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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
139/176

-138-気絶と、繰り返しと、狂気と。

さぁ皆さん。頑張ってSAN値を保つのです!

深夜テンションでウワァァァ!と書いた部分があるので、だいぶちぐはぐですが……ご愛嬌を。



「また気絶しちゃった」


 ざーんねん。と、白衣を翻して先程転んだ時にばらまいた資料を片付ける。

 我ながらドジだなぁ……とも思う。でも、姉たちはそんな私を愛してくれている。


「うぅ……終わった?」

「ううん。また気絶しちゃった」


 そう言って指を指した先には、まるで死んだかのような……あるいは殺人鬼のような顔をして眠っている少女の姿が。


「それもこれも解除が遅いから……」

「だ、だって……まだ力が戻って間もないんですもの。狂ったというよりは誤ったというか」

「同じです!」

「ご、ごめんなさい……」

「それより、資料集め手伝ってよ」


 何も言わずに手伝ってくれる彼女が私は大好きだ。

 一人でやる半分の時間で集め終わった資料集を机に置き、ちょっとしたリクライニングシートに座る。


「で、どうするの?このままだと敵認識されて殺されちゃうよ?」

「ええ……それだけは避けないとならないわ。でも私は……」


 悩むように紅茶をすする彼女は、ほぅ、と息をつく。

 久方ぶりに見たが、やっぱり変わってない……それもそうか。私と違って封印されていたんだから。


「ん、あと20秒で起きるよ。少し外してて」

「……お願いね」

「うん……彼女が話を聞いてくれればいいんだけれど」


 実際のところ不安しかない私は、緊張を誤魔化すように頬をピシャリと挟む。


「よし!やるかぁ!」


 終末は近い。その為に、出来ることをしなくては。


 ◇


「だ、だめだ……なんだこの子。ずっとブツブツと……やっぱりアレの加減間違えると精神を壊しかねないみたいだよ……」

「…………」


 彼女は目覚め、その度に呪詛と自虐的な高笑いと涙を流しては気絶するサイクルを、既に23回。

 私はその全てを見ていたが、はっきりいって異常……壊れてしまっている。


「あのね、このままだと脱水症状とか起こし始めると思うんだ。というか既になってるんだけどね?」

「なんで水を上げないの!」

「だって怖いんだもん」


 水を与えようとして噛み付かれでもしたら たまったもんじゃない。理性を失いかけ……失っているであろう彼女の咬合力は、きっと龍のそれよりも強いだろう。

 そんなもんに噛みつかれたら腕を持っていかれるに違いない。そんなギャンブルをできるほどの度胸も、余裕もないし、そこまでお人好しですらない。


「待とう……彼女が正気に戻るまで」

「わかった……」


 ◇


「だああぁ!逃げて!にげてぇぇ!」

「退避終わったわ!そっちは大丈夫!?」

「な、なんとか……」


 うっかり彼女が傍らにいる状態で目が覚めてしまった。

 襲われた。バネでも仕掛けてあるんじゃないかって速度で跳ね上がった彼女は、まるで船を襲うサメのようだった。

 白目を向いたまま、本能と殺意のみで食いつこうとした少女の頭を叩き落とすのがあとコンマ数秒遅れていたらと思うと、背筋が凍る思いだ。


「どうしてこんなことに……ええ、私のミスですね。わかります……」


 ホロホロと涙を流す彼女に苦笑いしながら、変な体勢で眠りこける、通算気絶回数168回の少女を観察する。


「……埒が明かない」

「それもそうだけど……だからと言って解決策がある訳でもないし……」


 二人して唸りをあげる。


「あ、5秒後に目覚める」

「もうちょっと早く言ってくれる!?」

「ごめーん!逃げて逃げてぇ!」

「いやぁぁぁぁぁ!」


 ◇


「ふぅ……ふぅ……」

「あ……だめだ、眠い。すっごく眠い。寝ていい?」

「だ……めでしょう?ふぁんと見てふぁきゃ……」


 通算気絶回数、2764回。


 未だ、彼女の理性は戻らない。


 ◇


「あ……ごめん今寝てた?」

「いや……寝てない、と思う?」

「疑問形なの……」

「あはは、ちょうちょ」

「何言ってるの。あれはミミズよ」


 通算気絶回数、26984回。


 私達も、壊れそうです。


 ◇


「わーい。チーズケーキだぁ!」

「こっちには美味しそうなバナナがあるわ」

「あはははは!それはみかんじゃなくてインゲンマメだよ!」


 通算気絶……忘れた。


 皆、壊れた。


 ◆


 鈍痛に目を覚ます。

 頭が痛いというよりは、全身が痛い。というか重い……?それに、なぜだか分からないけど、目の下がカピカピなのと、体がさっきから痙攣してるってこと。

 うわ、これやばいんじゃない?マナーモードなの?電車内での通話はご遠慮ください?


「あはははは!待ってよ待ってよ私のサンダルゥ!」

「ああ……美味しかった。きっと一生分のコンドルを食べたわ」

「それピーナッツじゃなくてゴリラだよ!」


 ……なんだこれは。


 え?あのえっと……って、それどころじゃない。このままでは脱水症状で死ぬ!


「《水球》」


 何故かは知らないけど、手のひらから水が生成された。それを不思議に思うこともなく、私はその水を一気に煽る。

 ……足りない。


「《水きゅ……」

「ッエーイ!」

「わ」


 どこからか飛んできた羽ペンが水球を台無しにする。しかし、弾けてしまった水球は私の体に降り注ぎ、むしろ給水効率を高めた。気分的に。

 気分は両生類。両生類が何かは知らないけれど、とにかく水分を取ることを優先させる。


 干からびかけていた身体が急激に水分を取り戻していく。水球を作るのは休まず、丁寧に。またいつ弾けさせられるかわからないからね。


 ……よし。痺れが治まってきた。何回生成したかはわからない。どうでもいいし、それより気になることがある。


「……どういう状況?」


 寝かせられているのはわかる。こんな極度の脱水症状であるならばそれは正しいのだろう。水くらい飲ませて欲しかったけど。


 ……そうじゃなくて。


「いやっふぅ!マグマダイブは楽しいねぇ!」

「こら、大人しく座ってなさい。介錯できないでしょう?」


 何がどうなって、この人達はこんなに狂っているのだろうか。言っていることが噛み合っていないどころか、とんでもない幻覚幻聴を引き起こしているらしい。

 金髪白衣のちみっ子は「マグマダイブぅ!」と言いながら前転を繰り返しているし、修道服の女性は虚空にチョップを繰り出してる。


 誰がどう見ても、正気じゃない。どこかに頭をぶつけたか、ヤバい薬をキメたか……あるいは他の要因があったのか。


「あの……」

「あははははははは」

「うふふふふふふふ」


 正直、怖い。

 こちらまで正気を失ってしまいそうで。


 ケタケタと壊れた人形のように笑い続ける二人を見て感じた感想はそれだけだった。

 見知った顔がここまで壊れていると……ただ、怖い。


 ……ん?


 見知った顔?


 誰が?


「……思い出せない」

「あははははは……ん?んん?私は何を」

「うふふふふふ……あら?あらら?」


 私が頭を手を置いて記憶を探っていると、狂人が帰ってきた。よかった……何がよかったのかも、よく分からないけれど。


「あっ!目が覚めてる!は、早く逃げてぇ!」

「い、いつの間に……も、もう間に合わないわ!」

「…………」


 戻ってきたかと思えば、これはこれでうるさい人達だな。こちらへの敵意や害意といったものは一切感じないので、倒すべき敵ではない……と、思う。

 なんとなく、酷い目に合わされた気がするけど……それすら、思い出せない。


「お、襲ってこない……」

「やっと正気が戻ったんだね!これで話ができ」

「あなた達は何者ですか。見たところ敵ではないようですけど……味方というわけでもなさそうだ」

「…………」


 白衣のちみっ子が嬉しそうに寄ってきたが、私が吐き捨てるようにそう言うと、悲しそうな顔で黙ってしまった。

 目線を下げ、こちらを見ない。


「……何が起きたかは知りませんけど、介抱してくれていたみたいですね。欲を言えばもう少し静かにしていて欲しかったりもしますけど」


 水分は十二分に戻した。本来ならありえない回復速度だが……動けるに越したことはないだろう。

 私はベッドから降り、感触を確かめるべく手を握っては開き、その場で少し飛び跳ねてみる。


 ……問題、なし。


「出口はどこですか?行く宛も、目的もないですけど、ここにいてはいけない気がするんです。出してください」

「……それは、できない」

「なぜでしょうか」

「すまない。君を、ここから出すわけには行かないんだ」


 わからない。彼女達の目的が。


 私ごときを捕まえて、一体何をしようというのか。

 ただの一般人。ただの中3生。来年には高校に入学……そういえば受験がまだだったっけ。

 どこの高校受けようとしてたんだっけ……そもそも、私の通ってた学校は、どこにあったっけ?


「君は今の状況が把握出来ていないと思う。君は……壊れてしまっているから」

「それで?」

「え?」

「壊れているからなんだっていうんですか?思い出せないことが沢山あって、どうして思い出せないのかもわからないことは分かっています。

 でも、それがここから出せない理由にはならないはずです」


 言いながらも部屋の観察は止めない。真っ白なのに石室のような暗さがある、不思議な空間だ。

 一つだけ扉があるのだが、そこには修道服が立っている。


「……そこしか出口はないようなので、どいてもらえますか?」

「…………」


 怯えたような表情になる修道服。そんな些細なことすら、今の私には気に触った。


「どけ、と言っています」

「で、きません……」

「……そうですか」


 止むを得まい。私の十八番……押し通ることにしよう。


 ……どうやって?


「あれ?私の武器は……?あれ、そもそも武器って何?なんで戦い方は知ってるの?」


 わからない。わからない……ワカラナイ!


「ねぇ……何か知ってるんですよね?私の武器は?どこに……どこにある!」

「ひっ……」

「……ごめん、まだ治ってなかったみたいだ。敵認識されなくなっただけマシと思うかは別として……ちょっと痛くするよ」

「なにを──」


 背後から容赦のない、首への一撃。思わず首を捻って避けようとするが、それすら計算済みのような軌道を描かれたそれは……


「みらい、よち」


 暗転。


 ◆


「やりきれないね……どうしようか」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「泣いてても始まらないでしょ?ほら、頑張って」


 味わったことのない恐怖だったのか、腰が抜けてしまった彼女に歩み寄って手を差し伸べる。


 私が昏倒させた少女は、どうやら記憶が飛んでいるようだった。自分がどこの誰なのかもわからない。目的も、目標も……恐らく、生きている意味さえも。


 それは、いつぞやに覗いてしまったIFの世界の再現であったような気がして……嫌になる。


「せめて、あの子がいれば」

「でも、あの人をああしちゃったのは過去の私たち。こうなったら無理やりやるしかないよ」

「ええ……わかっているわ」


 青い顔をした彼女を椅子に座らせ、少し冷たい水を渡す。


「そういえば、彼女はさっき水を生成していたね。妖術の使い方はわかるのか」

「どちらかというと、失った水分を取り戻すために無我夢中だったような……」

「そうだね……それに見てよ、この水。ただの水じゃない」

「何か、毒が?」

「ううん、逆。とんでもない治癒能力を秘めてるよ、この水。床にこぼれちゃってるけど、浄化して啜ってみて」

「わかったわ」


 言われるがまま、ホコリなどの不純物を取り除いた水を彼女がすする。


「どう?」

「ええ……これは正しく治癒の効果があるわ。それも大分高度な……大抵の傷は瞬時に回復するくらいの」


 二人して思案してしまうが、今はこの水よりもやることがあるんだった。


「じゃあ……取り掛かりますか。よろしくね、ウルド姉」

「やれるだけ、やってみるわ」


 ◆


 色んな死を体験した。


 なにかに潰された。死ぬ。


 なにかに斬られた。死ぬ。


 なにかに刺された。死ぬ。


 なにかに千切られた。死ぬ。


 なにかに燃やされた。死ぬ。


 なにかに埋められた。死ぬ。


 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。


 もう、死に飽きた……

 最早、痛いと感じるのも疲れた。


 目を開けてしまえば、慣れた死よりも辛いことが待っていそうで、私は瞼を閉じ続ける。



 ──逃げるのかい?


 違う。私は頑張った。もう、休ませて欲しいだけ。


 ──痛いのが嫌なのかい?


 それも違う。痛みなんかはどうだっていい。


 ──じゃあ、なにが嫌なんだい?


 ……なんだろうね。私は、何が気に食わないんだろう。それすら考えたくないほど疲れたから。


 ──君はその程度で終わっていいのかい?


 さあね。私にはわからないよ。だってもう死んだんだから。


 ──…………。


 ──面倒くさいな、君は。


 ──面倒な君が面倒になった僕は、もう面倒な建前は全部捨てようと思う。


 なにそれ?建前?なんの話?


『──いい加減にしろ!この口だけ女が!」


 ……ッ!?


 な、なんで今怒られて……?

 私はただ……


『君があの時そう願ったら僕はやってきたって言うのに……はぁ、彼に咎められたことも忘れているのか、君は。本当にどうしようもないガキだね、全く。

 怒られた内容は覚えてなくてもさ、どうしてそれが君の本質にならないんだい?何のための環境順応なんだい?』


 知らないよ。そんなのは。世界が勝手に決めたルールじゃないか。

 私を巻き込まないでよ。私を休ませてよ。


 私に、関わらないでよ。


『ふぅーん?そーかそーか。そういうこと言っちゃうわけだ。

 ……もう絶対許さねぇ。地面ブチ抜いて冥界下りして『彼』にチクってくることにするよ。その場合僕は戻れなくなるけど、孤軍奮闘しているであろう『彼』も戻ってこなくなるだろうね?』


『彼』?彼って誰のこと?それに、私に説教垂れるあなたは誰?


『へーんだ!ずっとそこで精神的に死に続けてればいいさ!君に殺されたもの同士、地獄で仲良くしてるからさ!じゃあね、自分になんの責任も持てない……意気地無し』


 声の主が行ってしまう。でも、頑張った私に酷いことを言うやつなんか、どこへでも……


 どこへ、でも……


 なんで。どうして……


 涙が、止まらない。


「……って」

『んぁ?何か言ったかい?クソガキ』

「待って」


 自分でも驚いている……どうしてこんな酷いやつを呼び止めたのか。でも、その思考とは別で口はどんどん言葉を紡いでいく。


「謝るから……行かないで」

『ハァ?なーに言ってんの?どうして僕がガキをあやさないといけないのさ?えぇ?

 あいにく僕は育児経験とかないし、するとしても放任主義だからね』

「…………」


 突き落とすような声。地獄へ行く側のはずの声の主が、むしろ私を奈落へと突き落としに……


 奈落。


「……あっ」


 奈落……待って、消えないで。もう少しで思い出せるから。私の成り立ち、私が何者だったか!


『……フン、やっと戻ってきたか。遅すぎだよ、藍波』


 とことん不機嫌な声に苦笑して、私は思い出したすべてを持って、帰る。


「ごめんね、こんど埋め合わせするからさ」

『当たり前だよ!僕にこんな役回りさせて!

 ……うぅ……心がしんどい……』


 私の半身とも言うべき相棒はそれだけ言うと、どこかへ引っ込んでしまった。


 ……でも、助かった。ありがとう、アース。

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