-101-氷の床と、作戦と、決まり手と。
先程までとは明らかに動きが違ってきた数名と、それに感化されてやる気を漲らせている人々を各個撃破しつつ、私は思考する。
「(回復してあげたはいいけどさ。私の武器って、もう【天閃】しかないんだよね……かなり厳しい戦いになる気がするなぁ……)」
私の提示した勝利条件は、「一撃食らわせること」だ。ダメージが入ったという判定が降った瞬間に私の敗北となる。
「(一本の長刀で対集団戦は無理がある……囲まれたら終わりとみて間違いないな)」
恐らく、そんなことは向こうもわかっているのだろう。実際、どうにかして包囲網を形成しようと絶え間なく迫ってくる。
囲まれるわけには行かないので、妖力に干渉して水を生み出し、凍らせる。凄まじいまでの速度で突っ込んできた槍使いの男性は、氷のカーペットに顔面を強かにぶつけ、氷を赤く染める。
私はコスモ・グランデに来てから冬を経験していないのでわからないが、どうせスケートなんて文化はこちらにないだろう。
実際その通りなようで、氷の上を歩ける者はゴリ押しのザックと、騎馬が頑張っているラナと、溶かしながら進む魔法隊少数だった。
「ただ進むだけじゃつまんないでしょ?」
凍っている地面から、氷の柱を飛び出させる。雪月花の【雪の誓い】によって氷雪系は自由度が高く、ノータイムで攻撃ができた。
氷を溶かしていた者は、これから溶かす予定だった氷に吹き飛ばされ、そのへんに転がされた。先を尖らせると場合によっては死にかねないので、攻撃属性的には打属性だ。
恐らく、腹にくらえば一瞬息が止まり、回復には時間がかかることだろう。
そんな打撲必至の氷柱の尽くを打ち砕いていくのはお馴染みの幹部連中。
殴る、雷を落とす、燃やす、相殺する。
謎に精練された動きに、思わず感嘆する。
「「「「覚悟!」」」」
いいね。こういうのを待っていた!
★
マーズが全体を支援し、ラナは遊撃、メルゥは遠距離法撃、俺は超近接攻撃。
氷の上で足場は最悪だが、慣れてしまえばどうという事はなかった。
絶え間なく連携を繰り返し、攻め方を変え、攻撃を当てようと試みる。
が、やはり流石と言うべきか……長刀一本で凌がれる。もう少しで拳が、槍が、魔法が当たるというところで、化け物じみた反応速度で右腕が跳ね上がるのだ。
俺が攻撃すると見せかけてのラナの一撃も、後ろに目がついているのかと思うほどの的確さで弾かれた。
メルゥとマーズの、多重に仕掛けられた攻撃魔法や罠さえ、彼女には届かない。まるで、そこに危険があるとわかっているかのような動きだった。
……待てよ。「危険を察知する能力」なら、「危険じゃないものなら察知しない」んじゃないだろうか。
例えば、ただ水をかけるだけ。恐らく服がくっついて動きにくくなるが、これは「攻撃」に含まれないのでは?
「……試してみるか」
取り敢えず今思いついた「水をかけてみる」を実行する。と言っても、やるのはマーズだが。
広範囲、それこそ氷の及ぶ範囲にまで水を生成してもらう。それを一気に上から落とし、彼女を水浸しに──
「うわ冷たっ!なにすんのさぅえっくしっ!」
よし!計画通りだ!いかんせん情報不足だが、やはり推察は正しそうだ。
「水の次は──」
季節はもうじき冬となる。つまり、寒くなり始めているのだ。
「メルゥ!マーズ!」
「あいあいさー!」
「はぁ……すごく陰湿な攻撃だ……」
メルゥによって、風が吹き荒れる。と言っても、これらは鎌鼬を引き起こしたりする強烈なものではなく、せいぜい弱めの台風くらいだろうか。
そしてその風の中には冷たい雪が。いや、雪は肌に触れればすぐに溶ける。
マーズが作り出したのは、液体窒素。あまりに冷たすぎて火傷するという不思議な物質だが、これをぶちまけたのだ。
「寒っ!冷た……痛い!なんか張り付いてるし!」
よしよし。あとは現在姿をくらませているラナと、氷の周辺にいるヤツらのアレを使えば準備完了だ。
「……やっちまえ!」
「「「応ッ!」」」
全員がその場にしゃがみ、地面をつかむ。そして吹き荒れる小台風へと投げ入れた。
「冷たい……痛い!え、なにこれ砂利!?ペッペッ……ああ、ダメだわこれ」
これぞ「嫌がらせ大作戦」。頭から水を被され、風で冷やされつつ、さらに冷えた液体窒素による火傷。加えて砂利による口内の蹂躙と、服を地味に汚すという……実に陰湿な作戦。
「畜生、【覇墜】が生きてれば魔法陣叩ききって外出てたのに……【天閃】はあんまり使えないし……」
この作戦の醍醐味は、嫌がらせをするというのもあるが、もう一つだけ狙いがあった。
「仕方ない──《狐火》」
きた。これを狙っていた!
囚われの銀狐の詞に合わせて人魂が数体現れる。これで台風の発生源であるメルゥや、その他の者を攻撃するはずだったのだろう。
直後、変化は訪れる。
「って、ちょ……わぁっ!?」
突如として爆発する台風内部。その爆発は次々と伝播し、遂には台風が掻き消えるほどにまでになった。
「いったた……な、何今の……」
「粉塵爆発さ。その辺の砂を使った、自爆じゃないと起こらないタイプの賭けだけどな」
ここら一帯の地面は、砂の粒が細かくサラサラしているのだ。それを全員で台風の成分として加え、ダメ押しとしてラナが台風の上から砂を振りまく。
風の結界で内側から外が見えない状況だからこそできた芸当で、使える場面や相手は限られるが……今回の目的は達成した。
なぜなら──
「藍波さん、今『痛い』って言いましたよね?」
「えっ」
「カッシュさーん。判定お願いしまーす」
「勝負ありで」
「……えっ」
一撃の定義は広い。審判のさじ加減によっては、「自爆」も含まれる程度に。
「じゃ、試練は終わりですね。お疲れっしたー」
「「「「お疲れ様でしたっ!」」」」
疲れたー、早く風呂入ろう。なんて言いながらワラワラと『天の楔』へと戻っていく面々。俺も疲れた。今日は早く寝よう。
そして、未だに状況の理解出来ていない少女が、広場に取り残されていた。
「えぇっ!?」
自爆乙!ってことで訓練終了です。
長々と40話くらい続いてしまった……もう少し読みやすく出来たらよかったかな、なんて反省をしながら次の話に移っていきたいと思います。
それでは良いクリスマスを!