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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
131/176

-130-実戦と、歴史と、今と。

 翌日の学校は平和の一言に尽きた。

 普通に授業を受け、昨日と同じようにライドの訓練をし、レギンがヨルム先生に齧られ、ヒルデに座学を習った。

 昨晩のこともあってか、レギンが突っかかってこず、少し調子が狂う場面もあったけど、それは些細な問題かな。

 弁当屋のおっちゃんも朝からバナナ渡してきたし、これがこれからの日常になっていくんだろうな。


 ……と、思っていた時期が私にもありました。


 それは大暴露の夜から数日後のことだった。


「緊急実践訓練です」

「帰っていいですか?」

「構いませんよ。ただし、戦闘に関する評定がおりなくなります」

「志願させていただきます」


 昼間はずっと眠そうなエルルーンが帰宅の可否を問うが、ヨルム先生に逃げ道を塞がれて志願兵になった。


「先生、緊急実践訓練ってなんですか?」

「はい。ヴァルハラに少数ですがシーカーが侵入しました。既存のヴァルキリーは出払っているので、我々で対処しなくてはなりません」

「3年生は?あの人たちの方が戦闘なれしてますよね?」

「受験勉強です」

「そうですか」


 ヒルデがあっさりと引き下がった……だと!?ヨルム先生に口論で勝てる気がしなくなってきた……

 1回遅刻しかけて怒られたんだよなぁ……「目覚ましが」って言い訳したら「起きる気がないから起きれないんです」って精神論全開で返されて何も言えなかった。


「Fクラスまで全員がライドに成功しています。そこで次のフェーズ、戦闘です」


 どこからともなく現れるスクルド先輩のホログラム。

 一昨日、ようやく最後の一人がライドに成功し、暇を持て余していたレギンなんかは武器の調整や飛行訓練をやっていた。

 ちなみに最後の一人はミストである。だいたい頭にジークフリートがぶつかって気絶していたので、一人だけ進捗状況がよろしくなかったのだ。

 なんやかんやあって、見事竜戦士になれたミストは滂沱の如く涙を流していた。


 そんなこんなで、早期にライドが習熟した人はちょっとした戦闘訓練を受けているのだ。といっても、ゴーレムのような人形に対して得物を振るっていくだけなのだが。


「シーカーは動き回ります。希に固定砲台のような個体もいますが、今回の標的は人鬼……ゴブリン型です」


 なにか?私は世界を行き来するたび、はじめに戦うのはゴブリンと決まっているのだろうか。いや、コスモ・グランデにつく前にあの化けダコともやりあってるわけだし……難しい。


「数はどれくらいですか?」

「一人あたり3匹計算です。もちろんそれ以上の成果を上げてもらっても構いませんし、むしろ協力して倒してもらいたいところです。加えて、これは実戦です。卑怯卑劣嘘にハッタリ、なんでも使って構いませんが……何があろうと、生きて帰ってください」


 これは命令です、と真面目な顔で言われれば、半分くらい遠足気分だった生徒達の表情が引き締まる。かくいう私も、「ゴブリン程度なら」と思ってしまっていた部分があったので、改めて戦場に向かうものとしての心得を思い出せた。


「……いい顔です。では、Fクラスから順に、出撃っ!」

「「「「「はいっ!!」」」」」


 開け放たれた修練場から一斉に駆け出していくFクラスの面々。中には私の担当したゾンビがパートナーの子もいる。是非とも頑張って欲しい。


 校門を出たあたりで一斉にライドをする。

 飛行型や陸上特化のエインヘリヤルがパートナーの生徒は素早く移動し、逆に水中特価や重戦士は普段通りの速度で、しかし確かな歩みで先発隊についていく。


「前のクラスとの間隔をあまり開けないようにしてください。はぐれはしないと思いますが、万が一に備えてください」

「了解しました」


 Aクラスのリーダーは首席であるレギンなのだが、こういう事務的なまとめ役は全てヒルデに丸投……任せている。私は末席なので、一般兵として突貫あるのみだ。


「実力的には首席待ったなしなんだけどね……」

「まぁ、試す機会もなかったし、別に私は戦えればそれでいいよ」

「ははっ、それでこそだね!」


 本当にこの子は誰だろうか。全く突っかからなくなったどころか、なんとなく丸くなったというか……


「さぁさぁ!みんな準備はいいね?後続隊だからって戦果を挙げちゃいけない法則はないんだ、全力で飛ばして、戦場を支配しに行くよっ!」

「「「「おおおおあおおっ!」」」」


 レギンが剣を抜き、進路を示す。


「Aクラス、しゅちゅげきっ!」


「「「「「………おおおおおおおおっ!」」」」」


 よかった。レギンは、やっぱりレギンだった。

 真っ赤になってプルプル震えながら固まっているレギンをおいて、Aクラス全員が出撃していった。



 ◇



「ううぅ〜〜っ……このぉ!」

『ギャハハァ!』

「あぐっ」

『落ち着けミスト。ライド状態の君は彼らよりも強い。冷静になって、動きをよく見るんだ』

「う、うん……」


 白銀に輝く剣──バルムンク──を掲げ、ゴブリン型のシーカーを迎え撃つ。その斧が横からスイングされるのをタイミングよくバルムンクをうち当てて地面に叩きつける。


 抜けなくなった斧を諦めたのか、シーカー・ゴブリンは爪と牙を用いた接近戦に切り替えてきた。

 剣のリーチよりも踏み込まれてしまうと、どうしてもこちらが不利になる。なので一定の距離を保って戦っているのだが……


「ぐぅっ……」

『チィ!一旦飛び上がって後方へ!』

「ぐ、ご、ごめん……」

『謝罪はいい。早くしろ!』


 わかった、と言おうとして、背中……いや、新たに増えた神経が焼ききれるような感覚──ッ!


「ああああああああああっ!」

『ぐっ……翼をやられたか……ミスト!操作権限を!』


 どうやら、背後から別のシーカーに翼を斬られてしまったらしい。激痛に思わず抑えた手のひらには血がべっとりとついており、触れた感覚から翼は切断され、とてもではないが飛べないであろうことがわかる。


 彼の言う操作権限とは、この身体を動かす権限──つまり運動能力を貸し与える行為だ。

 ジークフリートは、訓練やちょっとした蘊蓄(うんちく)を話している時、とても親身な英雄だと思う。どうすればより良い結果になるかを考え、それに導いてくれる存在。何度失敗しても付き合ってくれた存在。


 ……でも。それでも、怖い。

 見せられた映像が思い出されてしまって、とてもではないがそんな気にはなれなかった。


 ◇


 私の姉は、ヴァルキリーだった。


 2年生の時にエインヘリヤルと契約を交わし、私と同じように戦闘訓練をしたらしい。

 私以上にお人好しというか、我欲のない人だった。常にニコニコしていて、他人優先。父と母はそれをずっと心配していたが……後衛のヴァルキリーとしては優秀だったみたいだ。


 そして、件の戦闘訓練。当初の予定では、狼くらいのシーカーとゴブリン型シーカーの混合郡との戦いだったらしい。それなら安心だと、生徒も教師陣も意気揚々と出かけていったそうだ。


 ……結果として、帰ってきたのは数名の教師と、20人に満たない生徒だった。

 そしてその中に、私の姉は含まれていなかった。


 後になって。すごく、すごくあとになって聞いた話では……大型のシーカーが出現し、その咆哮で大半の生徒が発狂。正気を失い、エインヘリヤルの静止も聞かずにシーカー化してしまった。

 後方支援隊の中にいた私の姉も例に漏れず、半狂乱にあったらしい。だが、シーカー化までには至らなかった。


 ではなぜ、姉は帰ってこなかったのか。



『このままでは全滅だ!権限を!操作権限を俺によこせ!』


 お人好しの姉は、エインヘリヤルを全面的に信頼していた。きっと味方だ、助けてくれる。そう思って。


「頼む……よ……?」

『ああ……任せろ』


 災いの種が芽吹いた瞬間だった。

 姉が意識を委ねたエインヘリヤルは、確かにシーカーを倒しはした。前線に自ら突っ込み、握ったことのない剣を振るい、普段からは考えられないような力を発揮して、味方に光明をもたらした。


 だが、その攻撃は味方をも巻き込んだ。

 姉は剣よりも魔法に長けていたので、エインヘリヤルはそれを利用した。広範囲の殲滅魔法を連発し、一気にカタを付けようと。

 良心の呵責もなにもなく、ただただ敵を倒すための戦闘マシーンに。




 ……すべてが終わり、焼け野原になった戦場で。



 意識を委ねながらも、すべてを見聞きしていた姉は、自らの命を絶った。


 後を追うように。あるいは悪を打ち倒すように。


 これが『第506期生壊滅事件』の内容だった。

 私たちの通う養成校に深く深く刻まれた、二度と同じ道を歩んではならないという戒め。

 それは、私たち518期生にも語り継がれる、ヴァルハラの黒歴史だった。


 ◇



『ミスト……君の姉がどうなったかは、例の水晶の中で情報共有されていて知っている。だが……どうか、今だけでいい!時間を稼がせてくれ!』

「でも……」


 ゴブリンの爪攻撃を紙一重で受け止めながら、停止しそうな脳を必死に働かせる。

 どうしたら、どうしたら、どうしたら──っ


 熱風。


 感じたのは一瞬だが、不思議と不快なものではなかった。いや、どちらかというと……


「お姉、ちゃん……」

「ふぅ、また妹キャラが増えるのか……まぁいいんだけどね」


 炎を纏った……否、炎そのものが私の脇に降り立っていた。気付けば目の前のゴブリンは細切れ気なっており、背後にいたシーカーは消し炭になっていた。

 炎は私に手を向けると、一言唱えた。


「《全快》」


 姉の得意としていた魔法ではない。感じたことのない力が断ち切られた翼や、傷ついた身体中にに流れ込み、生命力を満たしていく。


「うん。やっぱり竜戦士の翼は雄々しくないと。折れてたのもカッコイイけど、痛そうだったし」


 ああ。貴方はどうして、そんなにも強くあれるの。

 大事なものを失っておきながら、どうして前に進めるの。

 どうしてそんなに……愉しそうなの。


「ふふん、わからないって顔してるねミスト。確かに失うってことは身が裂けても足りないくらいに辛いよ……でもさ、その失った人ばかりを見てちゃあ、どうにもならないじゃない?」


 ……私は、やっぱり姉の背中を見続けているのだろうか。周りが見えず、誰の方にぶつかろうと気にせず追い続けるのだろうか。


「それを悪い事だとは思わないし、そういう人の方が多いと思う。でもミスト、今を生きろ」


 ……今?


「うん。今。現在(いま)、自分がどうありたいか。どうあるべきか。何を成して、何を倒すべきか。今を生き延びれば、その後また考えられるでしょ?」


 ……あなたは、いつも全力なんだね。

 精一杯の人生を歩んで、満足のいく方向へ自ら足を運んでいく。変化し続ける『今』の荒波を、巧みな舵さばきで乗り越えて。


「ジークフリート」

『ああ』

「生前の、あなたの剣技を貸して……ほしい。竜をも殺せるなら、人鬼なんて目じゃないはず」

『大胆な発想だな。オーバーキルもいいところだ』

「ふふっ、そうだね」

『了解した。腕だけ権限を少し分けてもらうぞ。なに、人体に無理がある方向に曲げたりはしない。生前の記憶を頼りに……戦場を駆け巡ろうではないか』

「うんっ!」


 割り切りはしない。忘れも、納得もしない。


 でも、今は、現在(いま)だけは。


「絶対に、生きて帰ってやるんだからっ!」

ギャグ回だと思ったでしょう。どんよりさせてすみませんでした<(_ _)>

ミストの姉には固有名詞を付けない予定です。まず姉がいるという神話も何もないですし、「ああ、姉がいたんだな」と思っていただければと。

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