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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー1章ー〈出会い〉
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-1-『アレシア』と、バケモノと、異世界と。

はじめまして。さんざん悩んだ末、投稿させていただきます。

是非とも楽しんで行ってほしいと思います。


ワクワクする冒険を、ここに。

 あたり一面が、赤と黒に染まっていた。


 炎と血の、赤。

 火に晒された建物は黒く染まり、空に黒い大きな雲ができていた。

 逃げ惑う人々を無慈悲に刺し殺す騎士の心も、その甲冑も、また黒だった。


  今朝挨拶してくれた八百屋のおじさんも、川に遊びに行くんだと言っていた近所の子供たちも、その身を黒く焦がし、あるいは赤く染め、地に伏していた。


 そして自分の手を見る。赤かった。目の前では鎧に身を包んだ人間(・・)の騎士が赤く染まって倒れている。

 その体に突き刺さる、ロングソード。この剣が、街の人を、家族を……。


 いつの間にか迫っていた赤い劫火の中で俺は意識を、どこまでも黒い闇の中に手放した。




 ◆



 舞う火花が、両者の顔を照らす。


 大柄の男の使う大剣と、その4分の1ほどの刃しかない薙刀が打ち合う。

 薙刀を小脇に抱え、男の渾身の横薙ぎを難なくしゃがんでかわす。虚しく空を切る大剣をよそに、凄まじい勢いで足払いをかける。


  「くあっ」

  「そこッ!」


 バランスを崩したところへ薙刀を思い切り振り下ろす。

 

 ピシッ。


 空間の割れる音と、実際に割れた破片がキラキラと辺りを舞う。破片は光となって大気中に吸い込まれていった。


「私の勝ちだね」

「くそう、藍波は相変わらず強い。これで13連敗か」

「まあ薙刀にも慣れたし、そっちもよくやった方だと思うよ?」


 母譲りの銀髪をかきあげつつ、自分の体重の倍はあろうかという男を片手で助け起こす。


 私、七海(ななみ) 藍波(あいな)は、この道場で2番目に強いことになっていて、この道場では準師範として稽古をつけられる立場にある。


 よく「女の子らしい」とは言われるが、醜くならない程度の筋肉がついていて、それなりに力もあるのだ。先の男性程度なら問題ないくらいに。


「フム、また腕を上げたな藍波よ。これで使用可能武器が15種ときたか」

「あっ、ディズ師範。また一歩、前進です」


 端の方で試合を見ていたらしい髭面の師範の言葉に、改めて強くなった実感を得る。


 私に話しかけてきた白い長髭の翁、ディズ師範は当道場の師範をつとめ、この「競技」──『アレシア』の生みの親でもある。


 チャンバラごっこを見て閃いたらしい師範は、世間の面倒な手続きや批判を万能防衛機構《守護の選定》でねじ伏せた。


 この《守護の選定》というのは、非実体のバリア的なものである。競技中は選手の身を守り、判定を下す役割も兼ね備えている。先ほどのように、敗者のバリアが壊れるのだ。まあ、一瞬で修復されるけど。

 さらに、《守護の選定》は守るべき相手を世界中どこにいても自動で「選定」するので、開発の翌年には障害事件が激減した。もっとも、初期段階では毒や事故などは防げなかった。


 そもそも競技以外で発動する予定はなかったらしいのだが、開発から1年後、なぜか全ての人為的な暴力に対して発動するようになった。さんざん喚いていたメディア含め批判派は手のひらを返して師範を賞賛し、媚びへつらった。


 そして世界中の科学者たちはこれの構造が大変気になった。それまで研究していたものをすべて放り投げ、《守護の選定》解析に勤しんだ。

 ……しかし『アレシア』が始まって8年経つが、未だ解明されていない。

 なぜか? 師範曰く「魔法だから」だそうだ。すごく胡散臭い。魔法なんてのはゲームやアニメの世界の話であって、現実にはないものだと皆知っているから、私も世間も師範は何かを隠していると疑うことをやめなかった。


 学会的には、「世界中を覆える特殊な磁場を形成。自律AIによって守護対象を選定し、絶対防壁をもって保護する仕組み」と発表された。磁場ってなんぞ。絶対適当なこと言ってる気がする。

 しかし、本当の事を知りたいがために師範に襲いかかる方がよっぽど危険だというのは、誰もが察していたから何もしなかった。

 まあ、研究好きな偏屈者は未だ研究を続けている。髭の爺が「絶対解けないだろうがな!」って言ってたから、きっと実らない努力なのだろうけど。


 話を戻そう。


『アレシア』に、細かいルールはない。各々好きな武器を持ち寄り、円状のフィールドで戦う。《守護の選定》が判定を下すので、審判は不要だ。


 世界各地に道場があるが、専攻武器というものがある。師範(ディズ)の営むこの道場は片手直剣、両手用大剣、双剣となっている(・・・・・)。しかし、アニメ大好きゲーム大好きな私からすれば、3種類は少なすぎた。もっとあるだろ! ってことで、独学で+12種類の武器を使えるようになった。


 本当に使えるようになったかを確認するのは、師範に判定を任せるか、その専攻道場に殴り込み、その武器を使う者全員を倒せば合格という何とも荒々しいものだが。

 「どうか、看板だけは!」という言葉を何回聞いたことか。望まぬ道場破りに少し反省したが、専攻武器が重複していた道場含めて8つほどやってしまった。あれだ、「反省はするが、後悔はしていない」ってやつだ。流石にもう増えなさそうだから大丈夫だと思う。ホントだよ?


 ちなみに、師範は専攻武器ではない刀をよく使う。片刃の、反りが入ったやつ。色々教えてもらったけど、道場の専攻武器より洗練されていた。なんで専攻にしなかったんだろう。


 ◆


 夏の終わりかけなのでまだ夕方と言うには些か日が高く、修行もこれからという時間帯だが、今日は用事があった。


「もうすぐ高校受験か。早いなぁ、この間中学入ったばかりだろうに」

「そうですねー、あっという間でした」


 中学生活では部活こそ入っていないものの、それなりに濃い体験をしていた。

 男子には散々告白されたし、稀に出る粘着質なストーカーは丁寧に潰した。いや、私が直接手を下す前に潰されている。

 これは近所にいつの間にか出来ていた「アイナファンクラブ」の存在が深く関わっているらしい。


 そもそも自分より(物理的に)弱く、「こんな俺ですが〜」とか言っちゃう男子には興味がないのだ。不良物件売りつけられる側の気持ちにもなれっての。


 あとは……体育では万年5を取り続け、悔しくなった体育教師が対決を挑んできたことまであったが、その日まで元気だった教師が翌日突然休んだことから結果は察してあげてほしい。


 友達にも恵まれ、笑いの絶えない毎日だった。え?普通?楽しかったからいいのサ。


 入学の時は運動部の勧誘がすごかったな……全部断ったけど。それでも食い下がってくる部には「競技の違い」を教えてやった。剣道や柔道を始め、武術には礼儀作法というものがあるが、『アレシア』にそんなものは無い。会敵、即、試合開始である。


 〜剣道〜


 ……帯刀し、礼をした相手の頭をすっぱ抜いた。


 〜柔道〜


 ……技など知らぬ。普通に殴った。


 〜サッカー〜


 ……対戦相手全員の顔面に弾丸並みのボールを蹴りこんでトラウマを刻んでやった。



 ……今更だけど、可哀想なことしたかもしれない。


「にしても、世界各地から集まる豪傑を総ナメとは……情けなくて涙が出てくるな」

「まぁ、道場内2位が新参者に舐められるわけにもいかないですし」


 この道場は都心から少し離れたところにあるのだが、「ディズに教えを請いたい」と各地から強者が集っていた。そんな道場の最年少かつ最強が私である。


 始めて2年目、中1の夏に18歳以下の部で優勝し、大人も参加できる無制限の部ではベスト4というダークホースに、自分で言うのもなんだが初心者(ニュービー)はもちろん玄人(ベテラン)の選手ですら憧れの存在である。


 しかし「強さ」が何よりのこの道場で、自分で考えた技名とか叫んでしまう厨二全開の15歳に敵わない大人とは、なんと哀れなことか。

 年長者の威厳というものはとうの昔に消えてなくなっていたが、(おご)ることを良しとしない師範によって私は定期的に叩きのめされているので、ちゃんと敬語は使えるし、目上の人には腰も低い……はず。



 私は「かっこいいもの」を追い求めて『アレシア』を始めたのだが、まず親の説得に苦労した。

 母は何故か賛成気味だったのだが、父は最後まで首を縦にふらなかったのだ。

 その父が突然単身赴任で海外へ旅立った後、母の許しを得てこっそりと道場に通い始めた。


 初めて2年後に世界大会に出場した際、偶然中継を観ていた父にバレた。しかし18歳以下の部で優勝してしまったからには今更文句も言えまいて。

 18歳以下の部では男女混合だった。男性と力でやりあうと流石に分が悪いと思ったので、私は攻撃を受け流すことに重点に置いて戦った。

 相手の攻撃を尽く躱し、いなし、隙を見ては瞬速の反撃を繰り出す。これは師範による夏休みをまるっと使った、地獄というのもおこがましいハードな特訓の賜物(たまもの)だ。


 この修行を簡単に言うと、山にこもり、サバイバルをさせられた。

 持たされたのはナイフ1本のみ。

 幸い資源の豊富な山で季節は秋。どんぐりなどを拾うことで食料には困らなかったが、それをただ黙って見ている師範ではなかった。


 簡易的な家を建てていると、突然木陰から襲って来た。鬼の仮面をつけて、鉈を持って。

 刃を落としていない、本物の鉈だった。

 《守護の選定》は発動しないと事前に説明を受けていたので全力で逃げた。迎撃は元々の実力が追いついていないのでそうそうに諦めた。


 その後も気を抜けば襲われるという生活を2ヶ月である。感覚が鋭くなっていない方がおかしい。


 相手が見えている試合では、私が攻撃を食らうのは相手が自分よりも手数が多いか、もしくは数人に波状攻撃を仕掛けられるかした時のみだ。

 その攻撃さえ基本的に躱せる訳だが、師範だけは単騎で私を簡単に下す。流石道場トップ、適う気がしない。


 ◇


「そういえば、高校の出願今日までだろ?」

「ですね。今日は少しはやく帰ります」


 ギリギリまで進路が決まらず、結局近所の学校(偏差値50程度)にすることにした。


 持ち前の飲み込みの良さは勉強面には発揮されず、英語や数学に関しては……ご想像におまかせする。


 このあたりの郵便局は5時に閉まってしまうが、ギリギリまで修行していたため時間がない。ささっと帰り支度を終わらせ、礼をして帰った。


 自宅につくとリビングで本を読んでいた母に洗濯物を預け、すぐに白いショートパンツに山吹色の半袖Tシャツという軽装に着替え、出願届けと、母も出かけるというので鍵も持って家を出る。郵便局は15分ほどでつく距離なので徒歩である。


 ◇


 時期が時期なので、いつもより混んでいる郵便局の窓口にいる営業スマイル全開なお兄さんに提出書類が受理された後、来た道を戻るべく郵便局を出ようとしたその時。


 ──音が消えた。嫌な感じがして辺りを見回す。出ようとして開きかけていた自動ドアは半開きのまま固まっている。


 そして、人がいなくなっていることに気づく。自分の出願届けを受け取ったお兄さんも、順番待ちしていたお婆さんも、ATMをいじっていたお姉さんまで……。


「どういうこと? 一体何が──!?」


 自分が世界から切り離されたように錯覚、あるいは認識すると同時に、突然足元に大きな穴が空いて──


 ◆


 大穴に落ちて数分が経つ。現在頭を下にして絶賛落下中なのだが、一向に底は見えない。なぜ周りが見えるのか不思議だが、そんなことより落ちたことに驚いて、頭が真っ白である。


 百戦錬磨の私でも、今回は(いささ)か特殊すぎた。

 と、絶賛混乱中な私の右から声が聞こえた。


「あれ?落ちたのは俺だけじゃなかったのか! 良かった……!」


 すごく安心したように話しかけてくるスーツに身を包んだ男性。自分よりはるかに年上で、真面目そうな人だ。スカイダイビングのような落下の仕方をしている。この状況、楽しんでないか?


「──あっ、あなたも落ちてきたんですか?」

「うん、会議に参加するために会社の廊下歩いてたらパカって……」


 不安のさなか、同じような境遇の人との出会いによって少しばかり安堵する。

 どうやら建物の高さや場所問わず穴は出現したようだ。

 体を起こし、詳しい話を聞こうとする。


「自己紹介するよ。俺は佐藤 よしグブヴゥ……」


 名乗ろうとした男性の胸に黒く鋭い何かが刺さっている。それは穴の下の方から伸びてきており、そのまま男性の体に巻きついて穴の下へと連れ去った。


「え? ……あ、あああ!」


 驚いたなんてものじゃない。対戦慣れしたおかげ(せい)で、自分が他人を攻撃することにあまり抵抗はなかったが、人殺しをしたことは無かったし、人死にを目の当たりにしたこともなかった。

 そもそも、誰かを傷つけることは《守護の選定》により不可能となっている。

 だというのに、こうも呆気なく、目の前で人が死んだ。


 体が震え、呼吸がはやくなる。このまま落ちていけば、あの触手の本体が待っているのかと思うと、怖くて仕方なかった。


 また遠くで悲鳴が上がった。他にも落ちてきた人がいるらしい。何人いるかは知らないが、私もいつかはアレに貫かれて死ぬのだろうか。


「ヒィィィ!助けて!」

「おい馬鹿!止めァァァァァァァァァ!」


 怯えた男がほかの者に助けを求めて抱きつき、諸共貫かれて連れていかれる。

 簡単に、人が死んでゆく。


 ──死ぬ?


 ──なんで?


 限界を感じ超えた恐怖心が、私の中で何かを目覚めさせる。

 それは生存本能。例の、地獄すらいちごミルク並に甘い、師範が行っていた《守護の選定》無しの修行によって鍛えられた、自分が生きるために必要な判断力。


 修行の中で鍛えられた頭脳で思考する。

 まず、複数で固まるのは絶対にまずい。さっきの2人のように狙いやすくなるだけだ。申し訳ないが、一人で行かせてもらう。


 そしてまっすぐ落ちるのもまずい。直線的に落ちると、対処できなくなる。加えて、アレは真っ直ぐに射出されるようで、方向転換や追尾はしていないようだ。


 足から落ちていたのを反転させ、頭を下に落ちてゆく。ほんの少しなら左右への移動が可能なので、ずっと同じ場所にとどまらないように注意する。


 次に、穴の下にいるであろう本体をどうするか。まず人ではない。アレはもっとイカとかタコのような触手だった。


 なら切断できないか。なにか武器は──


「これだけか……」


 手元にあったのは家の鍵だけである。落とさないようにと金属製のチェーンが付いているが、


「こんなので戦ったこと、無いなぁ……」


 以前鞭で戦ったことがあるが、このチェーンは短すぎる。なにせ30cmに満たないからだ。


「でもやるしか、ないよね」


 右手にチェーンを一周させ強く掴むと、下で待ち構えているであろうバケモノに集中した。


 しばらくして、また新たに犠牲者がでた。すぐ右だが、かなり上方の人を狙ったようだ。……私の手の届くところに触手がある。咄嗟の判断でそれにしがみつくことに成功した。


 凄まじいスピードで下に降りてゆく。目を開けられず、置いていかれそうになる。しかし離すまいと力を入れ、しがみつく。


「んんっ、と、止まった?」


 突然の減速に目を開くと、ソレがすぐ目の前にいた。


 毒々しい青の巨体に5対10個の赤い目がギョロギョロとあたりを見回している。

 口と思わしき穴の周りにはいつか見たヒトデの口にそっくりな歯が付いていて、一際太い触手が二本、前方に伸びている。

 下……重力方向は何やら白いものをまとって──骨、だった。一つのものではなく 無数の人骨で造られていた。一体どれだけの犠牲者が出たのであろうか。


 そのジャンボジェットもかくやという巨体は口辺触手の先端を曲げると刺さっていた人だったものを空けた口に放り込んだ。

 ボリボリと聞きたくもない音が聞こえる。

 思わず目をそらしそうになって、ふと化けダコの口の中に妖しく光るクリスタルのようなものががあることに気がついた。


「あれは……明らかにあれが弱点。でも鍵でどうにかなるものなの……?」


 死臭に顔を顰め死に怯えながらも、師範の荒行を経験した頭脳に僅かながら余裕も戻ってきた。


 さてどうしたものかと考えていると化けダコが口辺触手を奮った。

 とっさに掴んでいた触手を蹴って離脱するとゴウッという音と共にさっきまで掴まっていた触手が消し飛んだ。


「自滅? ……そう簡単にはいかない、か」


 手頃な位置にあった別の触手に掴まりながら思わず叫んだ。

 根元からごっそりなくなったはずの触手が何事もなかったかのように生えてきたのだ。


「ならっ!」


 触手をどうにかすることを諦め、生物において重要器官だが防御の薄い箇所である目を狙ってみることにした。ギリギリ届くか否かの距離だが、ものは試しだ。

 チェーンをカウガールよろしく振り回しつつ再び触手を蹴り、鍵のついている方を化けダコの赤黒い目に向かって射出した。


 ……おや?


「なんか伸びてる……」


 30cmに満たなかった短いチェーンが、3倍程に伸びている。


 だというのに狙いは狂わず、ザシュッ! という音と共に鍵の凹凸部分が吸い込まれるように刺さり、その目を引き裂いた。そして青緑の液体──おそらく血だろう──が勢いよく噴き出した。


『キシャァァァァァァァァァアア!!!!』


 化けダコの聞いただけで発狂しそうな苦悶の叫びが奈落を震わせ、今がかつてない痛みだったのか、めちゃくちゃに触手を伸ばし、流れ弾に当たったのか、はるか上方で悲鳴が聞こえた。


 その9つになった目は憎悪と殺意に満ちており、完全に理性を失っていることが手に取るようにわかった。

 逆に、私の心には余裕が生まれ、内心でほくそ笑む。


 私は試合後、ことある事に逆恨みされ、怒りに任せた戦いをする者と路上でやりあったことがある。

 その時は相手が疲れて気絶するまで避け続けることができた。当然だ。単調な直線攻撃など、私にとっては避けてくださいと言っているようなものである。


 そしてまさに目の前のタコのようなバケモノがそれだ。

 口辺触手は怒りのあまり硬直して真っ直ぐにしか伸びず、先ほどのなぎ払いは出来なくなっている。

 ほかの触手も適当に射出するだけでこちらには掠りもしない。

 消し飛んだ触手を再生させたように、目も再生可能なはずだが、冷静を欠いた化けダコは攻撃にしか脳内リソースを使わなかった。

 よって、


「シッ!」


 触手を蹴って加速した私によって瞬きほどの間にパパパパン!と、先程切られた側にある全ての目を、またしても伸びたチェーンとその先の鍵で潰されることになった。


 一般人や素人からしたら手はブレて見えただろう。

 私は使用可能武器の全てでこのような『瞬撃』が放てるようになっている。

 基本技にして私の十八番でもある瞬激は、まさに光速。 素人相手なら、気付けば試合が終わっているレベルだ。


 しかし、この瞬激が放てるのは競技中──《守護の選定》下のみのはずだった。

 先ほどの伸びたチェーンといい、明らかに人知を超えている。

 しかし生死のかかった極度の集中が、細かいことは気にするなと言わんばかりに化けダコ打倒案を講じ続けた。


 ☆


 視界を半分削られた化けダコは驚愕した。

 今まで生きてきた中で、敵など存在しなかった故に初めて感じた「死」の恐怖。それをねじ伏せるためにさらなる怒りをのせて極太の口辺触手を二本同時に突き出した。

 全身全霊、必殺の一撃だ。


 しかし、目の前にいる捕食対象のはずの女は──


「大技とか必殺技って言うのはね、相手の隙をついて放たなきゃ。体制も崩してないのに直線的な攻撃なんて……」


 半減した視界で、化けダコはその姿を捉えた。

 環境順応が早いのか、もう既にこの状況を制した女が自分に正面から向き合う形で左手を前に突き出して照準をとり、右手に持ったチェーンは肩に担ぐ状態で構えていた。


 突き出された極太の触手は筋肉がこわばって真っ直ぐに固定してしまっており、ろくに曲がらず、どう足掻いても一点に絞ることが出来なかった。普段、口辺触手を使わなかったのが運の尽きだ。


 そして外敵がいないことと貪食が相まって閉じる必要のなかった口はずっと開きっぱなしである。


 それは自身の心臓も同然である結晶を正面に晒すことになり──


「やあああああああああっ!!!」


 突き出された触手の内側をを蹴り、三角とびの要領でさらに加速して落ちてきた女の一撃により、その命を散らした。



 ☆


 鍵が刺さっている。

 しかしそれは本来の使用用途である家の扉にではなく、なんか硬そうな結晶体にである。


「ええ……鍵って石に刺さるもんなの……? っていうか私は振り下ろしたはずなのに何で『刺さってる』の!?」


 そう、私の一撃は袈裟懸(けさが)けに放たれたものであって、もし結晶体を傷つけられたとしても『割れる』ことが正解のはずなのだ。

 ……だというのに鍵は叩きつけた瞬間、なんの抵抗もなくズブリと結晶体に入っていき、丁度真ん中で停止したのである。チェーンは伸びっぱなしだし……意味がわからない。


 タコの歯の上にストっと着地し、抜けない鍵をのぞき込む。


「このタコっぽいのは死んでるみたいだから危険はないと思うんだけど、これ抜けないし……って、何これ吸収してる!?」


 その結晶体はみるみるうちに小さくなっていき、やがて鍵とチェーンだけがその場に残され、伸びたチェーンがシュルシュルと元の長さに戻る。

 同時に爆散する巨体。その欠片が奈落を舞い、鍵を中心に強い光を放った。

 大変綺麗な光景だったが、ほぼ爆心地にいた私はたまったものではない。


「な、なにが……ッ!」


 私は目をかばいながら、衝撃にそなえた。


 ♢


 ドチャッという音とともに、平で硬い何かに落下した。どうやら奈落からは開放されたらしい。

 うつ伏せに倒れた体を起こすと、そこは草原だった。見渡す限りの草。大草原不可避。


 自分が落ちてきたであろう頭上には大きな穴が、どんどんと小さくなって消えてしまった。

 呆然とこの様子を眺めていた私は上空に本日2体目の巨大生物を見た。


 頭が2つついた白い鳥。いや私の知る鳥というのは頭は1つ。羽根は1対2翼しかないのだが、その鳥のような生き物は3対6翼を大きく広げ悠然と飛び去って行った。


 そこへふと、ヒラヒラと羽根が1枚落ちてきた。


 実に綺麗な、穢れのないその真っ白な羽根はきっと、あの奇妙な鳥が落としたものだろう。純白の羽を手に取ると、裏の骨の部分に丸っこい字でこう書いてあった。


『スカ』

「畜生め!」


 女の子としてあまりよろしくない口調になりつつ、羽根を地面に叩きつけた。綺麗だったから保存しようと考えもしたが、気が変わった。戦闘が終わったばかりでまだ興奮状態だからって、ちょっとした刺激でも爆発してしまう癖はどうにかしないといけない自覚はあったが、こればっかりは仕方ない。


 凄まじい勢いで叩きつけられた羽根は途端に灰になり、風に煽られて余すことなく顔に帰ってきて、私の顔を灰だらけにした。


「ぶっ! あっ、あの鳥ェ……いつか! 絶対! ぶっ殺して! 食ってやる!」


 先の死闘を頭の片隅に追いやり、自分を小バカにした鳥(?)の飛んでいった先を見やり灰だらけの顔で怒りを露わにする私の視界の端で、落ちてきた穴とは別のゆらぎが起きた気がした。

お楽しみいただけましたでしょうか?まだまだ藍波の冒険は始まったばかりです。

続きが書き上がり次第、投稿していきたいと思います。

今後ともよしなに。


※『アレシア』に関しては戦神アレスから頂きました。何でもありの文字通り真剣勝負。戦神の名がふさわしいかと思ってつけました。

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