-116-入学と、自己紹介と、試験と。
「いやぁ似合ってるよ後輩くん?」
「くっ……こいつ……!」
ヤバイ。笑いが抑えきれない。
短い赤チェックのスカートに紺のブレザーを身にまとった彼女は、顔を赤らめつつ抗議の視線を向けてくる。
あの会議で決まったことは、簡単に言うなれば「戦に備えよ」ということだった。そこで、ヴァルキリーの養成校に入ることになったのが二名。
「どうしてボクが藍波より下の学年なのさ!」
「私は特例だからねぇ!後輩くんもそれなりにやるようだけど、まだまだひよっ子ってことさ!」
「言わせておけば!」
「ほら、そこまでにしろ。君も煽るんじゃない」
「だって面白いんだもん」
「それには全面的に賛同する」
「オーディン様まで!」
後輩くん……ヴェルさんが絶望したようにオーディンを見やる中、私は久しぶりに着る学生服にワクワクしていた。
「今度の1年は緑のリボンだ。2年が青で、3年が赤。これで先輩後輩を見分けろ。……失礼を働くと面倒だぞ?」
「わかりました!」
「うぅ……ボクも青がよかった……」
ヴェルさんの肩に手を置き、ニヤリと笑う。
「よォ後輩。早速だけどジュース買ってこいや」
「な……藍波が不良に!?ボクをパセリにする気か!?」
「それを言うならパシリな。それとも『弁当に入ってるあれ、いらなくね?』っていう扱いがいいの?」
「パセリに謝れ!」
──さぁ、入学だ。
◇
担任の先生の後ろについて、教室へと向かう。
ヴェルさんは入学式(笑)に出ないといけないらしいので別行動だ。
先生が教室の扉をガロッと開けると、だいぶ古いイタズラ・黒板消しが降ってきた。
──黒板消しは、担任にあたる前に、粉々になった。
「もうっ、誰ですか?これをやったのは。レギンですね?はい、後で厳罰を下します」
「なんでわかったの!?しかも厳罰!?」
教室の後の方でニヤニヤしていた銀髪に黄色のリボンをした女の子が、ツインテールを揺らしながら飛び上がる。
周りの子達はそれを見て爆笑。なんとも和やかなクラスだ。
「あれがわからなくて教師なんてやってられません!
……それより、転入生です。自己紹介を」
「はい。七海藍波と申します。これから2年、よろしくお願いします」
学校生活は、第一印象ですべてが決まる。なので、自己紹介は丁寧に、お淑やかに。
ヴェルさん共々、目的は明かさないでほしいというオーディンのお願いなので、あまり踏み込んだ自己紹介はしない。
「えー、藍波さんに質問がある人、いますか?」
「はいはい!この時期に何しに来たんですか!」
てめぇレギンとか言ったな、早速際どい質問するんじゃねぇ!
……おっといけない。少し顔に出そうになった。
「自分を高めるためですね。皆さんと切磋琢磨できればいいなと思います」
「じゃあ勝負しようよ!」
グイグイくるなぁ!
「えっと……?」
助けを求めて担任を見やる。
寝てた。
「先生も寝てるし、修練場行くよ!付いてきて!」
「えっ、ちょっと!許可とか大丈夫なの!?」
「へーきへーき!」
私は手を引かれるがまま、教室から連れ出されて行った。
◇
レギンに連れられてきた場所は、とてつもなく広い空間。それこそアニマの王城くらい広い。
「武器をもてぇーい!」
「ええっと、あなたはレギンさんでいいのかな?」
「うん!レギンレイヴって言うんだけど、「ヴ」の発音とか面倒でしょ?だからレギンでいいの!」
そんなアホな。自分の名前の発音が面倒いからって……
「それで、レギン?一体何を?」
「んふふ〜わかってるくせにぃ〜」
悪戯っぽく笑う彼女は、手にしていた二本の剣のうち、一本を寄越してきた。
「見たところ武器持ってなさそうだから貸し出し〜!プリン一個で交換ね!」
「いや持ってるからいらないけど」
プリンを対価に出すくらいなら【朧月】で戦う……いや待てよ。それってバレないかな?
……まぁいっか。
「えぇ〜そんなちゃちなので戦うの?壊れちゃうよ?」
「いいの。それより、これはどういうことかを教えて欲しかったり」
「見てのとおり、試験なのだ!」
修練場と呼ばれるらしいこのだだっ広い空間には、多少の客席が設けられていた。その席に、普通に座っているクラスメイツ。
「ヘイ!二学年首席のこのレギンちゃんが相手してやる!光栄に思うんだな!」
「首席だったんだ。意外」
「とんでもなく失礼!?」
ヤバイ、ヴェルさん並に面白いこの子。
「まぁいいや。始めるぞぉー?」
「うぅーん、釈然としないけど、試験なら仕方ないか」
そう仕方がない。混乱続きの今日この頃、多少暴れてしまっても仕方がないというもの!
「いっくぞぉー!」
間の抜けた掛け声とは裏腹に、その鋭い眼光はたしかに私を射抜いていた。
咄嗟に屈めば、私の頭上1センチを通って行く剣。
……あれ、なんか違和感。
一旦立ち上がって距離を取り、自分の頭を撫でる。
「ない……」
次に、自分の尻を撫でる。
「ない……」
最後に、自分の顔の側面を撫でる。
「ある……」
コスモ・グランデに来て、真っ先に変化した私の体の一部・耳が、元の人間のものに戻っていた。
しかし、制服の着付けより前にはたしかに耳も尻尾もあったはず……
「おっとぉ!?」
「考え事か?随分とよ余裕だ……なっ!」
レギンが振るっているのはただの片手用直剣のはずなのだが、風切り音が鈍器のそれだ。
叩かれた空気がはじけるような音と共に、抉るような切り上げ。
咄嗟に【朧月】のチェーンで受けるが、幾分体勢がよろしくなかった。よたよたとたたらを踏み、若干後退。
レギンも追撃はせず、剣を切り払っていた。
「どうした〜?打ってこないのか〜?」
私はこの試験よりも耳の方が気になるのだが、それを言うと正体がバレる危険性がある。それは避けねばならない。
……まぁ要するに、これはアレシアだ。地球にいた頃の感覚で戦えばなんの問題もない。
そう思い込んで、私は【朧月】を変形させる。
私の得意な、みんなのロマン・二刀流。
「おぉ……それ、すごくかっこいいな!」
「そりゃどうも。ちょっと感覚をつかむのに時間かかるかもしれないけど……」
ギィン!
「……やってくうちに慣れるでしょ?」
「……思ってたより速いっ!」
「いやいや、初見でこの動きを見切るって、なかなかすごいよ?」
切り結ばれた二本と一本が激しく火花を散らし、せめぎ合う。
アレシア時代にも使っていた瞬撃の応用で、身を霞ませながら移動し切りつける技を見切られ、感服する。
テレビや会場でこの動きを見ていても、いざ戦うとなった時に見切った者はゼロだった。
技を授けた師範だけは、繰り出す前に倒されたが。
相手を大きく跳ね除けながら距離を取り、再び姿を霞ませる。この広い空間を使った作戦に移行しようと思ったのだ。
「……ふぅむ……こうか?」
位置がバレないように、会場のあちこちを飛び回っていた私がレギンの上をとったと思われた瞬間、その姿を見失う。
直後、背後から唐竹割り。
「──っ!」
両刀をクロスさせて攻撃を受けるが、ここは空中。踏ん張るべき地面はなく、大きく弾き飛ばされてしまった。
その威力は相当なもので、私は弾丸並みの速度で地面に叩きつけられた。
「かっ、は」
なんとか意識は保った。土煙に紛れてこっそり《全快》を使い、背中の痛みを治す。
空中にいたレギンは、重さを感じさせない程静かに降り立って伸びをしている。
「ふぅ〜やるなぁ!こんなに楽しいのは久しぶりだ!」
「楽しい、か……」
二本の刀を握り直し、ゆらりと立ち上がる。
流石にダウンをとったと思ったのだろう、レギンの表情に困惑が見える。
「な……あれでまだ立つのか?」
「うんうん。楽しいよね、戦うのってさァ!」
久しく忘れていた、というよりは塗りつぶされていた感情。命のやりとりをしていくうちに、だんだん使命感のようになってしまっていたもの。
「感謝するよレギン。これで私は120%を出せる」
「すごい……殺気じゃないのに、この圧力……!」
「小細工なしだ、全力で行く」
正体バレなどどうでもいい。ただ、この戦いを楽しみたかった。
レギンの顔もいいものになってきたので、心置き無くぶつかれる!
「ラウンド2、開始と行きますか!」
「もちろんだぜ!」
そして互いに武器を構え──!
ピンポンパンポーン……
『えー、2年Aクラスの担任です。皆さんどこへ行ったのでしょうか?まさかとは思いますが、修練場にいませんよね?もしそこにいるのであれば……』
先程の熱はすっかり冷えきり、誰もが黙ってその放送を聞いていた。
ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込み……
『私、皆さんを食べてしまうかも知れません』
Aクラスの面々は、猛ダッシュで修練場から退場した。