけてくるレギン。確かに公式ルールなら反則だろう。
……しかし。しかしだ。
皆はバドミントンの公式ルールを知らない。なので、ここでは私がルールなのだっ!
それに、ライドを使い始めたレギンに卑怯だとか言われる筋合いはない。
「勝てばよかろうなのだっ!」
「な、なんか藍波の雰囲気が変わった……? 以前の、阿呆な藍波に……」
「シャオラァ!」
失礼なことを言うレギンにスマッシュを叩き込む。敵陣ではなく、レギン自身に。炎付きで。
「ええ!? なんでシャトル燃えてないの!?」
「私だからね!」
「なるほど納得した!」
驚きはしたものの、力と瞬発だけはあるらしいレギン。私のフレアスマッシュを弾いてきた。チッ。
ネットギリギリに返されたシャトルに飛びつき、レギンのいない方へ小さく返す。
これも取られる……が、レギンは苦し紛れだったようで、かなり打ち上げた玉になった。
「あっ!」
「貰いぃ!」
レギンはコートの端。審判らの俯瞰視点で見れば、コートががら空きだとすぐに分かるだろう。
そして放たれたシャトルは彗星の如く。着弾と同時に爆発を引き起こす。
「覚えてろぉぉぉ!」
「ハーッハッハ! 帰ってこれたら考えてやる!」
爆心地に駆け出してしまっていたレギンはヤ〇チャさんのように倒れ伏していた。
「審判、彼女半島不能ですが」
「え、ええ……」
審判席に座るフリストはドン引きの表情だ。ふん、自分だってさっきはしゃいでたくせに。
さて。
私は試合が終わってしまったので、隣のコートを観戦することに……おおう。これまたすごいな。
『その程度か竜殺し!』
『貴殿こそ、カムランで敗れてから落ちぶれたか!』
『『なにぉう!?』』
主に、ヒートアップしたエインヘリヤルが。
「あ、あのジークさん?落ち着いてほしいのですが」
「アーサー。遊びで熱くなっていては」
『『君らは黙っていろっ!』』
あーあー。二人ともライドしているものの、その武器に宿っているのであろうエインヘリヤルに振り回されてしまっている。
『喰らえぃ!エクス……カリバァーッ!』
『なんのォ!吼えろバルムンク!』
『『おおおおおおおおお!!!』』
ネットが裂け、審判なのにうたた寝していたエルルーンが吹き飛ばされ、コートは滅茶苦茶に。
私も人のこと言えないけど、明らかにやりすぎだ。
「ちょっと! アーサー!?」
『む、コートが消し飛んだか……しかし、まだ勝負は!』
「終わったわよ……はぁ、普段のアーサーからは考えられないほどはっちゃけてたわね」
『ぬぬ……思い返せば、なんという体たらく。円卓に顔向けできぬではないか』
「誰のせいよ」
苦労人、ヒルデ。相も変わらず、その苦労性は過去の英雄すら巻き込む、か。
「ジークさんも、張り切りすぎです!」
『ああっ、すまないミスト……どうか許して欲しいのだが』
「もうっ! 言うこと聞かないジークさんは嫌いですっ!」
『ミストぉー!』
痴話喧嘩みたいなもうひと組。いつの間にかパワーバランスが逆転している気がするのは気のせいじゃないはずだ。
ライドを解かれ、強制送還されたジークフリートの悲しい叫びは、果たしてミストの耳に入っていたのか……心配だなぁ。
「アーサーも、一旦頭を冷やしてきなさい」
『そうさせてもらうか……はぁ、らしくもないな。全く』
消えていく鷹に敬礼。あるよね、突発的にはしゃいじゃうこと。差し込まれた記憶の前にやらかした桶滑りが思い出される……そういえば、彼らは元気でやっているだろうか。
あれから随分と経つ。当たり前かもしれないけど、なんの音沙汰もないし……
ウルドさんは一度下界に降りたらしいけど、何してたんだろう? とか、下界関係についての情報があまりないのだ。
まぁ、彼らは大抵のことなら乗り切ってみせるだろう。私のイグニスを3人組で打ち倒せるくらいだからね。
「藍波〜! 今度は私とやろうよ〜」
「ん? おお、やるか!」
取り敢えずは、今日この日を楽しもう。
そう思って、突き刺すようなヒルデの視線には気づかないフリを貫き通した。