-132-舞い戻りと、高揚感と、送る言葉と。
「ふぅ……こんなもんか」
重傷者から順に治療を終え、結果として死者は出なかった。これは大変喜ばしい。
改めて《全快》の使い勝手の良さに感服していると、後から声が掛かる。
「あの……それは、魔法ではないんですか?魔法陣が見えませんでしたが」
さっきまでボーッと突っ立ってたヨルム先生だった。オーディンから事前情報とか行ってないのかな……
「いえ、私は魔法ではなく妖術を使います。これでも獣人らしいので」
ライドを解いた状態でも頭の上にある耳と、お尻から生えるモフモフの尻尾を指さす。
獣人になってからはや1ヶ月程経つが、慣れとは恐ろしいものだ。【環境順応】がパッシブスキルだから仕方ないね。
「妖術、ですか。魔力と同様に存在する、もうひとつのエネルギー……フギン様やムニン様が同様の力を行使しますが……私は蛇なのに、なぜ魔法なんでしょう」
「私に聞かれても」
探究心旺盛なのはいいけど、それを一学生……しかも下界出身の私に聞かないでほしい。こういうのはオーディンに丸投げするに限る。
「寮長も魔法ですもんね」
「ええ……あ、お礼がまだでした。生徒の治療、ありがとうございました」
「先生、ここは戦場です。一人一人がやれる精一杯をやればそれでいいんですよ」
たまたま私が気付いて、たまたま間に合って、たまたま相手が格下で、たまたま使えた妖術が万能だっただけ。
だから、別にお礼なんかいらない。
「──でも、積み重なった偶然は必然……運命です。気持ちだけでも受け取ってください」
「……わかりました。では、後方は任せても大丈夫ですね?」
「もちろんです。私はヴァルハラの蛇ですよ?」
「頼りになる先生だぜ」
私は前線に戻る。あれと同型のシーカーが向こうにもいるのだ。レギンやヒルデもいるし、特に心配する必要もないとは思うけれども。
「では、Aクラス末席、七海藍波。再び戦場に舞い戻る!アースっ」
『あいよー!』
阿吽の呼吸で瞬時にライド。足裏からジェット噴射をし、最速で前線へと向かった。
◇
「うん。やっぱり大型ってだけはあるね」
女型の悪魔が振るう大剣を大剣で弾く。
「……力だけ見れば、私達も危ういかもね」
「まぁ所詮力押しの攻撃です。実戦慣れさえしていれば対処は簡単……」
ヒルデの槍が大剣を横から穿つ。
「加えて、こちらは数で勝ってる。下がっていった藍波が戻るまでもなく、余裕を持って戦える」
「おそらくだけど……彼女、一人で一匹片付けたみたい」
「うへぇ……さすがアレシア最強格」
私は藍波の昔語りを聞いたあと、修練場でライドなしの一騎打ちをした。
アレシアのルールで行ったそれは、正しく私の完敗だった。
勝手が違うなどという言い訳はしない。長刀一本で出てきた藍波は、私の剣を尽くたたき落とし、攻撃の芽を摘んだ。それどころか刀をフェイントに殴りかかってきたのは驚愕の一言に尽きた。
対戦相手を倒すためだけの攻撃。そこに情けも容赦もない。ひたすら打って、撃って、討つ。
その真っ直ぐさに舌を巻いているうちに、彼女の母が真似をして作ったという《守護の選定》もどきが破られた。悔しいというより、納得の感情が強かったのは、きっと私が彼女に惚れ込んでいるせいだろう。
……もちろん、変な意味はない。人として話、うん。
まぁ、そんな彼女が一人で向かったということは、「一人でもやれる相手」であり、それなりに余裕があるということだ。ならば任せよう。首席すら破ってみせた、希望の星に。
「……私達も、負けてられないってことだね」
「やっと気付いた?レギンはその辺鈍いから……」
ヒルデの溜息すら、心地よい高揚感に包まれて気にならない。ああ……もう抑えられない。
戦いたい。目の前の敵と。
彼女が見た景色と同じものを見てみたい。
だから──
「ヘラクレスっ!全力全開!この一撃に賭けるっ!」
『承知した』
私の持つ大剣が姿を変え、無骨な一枚の板になった。若干の反りが入ったそれは、そこらの板や岩とは比べ物にならないほどに硬い。そう確信する。
翼も一回り大きくなる。私の自信が具現化したようなそれは、主の意志に応じて勢いよく大気を振動させた。
発するは衝撃波。音を超えた移動を以て、シーカー・デーモンの首を落とさんと切りかかる。
シーカー・デーモンはさすがの反射神経で首を捻るが、僅かに遅かった。
振り抜かれた石版を背中に戻す。チン、と留め金に景気のいい音を鳴らして収めれば、悪魔の首から大量の血が吹き出す。
悪魔はそれを塞ごうとして首を掻きむしり、それが叶わないと悟るや否や虚空に手を伸ばす。
やがてパタリと降ろされた手は弛緩しており、シーカーの絶命──砂塵となって風に舞った。
掴もうとしたものはなんだったのか、それは誰にもわからない。それを知る意味も理由もない私は、また別の戦場へと駆け出していくのだった。
◇
シーカー。探し求める者。
彼ら、もしくは彼女らは、無念の情、未練の具現とも言われている。
それをそうと知るものはいないはずなのに、誰が言い始めたのか、彼らはシーカーと呼ばれるようになった。
目撃例の少ない大型のシーカー。
しかし、少ない戦闘記録から、その戦闘力は小型のシーカーと確執している部分があることがわかる。
純粋な力。恐るべき瞬発力。湧き出る泉のような魔力保有量。そして恐怖を呼び覚ます咆哮。
そのどれをとっても脅威でしかないが、その起源はなんなのだろうか。
その研究はヴァルハラを初めとした神界全域で進められているが……未だ解明されない「結論なき問題」として扱われている。
あまりに難解かつサンプルが希少な学問のため、学者が少ないというのもあるのだろうが……
今回現れた、二体の大型シーカー。これらの消滅は双方とも呆気ないものだったという。
致命傷を受け、絶命とともに砂塵となって消えていく。残されるものは何もなく、存在すらしなかったかのように。
……これは、私の憶測だが……
もしかしたら、あの前線にいたというシーカーは。
探していたものを、見つけられたのか。それとも叶わずに倒されてしまったのか。
もし後者なのだとしたら……いいえ。どちらにせよ、風に消えたのなら、風がきっと届けてくれる。
「あなたの妹は、前を向いていますよ」
届け。無念の成れの果てに。
あなたの探したものは、立派に成長しますから。
女型の悪魔、誰だったんでしょうね。