-105-「敵」と、追跡と、瘴気の遺跡と。
──どこだ……どこにいる……
必ず、こちらの動きが見える位置にいるはずだ。そうなると、場所は自ずと絞られてくる。
「あそこか」
残った理性による思考により、黒幕の潜んでいるであろう場所、以前カブラントゥスを狩った森の奥へ行くことにした。
この森の深みへ行くには山を登る必要がある。その山から見下ろしていくのではないかと考えたのだ。
……まぁ、考えずとも「憎き敵」の居場所がなんとなく分かってしまうということもあったのだが。
疲れた、などと言っている場合ではないし、悲しみと憎しみに塗り固められた僕は、小高い山を一気に駆け上がった。途中、魔獣が何体か飛び出してきたが、すれ違っただけで粉微塵になっていった。
それを不思議に思うこともなく、ただ山頂目指して走った。
◆
程なくして山頂に着く。誰かが放った火が、村中を這い回り、燃やし、溶かしていた。
「──どうだ。綺麗だろう?命の消えゆく瞬間というのは」
村の惨状に、残された理性が瓦解しようとしていたところ、不意に後ろから声が掛かる。誰かはわからない。おそらく知り合いですらない。
だが、わかる。
こいつは、敵だ。
倒すべき、殺すべき。僕の、僕らの敵だ!
「フ……そんなに怖い顔をするな……何か大切なものでも失くしたかな?それは探さないとなぁ……」
「……黙れ」
「それとも、一点物の陶器でも割ってしまったか?それについては修復の魔法や妖術が存在するから安心し……」
「黙れと言っている!」
振り向きざまに聖剣を叩き込んだ。僕の腰から抜かれた聖剣は、以前の神々しさはどこにもなく──世界を憎むモノとなっていた。
しかし、憎しみの一撃を難なく受け止めた──正確には障壁のようなものだが──人物は、再び小さく笑うと、
「若い。若いなぁ……羨ましいぞ、勇者よ」
「…………」
余裕たっぷりの言葉に、怒りが爆発する。
最早言葉を紡ぐまでもなく、斬り掛かる。
障壁があるなら、手数でなんとかなるはずだ。維持には魔力又は妖力を使うため、どんな達人であろうとそう長くは──
「私の壁は破れんよ。なんせ──」
今までその場を動くことのなかった「敵」が、一瞬にして掻き消える。
直後、腹に重馬車が突っ込んできたような衝撃。
「カッ、ハ……!」
肺の中の空気を一気に吐き出してしまい、逆に吸うのが難しくなる。
「敵」が何かを言っているようだが、激痛と呼吸困難に悶える僕には届いていない。
「……この程度か。期待外れだったが……駒は多いに越したことはないな」
「な、にを……する……」
「なに、少しだけ頭を弄るだけさ」
そう言って僕の髪を掴んで頭を挙げさせる「敵」。
「さぁ、私の目をよく見ろ。そして、すべてを差し出せ」
目の前に現れるダークブラウンの瞳。必死に目を背けようとするが、万力のような力で押さえつけられ、動けない。
何かが、入ってくる──
◇
「追ってみる?」
「丁度行き先もあっちだし、いいんじゃないか?」
「そうだね。リリィ、すまないけど……」
「あの馬並みに速い人に追いつけってことなのですね!了解なのです!」
リリィが手綱をピシッと打ち、馬を加速させる。こんな時、無駄な言葉がいらないので【盲目】は便利だ……いやいや。こってただ思考読まれてるだけな気が……
「いわゆる、『百合猫からは逃げられない!』なのです」
もうやだ。このスキル……
「そんなことより藍波。さっきの奴の顔……見えたか?」
「うん……チラッとだけ」
本当にチラッとではあるが、彼の横顔が見えたのだ。
「……念の為聞いておくが……どう感じた?」
「ヤバイ」
「全くもって同じ感想だ」
語彙力のなさ故にではなく、本気でヤバイと感じたのだ。纏う雰囲気、その表情は、以前あった時に比べて……
「まるで、死人のようだった」
「追うのが正解だと思う」
「だな。どちらにせよ、今回の遺跡は危険なんだろ?」
「……そういえばそうだったね」
カーナによる未来視で、これから行く遺跡は真っ黒を通り越して無という判決が下っている。元より危険なのだ。今更危険の一つや二つ、どうってことない。
「ないに越したことはないんだけどね」
「それな」
緊張していても仕方ないので、再び雑談をし始めることになった。
☆
「お姉さま……着いたのですが……」
「うん。お疲れ様」
「いえ、そうではなくて……」
「埋め合わせの話?なら帰ってからゆっくり……」
「それはそれでとっても魅力的な話なのですが……ここ、ヤバイのです」
必死に現実逃避していたというのに、リリィがこちら側に引き戻してしまう。なんてことをするんだ。
リリィの言った「ヤバイ」は、私が道中言った「ヤバイ」とおおよそ一致する。
なぜなら、遺跡の入口からただならぬ量の黒い煙のようなものが渦巻いているのだ。
「え、これ入らなきゃダメ?」
『ボクもここまでとは思ってなかったよ……本来ならぜひとも引き返してほしいところなんだけどね。例の勇者くんについても気になるし……』
つまり、行くしかないと。
「まぁ、せっかく来たんだ。行くだけ行ってみようや」
「んな旅行みたいに……」
軽々と言ってのけるシドの額には、一筋の汗が。
「……行こうか」
迷っている場合ではない。言外にそういう意図がありそうで、一行は煙の中へと繰り出して行った。
今年の夏終わり頃から書き始めて、早いもので4ヶ月ほど。読者様の存在あっての継続だと感じております。ありがとうございます。
話のキリが悪いように、まだまだ物語は続きます。ですので、来年もどうぞよろしくお願いします!