-12-カードと、銃と、アルドゥ鳥と。
「これで、ステータスの確認が楽になります」
「おお。まさにRPG! ステータスカード!」
全力全開の鬼ごっこをした翌日、リリィと討伐ギルドで適当な依頼書を選び、受付に持っていくと、無料で「ステータスカード」を配っていた。
このステータスカードの何が便利って、持っているだけで頭の中に自分のステータスが表示されるのだ。
スキルもズラッと並び、一々スキルビューワーに寝そべる必要もなくなった。
加えて、許可した相手にはスキルやステータスを見せることが出来る。毒や封印などの状態異常も表示するため、パーティの安全度も高まった。
実はこれ、どこぞの王宮妖術師が中心になって研究、開発を続けていたらしい。
元々400年以上生きているオバハンは、攻撃妖術よりも、どちらかというと支援系や研究系が得意だったらしい。どうにかしてこのガチャガチャした機械を通さずともスキルの閲覧や確認が出来ないかと言うのを考え続けていたそうな。
久々にコスモ・グランデに降り立った彼女は、この研究に戻り、行き詰まって停滞していたプロジェクトを見事に実現させた。
【研究開発】:A。それが王宮妖術師・風華の持つAクラススキルの一つ。
新しくものを作るとき、その研究や開発スピードにプラス補正がかかるスキル。お母さんがいない間にスタッフが頑張って進めていた研究をほぼ倍速で進め、完成に至ったらしい。
どうしてそこまでして作ったの? と聞いてみたところ、「安全のため」と、珍しく真面目な答えが帰ってきた。
「藍波はきっとこれから危険な場面に多く遭遇する。
でも藍波はきっと状況の打開のために無理をする。それは他の冒険者や狩人にも言えるわ。
今現在の自分の力を正確に、リアルタイムに確認できるものがないと絶対に無理をする。全ステータスがDとかCの人がグリフォン討伐に行ったって、瞬殺されるだけだもの」
動機は何故か私だった。こちらに来てからひたすらに高飛車だったお母さんからは想像もつかない慈しみをもって制作に取り組んだようだ。
嬉しいような、照れるような。
どちらにせよ、世間的な貢献は凄まじいものであった。冒険者や狩人は皆自分のステータスを改めて確認し合い、今後のことを話していた。
私たちも例に漏れず、ギルドの席を借りてステータスの確認をしていた。
『お姉さまは強い強いと思っていたのですが、まさか【神性】持ちとは、恐れ入ったのです……』
『まだどんな効果があるのか分かってないんだけどね』
『【神性】には色々あるからね。ボクは知っての通り、《現在》の力。今起きている現象に干渉して少しではあるけどねじ曲げる力。ウルド姉もスクルドも似たようなものさ』
ヴェルさんとリリィは既に自己紹介を済ませてある。今朝自室にリリィを招き、紹介した。
北欧の運命神はやはり有名で、リリィはたいへん恐縮していたが、すぐに打ち解けた。
未来の消滅や、旅の目的も話した。これから行動を共にする上で隠し事はしたくなかったからね。
「そんな大事なことを!」と、何故かはしゃぐリリィを見て『スクルドを思い出すなぁ』と遠い目をしたヴェルさんは、リリィを気に入ったようであった。認めるって言ってくれてたから当然といえば当然だが。
この話は流石に周りに聞かれるわけにはいかないので、念話で話す。リリィは念話を使えなかったのだが、ヴェルさんの助力もあり、一時的に使えるようになった。
『リリィだっていいの持ってるじゃない』
『有用といえば有用なのですが……お姉さまには遠く及ばないのです』
リリィは【遠近両用】がCランク、【空間転移】がD、そして【盲目】がAというスキルを持っていた。
【空間転移】は、簡単に言うと瞬間移動だ。シュッと消えて、別の地点に現れるこのスキルは、ランクによって移動可能距離が変わるらしい。妖力の消費が多いため乱発するとすぐに枯渇するらしいが、ヒットアンドアウェイ戦法にはピッタリだ。
そして異様かつ不穏な雰囲気を醸し出している【盲目】だが、今までスキルの内容がわからなかったらしい。それがカードをもらって見たところ、解放されていたそうだ。
【盲目】:A
・恋は止まらない。想い人が同パーティ、もしくは近くにいる場合、一定時間全ステータスの上昇効果
「要するに、愛の力なのです!」と、息巻いて解説をするリリィ。
まさか、私との鬼ごっこで付いてこれたのはこれのせいか……?
『どちらにせよ、どちらも遊撃手みたいなスキル構成なのです』
『だねぇ……ただ、【空間転移】があるリリィが前衛に行ってもらって、ひたすら撹乱、私が遠目から妖力矢でぶち抜くってのもいいんだけど』
『私の体力はDなので……それに熟練度は銃の方が高いのです。魔獣は怖くて近寄り難いのです』
『じゃあ私が前衛かな? リリィは後方から射撃をしてもらう形で』
『了解、なのです!』
ビシッと敬礼を決める猫耳少女に頬が緩む。
リリィの使う銃は妖力を弾丸にして発射する妖力銃だ。ハンドガン並みのそれは、左右に蝶のような虹色の羽根がついていた。
ヒットアンドアウェイ戦法で仕留めた高ランク魔獣『レインボウ・バタフライ』の羽を加工して作られた銃は、軽くしなやかで、かつ高威力という優れもの。さらに銃身の伸縮可能な万能銃。スナイパーライフルから拳銃までおまかせあれ。
銘を、【パピヨン・レイ】という。
それを右の太ももにホルスターと一緒に装着する。街で買ってあげた黒いフレアスカートで外からは見えないが。
取り出す時スカートがめくれると思いきや、【パピヨン・レイ】は【朧月】と同じく手元に召喚可能だという。
ちなみにこの黒いフレアスカート、かなり便利な機能がついている。
【絶対領域】:A
・どんなに風が吹こうとも、その内側を覗ける者はいない。
・効果発動には少量の妖力の使用が必要。
これで、覗きの心配はなくなった。
リリィは「お姉さまになら……構わないのです!」と「むしろ見て!」アピールをしてくるが、スルーした。
役割も決まったし、昼は道中でとる予定なので席を立つ。
「さて、じゃあ依頼行ってみますか!」
「よろしくなのです!」
ギルドで受注した依頼に出かけるべく、ギルド契約の馬車置き場にむかった。
◆
王都の出店で買ったハンバーガーモドキ(旨い)を腕輪から取り出し、リリィと並んで食べる。
高速馬車なので、油断するとソースがえらい事になるが進行方向と逆を向いているから多分大丈夫だ。
本日の依頼は憎っきあんちくしょう、アルドゥ鳥の討伐。食料確保と、その他資源回収が主な目的。若干数が多くなってきているらしいので、成体の間引きも兼ねている。
アルドゥ鳥は、人を舐めきったような攻撃をしてくるらしい。攻撃の届くギリギリの所から糞を落としてきたり、地面に降りてきて背を向けたと思ったら強烈な屁をこく。まあ、あの羽根を見ればなんとなく察せる。
精神衛生的によろしくない相手なので、訓練された者か、食用のアルドゥ鳥を飼育している鶏人くらいしか受けない依頼らしい。受けた時の受付嬢の顔凄かったな。「マジで言ってんすか」みたいな顔してた。彼女もきっと過去に何かあったのだろう。
◆
前回と同じく、行きは順調だった。
なんの事故もなく目的地の岩山についた。既に高いところにポツリポツリとヤロウが見える。
リリィと頷き合うと、アルドゥ鳥攻略を開始した。
────────────────
さて、現在岩山の中腹付近。何故か生えている木の陰から『ポイズンウルフ』なる狼が現れた。
その名の通り牙と爪に毒を持ち、その毒を少しでも取り込めば死の危険があるという。
まぁ、飛びかかる寸前にリリィに蜂の巣にされてたけどね。
銃身の伸縮可能とは聞いていたが、これは伸縮というより変形に近い。
だってハンドガンサイズだった【パピヨン・レイ】がガトリング砲になっているのだから。
さしずめ【朧月】の銃形態特化といったところだろうか。そんな巨大化した【パピヨン・レイ】をいとも簡単に担ぎ上げる猫耳のロリっ子。
「さあお姉さま。上を目指すのです!」
「え、う、うん」
消えていったポイズンウルフから落ちた巾着袋を腕輪に入れつつ、再び登山を開始した。
道中、これでもかと言うほど魔獣に遭遇した。先のポイズンウルフや、高い攻撃力を誇るデス・ベア、毒を風属性の妖術で飛ばしてくるウインド・スネーク。
そして極めつけは、途中で休憩していた時のこと。空から、それはそれは綺麗な羽根が降ってきた。リリィが目を輝かせながらそれを拾う。
私はその羽の主を知っていたのだが、リリィは果たして知っているのだろうか。
嬉しそうに羽を拾ったリリィは羽根の裏をみて表情を固まらせ、いつかの私と同じことをした。
わかる! わかるよその気持ち!
そして、同じことをしてしまったリリィを待つ運命は、やっぱり私と同じで。
今日は無風だったにも関わらず、突如吹いた突風に煽られ、その可愛らしい顔に大量の灰となったアルドゥ鳥の羽根が襲いかかった。
執拗に踏みつけて怒りを顕にしていたリリィは回避できず。これまたいつかの私と同じような状態になった。
さらに憤るリリィの上空で笑い声のような鳴き声で二股に分かたれた頭を持つ六翼の怪鳥が1体飛んでいた。
リリィは上空をキッと睨みつけると、
「お姉さま! この種は生かしてはおけんのです! 一刻も早く根絶やしにするのですぅ!」
「落ち着いてリリィ! それは相手の思う壷だよっ!」
「この私を怒らせた報いを受けるのです!」
私の静止も聞かず、ガトリング砲を乱射し始めるリリィ。
しかし意外な敏捷性を発揮させたアルドゥ鳥は射線をかいくぐると、山頂側に逃げ去って言った。
──大量の、糞を撒き散らしながら。
日本によくいる鳩やカラスの糞はごく小さなものであって、車のフロントガラスに付いていた時はもう最悪という他ないが、道端に落ちている分には全く問題ない。
しかし、アルドゥ鳥は巨大である。車2台分ほどの体躯から練り出された糞はそれはそれは大きかった。なにせ大人用自転車のタイヤほどの糞が、空から大量に降ってくるのだ。しかも何を食べているのか、非常に臭い。
局地的に最低なメテオを観測した岩山に、少女達の悲鳴が響き渡った。
「ぎゃああああ! 臭い! 臭いいい!」
「お姉さま! 早くここから脱出するのです! 鼻がひん曲がるのです!」
獣人になってからというもの、鼻がよくなったせいで今現在私達は死にそうである。【生存本能】が反応していないことから、本当に死ぬことはないはずなのでこれは比喩だが……それにしても臭い。臭すぎる。
まるで発酵したドブに、この世にある臭いもの全てぶち込んだような臭いを周囲に漂わせられ、本当に鼻が曲がりそうである。
咄嗟に道中にいた「ハサミヤギ」という洗濯バサミのような嘴を持ったヤギのドロップ品から「ハサミヤギの嘴」を取り出し、鼻を挟む。少し痛いが、鼻に入る空気は大方遮断した。
丁度2個あったので、リリィにも渡す。リリィは「家宝にするのです!」と言っていたが、多分臭いがこびり付いているので部屋に置くだけで伝染するだろう。
フガフガ言いながらメテオを回避し、帰るかを相談するが、やはり一矢報いなければ面白くない。せめてあの人を見透かしたような、癪に障る顔を思い切り殴りたかったのだ。
リリィもそれには大賛成で、結局攻略は続行。しかし日が暮れてきたので野営をする。御者の人大丈夫かな。
「それについては「お仕事」ということの内に入っているので問題ないのです。場所によっては1週間待機とかありえるのです」
「ブラックな社会だねぇ」
「ただし、数日連絡が途絶えた場合はその限りではなく、乗せてきた人たちを置いて帰ることができるのです。基準は依頼書にあるのです」
そういえばそんな項目があった。「制限日数」というものが記されており、今回は4日間となっている。
4日も待ってるのか……暇だろうな……
「暇な時間は手芸とかする人が多いらしいのです。民芸品や、期間によっては服とか作っていたりするのです」
なるほど、暇つぶしは持ってきてあると。そして仕事柄高給料であるらしく、デメリットを補ってなお お釣りが来るこの仕事は結構人気らしい。
☆
隠蔽効果のあるちょっと高めのテントを張り終え、アルドゥ鳥にやられてついた臭いを落とすべく、濡らしたタオルで体を拭く。風呂がないのが非常に残念だ。
リリィが私の体を拭きたそうにしていたが、丁重にお断りした。
ご飯は腕輪にしまっておいた堅パンにジャムを塗って食べた。囚われ生活の中で食べていたリリィが過去のことを思い出してしまうのではと思って違うものにしようとしたのだが、
「大丈夫。過去は乗り越えたのです。それに今はヴェルダンディ様の加護もあるのです」
というなんとも心強い言葉を貰って、ヴェルさんが満足そうに頷いていた。私もその強さに打たれ、ならばとこの堅パンを選んだ。
ブルーベリーのような果実をすり潰したジャムは、豊かな甘味と仄かな酸味をもって味のあまりしない堅パンを彩った。
「……お姉さまは、ジャムなのです。私に、鮮やかな日々を与えてくれた。だからどこまでも、どこまでもついて行くのです」
「リリィ……」
パンを食べながらこちらを見上げ、再確認をするかのように呟くリリィ。
今更この子を見捨てたりする気は毛頭ないが、既に切っても切れないような何かを感じていた。
そして、月が高くなる頃、テントの中で隣り合わせた寝袋で眠るのであった。
◆
「でたなアルドゥ鳥め! 生まれてきたことを後悔するがいいわ!」
「まったくなのです! あんな黒くて大きくて汚くて臭いものをお姉さまに向けるとか、万死に値するのです!」
「リリィ、それ人によっては違う解釈するからやめて」
『今日も張り切ってるね、君ら』
翌朝早いうちから攻略を再開し、昼前に山頂についた。
そこにはアルドゥ鳥の巣が大量にあり、卵や雛の姿もあった。
道中、親鳥たちの襲撃があったが、私を囮にリリィが遠くから狙撃して一体ずつ仕留めた。
場所がバレないように定期的に【空間転移】してもらうことで、アルドゥ鳥たちはどこから狙撃されているのか最後までわからなかっただろう。
そして山頂。防衛のために親鳥たちは文字通り必死の覚悟で迎撃してきた。
今までこちらを散々煽ってくれたのは全て雄の個体らしく、巣を守るのは雌の個体の仕事らしい。ちなみに、メスの頭はオスのアルドゥ鳥と違い、一つだった。
雌に恨みはないが、依頼的にはこの中から半分ほど間引かねばならない。
四方八方から突っ込んでくるアルドゥ鳥を大剣で真っ二つにしていく。
リリィの狙撃と弾幕もあり、ボム・バグのときより倒しやすかった。パーティープレイって素敵だね。
間引かない個体は攻撃されても困るので、持ってきたロープを使い《捕縛》する。
時間で解けるので、さっさと巾着袋と巣にある卵を依頼の数だけ拝借し、山頂を後にしようとする。
すると、ここまで黙って戦況を見守っていたヴェルさんが声を上げる。
『……僅かだけど、【神性】反応がある。しかもこの感じ、封印か……? この先だ、行ってもらえるかい!?』
そしてヴェルダさんの示した地点は、来た道のは真逆の方角だった。
ここまで1日半なので、まだ余裕はある。
「気になるし、行ってみようか。リリィは大丈夫?」
「はい。構わないのです。私はお姉さまについて行くのです」
本当に【盲目】的に付いてくるんだね、この子は。悪い気はしないが、同時に危なくも感じる。私が悪人だった場合、その時点でアウトなのだから。
しかしそれは既にギルドで反論されていた。
『お姉さまが悪人な訳がないのです! 私を助け出してくれたというだけで、それは確定事項なのです!』
別に悪いことを企んでいるわけではないし、企むつもりもないけどここまで言われると、「そうか」としか言えない。
そんな訳でヴェルさんの案内の下、今度は封印されし【神性】反応に向けて出発するのだった。