-103-構ってちゃんと、カグヤと、モモタロ兄さんと。
4章開幕です。今度こそ〈暗雲〉という章タイトルでやっていきたいと思います!
「王様ゲームしようぜ」
「絶対に嫌」
「なんでだ!?」
『天の楔』から爆速で旅立った私達は、例のごとく馬車内で暇ていた。
暇とはいえ、何でもかんでもミニゲームをやっていると大変なことになるので、シドの提案は却下だ。
「だって、シドたちがマトモな命令出すわけがないじゃん」
「っ……!なんて信用のない……!」
シドとリリィは私になにか仕掛けてくるし、カッシュくんは……まあいいか。
前者の二人は本当に危険だ。番号指名にしろ、リリィなんかは絶対に当ててくる。なにせ【盲目】持ちだから。
「じゃあ何するんだ?」
「寝る」
「せめて遊ぼうぜ!?」
リリィには申し訳ないが、ここは構ってちゃんを放っておきたい。シドの構ってアピールは、4日も離れていたせいで拍車がかかっており、非常にウザイ。
と、なんだかんだで騒いでいると──
「お姉さま。前方に人影ありなのです」
「え?また轢くかんじ?」
「いえ……というか、横切っていったのです。あれ、みえますか?」
「どれどれ……ああっ!?」
「どうした藍波」
思わず素っ頓狂な叫びをあげてしまう私。気になったらしいシドも前方に目を凝らす。
「んん?……なんで奴が……」
「やっぱりそうだよね!」
前方を走っていったのは、いつしか出会った勇者──アスロンだった。
☆
「モモタロ。朝じゃよ」
「おはようございますチヨさん。それと僕はアスロンです」
「モモタロ兄さん、おはようございます」
「おはようカグヤ。それと僕はアスロンだ」
小鳥さえずる、空気の住んだ村には平和な朝が訪れていた。
僕を拾ってくれたお婆さん──チヨさんは、何がなんでもモモタロと名付けたいらしい。お陰でカグヤまでモモタロ兄さんなどと……
「モモタロ兄さん。お昼は何に致しますか?」
「だからね。僕はアスロンだ。……そうだな、カグヤの作る飯はどれも美味いんだが……カブの味噌汁で頼む」
「では材料の調達を……」
「皆まで言うな。分かっている」
カブの味噌汁。この「カブ」というのは、地面から生えているアレではない。
……空を飛ぶ、「カブラントゥス」という魔虫だ。
5本の角を持つカブラントゥスは、別名「大空の覇者」と呼ばれ、例のアルドゥ鳥と同列程の珍味だ。
……ただし、見た目は最悪だ。無造作に、生きたまま味噌汁にぶち込まれた哀れな虫は、熱に苦しみ、水責めに苦しむ。
ギィギィと奇妙な音を立てて調理されていくカブラントゥスは、威厳も何もあったものではない。調理段階では。
こと対空戦闘において、カブラントゥスの右に出るものは居ないのだ。それは、その速度と、5本の角をドリル上に回転させた破壊力抜群の突進あってのものだ。
故に、この珍味の獲得には死のリスクがあるのだが……
網を構えていれば勝手に飛び込んでくるので、食材としては調達しやすかったりする。
そんなカブラントゥスだが、この村にはたくさん生息している。ちょっと裏の山に行くだけでワラワラと出てくるのだ。
「……そういえば、カグヤって最初に見た時手のひらサイズだったよな……?」
素朴な疑問。しかし、口にしてしまった瞬間、その疑問は急激に膨れ上がる。
「待て待て……そもそも、なんでカグヤは料理ができるんだ?」
手のひらサイズで鍋を扱おうものなら、それこそカブラントゥスのように煮込まれてしまうだろう。
「今朝枕元にいたカグヤは……」
そういえば、十代半ばくらいまで育っていたような……
「っとぉ!?」
聖剣を下段から切り上げ、弾丸じみた速度のそれを粉砕する。
「あちゃー、粉々にしてしまったか……」
突っ込んできたカブラントゥスは、そのあまりの速度から「裂ける」を通り越して粉微塵になっていた。
「網を出しておかねば」
網を取り出し、木と木の間にセットする。そしてその辺にいるカブラントゥスをおびき出し、網の向こう側へと……
「げぇっ!?」
逆側からも来ていたカブラントゥスに突き飛ばされ、僕は網に激突した。
★
「ただいま」
「おかえりなさいませ……ああっ、大丈夫ですか!?モモタロ兄さん!」
「カグヤ……君、わざとだろう。そうなんだろう」
カブラントゥスにボコられた、満身創痍の僕に駆け寄り、例に習って「モモタロ兄さん」呼びするカグヤ。
「…………」
「……?どうしました?そんなにカグヤの顔を見つめて……はっ!まさか……でもでも、カグヤとモモタロ兄さんは家族です!兄さんの気持ちには応えられません!」
乙女チックな妄想が炸裂するカグヤは赤く染まった頬に手を当ててイヤンイヤンしているが、僕がカグヤを見ていたのには別の訳がある。
「カグヤ。どうか隠さず答えてほしい。……どうして育ってるんだ?」
「え?」
はて、何のことやらといった雰囲気のカグヤだったが、自分の姿を見下ろして……
「ええっ!?なんか身長伸びてますよね、これ!?」
「伸びたとかいう次元じゃないぞ!?どちらかというと変化だ!」
朝見た時は10代半ば程だった彼女は、何故か10代後半~20代前半程にまで育っている。
どういう理屈なのか……
「まさか私、竹並の成長速度だったり……」
「そんな馬鹿な……」
いや、カグヤは爺さん──ヨシゾウさんが竹を切って発見した子だ。あながち有り得なくもない……か?
「そ、それより兄さん?その……私と一線、超えませんか?」
「君は何を言っているんだ」
サラっと身長その他諸々を置いて縁を結ぼうとする妹に戦慄しつつ、朝狩りの戦利品を手渡す。
「カブラントゥスとミニミニビッグスライムだ。ミニミニビッグスライムは酢漬けように採ってきた」
「むぅ……兄さんはカグヤが嫌いなんですか?」
プリプリと怒りながらも食材を受け取って台所へ向かうカグヤの後ろ姿を見ながら、
「……ここは、守らなくちゃな」
新たな誓いを立てたのだ。
◆
「今日は兄さんのお供をしますね」
「……だめだ」
「カグヤは弓が得意なので、遠くから獲物を撃ち抜けるんです」
ふんす、と胸をはるカグヤ。みるみる育った彼女は、だいぶグラマーに育った。ボンッ、キュッ、ボンである。
「遠距離だからといって、安全だとは限らないんだぞ。懐に入られたら一瞬でアウトだ……しかも、この当たりは動きの速い魔獣が多い。僕が一緒でも、守りきれるかどうか──」
シュカッ!と僕がよっかかっていた柱に矢が突き刺さる。掠った頬からツーと血が流れる。
「……自分の身は、自分で守れます。それに、カグヤは何よりも兄さんが大事なんです」
たった数日共に暮らしただけ。しかし、彼女はそれ以上に絆のようなものを感じているのかもしれない。
「……ちゃんと指示に従うなら」
「!!モモタロ兄さん、大好きです!」
大好きな相手の名前くらい、いい加減ちゃんと覚えて欲しかった。
◇
「そこ!」
「助かった、カグヤ」
「いいえ。前衛として兄さんがいるお陰です」
長弓を下ろしながら、カグヤははにかんだ。黒髪が風になびき、その美しさを際立たせる。
「……きっと、彼らに敗北する前の僕なら……」
──きっと、何としてでもこの子の心を射止めにかかっていただろうに。
「どうしました?兄さん?」
下からのぞき込む形でカグヤが不思議そうにしている。そんな些細なことすら いとおしく感じて、そして罪悪感のようなものも覚えた。
「(ああ……あいつらは苦しみの果てに死んだというのに……僕は……)」
こんな辺境の村で、ぬくぬくと暮らしている。そんな自分に……腹が立った。
「カグヤ。僕はそろそろこの村を出ようと思う。君やヨシゾウさん、チヨさんには世話になった」
「…………」
元々、長居をする予定はなかった。自分との戦いもあるが、先に事件の洗い直しをしておきたかったのだ。
「そう、ですか……行ってしまわれるのですね……」
「っ……二度と会えなくなるわけじゃない。だからそんなに心配しないでほしい」
「はい……」
寂しそうなカグヤを宥めつつ、チヨさん立ちにも話し、翌日出発することにした。
『二度と会えなくなるわけじゃない』
今思えば、これ程無責任な言葉はなかったと思う。
◆
「じゃあ、今まで世話になりました。馬まで用意してもらって……」
「モモタロ。ここはお前の故郷。お前の帰る場所は、ずっとここにある。だから安心して、行ってらっしゃい」
「チヨさん……」
全てを支える母の如く、彼女はここを僕の故郷と言い切ってくれた。……最早名前が違うなんてことは突っ込まない。
「フン、せいぜい死ぬんじゃないぞ」
「ええ、もちろん」
ニヤッと笑うヨシゾウさんと握手をする。彼の手は、無骨ながらに暖かかった。
「兄さん……」
「カグヤ。君は強いよ。力もあるし、心だって強い。きっとこれから先、どんな苦行が待っていようとも……」
きっと、乗り越えられる。
そう信じる。
「……なんて、辛気臭いのはよくないですね!必ず、必ず迎えに来てください。カグヤはここで待ってますから……」
遂に抑えきれずに抱きついてきたカグヤ。自分で吹き飛ばした湿っぽい空気を戻していく。
その涙は、数日間ではあるものの世話になった人達に伝播していく。
「……では、お達者で」
「……はい。兄さんも、お元気で」
僕は第二の故郷を旅立った。
☆
譲り受けた馬は頑張った。貰った地図通り馬車道に出れたし、ここからなら三日経たないうちに王都へ戻れる。
……この時なぜか振り返ってしまったのは、天のいたずらか。
濛々と立ち上る黒煙が見える。それは、正しく僕が来た方角。
どうしようもない不安がせり上がってくる。そんなまさか。だってさっきまで平和だったんだぞ?
でもやっぱり、戻ってみることにした。黒い煙は有機物──生命が燃えている証拠だ。山火事なんかでもシャレにならない。
これまでの道を引き返す選択肢にも、馬は従ってくれた。
「このまま、煙の元へ向かう!」
馬は走りながら嘶き、了承の意を伝えてきた。
しつこいようですが、あえて言いましょう。
──フラグは、回収するもの。