-136-人形と、幽霊と、違和感と。
えぇと……ここから先、改稿の可能性が大いにあります。付け足し要素や改変などがあるかもしれないです。
なるべくそうならないように書いていきますが、改稿する際は前書きか活動報告で告知します
「あの」
「なんでしょうか?」
「私、お風呂入りたかったんですけど」
「ここのを使えばよろしいかと」
にこやかに返答されて言葉に詰まるが、薄紫髪の幽れ──彼女に付き合っていたのでは、せっかくのベル弄りが泡沫と消えてしまう。それは大変困る。
「また機会を作って必ず来るので、今回は一旦返してもらえませんかね?」
「酷いですねぇ……私を幽霊扱い、加えて名も聞かずに上へと帰ってしまうなんて。ぷんぷんです」
自分でぷんぷんとか言うやつ初めて見たかもしれない。しかし頬を膨らましていることから起こっていることは確かなようだ。
……何となく、どこかで聞いたような声かもしれないと思ったが、世の中そんなもんばっかりだと頭の隅へと追いやる。
「えー……と?お、お名前は?」
「そういう時は自分から名乗るもんですよ」
うぜぇ!
「ヴァルキリー養成校二学年に編入してきました、七海藍波と申します……」
「まぁ知ってましたけどね」
こ、このアマ……
「私はゼノヴァ。ここの地下担当の機械人形です」
「お化けじゃん!」
私は距離を取りつつ、我が身を抱きしめる。
「人形は!動かないの!」
「えぇ……そんなこと言われましても……って、あ!」
「え?」
困惑する幽れ──ゼノヴァは反応が遅れてしまったようだ。何にって、私が飛び退った先にあった、例の巨大裁断機?
「あっ!?あっぶね!ねぇ!なんで噛み付いてくるのこいつ!」
「だから言ったじゃないですかぁ!」
思いっきり赤いラインを超えていた私は、後から飛び出てきた刃に噛みつかれかける。身をひねって脱出に成功するも、髪の毛の先っぽが何本かやられた気がする。
「そこ、動かないでくださいね?」
「ヤダ来ないで!」
「お化けの類じゃねぇって言ってんでしょうが!」
ついにキレた機械人形さん。
「くそっ……引けど進めど地獄行きか……!」
「裁断機側の億倍マシですよ!そんなに私が嫌いですかっ!?」
とうとう悲痛な声になってきたゼノヴァとかいう少女。心なしか涙声だ。
「いや待てよ。機械人形ってことは……実体があるってことか」
「あなたのその思考に待ったをかけたい!え?実体があると私どうなっちゃうんですか!?」
「もちろん欠片も残さずぶっ壊す」
「こんのサイコ野郎ォ!」
そう。私が苦手なのは、物理攻撃の効かない奴らのこと。目の前にいるホラー人形は叩けば壊れるだろう。
うん、やるか。
「ひぃぃぃぃ!来たぁ!」
「そこ動くなよ?」
「そりゃ動きますよぉ!」
どこでも【朧月】で床ごとゼノヴァを穿ちに行くが、咄嗟の横っ飛びで回避されてしまった。ぐぅ……思っていたよりすばしっこい。
「ねぇナンデ!?私、何も悪いことしてないのに!」
「お化けはね、存在が悪なの。よって……天誅!」
「神界でそれを言いますかっ!」
ドゴォ!
「チョロチョロと……大人しく食らいやがれぇ!」
「それを聞いて誰がやられたいと思いますかっ!」
「ぬぅん!」
ベキャ!
「あ、わわわわわわ」
「ふふ、チェックメイト」
床や壁に、そこらに転がるゴミまでをぶっ潰しながらゼノヴァを追い立てていき、終いには彼女を赤ラインの手前まで追い詰めた。
「さぁ、観念しなさい……」
「ふえぇ……どうしてこんなことに……私は学園創設からこれまで、一度もサボらずせっせと働いていたというのに……」
機械人形のくせに表情が豊かなことだ。今のところ主に泣き顔しか見ていないけど。
「ああ……ご主人様……どうか、どうかゼノヴァに御加護を……」
胸の前で祈るように手を組み、ここにいない誰かに向けて寂しそうな表情をしたゼノヴァは、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
そこには虎視眈々と「ゴミ」が来るのを待っていた巨大裁断機。
ちょっとした小屋だろうと難なく飲み込めるほど巨大な破壊者は、自慢の牙を掲げ……
「ふっ!」
獲物を食らう直前で、標的を見失った。
「あ……マ、スター?」
「幽霊人形の主人なんて真っ平ごめんだけど……その、悪かったよ」
独白を聞くに、彼女は500年以上この地下室で働いていたのだろう。それがどんなに寂しく、退屈であるかはわからない。知る由もないだろうし、その必要も感じないけど……
あんな顔を、されちゃあねぇ……
「はは……いいんですよ。私が壊れれば、次の私が作業を担うんですから。名前も記憶も経験も初期状態からですけど……でも、それでも支障はないので」
「えー……と……こんなことしておいてアレだけど、ゼノヴァは一人だけ、なんでしょ?ならゼノヴァが生きないと」
抱えたゼノヴァはキョトンとした表情になると、次の瞬間には表情を崩した。
「へへ……私のこと幽霊だとかお化けだとか言っておいて、今更「生きろ」……ですか?都合いいですね」
「あいにく、私は口だけよく回るみたいでね。経験もクソもないけど、我が道を押し付けていく悪人みたい」
「自覚があるなら直すべきです」
むくれたゼノヴァをラインから離れたところに下ろしながら、私は頭をかく。
「えー改めて……ごめんなさい」
「いえ、いいんです。私もお客さんが久しぶりすぎて興奮していたと言いますか……」
「いやいや、私がちゃんと確認しないから……」
「そんなこと言ったら──」
あーだこーだと、謝罪と謝罪の水掛け論をしたあと、もう別に幽霊でもなんでもいいと思えてきた。
こちらへの害意はないようだし、なにより話しているうちに仲良くなってしまった。
「私のマスターはですね?ここの一期生なんですよ。当時……いえ、今も最強のヴァルキリーだと自負しております」
「随分と自信ありげだね?」
「それはもちろん。だってマスターですから」
にっ、と笑うゼノヴァ。泣き顔ばかりをさせていたからか、その感情表現はとても輝いて見えた。
「それにしても……機械人形?ってなに?」
「ああ……そのまんまですよ?人工的に作った身体に、AIを搭載するようなものですね」
「神界にもAI技術あったんか……」
本当にここは色んなものが混じりあっている。こうして機械人形なんてものがあるくせに、パソコンやゲームの類は一切見かけないのだ。あった方が便利なものほど、なぜか存在しない。
「この人工体はですね。マスターが研究に研究を重ねた結果出来たのです。継ぎ目なく、機械らしさを感じさせない造形……まさに神の御業!」
「あー……マスターが誰だが、なんとなくわかった気がするよ」
およそ500年前なんて、機械工学の発症である地球は文明未発達だ。そんな中、「神の御業」レベルでの機械人形の作成……未来を見れなきゃ、できやしない。
「ゼノヴァのマスターは……未来神スクルド、だね?」
「ご明察です。私の、私たちのマスターはかの運命神なのです」
あのホログラムでしか見たことがない人だけど、ベルとは違った元気さと健やかさを感じる彼女。
現在封印されているとされる運命神の、残りの一柱。
「でも……ここ数百年、マスターは姿を見せてはくれないんです……やっぱり私、どこかで失敗してしまったんでしょうか」
ゼノヴァにとって、彼女は生みの親のようなものだろう。その人が姿を見せなことで、自分が捨てられた……いらない子だと言われている気がしているのか。
…………ん?
まてよ。
なにかが、おかしい。
「ね、ねぇゼノヴァ?変なことを聞くようだけど、スクルドさん……マスターに最後に会ったのはいつ?」
「なんですか藪から棒に?マスターの英雄譚なら日付が変わっても話続けられます──」
「いいから答えて!」
もし。もし、私の感じた違和感が。これが本当だったら……
「ええっと……そうですね。メモリーは『460年前』をさしています」
まずい。
「こうしてはいられない。悪いけど、一刻も早く地上に返してもらえる?行かなきゃいけない場所がある」
「え……あの、私はなにか間違いを?」
「間違えているとしたら今無駄な時間を作ったこと。お願いだから早くしてっ!」
「わ、わかった……こっちです」
ゼノヴァの後ろについて、地下施設から地上へと歩き始めた私の表情は、終始弓の弦のように張り詰めていた。