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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー4章ー〈暗雲〉
108/176

-107-師範と、変成と、決断と。

「師範!」


 いるはずがない。そんな思考はきっと遺跡の入口に置いてきてしまったのだろう。

 私は思わず髭の老師に駆け寄る。


「急に消えおって……心配したぞ」

「このとおり元気です!」

「……それは何よりだ」


 敬礼を決め、道場での一幕のように振る舞う。ここは元いた地球なんだ。私の生活していた日本なんだと。


「……師匠、あなたにいろいろ聞きたいことがある」

「……お前はシドか。これまた懐かしい」


 後からシドが口を挟み、私の日本は崩れ去る。なんてことを……え、師匠?


「そうだな。何から話せば──」


 ゆらり、と。


 瘴気の闇の奥で何かが動いた気がした。

 その揺らぎは、一発のエネルギー弾となり──


「っ!?なん、だ……?」


 シドの左胸を穿った。


「シド!?」

「シドさん!」


 誰も反応出来なかったのは何故だろうか。そんな思考をするまもなく、どこからともなく声が聞こえる。


『……命中を確認。術式、展開。侵食開始』


 途端、シドの体が赤闇に激しくスパークする。空気の焦げる匂いが充満するが、そんなことはどうだっていい。


「ぐっ……がぁぁぁぁぁ!」


 スパークは次第に激しさを増し……やがて、消えた。


「シド!大丈夫!?」


 取り敢えず《全快》をかける。何が起きたかはわからないが、大抵の以上ならこれで治せる。


 だが──


「…………」


 どうやら効果はなかったらしい。

 その根拠はシドの左胸から根を張る……禍々しく脈動している()が裏付けている。


「む……」

「師範!とにかくここから離れて!」


 先程から【生存本能】が警鐘を鳴らすまでもなく、嫌な汗が滝のように流れ出ている。一歩間違えば死ぬ。本能を超えた何かがそう呼びかけている!


「リリィ、弾幕を!カッシュくんはリリィを守って!」

「了解なのです!」

「わかりました!」


 分身させたガトリング形態の【パピヨン・レイ】を、エネルギー弾が飛んできた方角の闇に向かって撃ち始めるリリィ。その傍らに、いつでも防御に回れるようにカッシュくんが控える。


「シド!返事をして!」

「…………」


 シドは石のように固まって動かない。その胸に刻まれた目だけが、不規則に蠢いている。


「シド!」

「フム……侵食、か」

「師範、何か知ってますか?」

「どうして私が二つの世界にいるのかという疑問は置いておくとしよう。

 で、知っているのかという答えはYESだ。私はあれをよく知っている」


 こんな状況でも余裕たっぷりな恩師。その様子を見て少し安心感を取り戻す。

 だが、次に告げられる言葉は最悪のものだった。


「あれは、被術者の精神を乗っ取り……ネクロ化させるものだ。最近頻繁に発生しているネクロ化現象は、この術のせいだな」


 最早息を呑むこともできなかった。ただ、彼の言葉が遠い。認めたくない一心だった。


 今まで見たことのあるネクロ化現象は、ザックの行う擬似的なものだけだった。その際、彼の胸元に目など顕現しておらず、ましてや石のように固まるなんてこともない。


「あの()を持つ者は原初の感染者。アレから次第に被害を増していくのだ……バクテリアのようにな」

「対処は!対処の方法は!?」

「……ただの感染者なら、その身を完全に浄化及び転生させれば命は助かる。だが、原初の感染者は……」

「まさか」

「この術は解呪することが不可能に近い。術者ですら無理なものが多い、世界最高峰の術だからな」

「じゃあシドは」


 すがるような私に、師範は目を伏せる。いつの間にかリリィたちは消えており(・・・・・)、場に静寂が満ちる。


 その静寂を破る音が一筋。

 ビシリと。なにかの砕ける音。


 その音を発する元は言わずもがな。


「シドっ!」


 固まっていたシドの表皮が崩れ始めたのだ。思わず駆け寄ろうとして、師範に止められる。


「よせ。今行ったところで、何も変わらん」

「ここで指くわえてろってんですか!」

「言っただろう、アレは戻れない。感染したら最後、その細胞全てが活動を停止するまで破壊を続ける……生き物ではない、何かだ」

「シドはまだ生きてる!」

「……ならば止めはしない。君の命が無駄に散ることを悔やむよ」


 物分りの悪い師を突き飛ばしながらシドの脇まで一秒もかけずに辿り着く。


「シド!わかる!?シド!」


 肩を揺さぶり、必死に呼びかけるが……返事は斬撃だった。


「っ!?」

『…………』


 鈍い痛みに気付いたのは、肩からズルリと引かれる白銀の大剣を視界に入れてからだった。

 溢れ出す血は赤を超え、黒々と染まっている。ドロリとしたそれは、流れ出るのを拒んで拒んで……止まらなかった。


 痛み、もしくは驚愕に数歩よろめき、無意識のうちに《全快》を唱えて患部を癒す。だが、受けた傷以上に、心が折れてしまった。


「シド……」

『──きゅう、かいだ』

「シド!?」


 諦めていた私の心に、光が戻りかける。まだ意識はあったと。まだ、助かると!


『──9回、この心臓を……殺せば(・・・)、俺を倒せるっ……』

「馬鹿っ……倒す方法じゃなくて、救う方法を教えろ!」

『……残念だが、問答の時間はない。ギリギリ……なんだ。尻拭いを任せるようで済まないがっ……頼む』

「そんな……そんなの」


 できるわけ、ないじゃないか。


「やはり荷が重いではないか」

「師範……?」

「こやつ、なかなかに精神が強くなっている。おかげでなんとか討伐法を伝えられたようだが……それも限界か」


 師範の言うとおり、シドの目からは既に光が失われ、虚空を見つめている。そして、ゆらりと剣を構えた。


「倒すしかないんだ」

「でも!」

「……お前の世界を救うという覚悟は、そんなものか。くだらん」

「っ……」


 元はと言えば、消えた未来を取り戻すために旅をしていたのだ。見えない敵と戦い、囚われた神を解放し、平和な今日を維持するため。

 その旅の途中で、かけがえのない仲間に出会った。彼との出会いは言い表せぬほどに最悪なものだったが、それでも……今となってはいい思い出だ。


 私の憧れた、私ではない誰かの物語は……こんな時、どんな決断をしてきただろうか。


「……やる、よ……」

「そうでなくてはな」


 英雄とは、いつも後手である。そして、英華の脇には必ず親しい人の死があった。

 彼らは世界を救い、大切な人を……


「いいや。私は諦めないよ……全体元に戻してやる」


 悲観に囚われるなぞ、私らしくない。今まで一体何を迷っていたのだろうか。

 憧れの英雄がなんだ。きっかけは彼らかもしれないが、私は私。七海藍波は我が道を往く!


「やい、闇落ち狐!お前の嫁が、連れ戻しに来たぜ!」


 欲張りな決断かもしれない。夢物語かもしれない。

 でも全ては、やってみてからだ。


「歯ァ食いしばっとけよ」


 そう言って放った【朧月】の一撃は、狙い違わず右足(・・)を穿った。

 すぐに再生する右足に舌打ちをしつつ、一旦距離をとる。


『…………』

「卑怯卑劣、嘘にハッタリ。実戦なら使えるものはすべて使うってもんだよ……特に、命のかかった戦闘はね」


 邪悪な意志を持ったネクロ・シドの非難するような視線が突き刺さるが、私は盛大に開き直る。


 本心としては、こんなことはしたくなかった。

 シドとは、正々堂々戦って、それでなお勝ちたかったのだ。

 あの日、あの場所(遺跡)で戦ってからずっと。


「でも今のシドは?なんか邪悪な力に負けて?自我がないようだか──」


 話途中で【朧月】を鞭形態にし、手首のスナップのみで今度は左腕を切り落とす。


「どうせすぐに再生するんでしょ!《狐火》」


 左手の断面、触手のようなものがうぞうぞと出てくるそこに、《狐火》をあてがう。


「そのまま焼き続けてれば、再生するのも間に合うまい?」


 ニヤリ、と笑う。敢えて。内心では下唇を嚙み切る思いで。


「そら、どうした。四肢がなくなるよ?」


 攻撃に出ないのなら、全部切り落としてから送ってやる。

 そんな安い挑発にも、ネクロ・シドは乗ってきた。普段の彼も、こういう挑発に乗りやすかった。


 上段から振り下ろされる【大地の咆哮(グランド・ハウル)】を剣形態にした【朧月】の腹で流し、左拳を叩き込む。左胸の目を狙ったのだが、上手く捻られて躱される。


 戦闘技術は全く衰えなく、むしろ以前の彼よりも反応速度が上がっている気がする。一撃一撃が必殺。僅かに掠っただけでも致命傷になりかねない。


 シドが剣を地面に突き立てる。途端、うねるように地面が隆起して私を吹き飛ばす。咄嗟に空中で体制を立て直して──


「──ッ!」


 踏ん張りのきかない空中で薙ぎ払いをくらい、盾で受けられたものの吹き飛ばされてしまう。


『──いそ、げ……慣れてしまう前にっ!』

「わかってるってのォ!」


 ハンマーの打撃面の対側にバーニアを作り出し、噴射の勢いそのままに突っ込む。回転を加えたカチ上げは、飛ばされてきた岩石で防がれてしまった。


 ならばと、鎚から二刀流に切り替えて懐に潜り込む。今度は通った。右から左へ、左から右へ。それぞれの刀を交差するようにしてシドの胴を切り裂く。


 鮮血とは言えない、どこか虫を思わせるような色をした血が飛び散る。

 しかしその傷を全く気にする様子もなく、ネクロ・シドは剣を振るった。

 それをどうにか逆手持ちに切り替えた二刀で凌ぎ、一旦退避。


 そのバックステップ中に、背後から殺気。

 咄嗟に回し蹴りを放てば、そこにはシドの足。交差した蹴りは互いに反発し、駒のように回転しながら距離ができる。


 ……急げといえども、まだ致命傷は与えられていない。先程の傷は既に癒えているらしく、仕切り直しとなってしまった。


「こんな化け物を9回、か……」


 全く、気の遠くなる話だ。

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