-108-思考と、務めと、忌み名と。
「後手な時点で罠は無理だし……もう肉弾戦でいっか」
私の思考は簡単である。罠を張り巡らせてハメ倒すか、単純なゴリ押しか。ふたつにひとつ。両方とるのはありえない、というか無理だ。
『ヴェルさん、無事?』
『──ら、は……て』
戦闘中、ずっとヴェルさんに念話を試みているのだが、ノイズが入って全く聞き取れない。普段こんなことがなかったばかりに、少し混乱する。
「仕方ない……まずは目の前のことから」
少し離れた場所で静かに佇むシドだったモノ。その左胸には痛々しく刻み込まれた目が脈動を続けている。
ネクロ・シドがその場で剣を横に薙ぐ。その動きにコンマ1秒で反応し、耳をたたみながら頭を下げる。
何の気なしに放たれたようなそれは、私の頭上2センチを切り裂いて飛んでいった。
「ちょっ!毛が舞ってるんですけど!絶対少し切られたよね!?髪は女の命なのに!」
私のちょっとした茶化しにも無反応なまま、彼は正面に闇色に美しい剣を構えた。
「もう……少しはリアクションしてよ……」
存在自体がネタのような人物だった。常に明るく、それでいて、たまに含蓄のあるようなことを言う。
故郷を焼かれ、千年の時をたった一人の空間で過ごし、出会い頭に結婚を迫った。
こんなに面白い人はいなかった。これからも面白い人だと思っていた。
だというのに、今の彼は既にここにいない様子だ。
「……互いに、辛いだけだね。これじゃあ」
歯を噛み、決意を固める。
──私が、シドを解放する。つまり、殺す。
◆
静かな空間だった。そこに耳をすませば聞こえる、僅かに金属を打ち合う音。
時に鋭く、時に重く。まるで打ち合う者同士の心の現れのように。
幾筋もの火花。薄暗い広間を照らし、その者達の顔を浮かび上がらせる。
その者、涙をこらえるように歪められた顔から犬歯をむき出しにし、火花を散らす。
対して、無を掘り起こしたように、どこも見ぬ瞳を携えた者。瞳は濁れど、筋は落ちず。
苦痛か。いや、快楽か。
私の口の端は、自然と上がっていく。
これだから人というのは……
剣戟が激しさを増していく。次第に火花の数も増える。パッ、パッと瞬く度、両者の顔が良く見える……
──そろそろ、いいだろう。
私は、散り行く花に手を伸ばす。
もう、枯れなくてもいいのだ。
もう、踏まれなくていいのだ。
もう、悲哀に涙しなくてもいいのだ。
私は、森羅万象を改新する。
より良い世界に、導くため。
それが、私の務め故。
◆
もう何度、こうして剣を打ち合わせただろうか。
私の【朧月】は「剣」ではないので、正確には違うのだが。
彼は9回殺せと言った。9回殺せば倒せると。
確かに倒し方はわかった。だが、肝心の攻略法が掴めない。
こちらに転移してから使っていない手など ごまんとあるので、片っ端から試しているのだが……
その尽く、ギリギリのところで距離を取られるか、致命傷を避けられるかとなってしまい、未だ決定打がない。
加えて戦闘センスは以前のまま。単品の2度目は通じない。
「万事休すか」
大気を震わせる横薙ぎを、鼻先の紙一重で躱して反撃。至近距離からの《風刃》付きの蹴りは、明らかにおかしい方向に曲がった腕に阻まれる。
切り飛ばされた腕は再生し、そして絶え間なく繰り出される斬撃。そろそろ避け続けるのも限界が……
「いつまでノロノロやっている」
「師範!」
「……お前ではない。いや、どちらでもよいか」
師範の言うことがさっぱり分からない。元々口数が多い人ではないので、少ない言葉の内から意図を読み取る練習をしてきたというのに……
「おい。今、どのくらいだ」
突然虚空に話し始める師範に、疑問符を浮かべる。
「師範……?」
『──ただいま、約98%です。まもなく完了いたします』
暗闇に響く声。先程、シドに撃ち込まれたエネルギー弾の発射時にも聞こえた声。
「そうか。ではもう不要だな」
『──不要、不要です。要らないのなら壊して捨てないと』
「フン、では私は行くとしよう。まだ作業があるからな」
どう捉えたって敵である「声」と対話をする師範。疑問は疑惑に変わり、そして次の言葉で確信へと変わる。
「藍波。我が弟子にして一番の功績者よ。お前は、今、ここで──死ね」
『──やっと繋がった!藍波!そこから逃げてくれ!』
いつだって優く、誰よりも弟子思いだった師範から放たれた衝撃の言葉。念話で誰かが逃げるように促すが、脳と体がうまく噛み合わない。
彼は、今なんて言った?
それだけが、私の頭の中を埋めつくしている。
功労者?いやいやそんな。だって私はまだ……
『藍波っ!』
「──っ」
『気をしっかり持って。ボクがいる!』
【朧月】によって目を覚まされる。どうやら正気を失いかけていたらしい。
『……それにしても、よくもやってくれたな老いぼれが』
「フン、誰かと思えば引きこもりの娘か。変わり果てた姿だな」
『どっかでコソコソ動いてるんだろうなとは思っていたけど、まさかこんな形で出会うとはね。運命を呪うよ、全く』
「運命神の貴様がか?それは皮肉な話だな」
「待って待って。どうして師範は……ヴェルさんのことを?」
先程から頭の処理が追いつかない。既に回路は焼ききれる寸前だというのに、まだ問題を重ねようというのか。
「……まだ私を師範と呼ぶか。哀れな娘だな」
『もう一辺言ってみろ!絶対許さないからな!
たとえアンタが……ボクひとりじゃ到底叶わない化け物であろうとも。再封印くらいには追い込まさせてもらう』
「大きく出たな、運命神よ。私を再封印だと?笑わせる。結局自分も封印されるザマじゃないか?」
『あ~、もうあったまきた。封印なんてケチなことしないで、存在ごと消し飛ばしてやるよ!
覚悟しろ、ディザスターッ!!』
叫ばれたその名は、およそ世界の癌だった。
◆
昔昔、世界をお創りになった方がいました。
その名は、創世神ディミアルゴス。
慈愛に満ち、分け隔てなく与え、親しまれていました。
しかし、神と人とでは住む世界が違いすぎたのです。
永き年月の果て、人はかの方への信仰を忘れ、それどころか蔑み始めました。
『あの神は我らを見捨てたのだ』
『もう神の手など借りぬ』
『私達は自立した!』
かの方は、初めて「悲しみ」と「憎しみ」を感じました。そして、決意しました。
作り直そうと。こんな醜い生命体など、消してしまおうと。
その後、本来神聖であるはずのその方は、形を歪めてしまいました。
もはや、それそのもの。
かの方は、災厄となった!
そう。彼が、奴こそが。
星滅神・ディザスターだ。
本家の神話と少し(かなり~違う部分が多々あるかと思います。半分以上、名前のみを借りている形です。神話好きの方はご理解ください……