-10-御者と、裏切りと、事後処理と。
「お客様のなかに、馬車を運転できる方はいらっしゃいますか?」
やってみたかったネタをやってみる。んんー、なんともいい感じ!
すると、子供の方から多く手が上がる。
「僕はお父さんが御者やってて、そのお手伝いしたことがあるの。もう1人でも馬車使えるよ!」
私も、僕も、と5人の子供から手が上がる。この場には大人の女性が20人と子供が男女合わせて30人いる。
「あの、私も使えるのです。お姉さま」
傍らでリリィが【疾風】の裾を引っ張っていた。
うーん、子供に任せるのはどうなのさ。
『ボクからしたら君らは等しく赤子さ!産まれたてホヤホヤのね』
『神レベルになると話が違う気もするけど……こっちの子は逞しいんだね』
『君も大概だけどね?』
コスモ・グランデには魔獣という全種族共通の敵が存在する。なかには友好関係を築ける魔獣もいるらしいが、ごく稀だという。
その世界で生きているのであれば逞しくもなるか、と手を挙げてくれた子達に任せることにした。
使える馬車は6台。丁度ちびっ子御者の人数と同じ台数。
一つの馬車に10人ずつ乗ってもらい、余った1台で咎人を運ぶ。リリィが護送車の御者を引き受けてくれた。
倉庫で見つけたらしい堅パンを齧りつつ、準備を進める。既に咎人たちは回収済みである。3階のアホどもも嫌々ながらに連れてきた。
リリィは妖術をいくつか使えるらしく、咎人たちに《昏睡》というものを使った。効果はそのまま、対象を深い眠りに落とす妖術だ。
流石に量が多いので手伝う。リリィが一瞬目を見開くが、「さすがはお姉さま……すごいのです……」と頬を染めている。本当になんなのこの子。
咎人は縛って眠らせ、荷物も積み、さあ出発!というところで、【生存本能】に反応あり。
馬車の荷台から飛び出し、搬入口の脇にある木々を睨みつける。
その木々の間から一瞬キラリと何かが光り、風を切り裂きながらこちらに飛んできた。
真っ直ぐに私に飛んできたので、素手で掴む。掴んだそれは矢だった。ただし、爆符つきの。
「いけない!」
爆符は忍者アニメでよく見かけるやつだったため、すぐに矢を誰もいない建物側へ放る。
そして【朧月】を大盾形態にし、なるべく馬車を守るように展開する。
ズン、という地鳴りと爆風で髪が靡く。大盾は吹き飛ばされないように地面に突き刺しておいたので吹っ飛ばされずに済んだ。
しかし、地面に突き刺したせいで次の動作が遅れる。
再び【生存本能】に反応。今度は別の角度から放たれた矢は、狙いくるわず私の背中に深々と突き刺さった──
「と、思っていた時期があなたにもありました」
「!?」
突然真後ろに現れた気配に驚愕し、乗っていた木の枝から落下する人物。隣に声の主も降りてくる。
音もなく降り立ったのは、さきほど確かに射抜いたはずの女。
「残念でした。あれは《狐火》による分身。私が生体反応を見逃すとでも?」
『正確にはボクの力なんだけど』
『そこは黙ってようよ。シリアスブレイクもいいところだよ!』
そう。さきほど盾を構えた藍波は《狐火》を18個固めた分身体。盾自体は【朧月】本体なのだが、いつでも召喚できるので問題ない。
そしてこちらを警戒しながらも動こうとしない鼠人を見下ろす。
「ねぇ、テルさん?」
「……」
私の足元に尻餅をついているのは、依頼を受けた時に馬車を手配してくれたテルさんだった。
「あなたは割とまともな人だと思っていたのに……残念です」
「ハッ、よく言うぜ」
「……本当に、残念です」
コスモ・グランデにきて、初めて出会った現地人。この世界のことを色々と教えてくれて、王都まで送ってもらった。そして、一日の間に沢山笑いあった。
「どうして、なんですか?」
「フン、簡単なことだ。奴隷は金になる。イルネスは俺のお得意様だ」
「なぜ私は初め襲われなかったの?」
「まだ強さがわからないからな。あん時は俺は気を失っていてゴブリンとの戦いを見ていない。王宮内での戦いも見ていないし、スキルも見てねぇ」
なんだかんだ、慎重なようだ。確かにテルさんの前で戦闘をしたのは、討伐ギルドでの信号機事件だけだ。
「まさか妖術を一瞬で取得してくるとは思わなかったけどよ。手配した偽の御者……ダズの報告によれば、ボム・バグの討伐は失敗したとの事だった。ボム・バグは遠距離で狙って爆発に気をつければ大して強くない。そんな雑魚も倒せない小娘にちまちまやってる余裕はないんでね」
なるほど。ダズっていうあの御者が無能なのはよぅく分かった。
「それで?」
「ああ、こうして俺も出てきたわけだが……あのな?黒幕が出張るってことは、何が起きても大丈夫って事だぜ?」
「存じております」
「は?」
悪役の変身やパワーアップは見逃さない主義なので、既に地中に【朧月】を展開させ、籠を作っておいた。
地中から籠がせり上がる。籠の上部がガコッと開くと、テルさんを飲み込み、閉じた。
格子状になっているので良く見える。
「こんなちゃちなもので俺を捕らえたつもりか?」
「ええ、はい。試しにお得意の《鼠花火》でも打ってみたらどうですか?」
「言わずともそのつもりさ!」
そうして掌から必殺の《鼠花火》繰り出す。しかし、ゴブリンすら一撃で仕留める火球は格子に傷をつけるどころか熱気すら吸収されてしまった。
「な······」
必殺の一撃が全く通じていないことに焦りを感じている事が手に取るようにわかる。
だから煽りも含めて、
「で?」
と聞いた。私はこの男に負けるつもりも見逃すつもりもない。
今現在の圧倒的なまでの力の差を思いしってなお、何が出来るのかと問うた。
そんな私を悔しそうに一睨みし、籠のどこかでに綻びはないかと《鼠花火》を打ち続ける。しかし籠自体が神器である【朧月】でできているため、そんじょそこらの妖術では壊れない。
「く、くそっ!」
「お、諦めた?」
テルさんが膝をつく。実はヴェルさんの力で外からの妖力供給は断っている。
術を乱発したお陰で籠内にあった妖力はごく僅かになっていた。
ヴェルさんの作った空間をそのままに、籠を鍵に戻す。戻すと同時に踏み込み、動けないテルさんの意識を奪う。
「悪く思わないでね。万全を期しただけだから」
「……」
聞こえない返事に満足すると、《捕縛》を使って馬車へ戻る。さすがに隠すことは無理なので、「奴隷の売り人」としておいた。皆の視線が刺さるが、まだ何かいるかもしれないのでなんとか押さえてもらった。
テルをリリィの運転する馬車に乗せると、王都へ向けて出発した。
人数が多いのもあって高速用の馬車は必然的に鈍足になった。車線の右側を6台の馬車が縦に並んで走行する。
人によっては数ヶ月ぶりに見る外の世界に目を輝かせ、また別の馬車では身を寄せあい、安心した顔で眠りについていた。また、休憩した時、施設生活のせいで消耗の激しかった人には《全快》をかけて回った。
深夜だったが、ちびっ子は頑張ってくれた。皆を無事に送り届ける使命を遂行しようと、眠いのを我慢した。
おかげで日の昇る前には王都の前についた。思ったより王都は近かったようだ。
乗っていた人は皆歓声を上げ、何事かと出てきた兵士達は私の顔を見て驚き、伝令の人が王宮に飛んでいった。
一日経っても戻らなかったので捜索願いでも出たのだろうか。もしそうなら過保護すぎる気はする。
馬車の積荷確認をしに来た兵士が私の乗った馬車の中身を見てまた驚く。簀巻き状態の男達が芋虫のようにゴロゴロ入っていたら驚くのも無理はない。
この芋虫たちは奴隷商人で、非合法な行いをしていたので組員を全部引っ捕えてきたと伝えると、また伝令が飛んでいった。今度はギルドとか警察だろうか?
というかコスモ・グランデには警察があるのだろうか?まだ見たことないけど。
「こいつが首領です。名をイルネス。ちゃんと奴隷取引の書類も拝借してきましたが、調べ損ねた場所あるかもしれません。場所を教えるので、ぜひとも調査を依頼したいと」
「レン?レンなの?そこにいるのは……」
「お母さん!」
「レン!」
騎士の人と事後処理について話していると、奴隷解放の伝令がたまたま冒険者ギルドに来ていた女性の耳に入り、息子が行方不明になっていたことから「もしや」と思って飛んできたようだ。
そして案の定というか攫われて奴隷化寸前だった息子をひしと抱きしめ、涙を流す。
「ありがとうございます。ありがとうございます。感謝しきれません……」
まだ日も昇っていないのにそれぞれの迎えが到着し、皆揃ってボロボロと止まらぬ涙をそのままにお礼を述べてくる。
なんだか照れくさくなってきた。初めは捕まったから全てをなぎ倒しての脱出が目的だったが、捕まっている人を見捨てられるほど腐ってはいなかった。あの時、助けてよかったとこの光景をしかと脳裏に焼き付ける。
『よかったなぁ……よかったなぁ……』
『なんでヴェルさんが泣いてるのさ。いや気持ちはわかるけども』
『わかるならなんで泣いていないんだい?』
『ふふっ、私がここで泣いたら全部台無しでしょう?』
『確かに。ヒーローはヒーローらしく、だね。代わりにボクが泣いといたげる。うおーん!』
ポケットの中にしまった【朧月】内で号泣するヴェルさん。
『ぐすっ、そうだ、加護をやろう。辛い試練を乗り越えた君たちに幸あらんことを』
『おお、太っ腹』
救出された人たちの体が一瞬柔らかな光に包まれた。皆目をパチパチさせているな。
『ボクの与えた加護は【不屈の魂】。どんな時も諦めず、前向きに進んでほしい』
「なんだ!?頭に声が……」
珍しくヴェルダンディが念話で語りかけた。本物の神託ってやつだ。どんな状況でも諦めない限り、どこかに光明を見いだせる加護。正に神の御技。
突然響いた声に一同は困惑していたが、やがて言葉の意味を理解すると、静かに目を閉じ、祈り始めた。
「なるほど。彼は奴隷産業に手を出していましたか」
「そうみたいですね。私も攫われかけましたし」
フリードが迎えに来てくれたので、事のあらましを伝える。
仲良さそうにしてたから、思うところでもあるのだろうか。
そう思って訪ねると、
「いえ?確かに親しみは持てたが、そこまでですね。それに、奴隷商などにかける慈悲など、持ち合わせておりません」
結構さっぱりしていた。
王宮に帰ると、お母さんがロケットのごとく飛びついてきた。
「藍波ぁ!心配し……してないし!別に、心配なんて……よがっだよぉぉぉ……」
「ちょ、お母さん!?」
必死に強がりつつ滝の涙を流す母によって服はびしょびしょ。「チーン」って、おい!鼻かんだでしょ!
「無事で何よりだ。飯と風呂どっちがいい?」
「ネストさん。ただいま戻りました。先にお風呂いただきます」
「ああ、よくぞ帰った……藍波がボム・バグの討伐に出たっきり帰らんからと日付変更前からソワソワしててな」
後ろから歩いてきたネスト王はそう言ってお母さんに視線を向ける。過保護な方だったか。
その後、一緒に入ると聞かない風華と共に風呂で疲れを癒し、王に申し出て開放された人たちを王宮に誘い、共に食事をとった。
喜びとうまい飯がアドレナリンを出し続け、騒ぎに騒いだ。そして、日が昇り人々が起き出すあたりにようやくお開きとなった。
未だ祝いきれていない風な人々を見送ったあと、私は広い自室に戻り……死んだように眠るのであった。
目が覚めると今度は知らない天井などではなく、ちゃんと自室だった。身を起こして、身なりを整え、【疾風】は装備せずに薄桃の普段着で部屋を出る。
ネスト王や国の重鎮たちに事後報告と処理の依頼をせねばならないので、謁見の間へ向かう。
ここへ初めて来た時のようにズラッと騎士が並び、ネスト王の玉座の隣にはお母さんとフリードの姿があった。
参列騎士の中にはチーノや名前は知らないが例の片割れもいた。ソワソワしてるな。
「では藍波よ。改めて説明をお願いしたい」
「はい。昨日、討伐ギルドにて虫型魔獣の討伐任務に出かけた私は、その帰り、馬車を運転していた御者によって拉致され、件の施設に囚われました。磔にされていましたが、抜け出すのは簡単でしたので脱出し、首謀者と組員を捕縛。被害者たちを救出しました」
ありのままを話すが、細かいところは省く。パイルバンカーとか、残念戦隊とか。
「帰路につくところで新たな襲撃を受け、その襲撃者を迎撃、こちらも捕縛しました」
そうして、騎士に手枷を付けられた上セメントのようなものでガチガチに固められたテルさんを見やる。
「うむ、結構。そやつを先程スキルビューワーにかけてみた。【人心掌握】、【話術】という2つのスキルが出てきてな、両方ともAクラスだった」
【人心掌握】は、呼吸や若干の仕草で他人に取り入りやすくなるスキルで、抵抗が難しいスキルとして有名である。
また【話術】は、口車に乗せやすくするスキル。
両方ともAクラスとはなかなかに脅威だな。
「ステータスチートのあんたが言えることじゃないでしょうに……」
王の隣でため息をつくお母さん。しかし2つ以上のAクラススキル持ちはレアらしく、使いこなせば非常に強いことは確かだ。
「見覚えのないやつだと思ったんだが、どこか親しみを覚えた……というのが裏目に出たな。こいつは犯罪奴隷に、イルネス及びその配下は斬首刑にしようと思う。異論はあるか?」
「……いえ、ありません」
この国には犯罪奴隷というシステムは存在した。裏で鉱山を掘らせているらしい。
確かにテルさんは親しみやすかった。それはあまりに自然すぎて、誰の気にも留まらないほどに。実を言うと、私などは既に友達程度にまで思っていた。だがそれがスキルによるまやかしであり、その裏にはドス黒い思惑が渦巻いていたとしたら。それは早々に断ち切らねばならない。
私の答えに、「辛い選択をさせてすまない」と独り言のようにポツリとこぼす王は、すぐに切り替えると、
「では、ゆけ。貴様のやっていたことを身をもって知るがいい。そしてその身が朽ち果てるまで──」
──その罪を、非道を、痛みを、忘れるな。
人に対して迷惑をかけ続けることは、後になって必ず自分に降り掛かってくる。嘘をつき続けた結果誰も助けてくれなくなったオオカミ少年は、オオカミに食い殺されるのだ。
私は、もうテルさんの目を見はしなかった。
ただ心の中で、「始め、何も知らなかった私を拾ってくれて、色々教えてくれてありがとう」と礼を述べるだけだった。
罪人に礼は言えないので、せめて私の心の中でだけでも、感謝をさせてと連れていかれる鼠の商人の背中を見つめ続けた。