-124-コツと、変化と、形態と。
マズイ。そろそろ今日の訓練が終わる。
首席とはいえ、レギンが一発で成功している以上、私も負けるわけにはいかない。……あとで部屋でなんて言われるかわからないからな。
「アース、もう一回!」
『その意気だ!』
ゴチンッ!
「〜〜〜っ!も、もう1回!」
『おうよ!』
ゴシャァ……
「畜生!まだまだァ!」
『それでこそだ!』
もはやがむしゃら。とにかく数をこなして、コツをつかむしかない。
幾度かのぶつかり合いを経た後、未だにパートナーがぶっ倒れて動けないジークフリートがアドバイスをくれた。
『アースを物体と考えるな。言うなれば妖力や魔力の塊だと思え。エインヘリヤルというのは、ヴァルキリーの内在神性を元にして作られている。要は、お前の一部だったものだからな』
なるほど。つまり私の体の一部を強化してからもう一度取り込む感じか……よし!
「これで決めるよ!」
『ようっし!行くぞー!』
「ライドっ!」
今までは腹や頭にぶつかるだけだったアースの身体が、スッとすり抜けた。そのまま身体を通り越す前に……取り込む!
『おお……これは……』
「……どうなってる?」
隣でジークフリートが感嘆の声を上げていた。どこからが取り出して差し出された鏡を持って自分を見れば……あら不思議、元の狐姿に戻っているではありませんか……っておいィ!
「ちょっとアース!?なんで変化が解けてるのかな!?」
『いやいや。変化が解けてるんじゃなくて、ちゃんとライドしてる証拠だよ。ほら、服も変わってるし』
「言われてみれば……」
最初は顔しか映さなかったので、服装なんてものは気にしていなかった。そこで視線を下ろしてみたのだが、なんか大変なことになっている。
「……なんか、燃えてるんですけど」
『あはは、これは《狐火》を纏ってるようなもんだね。わざわざ妖力を使わなくても常時展開だからコスパいいんだよこれが』
「都合よすぎだろ!」
いつも通り飛ばしてみたところ、問題なく使えた。身にまとった《狐火》の質量が減るのかとも思ったが、すぐに新しい炎が芽生えて修復されていた。
『要するに、《狐火》を牽制に使い放題ってこと』
「なんてこった」
牽制には使っていたが、それが打ち放題っていうのはありがたい。それに、一撃の威力が少し上がっているらしく、控えめに撃った攻撃でも地面が少しえぐれていた。
「うわ……これ、すごく危険なんじゃ」
『エインヘリヤルってのは元々そんなもんさ。そして、君は炎の他にもうひとつ適正がある』
今まで私の身体を包み込んでいた炎が急激にその熱を失い、みるみるうちに凍りついていく。
そして出来上がったのは、氷の鎧だった。
『これが君の第二形態というわけだ。第一形態が攻撃型なら、この第二形態は防御特化だね』
「凄い……氷なのに透けてない……」
身にまとった氷はまるで鏡面のように輝いている。確かに氷ならば防御も高いだろうが……
「耐久性、どんなもんかね?」
『じゃあそこの竜にブレスでも撃ってもらえば?』
『いいだろう』
「よっしゃ!ばっちこーい!」
『──フレイム』
ジークフリートの口から人の顔ほどある火球が繰り出され、私に直撃する。だが……
「すげぇ!傷ひとつついてねぇ!」
『ふふーん、僕の前世での防御力もプラスしてあるから当然さ。オマケにこの鎧、ニードルアーマーにもなるんだよ』
「なにそれ!うわっ」
体のラインに沿ってなだらかな流線型を描いていた鎧に、突然ハリセンボンのような棘が生えた。倒れ込んで丸くなれば、完全なハリネズミ……防御と同時に攻撃までできるのか……
『第一形態でも触れたものはもれなく火傷するけどね。こっちは物理的な攻撃となっている』
「すごい!すごいよアース!世界が広がった気分!」
『まだまだ驚くには早いよ?さて、鳥類のエインヘリヤルになった子達は翼で自由に飛び回る訳だが、実は僕らも飛べるんだ』
「マジで!?」
世界が広がるどころの話ではなくなってきたぞ……もはや死角は水中くらいじゃないか!
『一旦第一形態に戻って……うん、切り替えが早くて何よりだ。その《狐火》を足元に集めてみて』
「こう?」
『ただ気をつけてほしいのは、間違って服の部分を持ってきてしまうと肌が露出するってこと……手遅れか』
現在、私ははりきって頭と胸までの炎を足元に集めてしまっていた。つまり、そこは服を脱いでいるようなもので……
「あ……」
「…………」
目覚めたミストと、バッチリ目があった。
アースの説明途中で始めてしまった私が悪いのだろう。だが、だが!もっと早くに言って欲しかったっ!
幸いというべきか、目撃者はミストしかいなかったのに加えて、まだ胸の半分くらいまでしかなくなってなかった。……なので、とりあえず記憶を失ってもらうことにした。私は模範的な日本人なので、穏便に済ませた。穏便に、済ませた。
『……俺は見てないからな』
「そういうやつって基本見てるんだよ。まぁエインヘリヤルに見られても大して損はないか……」
ホッと胸をなでおろすジークフリート。その脇で、私は足元に炎を生成していた。
「なるほど。こうすれば防御を割かなくて済みそうだね」
『君、もしかして天才か?やろうと思って出来るもんじゃないはずなんだけど……』
「私の【環境順応】を舐めないでいただきたい」
その気になれば都合よく妖術が使えるようになっちゃう【環境順応】大先生だぞ!ホントお世話になってます。
『まぁ細かいことはいいや。出来るに越したことはないんだし。じゃあ、そのまま飛び上がってみて。イメージは……言わなくても飛んでるんだよなぁ……』
アースが寂しそうというか、どこか呆れた様子で呟いているが、そのつぶやきの内容通り、私は空を飛んでいた。
もちろんレギンのように天井に突き刺さるなんて無様な真似はせず、炎の噴射を利用したジェットで修練場内をぐるりと一周する。
「おー!凄い気持ちいいねこれ!」
『身体を地面と並行にして飛ぶのも難しいはずなんだけどね。もう突っ込んでても仕方ないか……』
「そうだぞ。諦めるのが一番いいんだぞ」
着地も問題なく、噴射の出力調整まで思いのままだ。足に翼が生えたような気分である。
「そんで、飛んでて気付いたけど、なんで尻尾は二又になってるの?」
『よく気付いた!あれは、君の元の尻尾と僕の尻尾だ。ライドすると二尾になるから、そのつもりで』
「やっぱ変化解けてんじゃん!」
『いや……こればっかりは仕方ないって。仕様だと思って……ね?』
説明を放棄したようなアースだが、尻尾が増える弊害は特にない。シドなんか九本だったし。
それに、なんとなく強くなった感があって嬉しい。
『それじゃあ一旦ライドを解除するね』
「どうして?もう少し訓練を……」
『いや、多分限界だから』
「何を言って……っ!?」
ライドが解かれた瞬間、突然足腰に力が入らなくなってしまい、ガタガタと震えながら座り込んでしまった。
思わず手のひらを見てみれば、小刻みに震えているのが良くわかる。
『ライドは身体能力を引き上げてくれる代わりに、解除したあとの負担が半端ないんだ。特に、さっきの飛行なんかを無計画で使うとこうなりやすいかもね』
「先に……言って、欲しかった」
『それじゃあ加減しちゃって訓練にならないだろう?多分これから毎日のようにやっていくだろうから、しっかり休んでね』
そこで終了の鐘が鳴り、ヨルム先生が終了を宣言する。
「皆さん、今日はここまでです。あすの午後もエインヘリヤルについて学びますので、しっかりと英気を養うように。では解散します。お疲れ様でした」
スクルド先生の姿は見えないので、ホログラフを切ったのだろう。それにしてもレギンとミスト、大丈夫かな……