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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
123/176

-122-風呂と、本性と、エインヘリヤルと。

 ヴァルキリー養成校の寮は、その半分の面積が風呂である。どう考えてもアホな建築の仕方だが、内容は実に素晴らしかった。


 まず一階の大浴場だが、恐らく寮生全員が入っても余裕な広さがあった。ちなみに、学年ごとで分けられる寮に住んでいる生徒は400程だ。

 浴場内にある昇降版は全自動で二基あり、だいぶ遅くなった今でも忙しなく行ったり来たりしていた。

 その昇降版は湯冷めしないようにと温風機もついており、あまりのセレブさに私は終始苦笑いである。


 そんな昇降版に乗って二階へ上がれば、そこは様々な効能のある温泉。疲労回復、美肌、冷え性改善に腰痛予防など、お年寄りなら大金叩いてでも通うような豪華さだった。


「分かるよ藍波。私も去年来た時は空いた口が塞がらなかったから……」

「明らかにやりすぎだよねこれ」

「将来神兵となる者達に対する、せめてもの労いだそうよ。フリッグ様主導の大改築の末こうなったらしいわ」

「へぇ……粋なことするんだなぁ……」


 説教魔ヒルデが、ここにはいない神への尊敬の目をしながら語ってきた。

 私の知るフリッグという()は、常にオーディンの後に控えている美人さんのイメージだ。何故かずっと手に鞭を持っているのはなんでなんだろうか。今度聞いてみよう。


 その後も他愛のない話や、ヒルデによる神々の(胡散臭い)逸話を聞いたり、レギンと罵りあってミストがオロオロし、ヒルデに沈められたり……


 そして現在、のぼせて自室。


「うあー、ぽわぽわするぅー」

「扇風機が欲しい……」

「エアコンがあるじゃろ?」

「あれじゃあ直に当たらないし、当たったら冷たいでしょ?」

「わがままだなぁ」

「なにぉー」

「やるかぁー」


 二人とものぼせているせいで全く思考が回らない。もういっそ裸で過ごしてやろうかと思うくらいに。

 まぁ、いくら男子生徒がいないからってそんなことはしないよ?うん。

三階以降の風呂に入る前にのぼせてしまったので、明日入ることにする。


「えっと……寝るか」

「そだね……あ、改めてよろしくね。これから2年ここで生活するんでしょ?」

「そう……だね……」


 のぼせて赤い顔をさらに赤くさせてレギンがそっぽを向く。あれか、私が色々突っかかるから怒ってるのか。


「昼間はごめんって。なんかつい突っかかっちゃうんだよ」

「あ、いや。それはいいんだけど……その……」


 なんだろう、レギンが人差し指同士をつんつんさせて妙にしおらし──ハッ!?


「まさかレギン、そっちの気質が!?」

「ななななないよそんなの!?私はただ……その……お、怒ってるだけだから!」


 あー、これはもう確信的ですわ。鈍感系ではない私からすれば、どうやらリリィなんかと同質な感じがする。リリィ程積極的じゃないのが救いか……?


「まぁレギンがアレでもなんでもいいんだけどさ。とりあえずよろしくってことで。おやすみー」

「ちょっと!私はどうでもよくないんだけど!?」


 必死に弁明しようとするレギンを放って、私は二段ベッドの下に潜り込み、さっさと毛布をかぶって眠りについた。


 ◇


「みなさんおはようございます。今日からはちゃんと授業していくので、勝手に抜け出しちゃダメですよ?」


 翌朝、風呂で垣間見た豪華さが並んだ食堂で胃をキリキリさせながら登校した私達は、ヨルム先生の言葉に苦笑する。


「先生、抜け出さないようにって、先生が見張ってればいいだけの話で」

「また喰われたいですか?」

「滅相もない!」


 ここぞとばかりにレギンが挑発をするが、ヨルム先生の冗談とは思えない眼光に射抜かれて撃沈した。周りのクラスメイトも余波を食らって怯えている。


「じゃあ始めますね。今日は……エインヘリヤルですね。まずは概要から説明していきます」


 にっこりと笑ったヨルム先生は身の丈を軽く超えるほど大きい黒板に手を伸ばして文字を書き込んでいく。……文字は謎なのだが、何故か読める。

 コスモ・グランデの文字は何故か日本語統一だったのでスラスラ読めたのだが、ここで扱われている文字は全く異質、まるでミミズが走ったあとのような感じなのだ。

 フェンリルから貰った寮の資料は日本語訳版だったが、それはオーディンからの配慮なのだろうか。


 ……読めるに越したことはないので、特に気にしないでおこう。後でまとめてオーディンに聞けばいい。


「エインヘリヤルは、英雄の魂を一時的に呼び出して使役するものです。これがうまく使えないと、敵を前にした時に大変なことになります」

「敵ってなんですかー?」

「……レギン、それは一学年の授業でやったはずです」


 まじか……やっぱり座学関係は一年のうちに終わっているらしい。私も、ここの「敵」についてはディザスターしか知らないので、一応知っておきたくはある。あとで参考書とかもらおうかな……


「藍波さん、あとで私の教科書を貸してあげる」

「ありがとうヒルデ。でもいいの?」

「全部頭に入ってるから」


 この子、頭の中どうなってるんだろう……今度色々教えてもらおう。


「はぁ……一応復習として言いますが、次はないですよ?私たちの敵、それは何もディザスターだけに限ったことではありません。神界に蔓延る『シーカー』が私たちの主な敵です」


 シーカー……どんな敵なんだろう?


「では……フリスト、シーカーとはどんな敵ですか?」

「は、はい!形は人形から不定形まで様々で……シーカーに殺され、喰われると……邪神化します」

「よくできました。邪神化といっても、なりたては大して強くないので、発見次第始末するのが定石ですね。そして、今回学ぶのは、そのシーカーの倒し方──戦い方です」


 ヨルム先生が黒板に書いた内容はこうだ。

 ヴァルキリーは、ヴァルキリー自身が前線で戦うことを前提とした訓練の仕方をするが、それだけではやはりリスクが大きい。

 そこで、共に戦う相棒を召喚するのだ。それがエインヘリヤルであり、ヴァルキリーにのみ許された最終兵器でもある。


「エインヘリヤルは強力ですが、使うも者の意思が弱ければ呑まれます。そして呑まれた結果はシーカー行きです」


 戦っている最中に心が折れてしまったり、生存を諦めてしまった場合……呼び出すエインヘリヤルにもよるがシーカーになってしまうらしい。邪神化するよりマシだというが、それが自陣内で起こるから相当危険らしい。


「人形は小回りが効き、また人だった頃の技術を受け継いでいる可能性が高いです。戦闘訓練を積んでいるヴァルキリーがそうなるのだから……わかりますね?」


 なるほど。ここに来てからはまだレギンとしか戦っていないが、彼女級のヴァルキリーがシーカーになった瞬間、自陣は崩壊するだろう。

 過去にあった例として、強大なシーカーを倒しに行ったはずが、自陣内でシーカー化してしまったヴァルキリーに怯えてシーカー化するという負のサイクルがあったらしい。

 その時は同行していた雷神トールが始末をしたらしいが、結局その場にいたヴァルキリーたちは心に大きな傷を負って引退。今は自宅ぐらしだという。


「ですから、これから行う訓練は非常に過酷なものとなります。言葉の上でしか言えませんが、覚悟を持って取り組むように」

「「「はい」」」




 エインヘリヤルについての講義が終わり、実習は午後からどのことなのでお昼休憩。弁当を作れるほど女子力はないので、大人しく購買に並ぶ。

 ここの購買はパンが多く、菓子パンから惣菜パンまで売っていた。


「パンかぁ……嫌いじゃないけど、お腹にたまるかなぁ?」

「ならコロッケパンにするべきだね。うちのコロッケパンはボリュームが自慢さ」

「ではそれを3つ」

「みっ……」

「何か?」

「ああいや。毎度あり」


 ボリュームが自慢のコロッケパンを3つ貰い、教室に戻ってみる。

 自席につけば、隣のヒルデが風呂敷を開いていた。


「えっ、ヒルデお弁当!?」

「ええ。バランスを考えた特製の弁当よ」

「確かに健康には良さそうだね」


 二段弁当の下段には米を、上段には肉と野菜が丁度よくはいった、完全なるバランス栄養弁当……!


「いつの間に作ったの?」

「今朝よ。朝4時に起きて厨房を借りたの」

「はえぇ……頑張るねぇ」

「藍波さんは自分で作らないの?」

「お料理はちょっと……」

「ガサツそうだからな!」

「レギンには言われたくねぇ!」


 割り込んできた野生のレギンに噛みつきながらコロッケパンを口に運んでいく。ああ、これは確かにボリューミー。


「ふっふーん、どうだ!私の弁当は!」

「レギンのは買ったやつでしょ!」

「ちっちっち。この弁当は中身を自分で選んで入れていく、いわゆるビュッフェってやつだよ!」

「それぜってぇ違うからな!」


 そして論点が大幅にずれている。私はヒルデが自分で弁当を作っていることと、そのバランスのとれた中身に感心しているのに……


「こいつ肉ばっかじゃん!」

「何が悪いの!?」


 こいつはなにもわかっちゃいねぇ、そのうち太るか体調崩して動けなくなるがいい。

 ヒルデはため息をついていたので、なんとなく察した。きっと一年中食生活を改めるように通告してきたのだろう。


「私以外にもレギンを叱れる人が……」


 なんか感動してる。私はレギンを叱るというより、ムカつくから噛み付いてるだけなんだけどね。

 秀才は同時に苦労人でもあった、と。


「なんか失礼な事考えてない?」

「いや全く。レギンは迷惑を振りまく困ったさんだなーと」

「よしわかった修練場行くぞ。目にもの見せてやる」

「のぞ……そういうところだって言ってんの!」


 危ない危ない。思わず乗ってしまうところだった。ヒルデの目がだんだんと冷えてきているので、この辺で切り上げたいのだが……


「なんだと!?私をこれだけ焚き付けておきながら闘らないっていうのか!」

「ちょっ、そのへんで」

「こっちこ──」

「いい加減に……」


 私の腕を掴んだレギンが固まり、油のきれたくるみ割り人形のような動きでヒルデを視界に捉え──


「しろっ!」


 レギンは、下半身が教室の床に埋まっていた。


 ◇


「午後の授業を……あれ?レギンはどこへ?」

「埋まってます」

「わかりました。では欠席と……」

「いるっ!いるよ私は!」


 実習をする場所である、昨日レギンと闘りあった修練場に転がるようにして飛び込んできたモグラさんは、こちらに鋭い視線を向けていたが、それよりも冷たく鋭い視線をヒルデから受けて大人しくなった。

 傍らにいるだけなのに、何故か私にも濃密に感じる殺気は気のせいじゃないだろう。

 ……ヒルデには逆らわないでおこう。


「あらレギン。お花摘みですか?」

「え?あ、はいそうです。トイレ行ってました」

「……減点っと」

「あああ嘘です!教室ではしゃいじゃって、反省してました!」


 レギンは見てて飽きないなぁ。私の周りは個性的なのが多くて毎日が面白く感じる。


「では、これから見本を見せたいと思います。スクルド、お願いします」

「はい」

「っ!?」


 ヨルム先生の後から歩み出てきたのは、栗毛を後ろで束ねてポニーテールにした、私くらいの女の子……そしてその名が……


「はじめまして。私はヴァルキリー養成校第一期生、スクルドと申します」

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