-125-前世と、感謝と、痛覚と。
「いやーっはっは!ついつい力んじゃってさ!」
「さいですか」
授業が終わって寮に戻れば、そこにはいつも通り元気なレギンがいた。むしろ授業前よりウザくなってる気がする……
「まぁ?私みたいに一発でライド出来るような人はなかなかいないでしょうけども?ましてや空を飛ぶなんて?はっは、ムリムリ」
「一発ライドは素直に賞賛するけど、飛んでる人はいたよ?」
「は?ヒルデ?まぁ……ヒルデならやりかねないけど」
「いんや、私」
ヒルデはライドこそ成功させたものの、ずっと槍の調整をしていたらしい。レギンの飛行(という名の自滅)をみて思うところがあったのだろうか。
「……ふぅーん、藍波が、ねぇ?嘘がお上手で」
「焼き尽くされたいか?」
全く信じようとしないレギンを燃やしてやろうかと《狐火》を出そうと思ったところ、出てきたのは思わぬものだった。
『待つんだ藍波。ここでそれはまずい』
端的に言うと、薄桃の狐だった。
「……どうして普通に出てきてるのか、理由を聞いても?」
『他のエインヘリヤルと違って、僕は精神体みたいなもんだからね。どこにでも存在できるのさ!』
前足を組み、『僕すごい』と何度も頷くアース。もう……ね。確かに他のエインヘリヤルとは違うんだろうけど……
「はっきり言って、鬱陶しい」
『んなっ!?お、お父さんはそんな子に育てた覚えはないぞ!?』
「誰が娘だ!」
やり取りが完全に「父を忌み嫌う女子高生」だ。洗濯物は父と分けないと機嫌を損ね、家族で出かけるのは年に数回。休日の夕食時には誰とも会話せず、スマホをポチポチ……そんな現代っ子。
ちなみに、私は全く当てはまらない。
「なんでエインヘリヤルが……」
「そうだよ!訳もなく出てこないでよね!」
『えぇ……僕、藍波と話がしたかっただけなんだけど……』
「話?」
『僕の前世について』
「ああ……なるほどね」
ただ、この話をする以上はレギンと共にいるわけにはいかない。
私は部屋を出ながらレギンに振り返り、指を突きつけながら宣言した。
「明日」
「ん?」
「明日の実習で、飛んでるところを見せてあげる。だから、先にカッ飛んで気絶しないでね?」
「はんっ!私を舐めないでいただきたい!だいたい……」
……もうめんどくせぇこの女。さっさと行こ。
◇
『ここら辺でいいだろう』
「中庭にまで出る必要あった?」
『万が一にも聞かれるわけにはいかないからね』
彼の言いたいことはよくわかる。アースの前世である巨獣アストロスを語るには、どうしても私が下界の者であることが前提となってしまう。
どこで知ったのか、それを配慮しての移動だろう。
『……まずは、礼からだね。送ってくれて、ありがとう。これまで味わったことのない苦痛だったからね、あれは』
…………。
「その礼は受け取れないかな。苦痛を与えたのも、私たちだから」
たくさん切りつけた。足を切断し、鼻を切断し、顔面を消し飛ばした。
『うん。でもね、それは仕方のないこと。だって僕は君たちの住む街を踏み潰そうとしてしまったわけだ。まぁ……ただ進路方向にあったってだけなんだけど』
「仕方ない、か……やっぱり人と魔獣は交われないと?」
『そこまでは言わない。ただ、意思の疎通ができないタイプの魔獣が脅威となっていた場合、容赦なく殺すのが人の仕事だ。中途半端な自衛は腐敗に繋がる』
人と魔獣のあいだに出来た絆は、既に下界で見ている。血を流せば暴走していた二角馬と、その忌み血を宿す少女の話。
『あの頃の僕は、あるきつづけることに必死でね。兎にも角にも進まなければならなかったんだ』
「……どうして?」
『多分……逃げていたんだろうね。自分を「倒す」んじゃなくて、「喰らう」相手から』
あの時、どこか焦っていたようにも見えたのは気のせいではなかったようだ。
逃げ道を塞いでいる人間を、仕方なしに蹴散らしている感じ。自らの身を守るために、切羽詰まった状況で。
『実際に確認はしていないんだけどね。魔獣は悪意に敏感だから、長い眠りから覚められたんだと思う』
「うーん、逃げてきた経緯はわかったんだけど……そうすると、今こうして話しているのはなんで?ってなるんだよね」
アースの話し方だと、前世の記憶もあるようだし、元から思考を獲得していたということになるが。
『ほら、君が【雪月花】に付与した【巨獣の魂】。あれだよ。君の妖力と神性を間近に受けるうちに、自意識が芽生えた』
「なんてこった」
効果がわからなくなっていた【巨獣の魂】が、まさかの成長型スキルだったとは。そのスキルがエインヘリヤル化し、今ここにいる訳か?
『大体あってるよ。君の望んだ不退転は僕が補う。そもそもの戦闘能力も上がるし、鍛錬を続ければ飛行可能時間も長くなる』
「要するに、少しハイレベルになったってわけか」
『そんな感じ』
いつもの私より、ワンランク上……ライドという新技術によって鍛錬の量も増える訳だが、ライドを使いこなせるようになれば常体でもそれなりの動きが期待できるだろう。
『……話を戻そうか。そんな訳で、前世でのアストロスは君に感謝している。例えそれが、自分に苦痛を与えていた張本人だったとしても。そもそも巨獣を倒したことに対しても賞賛してるんだから』
「………」
アースは再度礼を述べてくる。
ここで拒むのは、流石に失礼に値するか。
「……わかった。受け取っておくよ。ただ、痛い思いさせてごめんね」
『それはもう大丈夫さ。僕はもうダメージは受けないからね!』
「ほう」
試しに、ふんぞり返るアースの尻尾を引っ張ってみる。伸びはするものの、アースは痛がる様子はない。
「まだまだっ!」
もっと引っ張る。ぐいーんと引っ張れば、尻尾も伸び……
「アース」
『何かな?』
「どうして一緒に移動してるの?」
ピンと張られた尻尾にあわせて、空中をスライドするように移動してきていた。
『そんなの……言えない』
「萌えねぇ、まったく萌えねぇから認めろ」
貴族令嬢のような佇まいになったアース(気分はオス)の両耳を引っ張る。
案の定、アースはスライドして上へと逃れようと……
「させるかっ!」
『っ!?』
ぐん、と下に引っ張ってやった。前に倒れ込む形で一回転したアースは、その尻尾を逆立てさせて停止した。
「……どうだ」
『「どうだ」じゃないよ!痛いじゃないか!』
再び体勢を戻したアースは、涙目で耳を抑えつつ抗議をしてきた。やっぱり痛覚はあるんじゃないか。
「嘘、ついたね」
『やかましいよ!だいたい、君はもっと女の子らしくだね』
「何か言ったか」
『イエ、ナニモ』
どこぞの神と同じようなことを言ってきたので、黙らせてやった。私は母親に比べればだいぶ女子してるはずだ!
「ところで、なんで狐だったの?」
『ん?だってその方が馴染むだろ?あの姿のままでも出られたんだけど、学園ごと崩壊しかねないし、なにより相性がよくない』
「相性?」
アースなら本気で巨獣姿での登場もやってのけそうだったので末恐ろしい部分があるが、留めてくれたことに感謝……かな。
『僕の前世は六本足の象。対して、君は狐。さて、六足の象と狐が混ざったらどうなるでしょう?』
「六本足の狐が生まれる」
『大体あってる。足の本数は多分十本になるだろうけどね』
タコの足より多いじゃないか……そんなトンデモ人間、考えたくもない。しかも、アースの配慮がなければ私がそれになっていたかもしれないと思うと、背筋に薄ら寒いものを感じた。
『見た目はアレだろうけど、実用性はあるかもよ?二本足で立って、他の八本の腕で攻撃とか』
「絶対、嫌」
『そんなわけで、せっかく魂だけの存在になったんだからと狐になってみました。どう?可愛いでしょ』
「あざとい。まぁ……綺麗な桜色ではあるね」
『なかなか手厳しいねぇ』
前足をあげて招き猫のようなポーズをとるアースを片目で見ながら、私は心の中で感謝する。こういった気遣いのできる奴は嫌いじゃない。
これまでの冒険のことも知っているらしく、どこなか気恥ずかしさを覚えた。だって……全部見聞きしてたってことは……
『いやぁ、あの場面は思わず胸キュンだったね!死の間際で愛の告白か……君も大概、ドラマチッグフゥェァ!?』
ここぞとばかりに茶化しに来たので、全力でぶん殴った。だが、アースは宙を移動し、威力をそらそうとするだろう。そこで私は、殴った腕からアースを離さずに、そのまま地面に向けて振り下ろした。
そうすれば……
『ぶっ!』
地面にめり込む桜狐の完成っと。
手を叩きながら風呂へ入ろうと寮へ向かう私の後ろで、飛び出た二本の足がピクピクと動いていた。