-126-風呂場と、弁当と、出身地と。
「ふぅ……」
「お疲れみたいね」
「まぁね……変なエインヘリヤルと契約したせいかも」
昨日探検し損ねた三階から上の風呂も見てみたかったのだが、色々と疲れが溜まっている私たちは二階の温泉区画でのんびりしていた。
途中でヒルデに会い、共に湯浴みをしているのだけども……
「ヒルデ、胸おっきいよね。制服着てると全くわかんないよ……」
「戦闘に関しては邪魔なものなんだけれど……足元が見えなくて」
「持つものにしかわからない辛みか……もぎ取ってくれる!」
「なっ!」
足元が見えなくなるほどでかいんだったら、少しくらい分けてくれてもいいはずだ。なので、遠慮なくヒルデの肉まんを──
ウィィン……と昇降版の音。
『いたぁ!やっと見つけたぞ鬼畜契約者め!こんなところで油を売ってるとはね!』
「「…………」」
ホカホカの温泉から、一切の湯気と熱気が消え去る。私とヒルデはゆっくりと立ち上がりつつ、局部は布で隠す。そして一歩踏み出し──捉えた。
『さぁ!報いを受けてもらおブルァ!?』
「これがお前の報いだ」
「当然の結果ね」
中庭で埋まっていたはずの桜狐を再び地に沈め……もとい、湯に沈めて湯をあとにした。
ヒルデとの仲良し度がアップした。
◇
翌朝、筋肉痛に顔を顰めながら朝食を取り、レギンの言っていたビュッフェ式弁当を探し求めて通学路。
「ここだよ」
「……完全にコンビニだコレ」
『神ストップ』というコンビニ(?)の前で思わずカバンを取り落としそうになるが、どうにかこらえて自動ドアを開けて入っていくレギンのあとに続いた。
「おっちゃん、今日も弁当作らして」
「あいよ!……そっちは見ない顔だな。知り合いか?」
『神ストップ』のカウンターの奥から、恰幅の良さそうなおじさんが顔を出す。どこか魚屋や八百屋を思わせるようなねじり鉢巻をしているが、なにか意味があるのだろうか。
カウンターにはローストビーフから寿司やサラダ、ピザにラーメンにオムライスまでが並んでおり、それを自由に詰めていくスタイルのようだ。
物珍しげにそれを眺めていると、レギンがおじさんとひそひそ話を始める。
「……ほら、昨日言ってたルームメイトの」
「……ああ、性格破綻してる野生児の子か。いらっしゃい」
「ちょぉっと待てェ!その紹介の仕方に違和感を感じなかったんですか!?」
「うん、噂通りの野生児だ。ほれ、バナナだ」
そう言いながらまだ青々としたバナナを房ごと放り投げてくるおっちゃん。バナナオレにミキサー経由でトッピングしてやろうか。
「……冗談だ。で、レギンと同室ってこたァ、おめぇさんもAクラスか。……じゃあ肉多めだな」
「レギン基準にしないでください。これは将来デブ確定の道をたどっています」
葉物が全くない弁当を作り上げていくレギンを指さしながら抗議する。あれと同格とか、乙女がすたる。
「体力なしの根性無しになりたくなきゃ、肉食え肉。腹が減ってはなんとやら♪」
「……一撃ダウンだったくせに」
「あれはノーカンでしょ!」
無様に天井に突き刺さって搬送されたことを突いてやると、面白いように乗ってくるアホの子。
それにしても、美味しそうだなぁ……この弁当候補たち。
「自慢の料理だからな。遠慮なく詰め込んでけ」
「程々にしときます。オススメとかありますか?」
「レギン弁当だ」
「…………」
私は黙って、たらこスパと唐揚げ、ハンバーグとポテトサラダを詰めた。
ここである重大なことに気付く。
ここ、お金ってどうなってるんだ?
「じゃーまた明日もよろしく」
「おう。残すんじゃねぇぞー」
詰め終えたレギンが早足に去っていく。壁にかけてある時計を見れば、割とギリギリな時間になっていた。
「どうした?まだ悩んでんのか?」
「いえ、そういう訳では」
機能勾配に並んだ時どうした?すごく無意識に、周りに流されるように……
ああ、そういえば彼らは代金を払っていなかった。売り物とはいえ、国直轄の学校だから給食みたいなもんだと思って、私も遠慮しなかったんだ。今さっきもレギンがお金を払っているようには見えなかった。
……だが、万全を期して聞いておこう。
「……お代は?」
「お代?なんだそりゃ……ああ、代金のことか。ここも購買部と同じで国からおりてるからいらねぇよ。そんなことより、遅れるぞ」
「ありがとうございますっ」
私は弁当を鞄に押し込み、レギンのあとを追うようにダッシュ。ギリギリ間に合った……
◇
「そういえば藍波って出身はどこなの?」
午前の授業が終わり、昼食をとっている時、ヒルデがそんな質問をぶつけてきた。
「……ちょっとした田舎だよ」
「神界に田舎もなにもないでしょうに……」
「!?」
ま、まずい。出身地を誤魔化す常套句「田舎出身」が通用しないだと!?
こんなことならオーディンに相談しておくんだった……!
「下界出身だったりね」
「それはないでしょ」
「だよねー」
レギンとヒルデが正解を言っているのだが、ここで変に反応するとバレる……どう切り抜けたもんか。
『もう口止めしつつバラしちゃえばいいじゃん』
「そうは言ってもねぇ……っ!?」
背後から声がすると思って顔を向けてみれば、昨日沈めたはずの桜狐。私は呼び出した覚えがない。
「……なんでいるの?」
『そりゃあ僕が特殊だからさ。なんたって全人類を恐怖のどん底に陥れた巨獣だよ?元だけど』
「そんな理屈が通用するとでも?」
『だってそうなんだもの』
なんでもアリかこのデカブツは。
「あ、藍波……?なんでエインヘリヤルが普通にいるのかな?」
「私に聞かないでほしい」
「えぇ……エインヘリヤルの維持って結構大変だよね?」
「うん……ずっとランニングしてるくらいには疲れると思うんだけど……」
「え、全く疲れは感じてないよ?その辺どうなのアース?」
『特別だからね!』
「わかった。修練場でちゃんとまた呼び出すから、それまで消えてて」
『そんな言い方しなくても』
「自分の行動を振り返ってみようか」
人の一世一代の告白を茶化してくれたこと、女子風呂に気分はオスなのに無遠慮に入ってきたこと。そして、私が下界出身だとバラそうとしたこと。
『……すんませんした』
「わかればよろしい」
アースは宙に溶けて消えていった。
「まぁ、藍波の体力が異常ってことにしておくわ。……それで、藍波の出身地は」
「私トイレいってくるね!」
「あ……」
弁当は既に食べ終わってるし、次の時間までトイレに篭っていよう。この話題は今後地雷になりかねないので、早急に解決策を見つけ出さねば。
放課後にでも、例の屋敷に行ってみようかな……