-106-ヴィルダス遺跡と、暗視と、あの人と。
ーEXー〈幕間〉の方に投稿してしまっていたのであげ直しでございます。……もっと手軽に移動できたらなぁ……
闇。闇とは、光がないこと。影。
全く、一筋の輝きもない。それが、私たちの入った遺跡──ヴィルダス遺跡の印象。
元々良い噂のない遺跡のようで、霊が出るだとか昔大虐殺のあった場所だとかいう伝承のある遺跡。
文献で見た時は実感がわかず、いわゆる心霊スポット程度に捉えていたのだが。
「……直に来てみると、凄いね。空気が粘着質だもん」
「それに、妖力の濃度も低いか。リリィ、実弾に切り替えておけ」
「はいなのです。……真っ暗で、何も見えませんが」
「外に漏れ出すほどの瘴気です。仕方ないかと」
外の空気よりよほど冷え、不安を掻き立てる遺跡内は、まるで生者を拒むかのよう。
言い得ぬ恐怖心が湧き上がるが、必死にこらえて内部を進む。
カーナ遺跡はトラップの嵐だったのに対し、ここはどうやら趣向が違うらしい。一歩が重いのだ。前進することを、身体中が拒否している。
リリィは既に限界が近いようで、顔を苦痛に歪めていた。
「……リリィさん、【ヘル・ゲート】の後ろへ。ヘルさん、頼みます」
『了解なのじゃ。安心せい』
「ありがとう……なのです」
カッシュくんの差し出す盾の陰に隠れたリリィは、少しばかり楽になったようだ。冥府の主による加護を受けているのかもしれない。
「ところでヴェルさんは大丈夫なの?」
『ん?余裕だけど……?』
珍しく強がっている様子のない返事に、少し驚く。
「えっ、だって真っ暗だよ?暗闇だよ?こういうの苦手だよね?」
『いや。ボクは今、瘴気を視認しないようにしているんだ。だから、とてもクリアに遺跡内が見える』
「何それずるい」
見えなくしているだけで嫌な感じはするらしいのだが、視覚がやられない分ただマシだと思う。
あまりに暗いのは人の心を病ませるからね。
「じゃあ案内役は任せても?」
『全然構わない。むしろ買ってでるよ』
久々に女神らしいことをしてくれるヴェルさんに感激。おかけで緊張もだいぶ和らいだ気がする。
『そこ、右……いや待て、止まって。なにか来る……魔獣か?』
「ここ、魔獣いるの?」
『幽霊が出るっていう噂だから、きっとゴースト系だと思うけど……ああ、インプだ。物理効くよ』
「じゃあ【朧月】でよろしく」
『え!?ボクが殺るのかい?』
「こちとら歩くのも辛いんじゃ!」
『妾はリーちゃん護るのに忙しいのでな』
『ヘルには聞いてないよ!全く……手のかかる子達だ』
この女神、すごく腹立つわぁ……
自分の有利な場所に来ると、すぐ調子に乗る。まぁでも、有能な保護者っぽいウルドさんを救えばそれまでかな?
【朧月】が音もなく飛び出していき、グチャリと何かを潰した後戻ってきた。
『終わったよ』
「……聴覚だけって怖いね」
『君も暗所恐怖症になったか……』
だって「みえない」って怖いじゃん。
『ここから階段だよ。足元に気をつけて、一段ずつ……』
「うっ……なんだ、これ……は──」
「シド?大丈夫?」
「……ん、ああ。何となく寒気がな。だが、どこか懐かしいような……」
やはり気のせいか、と前進を再開するシド。
その後ろ姿はどこか様子がおかしいように感じられた。
◆
その後、二階、三階と階層を降り、その度に濃くなる瘴気と強くなる魔獣を、気合で振り払いながら進むこと2時間。
四階層の端にある扉の前で立ち止まる。
『この先、すごく嫌な感じがする。それこそ、世の終わりのような……』
「うん……もう引き返したいくらいに怖気がする。このまま進めば、死ぬって、そんな気がする」
「珍しく弱気だな、藍波?そりゃあ悪いものが待ってるんだろうよ。あんな顔した勇者が駆け込んでいくくらいだからな」
「……シドは平気なの?」
「平気かって言われると否だけどな。あくまで許容範囲ってだけだ」
一度死ぬ思いをした人だからこその余裕というか、シドは普通そうに立っていた。リリィは【ヘル・ゲート】の加護を受けながらも辛そうだが。
「本気で発狂寸前なのです……なにか、良くないモノが入ってきてしまいそうで……っ」
《全快》をかけてみるが、僅かに回復した精神力は一瞬にして悪意に食い荒らされてしまう。そのギリギリの防衛ラインを保ってくれているのが【ヘル・ゲート】内にいるヘルなのだが、先程から一言も喋らない。
「リーダーとしては引き返すことを提案する。このまま進んだって……」
「逆に、引き返してどうなる?いつかは来るんだ、まさか『強くなってから』とか言わないよな?」
まさにそのつもりだった。鍛え直し、もしくは瘴気に耐性のつくアイテムを購入しようと思っていたのだ。
「引き返している間に、この奥から感じる悪意は力をつけるぞ。それに、いつ終わるかわからない世界なんだ。……悪いが、立ち止まる訳にはいかない」
「お姉さま。私は大丈夫なのです。ほら、もう盾の後ろから出ても!」
「リリィ……」
【ヘル・ゲート】の陰から出てきたリリィは笑ってみせるが、その笑顔からは苦痛が見て取れる。
「彼女もこう言ってるんです。仲間が大事なのもわかりますが、ときに進む決断をするのもリーダーですよ」
「……わかった。じゃあ、開けようか」
私は扉に手を置き、ゆっくりと押し開いた。
「──ほう、ここまで辿り着いたか。流石というか、分かっていたことではあるが……案外早かったな」
扉を開け放った途端に響く声に警戒を……いや、どこかで聞き覚えがあるような……
隣のシドの表情にも、僅かな動揺が見て取れる。小さく「そんな、まさか……」などと呟いている。
闇の向こう。無駄に広い空間からぬらりと現れたのは……長い髭を伸ばした翁だった。
思考が停止する。だって彼は、あの人は!
「──師範!」
「──師匠!」
「弟子共、元気そうだな」
私のもといた世界において、世界最強──ディズ師範は、私たちにそう言って口角を上げた。
◆
ああ、なんと懐かしい。
もう1000年も前の話だ。ハクと知り合った場所でもある。
ふらりと立ち寄ったあの人は、俺たちに剣をさずけた。強くあれ、と。
さしもの彼も死んだと思っていた。なにせ、村中が化け物になってしまっていたから。襲い来る知り合いを倒しに倒し、ついには力尽きたのだと。
優しい彼なら心がもたないだろうと、そう思っていた。
だが、彼は目の前にいる。少し髭が伸びているが、その風貌は俺の知っているものと大差ない。
彼は、俺の師匠。ディズ師匠だ。
姿を視認して思わず叫んでしまったが、同時に藍波も叫んでいた。言葉は違えど、言っている内容は同義であり……
──どういうことだ?