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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー1章ー〈出会い〉
11/176

-11-【不幸】と、鍛錬と、百合猫と。

「ヴェルさん。これって非常にマズいよね?」

『そうだね。まずいね』


 翌日、私は朝から嫌な汗をかいていた。




 昨日は謁見の間でテルさんを見送った後、「辛気臭いのはここまでにして、凱旋だ」といってパレードに参加させられた。

 長年困らされていた組織を壊滅させた者として多大に評価され、依頼の行き来で乗ったような無骨な馬車とは打って変わり金銀で彩られた豪勢な馬車の上に立たされた。


 お母さんが悪ふざけで作ったであろう「本日の主役」の斜め掛けを身につけ、王都のメインストリートをゆっくりと進む。


 道端には十二支族の獣人を主に見物客が訪れていた。もちろん猿人はおらず、代わりに狼、狸、(バク)等の獣人がいた。あれ?狸って狐と仲悪いんじゃ……


『狐と狸は長が仲悪くてね。しょっちゅう喧嘩してたんだけど、狐人が滅んでからは大人しくなっちゃったんだ。喧嘩する相手がいなくて寂しいみたいだよ』

『かまってちゃんっていう解釈でいいの?』

『大体合ってる』


 なるほど、と頷くと、狸人(りじん)に向かって手を振る。そうするとこちらを熱心に見ていた3人の狸人は目をハートにして倒れた。


 何故だと首を傾げると、他のところでも人が倒れた。貧血かな?



 メインストリートの中ほど、ギルドへはまだ距離のあるあたりで一度止まり、王が演説を始める。


「我らがアニマ国において、奴隷目的の拉致監禁は重罪に当たる。しかしある組織はその罪を幾度となく繰り返し、犯人を捕まえたと思ったらトカゲの尻尾切り……毎回そうだった。しかし今回!我らがアニマ国に現れた2人目のフォールン、七海藍波によって組織は壊滅!首領と、奴隷を売り払っていた商人を捕獲することに成功した!」


 途端に民衆からウオォォォ!という歓声が上がる。中には涙する者もいた。


「獣人を救った英雄に、盛大な感謝を!」


 再びウオォォォ!と先程よりも大きな音が鳴り響き、メインストリートを包んだ。

 照れくさいが、悪い気分はしない。「解放できたんだ」という達成感と感動が同時に押し寄せ、すこしはにかむ。


 これを国中の大通りで行い、どこの通りでも万雷の喝采と感謝の言葉が飛んできた。その一つ一つに込められた思いや感動を受け止めつつ、日は暮れていった。



 ここまでが、昨日の話である。凱旋パレードで疲れた私はご飯を食べ、風呂に入り、すぐに寝てしまった。

 元いた日本ならば全く問題がなかっただろう。しかし、ここは日本ではない。コスモ・グランデだ。

 そして日本と違ってコスモ・グランデにはスキルが存在する。私は一般の人に比べるとたくさんスキルを持っている。なかにはクセの強いものまで。


 それが私にとって何を意味するか。


「【不幸】ぁぁぁぁぁぁぁぁあ!何が起こる!何がっ!何がああああ!」

『おおおお落ち着いて藍波!ききききっと、そんな大したことのない災いだよ!』

「だよね!だよね!?どうせ足の小指を箪笥(たんす)にぶつけるとかその程度だよね!」

『そうさ!きっと木製の椅子にあるささくれが刺さる程度さ!』


 言いながら身震いする。

 そう。私の持つ【不断の努力】というスキルには、「鍛錬を怠ると【不幸】状態を付与する」効果があるのだ。

【不幸】の中身は発動するまでわからない。発動のタイミングすらわからない。しかし、それとは別に鍛錬をしなければ、翌日もまた【不幸】に怯えることになる。


「とっ、とりあえず、ご飯を食べよう!」

『そうだね!身構えすぎていても仕方ない!』


 そうは言ってもいつ発動するかわからない【不幸】を背負って依頼なんて行こうものならきっとひどい目にあうに違いない。そもそも能力が低下しているのだ。死のリスクさえある。

 朝食のクロワッサンとパンプキンスープを飲みながら、今日の予定を考える。


 昨日のように何か用事が入ると困るので、午前の早いうちに兵士達の訓練に混ぜてもらうことにした。

 能力のダウンと言っても、赤子レベルまで落ちているわけではなく、それぞれ


 筋力:A→C

 敏捷:A→B

 防御:C→E

 体力:B→C

 幸運:D→E


 となっていた。

 スキルビューワーに表示された数値を見てお母さんが爆笑していたので殴り飛ばした。ネスト王も「これは悪い事をした」と苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 防御が悲惨なことになっているので、一撃でアウトだろう。

 元々敵の攻撃を受けないスタイルなのが救いか……?


 筋力の低下もなかなかひどく、【朧月】を大剣や大盾に変形させるとびくともしない。

 結局早さ重視で1番手に馴染んでいる片手直剣で訓練に入れてもらうことにした。


 召喚初日に四天母(一人)と共に爆破した闘技場は綺麗に治っており、既に何人か準備を始めていた。

 その中には、例の二人もいた。


「おはようございます。藍波さん。今日はよろしくお願いします」

「おはようございます。こちらこそ、突然すみません。……ところで、なんか雰囲気変わりました?」

「はは……いえね、何となく今までの内気な自分を捨ててみたくなりまして。ママに頼んで髪を切ってもらったんです」


 気の弱そうだった片割れの鼠兵士──ウルマさんは、元々黒髪を一般の人より長めにしていた。しかし、今は所々を茶色に染め、オールバックというグレた高校生みたいになっている。


 ……まぁ、ママとか言ってるうちはまだまだだけど。


「チーノ様……チーノは、貴方に叩きのめされた後、悔しそうにしていましたが、謁見の間で公開されたあなたの功績を聞き、自分を恥じていました。自分はいかに無力で、無知で、愚かだったかを夜通し聞かされましたよ」

「い、いいだろ!それくらい!……ええと、その、この間は大変申し訳ありませんでした」


 本人の前で愚痴を聞かされたと愚痴るウルマさんにチーノさんが噛み付く。そしてこちらに向き直り謝罪をしてきた。

 先日までの傲慢な態度とは打って変わって、今は周りに気を配れているようだ。


「なにか心境に変化でも?」

「ええ。僕は家柄と金にモノを言わせて偉くなった気でいました。でも、貴方のように全てを覆せる人がいる。そんな貴方に憧れたのです。ですから、どうか弁明の余地を」

「いいんじゃないですか?それがわかったなら。まあ、ぜひとももう1度戦闘訓練からやり直してほしいところですが……あ、私がやりましょうか。そうしましょう」


 これは丁度いい相手を見つけた。道場では先輩だろうが後輩だろうが全員の相手をしたことがあり、悪いところを教えることもしていた。


 そう提案すると、チーノさんは一瞬顔を青ざめさせると隣のウルマさんを見……ウルマさんはいつの間にかいなくなっていた。


「ヤロウ……危険を察知して逃げやがった……何が弱い自分を捨てる、だ。友を見捨てておいて……」

「何か言いましたか?」

「あああいえ!なななんでもないです!いえほんとに!」

「バッチリ聞こえてるんで。そしてウルマさん、逃げられると思わないでくださいね。他にも希望者がいれば(強制的に)相手をしますので」


 希望があろうとなかろうと訓練させる気満々の私に、ヴェルさんが呆れた様子でため息をついた。



 本当に制限がかかっているのかわからないほどの動きを見せる私に誰もついてこれない。

 確かにステータス的には低下が見られる。しかし、道場で、例の荒行で培った戦闘経験は、それだけで兵士達を軽く凌駕した。

 兵士の攻撃は一切当たらず、耐えかねて大ぶりの攻撃を放てば次の瞬間地面に転がっている。


 観戦しているとよく分かる、経験の差。あまりにも対人戦闘慣れしている。

 何故そうまで強いのか。どうやって強くなったのかを聞いた者がいた。答えは単純明快。「努力っ!」である。


 きいた兵士は皆乾いた笑いをあげ、しかし圧倒的な強者を前に何度も立ち上がった。


 超えられなくても、追いつけなくても、あんなふうに動いてみたい。あんなふうに誰かに感謝されたい。

 それが、その憧れ一つが、兵士達の足を限界まで立ち上がらせた。

 そして全員が気を失うほどに戦った後、私は満足げに頷いた。


「これ、週一でやる?」

「「「「「是非!」」」」」


 いい返事だ。今日を初日とし、これから毎週この訓練場で特訓が行われることになった。

 が、皆は一つ忘れている。


「そういえば今日の私はステータスが1、2段階下がっているのだけど。その辺どう思う?」


 やる気に満ち満ちていた全員が絶句し、泣き出した。




 午前中でだいぶ疲れてしまったので、午後はゆっくりしようと、街へ繰り出す。

 部屋にいても落ち着かないので、露店でも見て回ろうと思ったのだ。


 メインストリートを歩いていると、やはりと言うか、声をかけられる。急ぎの用事はないので、声に応じて手を振ってみたり、少し話をしてみたり。

 ある男の子には「サ、サインくださいン!」って言われた。顔真っ赤だよ?


 サインなんて持ってなかったが、即興で色紙らしき型紙に「藍波」と書き、藍の字の草冠を狐の耳にしてやった。


 男の子は大いに喜び、お礼を言って仲間に自慢しに行った。

 その後も何人かにサインを迫られ、同じようにサインを書いてやる。


 元々活気に溢れ、賑わっていたメインストリートだが、私が来た途端の盛り上がりは凄かった。

 まあ、攫われた人たちを1人で助け出した「英雄」だからなぁ……と照れくさいながらも状況を楽しむことにした。



 メインストリートから少しそれた所にある国会議事堂の形をしたギルドの前には見知った栗毛の猫娘がベンチに座っていた。誰かを待っているようだが……


「リリィ、こんにちは。何してるの?」

「あっ!お姉さま!」


 声をかけると、不安そうに足元を見つめていた顔をぱあっと輝かせると、腰にひし、と抱きついてきた。


「うわ、ちょどうしたの!」

「私、お姉さまについて行くのです!お姉さまの側で、お姉さまのために、お姉さまの冒険について行くのです!」

「ええ……」


 10歳ほどのザ・ロリっ子を前に困惑する。

 搬入口で助け出したあたりから妙にしたってくる感じはあったが……


「私は、もう売られる寸前で、もう諦めていたのです……でも、お姉さまが助けてくれたのです……なら、この命、一生かけて、お姉さまのために使うのです!」

「重い重い!離れてぇぇぇ」


 ひたすらに重い話をされている。要するに私はあなたの奴隷ですと言っている。


「大体あってるのです」

「どうしてこっちの人たちはたまに人の心を読んでくるの!?はーなーしーてー!」


 おかしい。いくら筋力が低下しているとはいえ、年下のロリっ子1人すら引き剥がせないなんて!


「私は筋力Aですから!」


 またしても心を読んだリリィは衝撃的な事実を告白する。部分的とはいえ、自分と同じ値のステータスを持っているとは思えないほどに小柄な少女が、である。もしかして、転生者だったり?


「いいえ。私はちゃんと11年前に生まれた、ただのリリィなのです」

「もう心は読まないで頂こうか!」


 精神的にきついからね。


「……いい?リリィ。私は、ある目的があって行動してる。その目的には大きな危険もあると思う。今回みたいにはならないかもしれない。本当に死ぬかもしれないの」

「はい。それでも、なのです」


 頑なに付いてこようとするリリィ。

 どうしたもんかと思っていると、


「お姉さま。私は近接攻撃の爪拳(そうけん)と、遠距離の銃系統に適性を持っているのです。【遠近両用】スキルも、ランクはCですが持っているのです。決して足でまといにはならないはずなのです。どうか。どうか……!」


 腰から手を離し、上目遣いで必死に言い募るリリィ。


『どうする?』

『それは君が決めなきゃ。君が気に入ったのならボクは反対しないし、認めよう』


 神っぽいことを言うヴェルさんに背中を押され、結論を出す。


「……わかった。でもまず、簡単な討伐任務から試していこう。立ち回りとか、いろいろ確認したいし」

「──!お姉さま!」


 私の結論を聞いて、再びひしと抱きついてくるリリィ。可愛い妹ができたようだ。

 涙ながらに抱きついているリリィの頭を撫でていると、


「──これで、お姉さまと私は相思相愛なのです!将来は安泰ですね、お姉さま!」


 そんな事を、言ってきた。


 そして、初めてあった時から妙〜に好かれていた事と、「お姉さま」呼ばわりと、今の爆弾発言と、何よりその名前。


 頭の中で全ての整理がつきました。


 ──こいつ、同性愛者(ゆり)だ。


 身をひねり、無理やり拘束を解くと、思い切り上に跳ぶ。そして【朧月】を平たく展開し、グライダーの要領でスイーっと飛んで逃げた。このままでは何かが危ないと感じたのだ。別の意味で【生存本能】が警鐘を鳴らしている。


 しかし初恋に暴走する猫娘は逃がしてくれず。


「お姉さまぁぁぁぁぁぁあ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 そして始まる、狐と猫の、鬼ごっこ。

 どこに隠れようと、まるで分かっているかのように的確に見つけ出してくるリリィから逃れるため、民家の屋根の上や池の中、地面に潜ったりもした。しかし、リリィからは逃げられない!

 きっとこれが私の身に降り掛かった【不幸】に違いない!


 結果、逃げ込むように帰ってきた王宮の自室にたどり着いた私の視界に、私のベッドの臭いを嗅ぎまくっているリリィを捉えて全てを諦めた。

 もういいや。この子はきっと、一生懸命なだけなんだ。

 そう、自分に言い聞かせて。



 その夜、リリィの乱入で騒がしくなった風呂上がり。ドライヤーで髪を乾かしていると、突然ドライヤーが爆発した。

 せっかく洗った髪はチリチリになり、顔も(すす)だらけになった。

 咄嗟に耳は寝かせたので音はどうにかなったが、耳は満遍なく煤けている。

 そして気づく。


 これこそが、【不幸】。

 そして【不幸】は1日1一種類のみ降りかかる。

 

 ──つまり、この子との出会いは【不幸】ではなかった、と。


 《全快》で髪を元に戻し、顔も一緒に洗いに風呂場へ戻り、「ふふっ」と笑う。


 洗い終わって脱衣所へ出ると、リリィが浴衣姿で椅子に腰掛けて寝ていた。

 あどけないその顔は、先程まで暴走しがちで危険な雰囲気とは違い、年相応の、11歳の寝顔だった。


 肩を軽くゆすり起こしてやると、眠い目を擦りつつ向日葵(ひまわり)のような笑顔を見せる。


「お姉さま……これからずっと……よろしくお願い……なのです……」


 まだ眠いのかすぐに瞼を閉じて安らかな寝息を立て始めたリリィをそっと抱き上げ、ネスト王に頼んで新しく手配してもらった妹の部屋へ運んでやるべく、私は脱衣所をあとにした。

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