-104-捜索と、地下と、芽吹きと。
グロ表現通り越してホラー気質すらある回です。夜の閲覧はご注意を。
「カグヤっ!」
「兄さん!」
カグヤの後ろから忍び寄っていた魔獣を真っ二つにする。ヘドロのような体液が飛び散り、異様な空気が漂う。
「これは一体……」
「わかりません……先程から村の皆さんも見えませんし……」
出発直前まで緑豊かだった村は、焼け野原になってしまっていた。その中、弓を構えてひたすら迫る魔獣を倒し続けていたのがカグヤだった。
「村の人がいない……?探そう」
「……はい」
嫌な予感が、当たらなければいいのだが。
◇
「だめだ……全く人の気配がしない……」
半刻程村を歩き回ったが、生存者はおろか死体まで見つからなかった。
「それどころか、どこか瘴気のようなものが……コホッ、コホッ……」
「大丈夫か?……それにしても、瘴気か……」
確かに、村を覆うように良くないモノが立ち込めているのはわかる。だが、その原因と解決法、これによる弊害がなんなのかもわからない。
「仕方ない。一旦ここを離れよう。もしかしたら避難してるのかもしれない」
「……そうです、ね」
僕は来た道を戻るべく、後ろを向いた。
「──兄さん、ごめんなさい!」
「カグヤ?──ッ!?」
首筋に強い衝撃。抵抗虚しく、僕の意識は暗い闇へと叩き落とされた。
◆
計画は順調。だが、なかなかしぶといのがいるらしい。
私の放った魔獣は尽く倒され、それでいて奴の矢は切れることを知らないようだ。
……おもしろくない。これは由々しき事態である。こなところで立ち止まるわけにはいかない。
計画は絶対。成し遂げられなければ、運命が狂う。せっかく──む、新手か。
ほう……こいつもまた厄介な者のようだ。だが、どこまで耐えられるかな?
……なんだと。気配が……消えた……?私から逃れるとは、本当に不愉快な連中だ。
──必ずや見つけ出して、八つ裂きにしてやろう。
◆
篭った空気と、舞う埃の不快さに目を覚ます。ここは……どこかの地下のようだ。
「いや、そんなことより……どういうつもりだ。カグヤ」
「…………」
枕元で正座をしてこちらを見ている彼女は、唇を噛み締めた。
「その場で殺さなかったのには理由があるんだろう?それとも、情でもかけているのか?」
「わ、私、は……」
辛そうに目を背けてしまったカグヤ。僕は追求をやめない。
「目的はなんだ?どうしてこんなこと……」
「私は、兄さんに死んで欲しくなかったんです!」
……なんだって?
「兄さんが戻ってきてくださって……探索をしていた時のことです。ほんの少しだけ人の気配を感じたのでそちらを向きました。
……いたんです。人が。
いえ、あれは人とは言いません。もっと、もっと恐ろしい……!」
そこまで言って、怯えたように己が身体を抱きしめるカグヤ。
「……疑ってすまなかった。災難続きで、心が病みかけなんだ……それより、話して……くれるか?」
「っ……はい。大丈夫、です」
精一杯の強がりとともに、ポツリポツリとその状況を語り始めるカグヤ。
曰く、カグヤの見た「人」は、およそ「人間」ではない。
曰く、視認した瞬間に忽然と姿を消してしまった。
曰く、生気を感じられなかった。
そこまで聞いて、ようやく思い当たる節があることに気が付いた。
「……僕の故郷と同じかも、しれない……」
「まさか」
「ああ……集団ネクロ化、だ」
カグヤが息を呑む。自分自身、言っていることが正しいのかもわからない。だが、それしか考えられなかった。
「過去に2回、この事例は発生している。
1度目は狐人。2度目は人間。そのいずれも、なんの前触れもなく……その集落の人々全員がネクロ化した、らしい」
自分の声が遠い。きっと頭の整理がついてないのだろう。カグヤも同じようで、しきりに情報を飲み込もうとしていた。
「一応聞いておくが……ここは安全なのか?どこかの地下らしいが……」
「ここは、うちの下です。もしもの時にって、爺様が掘っておいてくれたんです」
「とすると、ここを知っているのは……」
「家の者だけとなりますね」
「……それはまずい」
「え?」
まさかそんな筈はないと思いたかった。カグヤは気付いていないようだが……
「カグヤ。耳と目を塞いで、そこに隠れていて。これから起こることは、絶対に見ちゃいけない」
「どうしてですか!?私だって戦えます!」
「だめだ!」
「どうして!」
「……戦えるとか、そういう問題じゃないんだ……」
訪れる静寂。訪れてしまった無音の時。
その静寂を破る、嫌に響く音。
ザリッ、ザリッ……
「カグヤ、早くするんだ。間に合わなくなる」
「ああ、兄さん。でも、でも……あれは……」
しまった。既に姿が見えてしまっていたか。
恐らく下に掘って、そのまま横に伸ばしたようなこの穴を這いずるような……
「彼女はもう手遅れだ。……もう、救えない」
「お婆様っ!」
薄暗い洞窟の闇から現れたのは、顔の右半分が消し飛んでいるチヨさんだった。
◆
……見つけたか。
身内に襲われるとは、最後まで運のない奴らよ。隠れん坊は上手かったようだが、内通者がいたのでは話にならない。
さて。私の可愛い魔獣たちを殺めてくれた罰……しかと受けてもらおうか。
「兄さん!お婆様ですよ!酷いことをしないで!」
「カグヤ!いうことを聞くんだ!どう見たって正気じゃない……わかるだろ!?」
「いやです、嫌です!私、私は──!」
駄々をこねるカグヤ。無理矢理にでも黙らせようかと思っていると──
『カ、グゥ……ヤァ……』
「お婆様!私がわかりますか?カグヤです!お婆様!」
「カグヤ!いけない!」
『……シ、ネ』
「え?」
グリン、と真後ろを向く、カグヤの首。
「カグヤァ!」
「あ……にぃ、さ……」
伸ばした手は届かず。首の回ったカグヤを乱暴に押しのけてネクロ・チヨが襲いかかってくる。
『モモ……タ、ロ……オマエモ、シネ』
振るわれた爪を聖剣で受け止める。ギャリッと金属を擦る嫌な音が地下に響く。
「チヨさん……ごめんなさい」
『ガ──アッ……グゥ……ァ』
一息に母の首を刎ねる。司令塔を奪われた身体は、なくなった頭を探して空を掻きむしり……やがて動かなくなった。
「カグヤ……カグヤ!しっかりしてくれ!」
「…………」
ぐったりと動かないカグヤを抱き抱え、必死に呼びかける。返事は……なかった。
「……僕はまた……守れなかった、のか」
新たな誓いを立てた。この村を、人々を守らねばと。
だが、自分のとった行動は、真っ先にこの村を後にして、職のために調べ物をしに行くという事だった。
「ハハ……結局、なにも成長なんてしてないじゃないか」
自分の愚かさ加減に程々呆れる。
どうして、大切なものから失っていく。
どうして、守りたいと思ったものから壊れていく。
どうして、故郷が──家族が蹂躙される。
そして気付く。倒すべき敵。生まれ育った故郷を焼かれ、必死に追い求めていた敵。
今この時、近くにいるはずだ。
──必ず見つけ出して、八つ裂きにしてくれる。
憎しみの種が芽吹き、心の核を蝕んだ。