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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー4章ー〈暗雲〉
110/176

-109-痛みと、布告と、告白と。

 創世神……


 私は、その存在だけ知っていた。

 かつてあった神界での大戦、その発端。


 確か、封印されていたはずでは……?


『恐らく、力を封印したとき……本体には逃げられたんだ。多分狐人の集落だったり、君のいた世界に紛れていたんだろう』

「誠に屈辱的な時間だった。私がこうして力を取り戻すまで、貴様ら人間は繁栄を続けてしまった。どちらの世界でも、な」


 彼の憎しみは深いようだ。かつての彼からは考えられないほど歪められた顔は、この世に生きとし生けるもの、すべてを呪っていた。


「貴様ら運命神の交信がどうして途絶えたか?簡単だ。私の部下が邪神化させたからだ」

『なんてことを……ウルド姉とスクルドはどこにいる!』

「それを教える義務も義理もないが……片方は、既にいるぞ?今頃()で暴れ回っているだろうがな」

『外……?遺跡の外ではないな?まさか』

「そのまさか。貴様らの連れ二人のいる、あの小部屋だ」


 私は完全においてけぼりだ。話の1ミリも理解出来ていない。まず師範の存在からよく分かっていないのだから。

 ただ、今この時、リリィたちが危険な目にあっているの理解した。


「はやく助けに行かないと」

『藍波、すまないがそれは無理だ。ネクロ化してしまったシドに加えてディザスターなど……ボクらじゃ到底逃げられない』


 ヴェルさんが歯噛みするように言うと、師範──ディザスターはそれを鼻で笑う。


「私は手を出さんぞ?弟子同士の殺し合いに、首を突っ込んでなんになる」

『余裕たっぷりってワケだね。いよいよ頭きたよ』

「…………」


 もはや、私の知っている師範ではない。

 私のよく知る師範(ディズ)は、戦わせはするが殺し合いをさせることなどしなかった。


「藍波、まだわからんか。お前の師は、元よりこう(・・)だったということが。頑なに認めんとするならば、私が目を覚まさせてやろう」


 言葉の意味を理解し損ねていると、右側面に焼けるような痛みを感じた。

 見れば、どこからともなく飛来した片手用直剣が私の右脇腹を抉っていた。


 それが、私の思考を現実へと引き戻し、気付けば問いを投げかけていた。


「……つまり、あなたはこの醜い世界を殺すと」

「何度もそう言っている」

「じゃあ……敵、なんですね?」

「お前が生まれるずっと前からな」

「そう、ですか……」


 怪我に関しては《全快》でどうにでもなる。はずだったのに。

 かけられたはずの万能治癒は、まったく効果を現さなかった。


「あれ、おかしいな」


 異変を口にして、自分の声が震えていることに気がつく。どうやら、相当動揺しているらしい。


 いや、これは動揺なんて生易しいものじゃないか。


「なんで……っ」

「それが運命だからだ」


 第二の父親だと思っていた。

 見た目的には完全におじいちゃんだが、それでも、家族のように思っていたというのに。


「全部、嘘だったんですか」

「全ては、目的のため」


 淡々と語る彼の目を、私はもう見ることができなかった。きっと見てしまえば、厳しくも優しかった師範が戻ってきてしまうから。


「……では、幕引きだ。宣言通り、私は手を出さん。思う存分、殺しあえ」

「……てろ」

「ん?何か言ったか」

「首洗って待ってろって言ったんだ。私が、必ず貴方の計画を踏みにじり、砕き、挫折させる」


 親しいからこそ、止めねばならない。

 それ故の宣戦布告だった。


「昔から目標だけ高いお前らしい。達成出来るといいな」


 師範……ディザスターは、ひとしきり高笑いした後、闇の向こうへと消えていった。


『──侵食段階、残り1%……しかし、予想外の抵抗にあっています。

 再計算……完了。残り90秒で侵食可能です』


 意識がないように見えて、今この時もシドは戦っている。悠長に話している場合でも、打ちひしがれている間もないのだ。


「ヴェルさん。私は、彼を殺すよ」

『すまない。【回帰ノ運命(さだめ)】が使えれば……』

「それは言わない約束。ないものをねだってもしかたないでしょ」

『……本当に、すまない』


 彼女の必殺武器と言っても過言ではないふた振りの刀、【回帰ノ運命】と【希望ノ運命】は、使用に制限がある。

 というのも本人次第で、理論上は やろうと思えばいくらでも使える。


 ただし、その存在は完全に消滅する。

 存在の消滅は、歴史からの退場。「なかったこと」にされるのだ。

 今までどんな経験を積んでいて、どれだけ社会貢献をしていたとしても、消滅をした瞬間に、すべてが無に帰す。彼女の武器は、そういうものだった。


 彼女自身、シドの、果ては私のために消滅しても構わないとか言い出しそうだったが、彼女にはまだ仕事が山積みになっている。


 今消えるわけには行かない。そうでなくても消える必要はないというのが私の考えだ。


「9回。それだけの数の心臓を潰す。再生した途端に潰す。細かいことは考えない」

『……わかった。ボクも微力ながら助太刀きよう』


 気の乗らなさそうな彼女に苦笑しながら、私は【朧月】を構える。

 その敵意、殺意を感じたネクロ・シドは行動を再開する。爆発じみた勢いを持っての突進。もちろん剣を構え、こちらを突き刺そうという動き。


「──疾ッ」

『──!』


 普段なら受けずに逃げに専念していたであろう攻撃を、正面から迎撃する。武器の根元を狙った、取り落とし(ウェポンブレイク)を試みたのだ。

 絶妙な角度、タイミングで放たれた柄部分への攻撃は、吸い込まれるようにして命中。彼の手から【大地の咆哮(グランド・ハウル)】が離れた。


『好機!』

「畳み掛ける!」


 このまま懐に入り込んで、一気に決める──!


『──!』

「チッ、流石にそうもいかないか」


 小太刀のようにリーチを調節した【朧月】は、ネクロ・シドに白刃取りされていた。しかも二本指で、突き出されたものを。胸前1センチという位置で。


 そういえば筋力のステータスでは負けていたな、などとビクともしない【朧月】を見ながら回想する。


「でも──チェックメイト」


 小太刀形態の【朧月】の鍔が変形し、簡易な杭になる。そして──


 ──ドスッ


 シドの左胸に穴が空いた。


「ヴェルさん、固定できる?」

『少しなら行ける!ただ、9回目までもつかは賭けだ!』

「いや、ありがとう」


 突き刺した杭を引き戻せば、ウジのようなものが傷を修復する。


 ──ドスッ


 間髪入れずにもう一撃。シドの手は既に【朧月】から離れており、呆然としている。


 私は拘束の意味も兼ねて、シドを抱きしめる。


「私ね。シドのこと、割と嫌いじゃなかったみたい」


 ──ドスッ


「いや……もうこの際だし、素直になるか」


 ──ドスッ


「いつの間にか……ちゃんと好きになってたよ。シド」


 ──ドスッ


「なんでだろうね。シドみたいなのに引っかかるって、私も大概物好きだよね」


 ──ドスッ


「……密かに憧れてたんだよ?なんだかんだ言って強かったし」


 ──ドスッ


「それが……なんで。どうしてこんな形でこの言葉を伝えなきゃならないのさ」


 ──ドスッ


『フ……最後の最期に、いいことを聞けた。あの藍波が……そうか。ちゃんと、俺に惚れていてくれてたか……』

「シド……」


 あと一撃。あと1回突き刺せば9回目。シドは死ぬ。

 そんな時になって、ようやく喋ってくれた、最愛の人。


『ああ……本当に、どうしてこんなになっちまったんだろう、な。悔しくて仕方ねぇ』

「全くだよ。年下の女の子に告白させといて、死に逃げとか……許さないから……っ」


 視界が不規則に歪む。その歪みは目から零れ落ち、頬を伝って大地へ還った。


『俺の答えは、言うまでもないな。今更言うのも気恥しい』

「言って」

『……は?』

「ちゃんと、言ってくんなきゃ……やだ」


 最期に聞いておきたかった。彼の気持ちを。

 それが、出会った時から聞いていたことだったとしても。


『──愛してる、藍波』

「──ッ」


 もう耐えられない。とめどなく溢れ出る涙はさらに量を増し、脱水症状に顔中が痙攣を始める。

 その痺れを知覚するよりも深いところで、私はシドの言葉を噛み締め噛み締め……


「……ありがとう。さようなら」

『おう。またどこかで出会える、ことを……』


 ──ドスッ


 暗闇に、最後の命が散った。

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