-114-主神と、笛と、珍入者と。
5章開幕です。
神界でのお話となる予定です
「たのもーっ!」
「ここは道場ではありませんよ、ヴェルダンディ様」
「気分だよ気分」
長い廊下の中でいくつもあった扉よりもはるかに大きく、装飾過多な扉を乱暴に開け放つヴェルさん。
は、恥ずかしい……
開け放たれた扉の奥から、眼帯をした少年が歩み寄ってきた。
「相変わらず、常識知らずにも程があるだろう」
「えっ、なんの前触れもなく神界に連れてくる神がそれ言うんだ?」
「フム。おいフギン、アレを持ってこい。コイツをしばく。今、ここで」
「ちょちょちょ!冗談ですって!ねぇ?オーディン様!」
なんだって!?この少年にしか見えない子が軍神オーディン!?
「はじめましてだな。私はここヴァルハラを仕切る軍神、オーディンと申す者。以後お見知りおきを」
「めっちゃ紳士だ!?」
優雅な礼を決める軍神少年に驚きが尽きない。
私より少し身長が低いくらいの彼は、私の反応にフッと笑うと、握手を求めてきた。
「えっ、ああ……ええと、七海藍波です。15歳です。好きな言葉は情熱で、好きな戦い方はAGI重視のスピードアタックで……」
「君は何を言っているんだ」
隣にいた失礼の塊に諭された。すごく恥ずかしいので、取り敢えず殴っておく。
ペドゥムゥ……という謎の音を発しながら彼女は扉の奥へと退場した。
「ハハ……一応彼女、役職持ちの高位神なんだけど……」
「関ッ係ないですね!ヴェルさんは調子に乗らせると面倒なんで、先に潰すんです」
「おおう……予想以上に癖が強そうだ」
なんか引かれてない?私。
「それで、オーディン……くん?様?はどうして私をここに?」
「オーディンで構わんよ。で、どうしてという質問だが……だいたい想像がつくだろう?」
「いえさっぱり」
「即答か……」
だってまだ頭が追いつかない。急にここは神界ですって言われても、実感わかないからね。
「君のおかげで、我らがヴァルハラ所属の神を二柱救ってもらった。その礼と、今後のことを話したくてな」
「二柱……ああ、ウルドさんとヘルですね」
「ヘルではなく、ヴェルダンディだ」
「えっ」
そういえば、ヴェルさんって神だった。いっけね。
「そのヘルなんだが、今向こうで奮闘中だ。ウルドの手続きは終わったから、じき復活とのことらしい」
「そうなんですか」
「まぁあれだ。立ち話もなんだし……フギン、応接間へ案内を」
「かしこまりました」
ずっと後に控えていた黒髪の女の人が進み出て、案内をしてくれるようだ。メイド服を着た、狐の私より狐目な人だ。
「こちらでございます」
促されるまま、応接間へ通される。オーディンも同時に移動し、これまた装飾過多なソファーに座らされる。
「うわぁ……すごい、高級品だぁ」
「私もよくここで居眠りをして、フリッグに怒られるのだ……思い出すだけでも震えが止まらん」
じゃあやんなきゃいいのに。
「ゴホン。それでは私から、現在君の置かれている状況を説明しよう。災難続きで混乱していると思うが、紐解けるまで付き合おう」
「……よろしくお願いします」
主神がそんなに長い時間を使ってもいいのだろうか。私としては大助かりだから特に文句はないのだけれど。
「まず、君がここに呼ばれた理由だが……君には、力をつけてもらいたいと思っている」
「はぁ……日々の鍛錬は怠っていないと思いますが」
「残念なことに、それは人の範疇なんだ。奴を相手取るなら、神基準の戦闘能力になってもらわねば」
なるほど。やはり人と神とでは地力が違うか。
「それでだ。対ディザスター用の戦闘訓練を用意した。過去のデータはアテにならんから、予測だけどな」
「それを、どのくらい?」
「早くて2年。遅くとも5年と言ったところか」
「長っ!?」
「ん?ああそうか。まだ君は15歳だったか……貴重な少女時代を奪うようで済まないが……」
「そこじゃなくて!」
その間に未来消滅とかって起こらないの!?
「ハッハッハ、神はそれこそ10年、100年単位でモノを考えるのだ。明日滅びるとか、そんなわけないだろう」
「随分と余裕があるんですね」
「ああ。なんせまだヘイムダルが笛を吹かない。ギャラルホルンが鳴るのは世界の終わりと」
──ブオォォォォォォォォォォォォォォーーーーー
「…………」
「…………」
「オーディン様!大変です!」
「ええい、ヘイムダル及び重鎮を招集せよ!急げ!」
「はっ!」
頭を抱えるオーディンと、何が何だか分かっていない私。
「えっと……聞きたくないんですけど、今の音、なんですか?」
「ギャラルホルンだ」
「…………」
「…………」
「鳴ってんじゃん!言ったそばから世界滅亡じゃん!」
勢いよく席を立ち、オーディンの胸倉を掴む。
「いや待て落ち着け。鳴るのはあくまで開戦の合図というか、一応まだ時間があるというか」
「いいから早く詳細を聞かせて」
「は、はひ」
乱暴をされた女の子のようにへたり込むオーディン。見た目が相まって、ウケる人にはウケるだろうな。
「招集、完了しました!……オーディン様?」
「う、うむ。今行く」
自分の出した声に悶絶しているオーディンが気を取り直す。そしてまた例の部屋へと戻ることになった。
◇
「なんだって!?藍波さんがいない!?」
昨晩、突然戻ってきた藍波さんたちだが、その藍波さんが部屋から姿を消していたらしい。
その証拠に、リリィさんが死んでいる。
「お姉さま……」
マズイ。みるみる干からびていく。
メルゥが必死に水をかけているが、かけた端から干からびていく。そのうち、天日で干した魚みたいになるだろう。
「流石に脱走は考えづらいかと。僕ら含め、とてつもなく衰弱していましたし、一番ダメージが大きかったのはむしろ彼女の方ですから」
「そういえば、一体何があったんです?どうも風向きが怪しいですが」
マーズと、その脇に平然といるニナ。何を言っても離れようとしないので、もはや突っ込むまい。
「話せば長くなりますが……ここは真実を、ありのままに伝えます。皆さんなら信用できる」
カッシュさんの話によると、向かった先の遺跡での戦闘で、シドさんは洗脳を受けて戦死。また、かつて世界を滅ぼそうとした神が蘇ったとの話だった。
「そんな……シドさんが死んだ?ましてや洗脳?ありえない」
「それが有り得たんです。ネクロ化の術をかけられて……」
「……誰が送ったんですか?」
「……藍波さん、です」
場に沈黙が落ちる。
彼女の夫を名乗っていたシドさんは、もう見た目から強い。そうでなくても、大地の怒りとして伝説が残っているほどなのだ。
そして、藍波さんが彼に向ける視線は、いつだって信頼と親愛だった。彼女は必死に隠していたようだったが、周りから見ればバレバレだ。
そんな、並々ならぬ関係にあった二人が殺し合い、結果として手を下してしまった……これ程辛いことはあるだろうか。
「しかし、その辺は切り替えたみたいです。いつまでも下はむいていられないって」
「それでこそ藍波さんだ」
一回死んだ俺とメルゥ、それを見ているしかなかったラナなんかは、それと似たような感情がある。そして、それを教えてくれたのは他でもない彼女だった。
「リリィさん、わかってるとは思いますが」
「ええ。あのことは流石に内緒なのです」
「なにか秘密のことでも?」
「はい……これを言うのは、本人からというのか筋だと思うので」
何の話だか全く分からないが、秘密だということを無理に聞き出すこともないか。
「お取り込み中失礼します」
「「「!?」」」
聞いたことのない声が響き、一羽の鴉が窓を突き破って入ってきた。
ガラス片が舞い、マーズにグサグサ刺さっているが、そんなことはどうでもいい。
「……何者だ」
「申し遅れました。私、神界にてオーディン様の補佐をしておりますムニンと申す者。……この姿だと話しづらいですね」
律儀な自己紹介の後に、鴉は人に姿を変えた。誰がどう見てもメイド服だった。
「オーディン……?あのオーディン?」
「ええ。オーディン様はこの世にお一人しかおりませぬ」
何を当たり前のことを?と言いたげに首を傾げる美女は、こう続けた。
「オーディン様及び神界におられる神々よりの命です。3年で力をつけよ。それまで、七海藍波は預かるとのことです」
「ちょっと待ってください!一体どういうことですか!?」
告げるだけ告げてさっさと帰ろうとしたムニンさんにカッシュさんが食いつく。
面倒くさそうな顔をしたムニンさんは一瞬考えると、
「時間が無いのです、一度しか言いません。黄昏が来ます」
「わかるわきゃねぇだろ!」
カッシュさんブチギレてるよ。鴉の足を掴んで逃がすまいとしている。
「はぁ……詳しいことはまだ分からないのです。また来ますから」
「……本当ですね?」
「私の嘘はオーディン様の嘘。オーディン様に恥をかかせることはいたしません」
そうすると、かなり投げやりな態度もオーディンの意志だということになるが……
「緊急事態ですので、そろそろ離して頂けますか?」
「わかりました。あなたを信じましょう」
「ありがとうございます。では」
足を離せば、天へと飛んでいく鴉。
一体なんだったんだ……