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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー5章ー〈神の庭〉
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-119-礼儀と、呼び名と、学生寮と。

 屋敷の風呂をいただき、普通に置いてあった普通の寝間着を身にまとって執務室へと向かう。

 今まで散々浴衣だったせいで、普通のパジャマを懐かしく感じてしまう私はもう末期かもしれない。


 数分前にも訪れたドアの前に立ち、軽くノックする。


「あいてるぞー」

「失礼しまーす」

「まさかの寝間着か……」


 あっ、これはいけない。オーディンは見た目子供だけど、ヴァルハラを統べる主神だった……


「まぁいいが。それより……」

「よくない!着替えてくるぅ!」


 私の羞恥メーターが振り切れそうだったので、猛ダッシュで自室に戻った。




 暫くしてまたドアの前。今度はコスモ・グランデで買った私服だ。これでもなかなか失礼な気がするが、寝巻きよりかはマシだろう。

 再び「あいてるぞ」と返事をもらってから入室。念の為非礼を詫びる。


「ああ、いやなに。気にするな。細かいことを気にしすぎてては話が進まん」

「でも流石にパジャマはちょっと」

「それは賢明な判断だった」


 ニヤリと笑ったオーディンは、そのままソファーへ座るよう指示してきた。それに従って高そうなソファーに座れば、足元に見知った顔。


「……なにやってるの?ヴェルさん」

「……違うよ。ボクはベル。ただのベルだよ」


 足元で四つん這いになっていたのは、私が風呂に入る前にこの部屋に軟禁されたヴェルさんだった。

 ……何やらわけアリらしい。「察してくれ!」という表情でこちらを見ている。


「ふぅん……おおかた、オーディンに自重というものを叩き込まれたんだろうけど」

「よくわかったな」

「元々下界出身の私はともかく、ヴェルさんは真名バレると大変だからね……でもそれでベル?安直すぎじゃない?」

「悪かったな」


 変に権能使わなければバレないんだろうけども。足元のワンコは涙目だ。


「じゃああれだ。ヴェルさんじゃなくて、ベルって呼ぶわ」

「急に呼び捨て!?」

「後輩にさん付けも変でしょ」

「うぐぅ……確かに……」


 なんだか、これで真の意味での対等になった気がする。年齢や学年は違えど、呼び捨てにし合う仲というのはいいものだ。


「呼び方も決まったところで、話というのをしようと思う」


 対面のソファーに腰掛けたオーディンは、ワンコ(ベル)にも座るように命じた。

 ワンコは嬉しそうにソファーへとよじ登り、お座りした。


「単刀直入に言う。君ら、寮に入れ」

「「寮?」」


 オーディンが言うに、ヴァルキリー養成校には学生寮があるらしい。そこで別の生徒との共同生活も勉強になるとかなんとかで、結構人気らしい。


「それに、いつまでもここに住ませるわけにはいかなくてな……」

「まぁ、身バレする可能性もありますしね」


 今日の放課後は、帰り道に人がいないかを確認しながら帰ってきたのだ。万が一にでもこの屋敷に入るのを見られた場合、オーディン並びに北欧の神々と親交があると悟られてしまう。

 これはオーディンの頼みに反することであり、なんとしても阻止せねばならなかった。


「その分、学生寮ならいくらか自由が利く。もちろん当番制の掃除・洗濯・料理もやらねばならんがな」


 一度はやってみたかった、共同生活。馬の合わない奴がいると瞬間的に破綻するらしいけど、大丈夫なのかな……?


「学生寮は学年ごとに建物が違う。加えて、そこの担当者も……違う」

「なんで今口ごもった」

「いや……ハハ、なんでもない。見てからのお楽しみだ」


 学生寮の資料を見てオーディンが固まっていたが、もう嫌な予感しかしない。そして、私のこういう勘はよく当たる。


「正直に言ってくれたら20発で許してあげる」

「言っても殴られるのか!?なら言わないよ!」

「じゃあ1576発」

「数字が細かい!」


 ……フン、いいツッコミに免じてタコ殴りの刑はまた今度にしてやろう。命拾いしたな、軍神。


「で、引越しはいつなんですか?」

「う、うむ。今晩だ」


 …………。


「「えっ」」



 ◇


 渡された荷物諸々を両手に、校舎よりは少し小さめな建物の前で、私とベルは呆然としていた。


「「でっけぇ」」


 校舎よりは小さいとは言ったが、そもそも校舎が馬鹿みたいにデカい。六本木なんかに建ってるような高層ビルを横倒しにして、その上にまた少し積んだような建物なのだ。


「ベルは見たことないの?」

「うん、もう呼び方は突っ込まないよ……

 ボクはこっちの方へは来たことないんだ。スクルドはバリバリ身バレしてたし、ここに住む必要はなかったからね」


 ベルも、そして私も顔はひきつっていた。

 この建築家泣かせのスーパーロングビルディングが学年ごとにあるのだ。価値観が狂いそうで怖い。

 そんな学生寮の中心、中庭と呼ばれるらしいそこでは、夜風にあたりに結構な人がいた。ざっと8000人くらい。

 桁がおかしいって?私もそう思う。でも、実際それくらいいるのだ。


 それだけいれば、もちろん顔見知りもいるわけで。


「あれ、なにやってるの?」

「げ、レギン……」

「げって……」


 昼間にやらかしてしまったクラスメイトがベンチに座っていた。恥ずかしいのであまり顔を見たくなかったのだが、彼女は既に目の前まで接近してきていた。


「あれ?その子は後輩かな?知り合い?」

「う、うん。いっこ下のベル。腐れ縁みたいなもんだね」

「藍波!?腐れ縁ってどういうことさ!」

「お?先輩にそんな態度とっていいのか?」

「君、さっき執務室に行った理由覚えてないだろう」

「はて、なんの話だろう?ベルは建物あっちだよ」


 わざとらしくすっとぼけて、ベルの行くであろう寮を指さす。アクセントカラーが赤・青・緑の3色である建物のうち、私は青、ベルは緑の建物だ。


「くそぅ!次会ったら覚えておけよ!」

「はっはっは、課程が全く違うからなかなか会わないよーだ」


 荷物を持ち直し、肩を怒らせながら去っていくベルを尻目に、レギンに対し、ここに住むことになったと説明する。


「そっか、藍波は転入生だから、これから寮生活なのか。寮はいいよ〜。すぐみんなと会えるし」

「レギンってもしかして構ってちゃん?」

「よく言われるけど、そんな自覚はないよ?……だから、そんな優しそうな顔をしないでくれる!?」

「わかった、わかったから……」


 レギンの肩に手を置き、憐れみの目を向ける。自覚がない人っていうのは、どの時代もさみしいもんだ。


「わかってない!ぜんっぜんわかってないよ!?」

「そんなことより、私の部屋どこだか知らない?あと寮長にも挨拶しておきたいんだけど」

「そんなこと……もういいや。じゃあまずは寮長のとこだね。こっちだよー」


 切り替えの早いレギンに手を引かれ、新しい生活空間へと入っていった。

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