-118-拘束と、修復と、言いつけと。
「わぁ……知らない天井だ……」
どことなく薬品の匂いがする部屋で目覚めた私は、やってみたかったネタより抜粋・知らない天井をやってみた。特に使徒が人類を滅亡させようとしている訳でもな……似たような状況か。
「おはよう、気分はどうだい?」
「あ、はい。まだボーッとしてますけど……どうして私はここに?」
シャッと開けられたカーテンの向こうには、白衣にメガネといった、いかにも擁護の先生チックな女性がたっていた。
「どうして……思い出さない方が身のためだよ」
私の質問に、先生は顔を背けながら答える。追求しようとして、手足の自由が聞かないことに気付く。
「えっ、なんで手錠に足枷?」
「……思い出さない方がいい記憶の中に答えはある」
うーん、私は確か……教室でレギンが食われ、それを助けて……あっ!あああああああああっ!
「その後、みんなを巻き込んで大暴れして……」
「手足縛られて、運ばれてきたわけ」
レギンをずっと抱きしめていた私は、その事を見られていたと知り、天元突破した羞恥から大暴走。教室の至る所に【朧月】を叩きつけ、まだ名前も知らないクラスメイトを叩きのめし、レギンを埋め、先生は寝ていた。
そんな大暴走した私を捉えたのは、埋まっていたレギンと、ヒルデと呼ばれているらしいクラスメイトだった。何度狙ってもなかなか【朧月】が当たらずにヤケになった記憶がある。
「まぁ……私に拘束系は無駄なんですけどね?」
「えっ」
【封印解除】を使い、施錠されていた手錠足枷を簡単に外す。元々【封印無効】がある私には飾りみたいなもんだったけども。
「困るよ……クラスのみんなは君のことを危険だと思ってるだろうから……」
「そんな!私の学園生活どうなるんですか!?」
「知らないよそんなの!?」
先生の両肩を掴み、ワッサワッサと揺さぶる。メガネが荒ぶり、それなりにあったらしい胸が跳ね回る。
先生に罪はないが八つ当たり用のサンドバッグになってもらおうかなど、普段ではとても考えられない思考をしていた私の、隣のカーテンが開く。
「おはよぉ……随分と騒がしいあ……さ……」
レギンだった。誰がどう見てもレギンだった。
頭の天辺から足の先までレギンだった。
「お、おはよう?」
「────!!!」
記憶を失う直前に見た、イチゴを体現したような色に染まったレギンはカーテンをシャッした。
モゾモゾと布団にもぐりなおす音がした後、わざとらしい寝息が聞こえてくる。
「【朧月】、ステンバーイ」
「「「「起きた!起きましたっ!」」」」
勢いよくカーテンが開かれ、そんなにスペースがあったのか、という程のベッドとクラスメイトが姿を現す。
なんだ、クラスメイト全員が搬送されてたのか。そりゃあ手枷足枷を外せば困られるわなぁ……
「藍波さん、怖すぎだよ……」
「埋めたレギンを幾度となく踏んでいった時は鬼かと思いました」
「次席のヒルデもギリギリだったしねぇ」
「うん、危なかった」
口々に私への非難を始めるクラスメイト。だが、どうやら印象はそこまで悪くないらしい。
「んーと……ごめんね?」
「「「「いいんじゃない?日常茶飯事だし」」」」
どうなってんだ神界。
◇
「あらぁ、みなさんおかえりなさい」
「ヨルム先生、まさかずっと寝てたんですか?」
「えぇ?寝てませんよぉ?」
黒板消しを粉砕した時の鋭さはそこになく、むしろぽわぽわしているヨルム先生。絶対に寝起きだな。
「時計は……10:25で止まってる……」
「先生、今何時だか分かります?」
「15:46です」
「「「お昼食べ損ねてるぅ!?」」」
「えっ、そこ!?」
クラスの数人が頭を抱えて慟哭していた。もちろんレギン含む。
私はむしろ5時間以上寝っこけていたというのが信じられない。その時間があれば、どれだけ修行ができるか……はぁ、もったいないことを。
「もう下校時刻なので帰りましょう。明日はちゃんと授業しますね?」
「「「はーい」」」
なんとなく、小学生っぽいな。数名、精神年齢がそのくらいの者がいるようだが……
「それと、藍波さんは教室の修復ね」
「やっぱりか!」
結局屋敷に帰ったのは17:00くらいになった。
《修繕》のおかげで早く終わると思ったら、雑用まで任された……もう嫌や、あの蛇教師。
屋敷に戻ると、ヴェルさんが優雅に紅茶をすすっていた。
「おかえりなさい先輩。先輩は紅茶いかがですか?」
「……何を企んでいる?」
「……今日、3年生に絡まれまして……」
彼女の独白によると、その明るい性格からクラスには馴染み、むしろ学年を代表する中心的存在にまでなったんだとか。
【朧月】の中で見て学んだ戦闘技術、ネトゲで培ったかっこいい動き、そして少し前に行ったサバイバル参加経験からも技術を会得している彼女なら、まぁ妥当なところだろう。
だが、どこの世界でも出る杭は打たれるようだ。
ちょっと様子を見に来た3年生に拉致られて、ライブチケットの販売を言い渡されたらしい。顔広いんだろ?なら余裕だな?と。
「……それで、先輩だからって断りきれずに引き受けちゃったのか」
「断ったらクラスをめちゃくちゃにするって……」
全く、お人好しな後輩だなぁ。私もこの手の奴らに絡まれたことがあるが、速攻で解決した。
何をしたかというと、泣いて謝るまで殴り倒した。
当時は既に世界規模で《守護の選定》が張り巡らされ
ており、体を傷つけることは出来なくなっていた。それを見越しての行動だったのだろうが、ひとつだけ、どうしても拭えないものがひとつあった。
──恐怖。
自分を傷つけることは出来ないと分かっていても、人は恐怖を感じ続けた。それが生き物として当然であり、驚いたりするのはその表れだという。
それを利用し、まず一人組み倒してから顔面を殴り続けた。初めは余裕の表情だったのだが、私の真顔が合わさり、その口数も減り……
これを4人前。一件落着。
今回もそれと同じ方法を……とも思ったが、それより確実な方法がひとつある。
「オーディンにチクりゃあいいんだ」
「そんな!こんな些細なことで報告してたらオーディン様が忙しくなる!ダメだって!」
「いやいや。これは重要なことだよヴェルさん」
彼女はあくまで「学生」をしているのだろうが、私たちがこれから通うのは「ヴァルキリー養成校」だ。普通の学校とは違い、卒業したあとはヴァルハラ直轄の戦士となる。要は公務員だ。
それを育てる学校で後輩いびり?冗談じゃない。
「ほーら、取り敢えず言ってみるだけだから。多分名前を借りるだけでも違うと思うよ?」
無理矢理にでも引きずって、オーディンのいるであろう執務室に向かう。
「やっぱりやめようよ……報復とか、怖いよ……」
「何を急にしおらしくなってんの?ヴェルさんらしくもない……まさか、私と同じように清楚系真面目女子を演じようと……!?」
「なんでバレた!?」
「ええいうるさい!執務室の前で騒ぐんじゃない!」
同じ穴のムジナを発見していると、執務室の扉が開き、ヴェルさんを直撃した。
「オーディン、ちょうど良かった。ウチの学校の3年がね」
「話は聞こえていたわ!そいつらはもちろん退学処分だ」
「ほら見ろヴェルさん」
「うぅ……すみません、お手を煩わせてしまって」
「阿呆、逆になぜ報告に来なかった。あそこは兵士を育てる場であって、遊ばせる場所ではない」
「ヴェルさんは学生気分に浸ってたんだよね?」
「なんでそれを言うかなぁ!?」
「ほう……ヴェルダンディ、話を聞かせてもらおうか」
「じゃあ私、お風呂入ってきますね」
「ああ。風呂上がりにまたこい。少し用がある」
「はーい」
「ちょっと藍波!?ボクを見捨てて行くのか──」
バタン。
さて、やかましい後輩もいなくなったし、お風呂行こ。
良い子は真似しないでくださいね。普通に捕まる可能性があるのと、進学就職に影響する恐れがありますので……