-137-危機と、仮説と、惨敗と。
突然のホラーチックな表現に注意です
ホラーというよりクトゥルフ的な要素かも知れませんが……
「ヴェルさん!」
「おっ、おかえり藍波」
「随分と探してたねぇ?」
ゼノヴァの案内で、最短距離で脱衣所に戻ってきた私は、着の身着のままで浴室内に突入。体裁など気にせず、元の名で彼女を呼ぶ。
「だいぶ、切羽詰まってて……今話すわけには行かないんだけど、何も言わずについてきて欲しい」
「ほいきた」
「えっ、ちょっとどこ行くの?私を一人置いていくの?」
「レギン。悪いけど、学園長や寮長を含めた学園幹部に……『七海が屋敷にいる。何も言わずに集まってほしい』と伝えて」
「な、なんで」
「お願いだから」
突拍子もないことを言っている自覚はある。でも、それ以上にこれは急ぎの要件だ。
「藍波がそこまで言うならなにか理由があるんだろうけど……話してる余裕も、ないんだね?」
「……ごめん」
「……わかった。ヨルム先生にも伝えておく」
「ありがとうレギン。……いつか、ちゃんと話すから」
「期待しないで待ってるよ」
いうが早いか、すぐに脱衣所に走っていくレギン。良い友を持ったものだと、心の底から思う。
「ヴェルさん。時間が惜しい、【朧月】に入って」
「あいよー」
「アースっ」
『お呼びで』
「全速力で屋敷に向かう。明日のことは考えなくてもいいから、最短最速でお願い」
『了承した』
「ライド」
焔が飛び出す。一直線に、一切曲がることなく。
減速もしない。ただ、加速を続ける。着地のことは後で考える。
仮説ではなく、確信を、伝えなければならないから。
◇
私の仮説……いや、確信。
結論から言うに、時系列がおかしい。
『5000年前の対戦で、ボクらは封印されたんだ』
かつて、ヴェルさんはこのように述べた。
それは、ノルン三姉妹の全員が同時に封印されたという趣旨のものだった。
《過去神》・ウルド。
《現在神》・ヴェルダンディ。
そして、
《未来神》・スクルド。
そうして封印された、封印されていた彼女たちは、私の旅路の中で復活を遂げていた。
だが、それは二柱の話。
現在封印が解けているのは、
《過去神》・ウルドと、《現在神》・ヴェルダンディ。
まだ、《未来神》は解放できていない……はず。
だというのに、今から『460年前』に、地下施設にあるダストシュートの管理人、ゼノヴァに会いに行っている。
そして、それは「会いに行っている」のであって、ゼノヴァ制作はその時ではない。少なくとも第一期生卒業の500年程前までは、彼女はここで生活をしていたことになる。
それがなぜ、「普通」に捉えられているのか。
神々は知っているはずだ。ヴェルさんから情報が共有されて、ノルン三姉妹が何者かによって封印されていたということを。
だというのに、誰も……誰一人として、「500年程前に戦乙女として存在したスクルド」に関して疑問を抱かなかった。
こんな状況、事例を、私はひとつ知っている。
かつて、「敵は誰だ?」と問うた勇者の……アスロンのいた人間国の住人達。
特定の質問や疑問について尋ねられたりすると、その事柄についての会話、行動を一切しなくなるということ。まるで時が止まったかのように動かなくなり、発言者が去ると何事も無かったかのように日々の営みに戻る。
……そんな、異様、異質な光景。
実際に見たわけでも体験した訳でもない。しかし、これがもし神界中で発生していたら──
「アース、着陸準備。ただし、加速は緩めないで」
『そりゃ無茶な話だね……でもまぁ、やってみるよ』
ライド第二形態……氷をまとった私は、足裏からの噴射は止めず、そのまま屋敷の庭に堕ちる。
巨大なクレーターを作ってしまったが、今はそれどころではない。
「あ、藍波様!?なにを……」
「オーディンに取り次いでください。一刻も早く、迅速に!」
「わ、わかりました!」
流石は主神勤めの女中だ。対応が早くて助かる。
私はくぼみから体を出し、女中の後を追うように駆け出す。
あってはならないことがあるのかどうかを確かめに行くために──
◇
…………。
結論を述べよう。
惨敗だ。
オーディンを始め、ヴァルハラの重鎮に集まってもらった。急な招集に訝しみながらも席についた面々は、それでも私の表情をみて引き締まる思いの様子だった。
「皆さんに集まっていただいたのは、他もありません。スクルド神についての時系列が、どう考えてもおか──」
痛烈なまでの違和感。思わず言葉を切って周りの神々を見回せば……
……『無』だった。
顔こそこちらを向いてはいるものの、目には生気を宿しておらず、誰一人として私を見ていない。
それどころか、揺れていた蝋燭、靡いていたカップの水。時を刻んでいた秒針に至るまで、その全てが活動を停止していた。
驚いたことに、動けるのは私のみ。【朧月】から出てもらって、聞く側に回っていたヴェルさんまでもが虚空を見据えていた。
…………。
つまり、だ。
私に、本当の意味での味方は、いない。
この状況では、この疑問、この違和感に気付くものがいない。皆、気付けない。
なぜ?どうして?
「……それは」
「っ!誰!」
静止した世界。私が留まり続ければ永久的にこのままの世界に、私以外の声がする。明らかに怪しい。
瞬時の判断で【朧月】を剣状態にして引き抜き、襲撃に備える。
……が、その心配はいらなかったようだ。
「大丈夫です。私は何もかも、すべてを理解しています。だからどうか、落ち着いて」
「…………あなたは」
修道服のような装いで入口に佇んでいたのは、以前遺跡で拘束し、【ヘル・ゲート】を伝って冥界へと搬送されていった……
「……ウルドさん」
「ようやく、こちらに戻ってこれました。戻ってきて早々、あなたが真実に気付くとは思いもしませんでしたが」
「その説はどうも。無事でよかったです」
「ええ。本当に感謝しかないです。あの暗い闇から助けていただいたおかげで、今どんなに晴れやかな気分か」
祈るように目を伏せる修道女……ウルドさんは、スゥ……と目をうっすらと開き、
「今、全世界がこのようにして停止しております。この中での活動は非常に危険です」
「それは……なぜですか?全世界が停止しているのであれば、その隙に……」
「『敵』を縊り殺せる、と?」
怒気……いや、殺気すら乗せられたその言葉は、私の言わんとすることそのままであった。
動かない的ほど狙いやすいものはなく、無抵抗な石を砕くのは易い。
「残念ながら、あなたは少しだけ。発想が足りていません」
「…………」
「わからない、という顔ですね。では問いましょう。
ど う し て 私 は 今 、 行 動 で き て い る ? 」
膝から崩れ落ちていることに気がついたのは、頭の血が一気に降りてきて視界が一瞬ブラックアウトしてからだった。
打撲痕、斬撃痕、刺突痕……なし。物理的ダメージではないようだ。
しかし、立てない。たてない。タテナイ。
……タチタクナイ。
「……やはり、まだまだ未熟ですか」
声が遠い。なのに、それは意味として私の頭にしっかりと入って記憶されていく。
未熟。みじゅく。ミジゅく。ミジュク。
私は、ミジュク?
はは、今までのすべてを賭けても、まだ……未熟。
「どうしたものでしょうか。……やりすぎ?そんなこと言われましても……」
ああ。色々と重なりすぎて頭がおかしくなりそうだ。
勉強をちゃんとやってたら、もっと違ったのかな。
頭の回転とか、記憶力とか。……発想、とか。
誰が敵で、誰が味方で。誰が誰なのか。私は何者なのか。
「はい、わかりました……じゃあ解きますけど、あとの対処は任せますよ?」
そもそも、何のために私は戦って──
「ああもう!──がモタモタしてるから強烈な自己嫌悪入ってるよ!早く解いてあげてぇ!」
「ご、ごめんなさい」
「あはははははははははははははははは」
とめどなく流れる涙は、誰のためのものだっただろうか。
◇
…………。
……………………。
……………………………?
……………………こ……る?
…………聞こえる?
薄らと目を開ければ、閉じた瞼の裏で開いていた瞳孔が、過度に摂取した光のせいで目をやられる。
それに抗いつつ、徐々に目を開ければ……
「あら、目が空いたわ」
「………こ、こは」
「ああよかった!ちょっと待ってねうわぁぁ!」
誰かが転んだようだ。
しかし、私の意識はそちらへは向かなかった。
「……どうして」
私を覗き込んでいたテキが、その双眸を泳がす。
「え、えぇっと……た、たのんだわ」
「ええっ!?そこで逃げちゃうの!?」
テキは去ったらしい。でも、油断はしない。絶対に。
まず状況の確認を──
「待って!一人で話を進めないで!私も気にかけてほしいんだけど!」
私は今、どこかに寝かせられているらしい。寝転がった床は固くなく、むしろベッドのような感触。毛布がかけてあり、枕まで敷いてある。
あのテキが、用意したのか?
……わからない。何も。何もわからない。
「あのー。そろそろ私泣いちゃうよ?いい?泣くよ?盛大に泣くよ?それはもう……ごめん、いいたとえが出てこないや」
両腕は……動く。足も動くし、首も回せる。
しかし、どう足掻こうと起き上がれない。重力系の魔法?妖術?
……どうでもいいか。油断はしないし、おめおめと殺されることもしてやらない。でも……もう、立ちたくない。
もしかしたら、魔法や妖術の類ではなく、ただ単に私の身体自体が拒否しているのかもしれない。
「……ぐすっ、私、こんなに無視されたの初めて……こんなに影薄かったかな……ずっと隠れてたからかな……?」
【朧月】、召喚叶わず。
右手も左手も、足も口も試したが、無意味。
集まりかけた温かみが霧散するように、それは消えてしまう。
……これでは、テキが戻ってきた時にコロセナイ。
「……重症だな、こりゃ」
いざとなったらライドで……
ライド?
なんだっけ、それ。
あれ、なにか大切なことを忘れているような……あれ?私は……あれ?
頭の中にはふたつの単語。『テキ』と、『ナゼ』。
テキはナゼ、私を殺さない?
テキはナゼ、私を布団に寝かせた?
テキはナゼ、出ていった?
テキはナゼ……
シドを、殺した?
あれ?
シドって、誰だっけ。
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