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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー3章ー〈命明〉
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-99-恐怖と、伝説と、星の子と。

 いとも簡単に《炎帝》+空間固定を破って出てきたそれに一同は瞠目し、動けずにいた。


「さてメルゥ。君のおかげで救済者は死んだ。よって、ここからは情け容赦なしに行こうと思うんだけど、いいね?もちろん、異論は認めん」


 口調こそ柔らかいが、ストンと抜け落ちた表情や羽織られているローブの色からして、彼女が怒り狂っているのが見て取れる。


 私は、ただ首を立てに振るしか選択肢がなかった。


「おっ、いいねぇ。自ら難易度をあげていくメルゥのやる気に乾杯ってことで……取り敢えずくたばれ」


 言葉が終わりきる前に、魔法隊が全滅した。全員足の腱を一瞬にして切られ、次の瞬間には肩の関節と顎を外された。


 ほぼ同時に行われたそれは、まさに黒い嵐。残像が幾重にも重なって、視界を黒く塗りあげる。


「ひっ……」

「そこで怯えてちゃ、一生箱入りだよ」


 殺す気がないとわかっていても、どうしても感じてしまった恐怖。無意識のうちに一歩後ずさったとき、耳元で残念そうな声がした。


 後頭部に違和感を覚える。


 暗転。


 ☆


「そんな……」


 馬上から眺める戦場は、凄惨たるものだった。

 本当にちょっとした事。ただ、お気に入りのローブを燃やしてしまったがために起きた惨劇。


 スレイプニルの機転でどうにか距離を取れたものの、黒の嵐から逃げられたものは見当たらない。


「今までは、イージーモードだった……?」

『恐らくな。加えて今彼女は【朧月】を使っていない。攻撃方法が斬撃が刺突に限られる長刀2本でここまでやられるとは……っ!?』

「ほぉ〜?避けるねぇ、神獣の名は伊達じゃないか」


 破壊を体現したような存在が不意に現れ、私たちが先程までいた空間を薙ぎ払った。またしてもスレイプニルに助けられる形になったが、今はそんなことを言っていられる余裕はない。


「反応速度、危険察知、なにより勘がいいんだろうね。生半可な攻撃じゃあ当たる気がしない」

『それはどうも』

「せいぜい上の宝物を傷付けられないといいね」

『何を……まさか!』

「その、まさかってね!」


 正面に確かに捉えていた黒衣の銀狐が霞んで消える。彼女が消えた時には背中から弾き飛ばされていた。


「がっ、は!」

『ラナ!……まずい!』


 どうやらスレイプニルの背から落ちてしまったらしい。久々に地面と接した気がする。ああ、大地はこんなにも冷たかったっけ。


『ラナ!』

「まぁ、これも訓練ってことで」

『間に合え──!』


 体全体で感じる大地の温度よりも冷たい感覚。普段絶対にありえない、外部からの侵蝕。



 ふと顔をあげれば、私の手の甲に、長刀が突き立てられていた。


 ☆


「うわ、藍波さんやっちゃったよ」


 遠目から、藍波さんに対する攻撃が入っているか否かを確認していた僕は、かねてから聞いていた『ブラッディ・ラナ』の発現を目撃してしまうことになった。


「ああもう、割り込むにも盾は絶賛喧嘩中だし……これは見守るしかないですかね」


 僕としては、ここにいるメンツが仮に死んでしまったとしても、そんなに心は痛まないと思う。藍波さんはどう感じるかは知らないが、300年生きてきて、色んな死を見てきた僕からすれば、戦場において死ぬということはその人が弱かったということだ。


 盾職としては非常に守ってやりたいが、ここで水を差すわけにもいかない。


 だから、見守ることにした。もしかしたら暴走バイコーンが藍波さんを捉えるかもしれない。


 ……まぁ、暴走しなきゃ攻撃を当てられないようじゃあ、先は長くないとも思うが。


「手頃なところに椅子もありますし、スナック片手に観戦としますか」


 藍波さんが【天閃】と【覇墜】の試し斬りに使った切り株に座り、冒険者必需品の腕輪より串焼きを取り出して頬張る。


「これは面白くなりそうですね」


 僕の視線の先で、黒銀の狐と、蒼白の馬がぶつかった。


 ◇


「シドさんシドさん」

「なんだ?また折りゴミでも作ったのか?」

「ええ。それも作ったのですが、行き倒れさんが目覚めたのです」


 作ってたのか……どれだけ紙を無駄にすれば気が済むのだろうか、この百合猫は。


「ここは……」

「目が覚めたようで何よりなのです。念のため、何があったかを聞きたいのですが……」

「アイェ〜?なんで馬車なんかに乗ってるのだ?」

「こっちからすれば、なんでそんな格好で、ボロボロの状態で発見されんのかって方が不思議なんだけどな」


 開口一番アホ丸出しな淫魔は、記憶をたどるべく両方のこめかみを指でぐりぐりしている。


「うぅーん……あっ」

「なにか思い出し──」

「私は乙姫だったのだ」

「リリィ。どうにかして治してやれないか?一応聞くが、回復薬は?」

「残念ながら、なのです……これはまたハルクへ戻る事すら辞さない重症患者さんなのです」


 残念だ。二日かけて、もうすぐ元の塔の場所へと戻れるというのに。


「私は正常なのだ。マーズを誑かしたあんちくしょう……い、いや。こんなこと言ったらまた大変なことになるのだ……」


 いよいよもって重症らしい。これ以上は意識を失っていた方が安全か。


「すまんな」

「うぉっとぉ!?何をするのだ!?」


 手綱は離さず、そして振り返ることなくして放たれた斬撃によって彼女の意識を奪おうとしたのだが、どこからか取り出した鎖に阻まれてしまった。


「ええい、大人しくするのです!」

「私はまだ暴れてなんかいないのだ!?」

「まだって言ったのです!つまり、これから暴れる予定はあったということ……語るに落ちたのです」

「えっ、ちょ──」


 後部の荷台でドムッという重々しい音が聞こえる。恐らく、リリィがめったに使わない適性武器【爪拳(そうけん)】で殴ったのだろう。


 爪と拳で戦うインファイターなその武器は、素手で戦うことももちろん出来る。加えて、忘れられがちだが彼女の筋力はAだ。


 体内の酸素を一気に吐き出したような断末魔のあと、ドサリという音が聞こえた。


「すんだか?」

「これでしばらくは眠っててくれるはずなのです」


 パンパンと手のホコリを落とすリリィに内心冷や汗をかきつつ、気絶した淫魔を今後どうするかを話し合う。


「戻るか?」

「いえ、お姉さまに見てもらった方が早いのです。そこらの医者ではお金もかかれば無能なのが多くて困るのです」

「このままいくのには賛成だが、医者にも色々事情があるんだろうよ……」


 内科や外科、精神科など、様々な病院がアニマに限らず世界中に存在する。利用者は主に狩人だったりするのだが、俺たちはそれを利用しなくても全く問題ない。


「じゃあ、それなりに急ぐとするか。途中で見かけた馬車の残骸、あれは恐らくカッシュの仕業だろうからシバきたいし」

「彼はきっと御褒美だというのです」

「……有り得そうだからやめてくれ」

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