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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
135/176

-134-対話と、羞恥と、来訪と。

 バチン、と音が鳴りそうな勢いのウインクを躱し、早速本題に入ってもらう。


「ええ……今回の件は、本来ならもっと負傷者及び損害が出ていてもおかしくなかったのは分かるわね?」

「まぁ……大型が2体ですからね」

「そう。過去に大型が似たい同時に出現したという例は数える程しかなくて、そのいずれも大災害を引き起こして行ったの。地を割り、家屋を裂き、人を殺め。彼らは討伐される直前まで、暴虐の限りを尽くしたわ」


 どこか遠い目をしながらそう語るフリッグさ……学園長は、手を顎の下で組み、続ける。


「熟練の戦乙女でも、大型シーカーの前では羽虫に過ぎなかった。腕のひと振りで、鬱陶しいハエを払うようにね。……でも、今回は全く予想だにしない結果になった。まさかの戦死者ゼロ。加えて、建物の被害もなく、大型シーカーは2体とも討伐……」


 未だに信じられないと言った表情で、手元にある書類を見つめている学園長。きっとあれは報告書だろう。

 現場にいた先生が書いたはずで、その中でも最優と言われるヨルム先生のものに違いない。


「まったく……オーディンが嬉嬉として拉致……攫ってきたから、てっきり浮気かと思ってしばくところだったけれど……」

「拉致も人攫いも意味おんなじです」


 そして不憫なオーディンの姿が頭に浮かぶ。私をなんの前触れもなく攫ってくれた罰だ!


「浮気にしては、あなたはあまりに有能すぎるわ」

「どうも……?」


 社長椅子に深々と座り直した学園長は、そのままくるりと椅子を一周させる。


「ヨルムンガンドから推薦が届いてるの。名誉戦乙女として表彰して欲しいって。フェンリルも乗り気だったと思うけれど……私はあまりお勧めしないわ」

「それはどういうことでしょうか?」


 こういった勲章は、貰わないと反感を買ったりする。神界に貴族だとかの縦社会があるのかは知らないけど、もしあったら大変なことに……


「ふふ。別にあの木っ端もやしどもはいつでも黙らせられるのだけどね。問題は、あなたの将来」


 木っ端もやし……


「あなたがこの勲章を授与した瞬間、ヴァルハラ勤務が99%確定するわ。ここを守るヴァルキリーとして、生涯を捧げてもらうことになるでしょう」

「っ、そんな……」


 思わず絶望の表情を浮かべてしまう。

 昔興味本位で手に取った書物では、兵役は非番の時以外は常に緊張感を持っていなければならず、不測の事態があってはならないとか。……まず、性にあわない。

 加えて、私の寿命は判明しているだけで1000年はあるらしい。さらに転生システムまである。……これでは「戦死するまで働け」ということにほかならない。


「深く考えなくても大丈夫。私やオーディンは、それからあなたを守る権限がある。ただ、ちょっとだけ、周りにひがまれる程度の話よ」


 あっけらかんと言ってのける学園長だけど……正直、不安で仕方ない。信用していないわけではないけど、「万が一」はいつだってありえるのだ。

 学園長のいう木っ端もやしが大挙して迫ればいける、と兵役を強いてくるかもしれない。


 不安からありもしない憶測が芋づる式に出てきて、目眩がしてきた。そういえば、今何時だっけ。


「ちょ、大丈夫?ほら、ここ座りなさい」

「は……はい、ありがとうございます」

「しっかりして?あなたを一方的に引きずり込んで、あまつさえここに束縛しようなんて……神の名が廃るわ」


 ああ、本当にいい人なんだろうな、この(ひと)は……

 ヴァルハラの神々は、善良な人が多くて居心地がいい。心からそう思う。


 でも……私には帰るべき場所がある。探すべき人がいる。倒すべき……宿敵がいる。


「勲章授与の時に、オーディンから口添えをさせるわ。あなたを束縛しない旨を、神界全域に。手を出したら許さないことも加えてね」


 優しく頭を撫でられながら、地上の母とは正反対だ、などと考え……


 私はつい、眠ってしまったのだった。




 ◇



「どうして起こしてくれなかったんですか!」

「ふふっ、あんまりにも可愛らしく寝ているものだったから……」


 いつの間にか学園長の膝に頭を乗っけて寝ていた私は、覚醒と同時にとてつもない羞恥に襲われた。

 顔を真っ赤にしながら抗議するが、帰ってきた言葉にさらに赤面する。


「こーんな可愛い子が大型シーカー討伐して、負傷者治療して、建物直して、シーカー討伐数最優秀とか信じられないわね〜」

「うぅ……なんてことを……」


 ニヨニヨと癪に障る笑みを浮かべる学園長から隠れるように顔を覆い、熱を冷まそうと尽力する。


「じゃ、時間も時間だし。今日は寮へおかえりなさい?」

「……え?まだ授業が……」

「もう放課後よ?」

「……は」


 顔の熱など記憶の彼方。放たれた言葉に愕然とする。壁掛けの時計は確かに17:00頃をさしており、授業などとっくに終わっていることを否応なく理解させられる。


 そして、


「どうして!起こして!くれなかったんですかぁぁぁっ!!!!」


 殆どの生徒が帰った学園に、そんな慟哭が響き渡った。


 ◇


 ぐっすり寝たはずなのにとんでもなくだるい体を引きずり引きずり、帰ってきました学生寮。


「おかえり藍波……先輩っ!なんか大活躍だったそうで!」


 自室の扉を開けば久方ぶりの後輩アタック。

 なんかレギンと話し込んでいたらしく、紅茶を片手にくつろいでいる。


「おかえりぃ〜。随分長かったね」

「ああ……うん。色々あってね」

「フリッグ様……学園長先生に何言われたんスか先輩」

「ベル、ハウス」

「しかし何も起きなかった」


 ウザさは以前と変わらない、と。


「ベルから色んな話聞いてたんだ。藍波のことが主だけど、ベルは下界のエンタメに詳しくてさ。つい聞き入っちゃった」

「うん。よぉーく知ってる。なにせこいつはネット廃神だむぐぅ」

「(頼むからそれは内緒にしてくれ!まわりまわってオーディン様に届いたらどうするつもりなんだ!)」

「ああ、その手があったか。学園行ってくる」

「それぜってぇフリッグ様のとこ行くつもりだろ!やめてよねほんと!バレる!バレるから!」

「おや〜?一年生の人気者は秘密隠し事が趣味なのかな〜?」

「くぅっ……!」


 まぁいいや。今から学園に戻ってあの人の相手とか疲れるし……こんなこと言ったら神罰ものだろうけど。


「なんか仲良さげだね〜。藍波の旅仲間とは聞いてたけど、やっぱり距離が近しくて羨ま……じゃなくて、羨ましいよ」

「言い換えられてないよレギン……」

「でも……あれ?藍波の話にはそんな話全く出てこなかったよね?ベルという名前も、彼女の行動も……」


 マズイ!


「べ、ベルはほら……精霊!精霊が昇華してこうなったの!だから魔法が得意なんだよね。ね!?」

「う、うん。ボクは魔法が得意デス」

「なるほど……ベルは元精霊さんだったのか」


 な、なんとか取り繕えたか……?レギンがバカで助かった。ヒルデならこう上手くはいかないだろう。


「まあその、なんだ。せっかくだし、お風呂、いく?」

「え?いいんスか先輩っ」

「いいんじゃないかな。念の為寮長には伝えるし……学年の壁を越えた親交も、たまには必要だろうし」


 おお、馬鹿なレギンが馬鹿なりに考えをひねり出している……!そして珍しく至極真っ当だ!


「でも着替えが……」

「ほい」

「シャンプーが」

「ほらよ」

「ゆ、夕食が」

「こっちで食えば問題ない」


 一応後輩としての意識的なものはあるのか、二学年の風呂で入浴することを避けようとしてくるベルを、尽く引き戻させる。着替えもシャンプーも、みんな大好き収納腕輪の中にたんまりとある。


 ……そういえば、転移してからサクッと買ったこれ、すごく画期的だよね。なんで今まで普通にしてたんだろ……


 まぁいっか。


「じゃあ……お言葉に甘えて……」

「うんうん!じゃあ私は寮長室に行ってくるから、藍波案内よろしくぅ!」

「はいよ〜」


 自分の荷物をまとめてさっさと出ていったレギンを見送り、ベルを振り返る。


「……で?要件はなんぞ」

「流石に察してたか……話が早くて助かるよ」


 急に神妙な面持ちになったベルは、一旦顔を伏せる。


 そして……


「どうか助けてくれ!もう、どうしようもないんだ!」

「っ!?な、何をすればいいの!何を、誰をしばけばいい!」


 彼女のこういった発言は、全て悪い方向へ転がりがちだ。そんな彼女が「もうどうしようもない」というのだから、よっぽど切羽詰まった状態なのだろう。


「どうか、どうか……








 ボクの神性測定を、偽装してくれっっ!」






 …………。






 …………は?

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