-121-入寮と、部屋割りと、説教と。
寮長室の床をぶち抜いて下層に降りた私たちは、広い空間を走り回っていた。
「わふぅー!凍れ凍れ!」
「端々から溶かしてやりますよ」
フェンリルが駆ければ、その通った道はもれなく凍りつき、私が駆ければ、《狐火》によって融解された氷が水となって広がる。
「むふぅー、なかなかやるなっ!じゃあ……これでどうだっ!」
「温いっ!」
凍らせた道から生える氷の槍を【朧月】砕きながらフェンリルを追う。後一歩手前で方向転換され、私の拳は虚しく空をきる。
「フリーズっ!」
「ちっ」
足元の氷を溶かすのをやめて突っ込んだため、そこから私を捕えんばかりの氷が生えてきた。
捕獲系統が効かない私でも、これは流石に邪魔だ。
自分に向けて《狐火》を撃ち、氷を粉砕する。もちろん私は無傷だ。
「これで動けま……なぬぅ!?」
「ふぅ……身体も温まったし、ギア上げていきますよ」
【朧月】を一本の刀に変え、鞘と共に腰に装着する。そして目を閉じ、腰を落とす。
「くぅー、なら僕は力技だっ!」
目を閉じていても分かる、凍てつくような気配。周囲の気温の下がり方が異常なので、氷系の魔法または妖術であることが分かる。
まぁ、私にそれは関係ない。
「……ふっ」
音は同時に二つ。一つ目は抜刀、二つ目は納刀だ。
そして半拍遅れてやってくる、崩落音。
「んなぁ……僕のアイスウルフぅ……」
「全く見てなかったんですけど、何してたんです?」
「氷の狼作ってたのに、見てなかったの……?」
ご飯をお預けされた犬のような目でこちらを見ているワンコもとい寮長だが、表情とは裏腹にまだ諦めていないようだ。
「狼は群れるもの!一匹狼じゃ無理があるってね!」
「おお!完成度たっけぇ!なら私もっと!」
フェンリルが両腕を左右に振るえば、綺麗に透き通った水晶の狼が20体ほど出現した。
その一つ一つが意志を持っているようで、そんじょそこらの魔獣ではとても相手にならないだろう。
対して私が作り出すのは、以前も使ったイグニス・ドラゴン。アイシクルの方でも良かったのだが、あれは少し時間がかかる。
イグニスを3体だけ出現させ、狼の掃討に当たらせる。本当ならもっと多く出せるが、その分強くしておいた。
「なるほど!怪獣大戦争だな!」
「見てる場合じゃないですよ?」
「そりゃもちろん!」
背後からの唐竹割りを最小限の動きで躱されてしまう。返す刀で顔面を狙うが、突如出来た氷の壁に阻まれる。
「わふぅ、お顔は危ないんだよ!」
「知ってます……よっ」
氷の壁に阻まれた【朧月】を手放し、低い姿勢から蹴りを繰り出すが、合気の要領で絡め取られてしまう。
「なっ!」
「僕は近接も得意なんだぜぃ!」
掴まれた足を、遠心力を使ってぶん投げられた。その先には2頭の氷狼。
それに気付いたイグニスはブレスを放ち、一頭は溶けて消えた。だが、残った一頭は弾丸のように回転を加えた突進でこちらに噛み付いてきた。
もちろん【朧月】で迎撃するが、飛び散った氷はフェンリルの支配下だ。
「チェックメイトなんだよ!」
「ふぅ……降参です」
喉元に突きつけられた無数の氷に両手をあげ、負けを認める。敗北こそすれ、なかなか気持ちのいい負け方だった。
「やっぱりやるなぁ!ヴェルダンディが認めるだけあるぞ!」
「そりゃどーも」
イグニスを消し、歩み寄ってきたフェンリルと握手をする。ヴェル……ベルに認められたところで大して嬉しくはないのだが、この強者にそう言われと気分がいいものだ。
やっぱり上には上がいるもんだと思っていると、闘技場の端々から割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。
「かっこよかったよー!」
「あんな立ち回り、見たことないよ!」
「ねぇ!あの龍なに!?」
「……いつの間に、こんなに人が?」
「ん?最初っからだけど」
闘技場には例に習って客席が設けられており、そこにはクラスメイト含めた寮生たちが、かなりの数座っていた。
といっても、座っている人がいるのかわからないくらいスタンディング・オベーションだが。
「わはははは!ありがとう!ありがとーう!」
寮長であるフェンリルが手を振れば、フェンリルコールが流れ出す。多少は悔しいが、さすがは神話に出てくる魔狼だなとため息。
「んじゃあこの場を借りて!新しく入寮する七海さんでっす!みんな仲良くな!」
「「「「はーい!」」」」
私はぺこりと一礼し、フェンリルと共に3階の寮長室へと戻った。
◇
フェンリルとの一戦を終えて寮長室へ戻り、鍵と書類を渡された。
「これがお部屋の鍵でー、こっちが寮のルールでー、これが僕の好きなおやつ一覧だよ!」
「最後の一枚はそこのシュレッダーにでもかけといてください。では、これから2年、よろしくお願いします」
「うんうん。ちゃんとNOと言える日本人は美しいね!」
満足そうな表情で送り出され、206号室と書かれた鍵を眺める。
何の変哲もないただの鍵だが、めちゃくちゃ煌びやかな装飾が施されている。
「……っと、あったあった。206号室。たしか相部屋だったよね?」
別に一人部屋でも良かったのだが、せっかくなので二人部屋にしてもらった。他人への気遣いを学ぶとともに、少しでも早く馴染みたいという打算もある。
一度深呼吸をし、ノックを2回。これから住む部屋なので普通にドアノブをひねり、押し開ける。
「おじゃましまー……」
「はー……」
二人 目が合う。もちろん固まる。私は笑顔で、相手は驚愕と納得と呆れとが混じった表情で。
私の後ろを、誰が捨てたのかレジ袋がカサカサと転がっていく……
「どうしてレギンと相部屋なのっ!」
「私に言うかそれぇ!?」
206号室前にある名前入りの表札がガタッと落ちた。
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「……風呂、行くか」
「……そうだね」
ひとしきり言い合いをしてから互いに不毛だと気付き、取り敢えず風呂に入ることにした。
「レギンはもう入ってるよね?」
「入ってるけど、今のでまた汗かいた」
「うっ、それはその……ごめん」
「別にいいけどさ。入浴時間とか決まってないし、ここには男子生徒なんていないし」
「そういうもんか」
フェンリルに渡された寮のルールだったが、非常に曖昧なことしか書いてなかったのだ。
〜寮のルール〜
①喧嘩しない!(ただし、闘技場での「じゃれ合い」なら認める)
②ものを壊さない!(ただし、闘技場でも「じゃれ合い」による破損は含まれない)
③不審者がいたら即時殲滅、生まれてきたことを後悔させる!
④りょーちょーを敬う!
206号室に来る時、何度破こうと思ったことか。まるで子供の宣誓では……寮長の精神年齢が子供だから仕方ないか。③に至ってはひどく物騒だけど、そもそもアマゾネス集団なこの学校に乗り込んでくる物好きはいないらしい。
「ところで、お風呂ってどうなってるの?さっき建物の半分が風呂って言ってたけど……」
「うん。一階が大浴場で、二階以降が趣向の違う……例えばサウナだったり、打たせ湯だったり、五右衛門風呂だったり」
「温泉じゃん」
「温泉だもん」
私の作った『天の楔』の露天風呂より凄い……いや、これと比べてはいけないか。なんせ神界だし。一般人の常識なんぞリリィにでも食わせておけばいい。
「あらレギン、またお風呂?」
「ミスト。うん、この藍波のせいでね」
「風呂に沈めて彼岸へ旅立たせてやろうか?」
「あ、あはは……じゃあ私も一緒するね?」
ミストというらしいフワフワした水髪の子は一旦部屋に戻り、桶とタオルを持って出てきた。
「お待たせー」
「うん、すごく待った。それはもう50秒くらい」
「……ケチくさ」
「何か言ったか藍波?」
「言ったさ、1分未満で支度終わらせた子にケチつけんなアホってね!」
「長くなってんじゃん!もう絶対許さねぇ!」
「望むところだ脳筋が!ほれかかってこいよ」
「こんにゃろ!」
「あ、あの……寮のルールが……」
ミストがなんか言ってるけど、そんなことよりもこのバカをどうにかする方が大事だ。
もちろん本気で殺し合う訳ではなく、互いの頬をつねりあうキャットファイトだ。
「……喧嘩発見。寮のルールに従い、無力化します」
「むぃー!藍波のあほぉ!」
「にゅいー!レギンの脳筋!」
「……執行」
「ぎゃっ!」
「ぐぇっ!」
首筋に思い一撃が放たれ、気絶までとは行かずとも目の前が一瞬暗くなる。
レギンも同じようで、目をぱちぱちさせている。
そしてゆっくり振り返り……
「げ、ヒルデ……」
「レギン、いい加減落ち着いて」
「はい……」
「へー!怒られてやんの」
「藍波さんも」
「はい……」
有無を言わさぬ、鋭い眼光に思わず正座だ。今までこういうタイプの人はいなかったなぁ……
「話、聞いてますか?」
「聞いてますとも!」
苦笑いしていると、ヒルデの冷たい眼光に射抜かれて冷や汗が吹き出る。
ちなみに、何故かミストまで正座していた。
その後、くどくどと約30分。廊下で説教を受けた私たちは監視役のヒルデ含めて風呂へ入った。
私とレギンが半ば無理やり仲良くされたのは言うまでもない。